サイコ幼女
心臓が鷲掴みにされてあげくの果てに握り潰された様に停止する。
一瞬、顔から元より無いに等しい血の気が一斉退場した。
声が出ない。
幼女と目が合う。
切れ長の瞳に睨め付けられる。
不覚ながら、目が、離せない。
そして硬直。
さながら、大蛇(幼女)に睨みつけられた襟巻きトカゲと言ったところか。
万事が窮すな感じで、僕がちびりそうになっていた、いや、実際少しだけちびっていたが、そんな時、
「ふっ、ふふふふ、あっはっはっはっはっははっはひっひっひッッ!!」
幼女が、突然、大声で笑い出した。
「!?」
あまりに突然で、さすがの僕も冗談の一つも思いつかない。
おそらく、今世紀最大の惚けた顔であっただろう。
「あっ、ごめん、ごめん、驚かせちゃった?」
いや、あなた、驚かせちゃったも何も危うく心臓停止して南無阿弥陀仏ってところでしたよそこんところ分かってますかていうかふざけんな。
「驚かせたも何も危うく死にそうに……それより、あんた、誰? 見ない顔だけど……」
何時もなら秒速で顔を背ける僕だが、ショックのせいか、まじまじと少女を見つめてしまう。
僕の目の前に居るのは、切れ長の瞳が特徴的な、肌の白い、小柄な、まぁ、なんというか、幼女だ。
「わたしは、柳瀬伊万里。今日この学校に転校してきたんだ。いやー、この学校思ったより広いねー。危うく迷子になりかけたよ。まぁ、前の学校の五分の一位だけど。で、君の名前は、なんての?」
森鴎外です。
なんて言ってもいいんだけど、すぐばれそうだから止めておこう。
伊万里か、なんか瀬戸物焼みたいな名前だな。さては、両親は瀬戸出身だな。どうでもいいか。そんな事は。
「…………ここってさ、高校だから、来る学校間違ってるよ。じゃ、さよなら」
まったく付き合ってらんないよこんなサイコ幼女こっちはただでさえ短い人生をさらに短く死そうになったんだよまぁそれはそれでいいんだけどでもしかしなんで高校に小学生が――
「ぐぇ」
突然、後ろから何かを首に巻き付けられた。
思わず、ホントに思わず、間抜けな声が口から飛び出る。
「ちょっと待って。君、それがこんな可愛い女の子に対する反応なわけ? あと、私は歴とした高校生ですから!」
「ちょ、ぐるじい、ぐび、じばってる、っで」
高校生? こいつが? 小学生の間違いじゃないのか?
「じゃあ、あなたの名前、教えてくれる?」
「ぐ……わがっ、だ」
首に巻きついていた何かが解かれる。
やっとの事で、僕は窒息の危機から逃れられた。
「く、お前、それ、僕のワイシャツじゃないか」
僕の首を絞めていた何かとは、僕が脱ぎ捨てていた、ワイシャツであった。
「あのさ、君、上半身裸で廊下に出るつもりだったの?」
「……そうだけど」捕まるけど。
「……まぁ、とりあえず、コレ、着て」
く、こんな幼女、いや少女から施しを受けるなんて……不覚極まりない愚行だ。
……それにしても、コイツが高校生?
見た目から判断したら小学生にしか見えないのに。
ある特定の人種にウケそうだが……。
まぁ、どうでもいいか。
「ふぅ、じゃ、僕、授業があるから」出ないけど。
「ちょ、ちょっとまって、だから君の名前教えてよ!」
「は? なんで僕が不法侵入の小学生に名前を教えないといけな――ぐぇ、ちょ、ぐるじい、わがっだ、おじえるから」
「もう、早く教えてくれればこんな事しないのに」
なんだ、この幼女? 何でロープなんて持っているんだ?
くそ、なんか面倒な奴に捕まってしまったみたいだ……。
早い所、こんな奴からおさらばしたい。ついでにこの世からも。
「僕の名前は……」