電車 in the 女子高生
「えー、うっそー、なにそれ? 信じらんなーい」
…………。
「いや、これマジで本当なんだって」
外の景色に目を移してみたが、窓ガラスに反射した自分の顔が目に入ってしまい、また下を向く。
「え、なになに、それ何の話?」
電車が揺れる。
足下がぐらつき、反射的に吊り革に手を伸ばし、なんとかバランスをとる。
「だからさぁ、この前の打ち上げの時にさ、男子がクラスの女子にランク付けてたって話」
連結部分のドアに身を預け、視線を車内へと向ける。
「うわぁ、何それぇ、そういうのってマジ酷くない?」
車内で他人の迷惑それ上等な大声で話し合ってるのは、どこぞのやたらとスカート丈の短い女子高生の集団。
「マジありえないわぁ、そんなん女子でもやんないって」
……………?
「てかさぁ、うちのクラスの男子なんて、誰も相手にしてないっつの!」
何故、あの女共は、ドアの近くで、群れているんだ……もしかして、嫌がらせ?
「だよねー、あんなレベルの低いやつらがそんな事言うとか、まじありえないから」
電車が駅に着いても、床に置いたバックを退かそうともしない。
「でもさー、男子の中で一番かわいいと思われてんのが島津って、マジありえなくない?」
これでは降りる人にも乗車する人にも迷惑極まりないではないか。
「えー、ソレありえないわー、なんであんな子が一番なわけ? マジムカつくし」
アリエナイのはお前らだろ、と言える勇気は、まぁ僕にある訳が無い。
「だよねー、なんでよりによって島津なのか、マジわけわかんないよねー」
車内の人たちは、当たり前の様に皆目を下に向け、誰も彼も、彼女達を注意をしようとしない。こういう態度が日本の若本達を駄目にしてしまうのか、と思い込んでみる。
「ね、マジそう思うでしょ? あいつさぁ、なんか最近また男子に媚びだしたよね」
仕方がないので、目を瞑り、瞼の裏に引きこもる。
「あー分かるー、あのネクラ女、最近また調子乗り始めたよねぇ」
……………がたん、ごとん、が、ががが、たん、ご、とん―――
「ていうかさぁ、島津ってさぁ、マジでうざくない?」
……………腹が、減った。
「だよねー、ていうかぁ、あいつさぁ、あんだけ嫌がらせ受けてまだ学校来るとか、マジでどういう神経してんだろうねー」
………空腹……何を、食べようか?
「また、あいつの教科書、燃やしちゃおっか?」
破るんじゃなくて燃やすか………よくあるよね………………
「だめだってそんなんじゃ。それじゃ足りないっての。今度はさ、体育の時にあいつの制服、燃やしちゃおうよ」
それやられた事あります何回か……………耳でも、塞ごうかな………割と本気で、塞ぎたい。
「うわー、それマジ鬼畜ー」
オーイ、キチクハオマエラダゾー。
「えー、なにそれいいじゃん。マジであいつにはそれくらいやんなきゃ。また調子付くとかムカつくし」
目を開ける。
顔を少しだけ上げて、空っぽの女共を見る。
空っぽだと思っていた女共の中には、憎悪が、押し合いへし合い、てんこ盛りだった。
「てかさ、私たちのストレス解消もできて、お金も貰えるって、最高じゃない?」
「アハハ、それ言えてる」
僕の中で、アイツのどす黒い感情が、蜷局を巻いて、渦巻き始める。
「あいつさぁ、こんだけ嫌われてるのにさ、まだうちらに話しかけてくるとか、まじでウケるよねー」
「ていうかさ、あいつ必死すぎてマジキモいんんですけど。マジうざすぎだよ、あいつ」
ああ、この感じ、なんか、抑えられないな。どうしようかな。
「あはは、あいつってさ、まだ私たちの事友達だとか思ってんのかな?」
死なないといけない人間って、いるのかな?
「友達とか言って、あいつ、うちらの財布だったじゃん」
この感情は、ぶつけてしまった方が、いいのだろうか。
「あはははは、マジでそうだったもんね、あいつマジでうけるよねぇ」
他の人間にこんな感情を抱くなんて、僕ってなんて、ロマンチストなんだろうか。
でも、この感情は、心の奥に閉まっておくのが、世間の常識なんだろうな。
良かった、僕は次の駅で電車から降りられる。
電車が、駅に着く。
僕は、ここで、降りるんだ。
僕は、降りる時、すれ違い様に、心の中で、言ってやった。
只、前を向いて、目線を固定して、彼奴らに、
「死ねば?」って心の中で、
………あれ?
心の中で言おうと思ったけど、つい、口から出てしまった。
僕が降りた直後、すぐにドアが閉まり、電車は前へと進み始める。
「………………」
電車が、遠ざかっていく。
色んな人の、色んな感情を乗せて、遠くに、行ってしまう。
暫く、電車が遠ざかるのを静かに見守って。
少しだけ湿った、淡い空気を、大きく吸い込んだ。
そうしたら、ほんの少しだけ、気持ちが、落ち着いた。
それから、僕はまた、歩き始める。
まぁ、でも、あれは僕の本心だったから、いいんだろうな。