月とスッポン
少女は最近出来上がったらしい(少女談)見るからに高級そうなマンション住んでいた……妬ましい。
マンションの入り口には警備員が立っており、そこら中に監視カメラが設置されている。
それに加え、マンションの設備とは似つかわしいフィトネスクラブがあるし、バーみたいな場所もあるし、こっ、これがセレブってやつか! と言えそうなくらいでもはやこれはマンションなのか? と勘ぐりたくなる。いや実際僕は勘ぐったけど。
おまけか何かは知らないが、少女の部屋は最上階の43階。
玄関はオートロックでしかも指紋センサーまで付いていた。
廊下はなぜか大理石だし床には動物の毛皮(虎か?)みたいなモノまで敷かれていたりで壁を見れば見るからに高価そうな絵画が掛けてあったり終いには天井からはシャンデリアまでぶら下がっている始末。
そんなセレブな空間に月とスッポンな僕は両手にスーパーの袋を握りしめながら足取りおぼつかなく超が付く程の高級空間を恐る恐る歩んでいた。
前方を歩く少女の足取りはバレリーナの様に軽やかだ(誇張)。
対する僕は悔しいが、周りのやたら高そうな壷やら絵画やらにぶつからない様におっかなびっくりひたすら視界不良な目を凝らす。
やたら重量のある両手の袋を、広いリビングルーム内のキッチンスペースに置く。
改めて、自分の存在している空間を見回してみる。
まず目に入るのは180度外のきらびやかな景色を見渡せる圧巻の大パノラマ。
思わず外に飛び出したくなったが、現在地点が地上43階だと思い出し、足がすくみ断念するしかない。次に目に入ったのは60インチはありそうな巨大な液晶テレビ。両脇には威圧感のあるこれまた高そうなスピーカーが置いてある。こんなテレビでレディース4を見たら、ぼ、僕は、どうなるのだろうか? ていうかこの液晶テレビ売ったら幾らくらいになるのだろうか? こっそり持ち出すのは、まぁどっかの三世なら……無理だな。ああ、そんなロマンの欠片も無い事しか考えられない自分が恥ずかしい今すぐ死にたい。家具はどれも僕(自称家具マニア)でも知っている様な高級な欧州メーカー製の物ばかりだ。ただ、リビングの床は大理石ではなく白いフローリングで心なしか僕の気持ちをスズメの涙ほど落ち着かせてくれた。フローリングよ、ありがとう。
とまぁ、そんなこんなで朝起きたらタクラマカン砂漠のど真ん中に居ましたという顔をして惚けていると、キッチンの方から、薄いピンク色のエプロンを身に付けた少女が「手伝わないの?」と意外そうな声で聞いてきたので「手伝わない」と当然の如く返事を返したら、顔面めがけてスプーン(鉄製)が飛んできたので、命の危険を感じ渋々少女を手伝う事にした。
キッチンはかなり広くて、あと五人くらい人が来てどんちゃん騒ぎしても余裕で料理ができそうだった(思っても無い事ですけど)。
「まったくもー、君にはデリカシーってものが皆無なんじゃないの? こういう時は女の子のお手伝いするって憲法で決められてるんだからね? ここがもしアラビアの世界だったら即刻打ち首獄門だよ。という事で、取り合えずそこの白菜切っといて」
少女が僕に背を向けながらそう指示してきた。
いや、ここはそんなバビロニアな世界じゃないし、そんな法律自体世界の何処にもおそらく存在すらしないし、多分。
というか後ろ手に包丁向けるのやめてほしいんだけど……。
ここで逆らっても無意味の極みなので「わかった」と小さく返事を返し、素直に白菜をみじん切りにする。
「それ終わったら、隣りの白ネギとかもお願いね」
「……………」
白ネギをみじん切りにする。
少女はどうやら魚を捌いている様だ。
後ろからだと分かりづらいが、かなり手慣れている様子。
「その白菜も白ネギとかも産地直送の新鮮なやつなんだよ。美味しく切ってあげてね」
美味しく切るなんて高度な技術を僕は取得していないので取り合えずみじん切りにでもすれば大抵のものは美味しくなるだろう多分おそらくそう思う。
「ところで」
肝心な事を聞いていなかった。
「ん、どうしたの?」
「何を、作るのか……聞いてなかった」
野菜をみじん切りにする手を、一旦止める。
「え? わからないの? 鍋が出てるでしょ? で、この食材、季節は夏、ときたらやっぱり寄せ鍋で決まりでしょ?」
夏は暦的にはもう終っているし、どこらへんが「決まりでしょ☆」なのかはじっくりお伺いしたい所だが。
鍋料理、みじん切りの野菜…………なんら、問題ないな。
「よーし、魚介類はこんなもんかー」
と、こちらに振り向く少女。
小学生のくせにやけに手際が良いじゃないか。
「どれどれ、そっちの進行状況は? て、なんで? なんでみじん切り?」
「……鍋料理の野菜って、みじん切りじゃなかったっけ……」多分。
少女が珍獣を見る様な目つきで僕を凝視する。
そして、少女は何故か、深い溜め息をついた。