楽に死ねるか? いや、そうでもないらしい……
少女と共に、食事のあと片付けを始める。
僕がぎこちなく食器を運び、少女が慣れた手つきでそれを洗う。
キッチンで食器を洗う少女を見て、またふと考える。
はたして、自分の家のキッチンは今まで正当に使用されていただろうか、と。
少なくとも、僕は自分の家で食器を洗った覚えは、無い。
というか、そもそも我が家で食器なる文明的な器を見た事が無い。
アイツは料理を作らないし、アイツ(②)は料理を作れない。
あの人は、言うまでもないか……。
この光景を目の当たりにして一つ言えることは、我が家のキッチンはどうやら飾り物らしいという事だ(目に余る程の)……。
二人で後片付けをすると、トントン拍子で作業が終了した。
出来る事なら、このままここに住み着きたい次第。
なぜなら食事に困らないし夏でも冬でも快適に寝られそうだしでもそんな事をしたら僕は壊れると思うので思考を冷静に切り替える。
ココハアカルスギル。
僕はこんな明るい場所ではイキテイケナイナ−。
僕には暗いところの方がオニアイダナー。
と、自分に言い聞かせる。割と必死で。
「………そろそろ、帰るよ」
窓の外の夜景を眺めてみる。
人口的な蛍の光が、目一杯広がっていた。
「え、もう帰っちゃうの? もうちょっと居なよ……一人で、この無駄に広い部屋に居るのも、なんかつまんないし………あ、あのさ、もしも、ケイがいいなら、今日は、その、うちに泊まっていっても、いいし……」
少女は顔を赤らめ、照れくさそうにそんな事を言ったが、
ここに、泊まるか………確実に僕は死ぬな。
「……親父も心配するし、悪いけど、もう帰るよ」
あいつは心配するどころか、僕が一年近く家に帰らなくても気づきもしなかった。もし気づいたとしても、何もしなかっただろうけど。
「………そっか、じゃ、仕方ないか。それに、もう時間も時間だしね。なんか、ごめんね、無理矢理付き合わせちゃって……」
「……いや、僕の空腹感極まりないこの胃袋を満たしてくれて、ありがとう。なかなかに、美味しかった、と思う」
人の事を褒めたのは、何年ぶりだろうか。
「なかなか? 凄く、じゃ無くて? ふふ…まぁ、いいか。私もなんか楽しかったし……ケイはさ、なんか、他の人とはかなり、そう、かーーなり違う感じがするんだよね。なんていうか、何て言えば良いんだろ? 良く分からないけど、違うんだ」
少女は僕をビシッと指差しながら、そう言った。
違うか。
かーなり悪い意味だと思うけど。
ソンナコトナイデスヨ、と一応否定しておきたい所だ。
……ていうか指差すな。
「…良く言われる、様な、気がする」
言う言わない以前にそんな人間関係は僕には皆無だけど。
「気がする? ……ケイってさ、やっぱり、面白い事言うよね」
少女が、クスリと笑った。
良く小説で小動物を思わせる仕草などと表現されるが、なるほど、あれはあながち外れていない表現なのだな。今頃そんな事に気がついたのは今の今まで同世代の(目の前に居るのは小学生だが)女性とまともに話した事が無かったから、とは、あまり思いたくないけど、事実なのだろう。
「……お前、本当に変わってるな」
思わずそんな言葉が口から滑り落ちた。
「ケイの方が変ってると思うけど」
少女がジト目でそう言う。
思わず視線が被ってしまった。
急ぎ、 窓の外へと視線を外す。
外では、真っ暗な海の中で、蛍の様な光が、窮屈そうに、ひしめいていた。
ここからは、人の姿など見えない。
実に、清々しい景色だ。
しばらく、外を見ていて、
またふと思った。
ここから飛び降りたら、どうなるだろうか、と。
楽に、死ねるかな?
いや、恐怖の方が先か。
少女に再び話しかけるまで、僕は深く思考に浸った。