記憶の片隅
結局、僕はその後、冷蔵庫(凄く大きい)に余った材料を収納したり、テーブルを拭いたり、食器を並べる単純作業に成就し、少女の手伝いを全うした。
役には立った、と思いたい。
やはり少女と向かい合って座るのは僕のナイーブな心が許さなかったので少女との議論の結果、少女に「食材費私もちなんだけどさー」と痛い所を突かれてしまい、あえなく僕が折れた。
仕方なく、少女と向かい合う形で着席する。
「じゃ、いただきまーす」
「……頂きます」
死して僕らの一部になってくれる生物達に最低限の礼儀を示し、すぐさま鍋を因縁の宿敵の様に眺めてたであろう僕は、血気盛んな若人よろしく鍋に襲いかかろうとする。
が、しかし、少女がそんな僕を箸で制止する。
「あのさ、私がとって上げるよ」
少し恥ずかしげに、僕が今まで経験した事の無い言葉を発する少女。
言葉の意味を吟味してみる。
「私が、取って上げる」……わたしが、とる……私が、殺る……つまり、「俺がお前の首を取ってやるばい!」という極道文句の様な意味だろうか? いや、しかし、この場でそのような意味を用いる訳が無いから、もしかして、
「男の子だからー、はい、野菜多めに入れといたよ」
と、少女が僕のためにわざわざ、鍋の具をとってくれた(野菜多め)。
「………………」
……あ、いかんな、つい惚けてしまった、
ありがとう、と心の中で呟いてみる。
いくら僕の性根が腐っていても礼くらいイエルヨ。
なるべく全神経を口の中に集中させて、一口食べてみる。
そして二口、三口、四口と箸が止まらない。
ここ数週間まともな食事にありついてなかったからだろうか、食欲が濁流の如く止まらない。
うまい、う、うまいぞ! こいつ、で、できる、こ、こいつはエース級だ! とか何とか考えてる内に――—
あっ、と言う間にお椀の中が空になる。
ダシが良く具にしみ込んでいて、味も濃すぎず薄すぎずで、なかなかにイケル味。
ずばり星四割五分五厘くらい。
こんなまともな料理なんて何年ぶりだろうか?
「まだまだ沢山あるから、どんどん食べてね」
そう言うと少女が僕のお椀を取り、心無しか小さな声で「お、おいしい、よね?」などと聞いてきた。
「……美味しい」
と、正直な感想を述べる。
「と、当然だよね」
ほんのりと頬を上気させ、少女が自信満々といった感じで答える。
また、少女に具を取ってもらう。
「はい、いっぱい食べてね」
少女からお椀を受け取る。
今度は魚介類が多めだ。
食べながら、ふと考える。
なんで自分はこんなにもこの少女と普通に話しているのだろうか、と。
ついこの間、初めて知り合った転校生で、違うクラスの少女。
僕が……こんなにも人と会話をしたのは、何年ぶりだろうか?
僕にしてみれば、奇跡としか言いようがない。
この少女と話をしていても、僕の心は、陰る事が無い。
……怖く、無い。
人と会話をしていて、僕がまともなままでいられる。
いつもならありえないはずなんだけど。
どうしてだろうか?
この少女は、平気だ。
……まったく、この少女は不思議だ。
いままで、僕が出会った中に、こんな奴は……。
少女の目を見た時、僕は、何を、感じた?
どうして、僕は、この少女と……。
……どうしてだ?
「でも、久々だなー、誰かと一緒にご飯食べるのってさ」
少女の声。
この声。
どこかで。
どこかで、聞いた事が……。
でも、どこで?
もしかしたら……………。
考えすぎか……。
ない、そんな事は、あり得ない。
そんな事が……あるはずが、ないんだ。
「どうしたの? ケイ、なんか顔色悪いよ? 食べ過ぎで苦しいの?」
「違う……何でも、無い」
すっかり空になった鍋を見つめて、そう答える。
あり得ない。
あの子は、僕が………。
僕が………?