慣れ慣れしいヤツ
「……僕の名前は、霧崎」
当然、少女の方など微塵も向かず、黒板に向かって自己紹介をする。
「霧咲くん……霧が咲くか、なんかカッコイイ名前だね。多分ご両親は秩父出身だね。いやー、私も秩父は6番目位に好きな場所だし、いいところだよね、秩父って。行った事無いけど」
いや霧が咲くって意味が分からないし。そもそも名前じゃないし名字だし。というか漢字間違ってるだろコイツ。そして最後らへん絶対適当に言ってんだろ。
「下の名前はなんて言うの?」
「……刑」
ここでまた首を絞められたのでは次こそ本当に失神しかねん。
「けい、ケイか……いい名前だね」
なにを根拠に言っているのか……。
「けい」って響きの名前の奴は五万といると思うけど、刑って書く奴はあまりいないと思う。
なんたって、死刑の刑だ。全くナンセンスじゃないか。心底親の顔が見てみたいよ。本当はこれっぽっちも見たく無いけど。ていうか、馴れ馴れしいやつだな……。
「今、授業中だよね……なんで、あんた、ここに居んの?」
転校初日から授業をバックレル奴なんて聞いたが事ない。言語道断だ。僕が言うのもなんですけど。
「だって、なんだか退屈なんだもん。大体さ、教科書に書いてある事をいちいち黒板に複写して、それを私達がまた書き写して、ってなんか意味あんのかな? ただの二度手間だと思うけど。先生の細かい説明なんかも大切だと思うけど、そんなのより参考書とかネットとか使って自分なりのペースで勉強した方が効率的だと思わない?」
だったら学校くんな塾にでも籠ってろ、と言いたい気持ちはそっと箪笥に閉まって。
出ました。出ちゃったよ。なんで出て来る?
これができすぎ君タイプと言うやつか。
漫画の住人だと思っていたけど、実在したんだ。
少し感動した。もう満足だ。
こういうタイプは大体、口だけで全然勉強できない奴と学校の授業なんて簡単すぎて受ける気しないよってタイプの二種類に分けられそうだな。少女は……勉強はできそうだけど……かけ算とか、割り算が……。
「……僕は、君程頭が良く無いし、今だって授業サボってるわけで」
一応、後者と仮定して話そう。
「別に、私が頭が良いって言いたい訳じゃないんだけど、………まぁ、いいや。ところでさ、ケイはなんで授業サボってるの? しかもこんな小汚い部屋で?」
いきなり下の名前で呼ばれたのはボクの数少ない交流関係の中でも初めての経験であります。
なんなんだこいつは? 馴れ馴れしいんだよ。ていうか小汚いって言うな。
「……僕は……ただ、あの教室に、居たくないから」
嘘は言っていない。
あの教室に居ると山岳ゲリラみたいに息を殺して、淡々と授業を受けてないといけないから。
休憩時間に僕が取る行動パターンなんて数種類しかない。
教科書と睨めっこをして遊ぶか、ひたすら真っ白なノートを黒鉛に染めていく作業に従事するか、窓の外を見てバードウオッチングに徹するか、もしくはトイレに行くか、それくらいしか、僕にはやる事がない。
たまに聞こえる僕の悪口には、聞こえているのに、無理矢理聞こえていないフリをして、対処する。
仕方が無いにも程がある。
教室内で僕は忌み嫌われた存在なのだから。
笑いたい。
……笑おうか。
はっはっは………。
詰まる所、僕は、教室に居てはいけない存在。だから、仕方がない。
それに、僕は始めから、諦めている。
よし、今度から売店の自動販売機にでも交代してもらおう。あばちゃんの方でもいいや。
「な~んか、暗い顔してるよ、ケイ? よーし、こうなったら、恒例のアドレス交換しようか! うん、それがいいよ。ていうか、親睦深めるためにさ、大学1回生時は誰でもいいから知り合った人とメアド交換しとけば十回に一回はコンパに呼ばれるっていう理屈でさ、ね?」
なんの恒例だよ。
そして、その理屈は僕には当てはまらないぞ、とはいちいち言わない。
というか、ほんとーーーーに慣れ慣れしいヤツだな、こいつ。