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ねくら  作者: 名無しの
其の① 狂実少年と現実少女
18/43

僕のお義父さん




元気よく「ただいまー!」と心の中で言ってはみたものの、実際、声に出すのはセーラー服を着用し学校に行きわざと際どいパンチラした挙げ句いちゃもん付けるくらい気が引けたのでやはり止めておく。非常に恐ろしい妄想である。

 僕はなるべく音を立てない様にドアを開閉し、無言の帰宅を果たした。

 くそ、少女を駅まで輸送するのは思いのほか……いや、予想は出来たけど……大変だったな。

 ………仕方ないじゃないか。

 この僕の100メートル走で貧血になるような基礎体力で二人乗りなんて高度な技走は始めから出来っこなかったんだ。一体何度車に轢かれかけたか……少女は僕らの寸前の所を車がすれ違っていくのを面白がっていたけど、多分車を運転していた人にとっては迷惑極まりない行為だったろう。

 他人に迷惑をかけて死ぬなんて僕のポリシーに反している。

 僕は死ぬ時くらい誰にも迷惑を掛けずに一人ひっそりと孤独に苛まれながら山奥かどこかで果てていく、と心に決めているのだ。まったく、危うく僕の計画が破綻する所だった。

 ………はぁ、でも、今日はホントに色々と疲れたな。

 僕は今日一日でこんなに神経すり減らして疲れ果ててしまっているというのに、リビングルームは相変わらず、足の置き場の無いくらい…………はぁ、な有様か。

まぁ、でも、結局僕はどれだけこのリビングルームの惨状に文句を垂れても、この状況を改善しようとする善処をまったくしようとする気がないのだけれど。

そんな事を考えながら、頭を垂れ、床に向かってため息を一つ吐き、雑音を甚だしく僕の耳に届けている今時珍しい我が家のアナログなテレビに目を向ける。

 僕が学校へ行く時、テレビを消すのを忘れたらしい。

 テレビ画面は今朝僕が見ていたチャンネルに固定されたまま、淡々と目に優しくない青白い光を発し続けていた。

 蜜柑色の西日が差し込む、涼しさの欠片も無いこもりにこもった室内で、僕はまた、深いため息をついた。

 帰ってきたら帰ってきたで、今日という日は果てしなく僕を憂鬱な気分にさせたいらしい。

 まったく、こんなんで良くエコエコ言えるもんだな、とかお門違いな文句を脳内で垂れ流しながら鬱屈した気分でテレビを消し、もういっその事今日は早々に寝てしまおうかな、などと考えつつ、リビングルームを出ると、


 ばったり、本当にばったりという表現にふさわしく、アイツに遭遇してしまった。

 

 気配は全く感じなかった。

 扉の開く音も聞こえなかった。

 でも、アイツが目の前に、居る。

 茹だるような熱気の中、額から、嫌な汗が、一気に吹き出してくる。

 だけど、僕の心臓は、冷水風呂に浸かった時のように、何かに締め付けられているような圧迫感に襲われていた。

 どうやら、今日は、本当に、運のない日の様だ。

 これで、確定だ。

 アイツの顔が視界に入る。

 一瞬、こみ上げてくる吐き気に目が眩む。

 が、日頃の習慣というやつであろうか、体中の筋肉(無いよりマシ)が自然と来るべき衝撃に耐えるべく、臨戦態勢に入る。

 保健室の人体模型と張り合えるくらい、無表情な顔。

 まるで人間味を感じさせない、濁りきった二つの目玉が、僕に焦点を定める。

 アイツの口もとが、不自然につり上がった。

 世間一般に言われる人の良い人相とは正反対の人相の持ち主。

 不意に、あいつの右腕が頭の高さまで持ち上がる。

 頭の中で、昔どこかで聞いた様な、ゲームの音楽が、鳴り響いている。

 そのアナログな電子音が、本当に笑っちゃうくらい、この場面にミスマッチしていて、

 あ、これ、ゲームオーバーの時の音だ、なんだ、でも、全然笑えないな。

 なんでだろ?

 あいつの平手が、勢いを無視する勢いで僕の頬めがけて急速に落下。

 「あっ」

 目は瞑らなかったけど、口からは間抜けな声が勝手に飛び出していた。

 怖かったから声を出したんじゃない、アイツの能面に張付いた笑顔が、あまりにも不気味だったからだ。

 ボクの視界不良で感覚不良な左頬に鈍い衝撃。

 濡れたタオルを、勢い良くコンクリートの壁にぶつけた様な音が、暗く無音だった室内に、空しく響き渡る。

 僕は退出したばかりのリビングルームに勢いよく強制送還された。

 運悪く、テーブルの足に頭をぶつけたのか、後頭部からじわりと僕の感覚神経に痛みが染み込んでいく。

 想定外の痛みに顔を一瞬だけ歪めてしまう。

 いっそ、このまま頭を両手で抑えて、床の上をのたうち回ってしまいたい。

 けど、今は、痛みを噛み締めている場合じゃない。

 早く立ち上がらないと、もっと、酷い目に遭う。

 そう思い、床に手を付き、立ち上がろうとする僕の鳩尾に、間髪入れず、今度は蹴りが叩き込まれる。

「グふぅ」

 家の中だろうと革靴を脱がないあいつの爪先が、鳩尾にめり込み、僕の呼吸は、数秒の間、止まった。

 僕は涙を流しながら噎せ返り、無意識に背中を丸めようとするが、あいつの蹴りが再度、腹部にのめり込む。

「ガぁ、はぁ、は――」

 腹部を蹴られた衝撃で、肺が圧迫され、やっと吸い込んだ空気が、全て放出される。

 息が、出来ない。

 苦しい――

 僕は気管を伸ばす為に、顔を上げようとして、

「がッ!」

 顎に重たい衝撃。

 一瞬、天井と床の位置が逆転した。

 前のめりになっていたはずの体は、顎への反動で、後ろへと吹き飛んていた。

 再び椅子の角へと頭をぶつける。

 熱を持った痛みが鼓動を始め、頭の中では意識が上下左右に激しく揺さぶられ、目の前の光景は明減を繰り返している。

 僕は立ち上がろうとしたが、平衡感覚に異常をきたしたのか、上手く立ち上がる事が出来ず、膝は僕の意識を無視して、崩れてしまった。

 頭の内容物が、全て溶けてしまったかの様に、僕の意識は曖昧で、空中を彷徨っていた。

 アイツは、僕の体を、蹴り続ける。

 爪先の硬い部分で、踞った僕の脇腹を、背中を、腕を、頭を、何度も、何度も、繰り返して、執拗に。

 蹴られるたびに、痛みの箇所が、一つずつ、増えていく。

 もう、ろくに防ぐ事もできずに、僕は、痛みを只、受け入れるしかなかった。

 最後に、僕の頭を、まるでサッカーボールでも蹴るみたいに、蹴り飛ばしたアイツは、やっと満足したのか、僕に背を向け、調子の無い鼻歌を歌いながら、玄関の方へと、歩いて行った。

 鼻から、つっと、何かが垂れてくる。

 鼻水? 風邪でも、ひいたかな……

「………………………………」

 ………アイツの、不意の、ストレス解消。

 もう家に帰ってくる必要もないくせに、突然、思い出した様に、帰って来る。

 何が気に入らないのか……多分、理由なんて、特にないのだろう。

 家の中で鉢合わせしただけで、アイツはここまでやる。

 そこいらの破落戸よりも、遥かに質が悪い。

 今回もいつもの様に身構える事ができたのだが、今日はとことん、運が悪かった。

 鳩尾への一撃と、顎への一撃を、もろに喰らってしまった。

 唇にも違和感を感じる。おそらく、出血しているからであろう。

 しばらく、フローリングの床に寝そべり、自分の被害状況を認識しようとしてみる。

 腕の感覚、無い。

 脚の感覚、無い。

 腹部は………どうやら、骨は、大丈夫、と思う。

 口内からの出血、結構多量。

 鼻血、垂れ流し。

 そして、頭が割れるように、痛む。

 あーあ、こいつぁ、なかなかに、手ひどくやられたもんだ……

 あいつが外へ出て行ったのを確認し、ようやく起き上がるが、足下が二日酔いのサラリーマン(リストラ組)の如く千鳥足この上ない状態であった。

 再び、床の上に大の字に寝そべり、しばしの休息をとる。

 ……追い打ちがあったけど、この程度だったのは、運が良かったと言えるだろうか。

 この前遭遇した時は、肋骨折られたから……今日は、未だ、ましな方か……………

 それにしても、……久々に会って、言葉も交わさずに、この仕打ちかぁ……

 まぁ、言葉を交わすのは、こちらから願い下げだけど。

 もっとこうなんかねぇ、熱い抱擁とかさぁ、あってもいいんじゃないかねぇ、マァイパァピーはとっても恥ずかしがり屋さんだなぁ、全く。

「は、ははは、あははっ、ははははっ、はははははははははははは――――」

 自分の頭の逝かれ具合についに我慢が出来きなくなったのか、僕の口元の筋肉が脳からの命令を一斉放棄した。

 夕焼けに照らされ、紅色に染まった部屋の中に、場違いな笑い声が響く。

「はは、はぁ、ハ、ハ、は……ハ…ははは、ハ、クッ、くくく……はは……ハ……はァ、はぁ…………なんで、僕、笑ってんだ……」

 両手で口元を無理矢理抑つけ、やっとの事で耳障りな音を鎮める。

 目の中が妙に熱く、視界が滲んでいる。

 瞬きをすると、目尻から何か熱い雫が、頬へと流れ落ちて来た。

 手で掬い上げてみる。

 その液体は、僕の予想とは反して、真っ赤な液体では無かった。

 それは透明な液体であった。

 これは、涙?

 僕は、泣いていたのか?

 なんだ、僕は、笑いながら、泣いていたのか。

 自分が泣きながら壊れた様に笑っている様を想像してみる。

 とてつもなく、気持ちが悪くなり、吐き気が込み上げてきた。

 目を瞑る。

 瞼の裏に、アイツが楽しそうに、僕を殴っている光景が浮かんできた。

 瞼を、開く。

 さっきより、少し室内は暗くなっていたけど、僕に見える世界は、さっきより、ずっと、赤みを増していた。

「………アイツは……僕が………必ず…必ず…」

 その先の言葉と、その思いは、今は、心の内に、仕舞っておこう。

 そして、いつか、僕が消える前に、必ず、引き出そう。


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