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ねくら  作者: 名無しの
其の① 狂実少年と現実少女
3/43

一般的な高校生の登校風景

 


 ピー、ピー、ピー、ピー、ピー


 鼓膜に土足で侵入してくる単調で不快な電子音。

 ……あぁ……いつもコレだ……うるさいな……もう少し寝かせ


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ――――――――――――


 音はいよいよ僕の残りわずかとなってしまった脳みそ(蟹味噌同然)を叩き起こす程にやかましくなってきた。

 ……分かったよ、今日のところは僕の負けを認めよう。

 仕方がないので、気怠く目蓋をオープンして目覚ましのスイッチを握りこぶしで叩き切る。

 …………また新しいの買わないと。

 まったく、どうしてなのだろうか? 

 どうして、また、朝がくるんだ?

 僕はただ、ずっと眠っていたいだけなのに。

 そして、叶うならば、二度と目を覚ましたくないだけなのに、なぜ夜が終わってしまう?

 まったく、嫌な朝だ。

 否、それはなにも今日に限った事ではない。

 一年中年中無休で平均的に僕の迎える朝は嫌な朝だ。

 何が嫌か?

 朝の日差しが嫌だ澄み切った空気が嫌だ聞きたくもないのに聞こえてくる鳥の呑気な鳴き声が嫌だあの意識がはっきりとしないぬるま湯に漬かっているような惚けた自分が嫌だだあと人  間がキライだきりがない無いのでここら辺で止めておく。

 詰まるところ嫌なモノは嫌って事。それが言いたかった。

 だらだらと立ち上がり、洗面所に向かう。

 我が家の洗面所には鏡という恐ろしい物体は、無い。

 正確に言うと、前はあったが今は無い。

 高校に入った時、思春期特有の若気の至りで木っ端のミジンコになってしまった(トンカチで叩き割ってしまった)からだ。

 あの時はアニ(仮)と初めて本気で喧嘩したな。

 あれ、初めてじゃなかったっけ? いや、でもあれは僕が初めて――

何て昔の思いでに浸っている暇は、あまり無い。

顔を洗い、歯を磨き、髪型はセットのしようが無い程の簾仕様なので、適当に分けるしか施しようが無い。

朝ご飯は勿論用意されている訳が無いので、胃の中にひたすら水道水を流し込み満たし、空想でモーニングセットを作り上げ、自らの体を欺き、我慢するしかない。

パジャマ代わりのワイシャツを脱ぎ捨て、パンツ一丁の僕は、ソファに無惨に脱ぎ捨てられていた制服のズボンを履き、クローゼットから新しい長袖のワイシャツを取り出す。

 僕はどれだけ暑くても絶対に長袖しか着ないのだ。と、言うのは嘘で単に半袖を所持していないだけ。

散らかり放題のリビングルームにはあまり座れるスペースが無い。というかこちらがどんなに座りたいと切望しても、座れない。

仕方がないのでソファ(普通一般に言うやつではない)に体育座りをして、リモコンという文明の利器を使いテレビジョンのスイッチを入れる。

我が家の時代に取り残されたアナログなテレビの画面が、だんだんと人の形の像を結び始める。

 何か面白いニュースはないか、と数分間色々とチャンネルを変えてみたが、一昨日に起きたお偉い人の失言を何度も同じ様なフレーズを用いて揚げ足を取るのに夢中な報道ばかりで、どれもこれも似たり寄ったりの気の抜けたものばかりだ。つまり、目星しいものは……無い模様。

 画面から目を離し、しばしば外の長閑な風景に目を移す。

 目の保養を行いつつ、いつも通り頭の中で暗闇に向かって話しかける。

 殺人事件は毎日何処かで起きているし、政治家の失言や汚職だって最近ニュースで取り上げられる様になった訳ではない。なにせ、僕らが生きる素晴らしきこのご時世は子が親を殺すのが珍しい事ではないのだから。僕ら視聴者も他人面で毎日毎日そんな血なまぐさい話を画面越しに見聞きしているし、僕らの感覚が麻痺するのも無理からぬことである、と思いたい。

 再び画面に目を向ける。

 最近逮捕された殺人犯について、逮捕前はどんな様子だったかを、近所に住んでいる住民にリポーターがインタビューを試みている場面であった。

 インタビューされた中年の女性は「まさかあの子があんな事をするなんて、思わなかったわ」とか「私が挨拶したらちゃんと返してくる、いい子だったのよ」なんてお決まりの返答をやや興奮気味に鼻息荒く語っていた。このおばさんは至極まともだ。ビィコーズゥ、少なくともこのおばさんはインタビュー中に顔の筋肉をほころばせてないから。たまにいる言葉と表情が一致しない奴。うすら笑いを浮かべながら「かわいそうだ」とか「信じられない」だの「絶対に許せない」とか言ってるヤツらだ。あいつらは一体どんな心境でものを言っているのだろうか。……彼らは目も当てられない様な悲惨な事件を口では残虐だの非道だのと言いつつも、胸の内で実際は心底そんな様な事件を楽しんでいるのだろうか。やはり所詮、他人事でしかないのだろう。結局人間とはそういった生き物だ。どんなに知識を貯えて倫理的に振る舞う真似事をしても、結局は自分の身に起こっていないことに対してはいつだって花見でもしている気分でしかない。人の不幸は蜜の味とは良く言ったものだ。誰だって自分より不幸な人間を見れば表では同情の意思を示しつつも裏では心の底から蔑み自分より下の人間が居る事実に対して安堵している。そのくせ自分は真人間であるだとか悪い事はしてはいけないだのと悪怯れも無く平然と言う、そしてあまつさえ自分の事は棚に上げたまま放置しておいて、他人の悪所をわざわざ手間暇かけてまで見つけ出し、それを相手が再起不能になるまで糾弾する、しかし当事者である本人は当然の事をしたまでと言わんばかりに、正義の味方面である。まったくもってこういうのが人間という生物なのだから、いい加減ぼくは人間という仕事を任意退職したくなる。………まぁ、しかし、そういうのは訳知り顔で勝手に不特定多数の人に対しての想像をしている僕が一番当てはまりそうなんだけれど……。いや、しかし、僕には未だ偽善者の皮を被っていられるだけの理性がある、とは、まだ思っている。

 なんて事を一人悠長に思いつつ、ふと時計に目をやる。

 時計の針は既に八時十分過を指していた。

 ……うーん、ヤバイ。

 なにを隠そうボクの職業は学生だ。

 それも、高校生だ。

 世間一般かどうか知らないけど長く辛い人生においてなかなかに甘酸っぱいであろうと期待される時期、そう、高校生。10年後に思い起こしてみるとあの頃に戻りたいと言う輩の絶えない、あの、高校生。思っていて非常に悲しくなっているこの僕も、一応、高校生。だが決して義務教育ではないのも、それまた、高校生。

 だから、僕は焦らない。

 ゆっくり余裕を持って無駄にかさばる重たい教科書を学校指定のバックに詰め込んでいく。

 大人の男にはゆとりある余裕が大切なのだ。高校生が大人か子供かは各々の主観に任せるとして。

 やっとのことで家を出る。

 勿論、元気良く「行ってきまーす」なんてアットホームな言葉は一言も発しない。

「……………」

 無言の旅立ち、自称現代っ子とはそういうものだ。

 強い日差しを全身に受け、億劫ながら、とりあえず自転車を違法駐輪している公園まで歩く。

 途中、近所の奥様方が僕の方を指差し、何かヒソヒソと話しているのを偶然、目撃。

 間違っても良い意味で噂されているのではないと分かってはいるが、あえて爽やかスマイルを迸らせて会釈でもしてやろうぜ、と悪魔が僕の耳元で囁いてきたので、なんとか自分の手の平としりとりをして堪えてみる。

 おっとう、おっかぁ、おめぇの息子は我慢強い子に育っただよ(日本昔話風)。

 世間の風当たりを気にしている様では真の解脱者にはなれないと誰かが言っていた様な気がする。別に僕は別次元に行きたいとは思っていないけど。

 自分の手の平にしりとりで三回負けたところで、ようやく公園に到着。

 公園の草むらに隠した(?)自転車は、今日も撤去されていなかった。

 その代わり、今日はカゴの中に溢れんばかりの空き缶が入っていた。未だ中身が少し入っているのも多数あった。

 仕方が無いので、自転車に前蹴りをかまし、カゴの中の空き缶を地面にぶちまける。

 昨日は生ゴミで、一昨日はネバネバした成人コミックスだった。それで今日は空き缶か。

 ……………。

 今日はなかなかに、運が良い日かもしれない。

 そう思った。


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