綿菓子は、甘くない
今日も空には綿菓子一つ浮かんじゃいない。
寒気がする程透き通った、青一色。
僕の濁り淀んだヤツとは大違いだけど。
なんて憂鬱な空模様だろうか。
まったく、吐き気すら催すな、この状況は。
自分の置かれているこの現状を、僕は激しく嫌悪する。
僕の今の状態、それは―――ゼミ室のむさ苦しい圧迫空間で聞きたくもない英語教師の(平たく言って)自慢話を聞き流す事ができず(結局)しかたなく聞いていたが(案の定)死にそうなくらいどうでもいいので窓の外の(一般的に言って)いい天気をぼーーーーと、どこぞの痴呆老人よろしく眺めている、そうそんな状態。
教師はまだ「私が通ってた高校は県内有数な――」といったお国自慢ならぬ母校自慢に夢中な様子。
いや花なんて咲いてないから。いい加減気が付いほしい。僕の計算が正しければあと5分は話が続くだろう(大学のコンボに発展しなければの話)。まったく、昔の事を懐古するのもほどほどにしてほしいものだ。おかげでまた木曜日のホームルームが英語になるのか、と考えると外の景色との相乗効果で僕の気持ちはさらに著しく憂鬱なものとなったかっこまるかっことじ。
普通の教室の二分の一弱くらいしかないこのゼミ教室では二十人程度の人数の内、約三分の一の生徒が堂々と机に突っ伏して夢の世界へ未だ卒業まであと1年も間があるのにそんなのおかまいなしに絶賛旅立中。残りの3分の2の生徒はまだまだ蒸し暑いこの季節特有の気候と英語教師のどうでも良い、もうほぉんとうにぃーーどうでもいい話に耐えながら各々睡魔と孤軍奮闘している。
そんな中、心もはやここに無しと行った感じで僕はそれがまるで自分に課せられた唯一無二の義務であるかのようにひたすらぼやけ眼で外を眺めていると、
突如、無機質な電子音が教室内に木霊した。
机に突っ伏していた生徒は正にビクンと一瞬だけ肩を反応させたが、その忌まわしき音色が携帯の音と理解すると、また夢の世界へと暢気に旅立っていった。そして今にも旅立ちそうだった生徒達は、夢見心地を邪魔され「うるせーよカス野郎」というような迷惑極まりないといった表情をその顔に浮かべている。
ふぅ……まったく、迷惑な生徒も居たもんだ。
動揺した僕は「トイレ……行きます」と珍しく授業中に発言し、いちいち回り道(教師の訝しげな視線を直で浴びる)をして教室を出て行った。というのも誰一人として僕の為に椅子を引いて道を空けようとする者がいなかったからである。これは誠に遺憾であるが、無理からぬ事であると認識するより他にないのが僕の置かれたこの現状である事は、まぁ明らか。
ここは、この学校の中では、比較的まだましな場所だ。
いつも休み時間のたびに男子生徒の溜まり場になっている魔の男子トイレ。
授業が始まっても消臭スプレーやワックスやらの科学的な甘い匂いが立ち込める訳の分からん場所だ。 ずばり言いたい。いや、言わなくて良いなんて言わせない。
つまり、ここは用を足す場所であると。
男の癖してなんと女々しい事か、と頑固一徹な日本男子の様な事は、まぁ僕が言う筋合いはチョークの欠片ほどにも、無いな。
そんなある意味不思議な空間で、僕はひたすら携帯をコールしていた。
相手は言わずとしれたあの少女。
ここ最近、授業中、たまに僕の携帯は奇声を発する。
最近マナーモードという便利な機能が僕の携帯に備わっている(どの携帯にも備わっているらしいが)と教わったばかりなのだが、いまいち忘れがちな事柄である。
僕は軽い若年生アルツハイマーなのかもしれない。
良くテレビのリモコンを置いた場所忘れるし。
まぁ、それはただ単にあの部屋がゴミに囲まれているからなのだろうけど……。
とにかく、電話かメールかと迷ったが、どうにも僕は携帯のボタンに嫌われているようで、メールを打つのがオッサン搭載型ママチャリくらい遅い遅い。
よって、少女に電話を掛ける事にする。
少女は10回目のコール音の後、やっとのことで携帯に出た。
「あのさ、授業中に」
「ごめん、先生戻ってきたからまた後でね」
「…………」
間髪入れずに、速攻で切られた。
通話時間わずか5秒。
記録更新。
ここはキレる所であろう。
しかしキレる現代の若者は何かと問題視される。
僕が現代の若者かどうかは、置いといて。
………仕方が、ない。
じゃあ、電話掛けてくるなよ! と思いながら、重たい足取りでゼミ室へと戻る。
小テストが無ければあのむさ苦しい地獄空間に戻る理由は毛頭に無いのに。
だが、僕の成績がもはや救いようの無い状態なのも、これもまた事実。
惨めすぎる。
ほんとうに、死ねるかもしれない……。