否定的で絶望的な勇気
クモの巣だらけの内容物を有する脳が幾分かシェイクされ平衡感覚の欠如した状態で床を這いながら、なんとか階段を上り始める。
階段を上がって、すぐ目の前にあるアイツ(2)の部屋のドアの隙間からは色とりどりの光がだだ漏れしている。どうやら、アイツ(セカンド)は今日も自分の部屋で自宅警備員の仕事を熱心に続けているらしい。
この部屋に気軽く入って「そぉんなぁに暇なぁらー代わぁりに学校行ってくんなぁい?」と言ってみたいのだが、その一言がアイツ(二)の精神を崩壊させかねないので、止めておこう。
アイツ(弍)が本気で暴れたら、今度こそ僕は頭を吹き飛ばされるだろう。
事実、僕は今まで三回程あいつ(煮)に撃たれた事がある。
まぁ、運が良いのか、それともあいつ(児)の腕が悪いのか(多分後者の方)僕は今までの三回の襲撃の内、まだ一回しか負傷していない。え、ここは日本? 知ってますともそんな事。この国は世界に誇れる平和で民主な放置国家………法治国家である。が、しかし、そんな理屈はこの家の住人達には通用しないって事が僕にはもう嫌という程分かってしまっている残念だが。
たく、なんでアイツ(荷)は銃刀法違反で逮捕されないんだか。
警察が早い所、アイツ(ⅱ)をしょっぴいてくれる事を切に願うのが僕の日課であるが。
未だにアイツ(貳)は警察に引き取ってもらえていない。
なんでだろうか?
粗大ゴミだからかな?
警察は未だ、一度も来てくれていない。
あ、そうか、引きこもってるからか。なるほどなるほど。
僕は、アイツ(弐)の仕事を邪魔しない様に、抜き足差し足で三階へと行き、自分の部屋に入室した。
ボクの部屋には机、椅子、ベット、あとゴミ箱位しか家具が無い。
ゴミ箱が家具の内に入るのかは、専門家でないのでノーコメント。
我ながら実に無味乾燥なインテリアだ。
あまりにもシンプルすぎて逆に居心地が良いくらいである、いやホントに。
バックを机に置き、服を着替える。
部屋の中はむせ返ってもむせ返りきれない程、空気が籠っていて、カビ臭い、尚かつ、どうしようもなく気分を害する、そんな熱気に包まれていた。
そしてボクの気分は幾らむせ返ってもむせ返りきれない程、下限無く最悪であった。
目眩がしていて頭も痛むが、この空気の悪さでは僕が窒息しかねない。
仕方が無いので、渋々、換気をしようと部屋に一つしかない窓を開けようとした時、思わず硝子に映った自分の顔を見てしまい、さらに追い打ちをかけるように気分がどうしようもなくロォウになったので、あえなく断念。
熱のこもったサウナみたいな室内のフローリングの床に、死んだ野ウサギみたいに生気を感じさせない四肢を投げ出す。
立っているよりかは、冷たいフローリングの床に寝転んでいる方が、幾分か楽だ。
暑苦しいヤツはお高い所がお好きらしく、ホコリっぽい床は嫌いらしい。
仰向けになったまま、何となく、天井のシミを見つめる。
つい最近発見した、天井のシミ。
虫の様で虫じゃなかった、小さな黒いシミだ。
一点を見つめる分には対して負担はかからない。
薄暗い天井に、窓の外の、いつもより赤みの強い夕焼け空を、空想する。
ぼやける境界線。
眼球に浸透する鮮やかな赤。
まだ、色の識別くらいは、出来る。
傷が疼く。
頭を過る少女の顔。
少女の顔をまじまじと見つめたわけではない。
ただ、あの真っすぐとした瞳が、妙に、印象的だった。
少女と目が合った時、なぜだか、僕の感覚が、一瞬、鈍ったような気がした。
昔は、僕の注意散漫で、思わず他人と目を鉢合わせしてしまった事が、何度もあった。
その度に、他人の冷たい目を見るたびに、僕は、ますます人を拒む様になっていった。
何処に居ても、何をしていても、視線が、他人の目が、恐かった。
誰も僕の事なんか、気にかけていない。
そんな事は、分かっているし、そうであるのが望ましいって事も、分かっている。
それでも、僕は、恐ろしい。
他人が、他者が、あの無機質な目が、視線が、恐ろしくて、仕方ない。
でも、あいつは、あの少女は…………
他の奴らとは……
………いや、止めよう。
この手の話は、無意味だ。
僕は、他人とは、まともに関われない。
近づく事は、出来ないんだ。
僕は、自分を守る事すらできない、惨めな、人間の、成り損ないだ。
今の自分を支えられているかどうかも、怪しい。
どうせ壊すなら、何も感じなくなるくらい、そう、徹底的にやっておけばよかった。
中途半端に残すと、今の僕みたいに、なるから。
あの時、僕に、あと少しだけ、否定的で、絶望的な勇気があれば、僕は………