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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
9/75

 7 日本人街と、事件の始まり



「ほお~、前にこっち来た時の友達なんか」

「ああ。一緒に魔物と戦った仲でな。ダチというか戦友というか」

 翌日。

 クーの事をそんな風に説明しながら鋼は学園の廊下を歩いていた。

 日向に省吾に片平、そして合流したシルフ組の凛に有坂という、昨日も一緒に過ごした面子が揃っている。

 双方の世界の文化の違いを学ぶ、異文化という必修授業を今しがた終えて六人は合流したところだった。選択授業が始まるまでたいした授業はなく、ほとんどは今のように自由時間である。

 昼食には少し早いので今から街を散策しつつ選択授業をどうするかを話し合うのはどうか、と省吾から提案があったのだが、実はクーを校門で待たせていた。折角なので彼女を紹介したいと思い、簡単にだが事情を話している。

「……っていうか、よくバレずに外出れたわね。そっちの寮は警備とかヌルいのかしら」

「厳重ではなさそうだぞ。窓から出たら守衛室の前は通らなくて済むし、あとはセキュリティの魔術に引っかからねえようにするだけだ」

「あー、そういう魔術はやっぱりあるのね……」

 自分も夜に抜け出してみようかと目論んでいたのか、有坂はがっくりと項垂れた。有坂と省吾が住む学園敷地内の第一寮の警備体制がどうなっているか鋼も知らないが、急造の第二寮よりザルな事はあるまいと思う。

 少なくとも最低限、魔力の有無は感じ取れないと抜け出すのは無理だろう。こちらで生活し普段から魔術に触れていれば、日本人でもすぐに魔力に対しての感覚は身についてくる。

「え、あの寮にそんな魔術がかかってるんですか?」

「はい。塀の上部分に沿って魔力が流れていて、術者以外の魔力を異物として察知する、というタイプの結界型だとは思うんですが……」

 これは片平と凛の会話だ。昨夜抜け出そうとして初めてその結界とやらの存在に気付いた鋼とは違い、凛はその術式を読み解く段階まで理解が及んでいるようだ。

 しかしなんとも、迂闊である。

「……もしかして村井さんって、魔術についてかなり詳しかったりします?」

 少し声のトーンが変わった片平に、凛もそこでしまったという顔をした。

「え、あ、いえ! 私なんか全然! 全くたいして詳しくないですよ、はい」

「でもきっと私より詳しいですね! なんで魔術の内容と型式が分かったのか詳しく教えて下さい!」

 すがるような目つきで凛がこちらを振り返るが、それ以外の鋼達四人は諦めろと首を横に振った。

 凛を質問攻めにし始めた片平をちらりと見て、有坂も鋼に訊ねてくる。

「でも本当にあの子、詳しそうな感じよね。普通はその、結界? とか、見て効果が分かるものなわけ?」

「俺も日向も無理だな。ここに結界っぽい何かの魔術がある、程度で分かるくらいで。しょぼい感じだとかなんかすげー効果ありそうだとか、それくらいならまあ、ちょっと注意すりゃまだ判別できるが」

「素人が――例えば私がこれから勉強して、村井さんみたいに結界の効果見破るレベルの魔法使いになるのにどれくらいかかりそう?」

「……」

 答えるのに気を遣う質問だった。その逡巡だけで察したのかは有坂は頷く。

「どれくらいかかるか分からないくらい離れてるのね?」

「いや、というかだ。魔術師っていうのはかなり才能と適性で左右される。ルウに出来ない事が、その辺の素人が魔術を習い始めてすぐ出来る可能性もある。だがその場合でも、他の魔術はどれだけ努力してもルウのように出来なかったりしてな」

「得意・不得意が人によって色々変わるから、同じ事が出来るようになるか分からないってわけね。そういうのいいわねえ。自分がどの分野に適性あるのかって楽しみがあって」

 その期待に水を差したくはなかったが、鋼は一応忠告しておく。魔術を習うならどうせ知る事になる世知辛い現実を。

「言っとくが基本的に才能がものをいう世界だぞ。適性の高さは皆まちまちだからな。例えばだ、風系魔術の適性たけえ奴を集めたとすれば、ゲーム的に言やあ『風レベル2、炎レベル1』って感じのがほとんどなわけだ。だが才能ある奴には『風レベル3、炎レベル5』みたいなのがいたりする。こいつは分類すりゃ炎系が得意な魔術師になるが、ほとんどの奴より風系も強いって事になる」

「うわ、やな話聞いちゃった」

 嫌そうな顔をするのは、自分は魔術の才能の無い側だろうと自分で思っているからだろうか。有坂の反応は興味深い。

 この話を日本人が聞けば、自分がその才能溢れる魔術師の卵だったらと夢想する奴が多いのではなかろうか。

 中学校で鋼に魔術についてやたら訊いてきた同級生達はそういう反応の者が多かった。パルミナに志願者が殺到したのも同じ理屈に違いない。

「……ルウのレベルで術式を見破るには、分析とかそういう系の適性がかなり高くないとそもそも無理でな。その適性があっても素人には多分難しい。それぐらい高いレベルの技能だよ、あいつは当然のように言ったが」

「結局私には無理そう?」

「仮に平均くらいの適性でも、何十年か努力すりゃいけるかもしれん。俺もたいして詳しくないからはっきり言えんが……」

「何十年って……」

 凛の適性はかなり高く、更に修練を積んでいる。追いつくにはまず、同等以上の適性がある事が大前提なのだ。

「……ねえ。そういえばさっき、村井さんに出来ない事が素人でも出来る可能性がある(・・・・・・)、て言ってたわよね。そもそもそんな言い方するって事は、もしかして彼女、間違っても素人とは呼べないレベルだったりする?」

 鋭い指摘だ。隠してもしょうがない情報ではあるのだが、特に言うつもりも無かった。完全に鋼の失言である。

「……ああ。結構マジで、ルウの魔術の腕は素人とは呼べんレベルだ。あいつならこっちの世界で魔術師として食ってけると、ルデスで俺達に魔術を教えてくれた師匠も保障したくらいだからな」

 有坂も、横で話を聞いていた省吾も、驚きと感嘆のこもった目で凛を見やった。一時的に異世界に行っていただけの日本人が、まさかそれほど魔術に通じているとは思いもしなかったのだろう。

「そんなすごかったん!? 十代の魔術師とかフツーはおらんって、前にわいもこっちで聞いたで。自分の適性に合った一系統の魔術を使えるだけやったら魔術師って名乗れんのやろ、確か」

「いやそれは俺も知らんが……。魔術学校の卒業生とかなら、十代でも複数系統使えるヤツいそうなもんだがな」

 フィクションでありがちな魔術を習うための専門施設、いわゆる魔術学校なるものもこちらの世界には存在している。パルミナにはそれ専門の教育機関は無いそうだが、魔術の授業も受けられる騎士教育学園がその役目も果たしているようだ。

 凛は魔術の才能と適性、更にもう一つの重要な要素である魔力容量にも恵まれており、今の時点でも鋼や日向が追いつくのを諦める高みにまで達している。時間をかけて学校で魔術を勉強すればどれだけの魔術師になれるか。それは日向と二人で密かに楽しみにしている事だった。


 話しながら、校舎から前庭へと鋼達は出て行く。

 昼過ぎまでずっと休憩時間が続くので、学外に出るのに外出許可は必要ない。昼休憩と放課後だけは申請が不要で、今の扱いも昼休憩になっているからだ。

 それ以外は全て許可が要る。例えば休みの日の外出であっても寮で行き先を申告しなければいけない。全寮制なので仕方ないのかもしれないが、煩わしい規則だった。他にもまあ、これは当然の措置だが異性の寮にはいかなる時も立ち入り禁止だったりする。

 そうやって色々と行動を制限されている故か、この時間帯は外へ出かける生徒達が多いようだった。日本の都市部の学校よりは生徒数が全然少ないのでそうたいした人の波ではないが、目につく生徒は全員正門に向かって歩いている。

 校門をくぐる際どいつもこいつも妙に足が鈍るのが気になったが、ほどなくその理由は知れた。出てすぐの通りに、悠然とした立ち姿のやたらと目立つ美人がいたからだ。

 こちらに気付いたクーに軽く手を上げると、きりっとした表情がぱっと笑顔に切り替わる。

「え……、もしかしてあの人なの? こっちの友達って」

 尻込みしたように言う有坂と同様、省吾も片平も彼女を見て硬直している。あれほどの存在感となると同性でも怯ませる効果があるらしい。

「わー、クーちゃん久しぶりだなあ。でもなんであの人といるんだろ?」

 日向と凛は昨夜、鋼の携帯を使ってクーと話しているので二年ぶりの直接の再会とはいえ冷静だった。それでも抑えきれないとばかりに歩調を速める日向は、隣に立つ人物に首をかしげている。

「久しぶりだなヒナ!」

「わぷ!」

 前に立つやいなや、問答無用で日向はクーに抱きすくめられる。小柄なので相手の体に完全に埋まっていた。

 大人びた表情は既になく、クーは快活な笑みを見せている。

「あんまり成長してないな! ちゃんと食べてるのか?」

「食べてるもん! 牛乳だって飲んでるし!」

 久々に会った姉妹みたいで微笑ましい場面だった。クーが手を離し、次の獲物に視線を移す。

「お久しぶりです、クーちゃん」

 じり、とさりげなく一歩下がった凛に対して、クーは構わず二歩踏み込んで抱きついた。

「ああ、久しぶりだ! 元気にやってるようだな!」

「あ、あの、クーちゃん。ここは天下の往来ですし、その……」

 往来どころか学園の真正面、大通りの真ん中だ。

 学園生徒からも通行人からも、何事かと注目されているという状況を察して凛はあたふたしている。普段から他人の視線に慣れているせいだろうか、クーは全く気にした様子もない。省吾達三人は後ろで小さくなっていて、視線の中心に巻き込んだ事を少し申し訳なく思う。

 抱擁の最中、クーは何かに気付いたようにはっとなり素早く凛から離れた。

 解放されて安堵する凛の胸元に恐る恐る視線を送る。……やはり当然、気付いてしまったようだ。

「これは、また……。ヒナとは違い、恐ろしい成長を……」

「! へ、変な事言わないで下さい!」

 体の前面を両手でかばい、凛は顔を真っ赤にして抗議の声をあげる。どこがとは言わないが、正直手で隠しきれていない。

「次はコウだな!」

 さらりと流して次はこちらへ抱きついて来ようとするのを、相手の額を手で押さえつける事で鋼は阻止した。クーはもっと近寄ろうとぐぐっと力をかけてくるが、当然鋼もぐいぐいと押し返す。

「……そもそも昨日会ってるだろうが」

「いいじゃないか減るものではないし」

 口を尖らせて可愛く言っても無駄だ。これ以上周りから注目される要素を作りたくはない。

 その状態のまま鋼はクーの横に立っていた学園の男子生徒に視線を向ける。

「昨日会ったマルケウス、だったよな? こいつと知り合いなのか?」

 金髪緑眼のソリオン人。入学式の日、講堂前でイチャモンつけてきた同じクラスの貴族少年だ。

「いや、僕は……」

「彼はマルケウスというのか。学園前でコウ達を待っていた私に、学園の者に用件なら取り次ぐが、と声をかけてくれたんだ」

 昨日とは違いなんだか歯切れの悪いマルケウスに代わりクーが答えてくれる。これがただの男子生徒なら、ああナンパかと思うところだが、なにせ生徒五人の揉め事に堂々と首を突っ込んだ少年だ。偉そうに見えて案外、困った人がいれば放っておけないという性格なのかもしれなかった。

 ただどう見てもクー相手にがちがちに緊張しており、下心が全く無かったわけでもなさそうだったが。

 ようやくクーは鋼に抱きつこうとするのをやめ、マルケウスに向き直って微笑んだ。

「この通り待ち人が来たので私も行くよ。親切にありがとう」

「! い、いや。当然の対応をしたまでだ。探し人が見つかって、良かった」

 銀髪美人の微笑をくらい、上ずった声で貴族少年はそう返した。

 それから視線を逸らし、まだ何かを言い足りなさそうにもう一度クーを見、言葉を呑み込んで学園内へと去っていった。

 彼女の笑顔に呑まれそうになる気持ちは鋼としてもよく分かる。あいつもやはり健全なただの男子生徒なのだなあと、なんとなく温かい心境になってマルケウスの背中を見送った。



「改めて自己紹介させてもらおう。この街で冒険者をやっているダリアだ」

 人の目が気になっている者も多いようだったので、あれから少し移動して。大通りから一つ外れた、満月亭のある通りの片隅に鋼達は立っていた。

「ええと。わいは長谷川省吾。騎士学校の日本人や」

「私は有坂伊織よ。その、同じく騎士学校の日本人」

「わ、私は片平雪奈です。騎士学校で日本人です」

 初対面の省吾達三人もそれぞれに名乗ったが、どうにも緊張を隠せていない。

 はい、と有坂が手をあげる。

「神谷君達はクーちゃんって呼んでるみたいだけど、その呼び方はどこから来たんですか」

 微妙に敬語が混じっているのはクーが年上と推察しての事だろう。そもそも、言っていないが鋼達も帰還者であるせいで中学を一年やり直しており、実は有坂より年上だったりするのだが。

「私の名前は本来ダリアクレインと言う。そこからとったあだ名だな」

 いいのかと鋼が視線を送ると、クーはそれに小さく頷く。

「訳あって普段はダリアと名乗る事にしているんだ。人がいるところでは本名のほうは出さないで欲しい。クーかダリアのどちらかで呼んでくれ」

「えっと……? つまり、本名のほうはこっちの世界では有名だったり? ……するんですか?」

「別に無理に敬語にしなくていいぞ? ――いや、特に有名というわけでは無いんだ。ただソリオンではこれは少々変わった名前でな。知っている者からしたら、そこから私の出身地を推測出来るかもしれない」

「その出身地がこっちの世界では有名なのね」

 そうだとも違うとも言わず、クーは微笑するに留める。それ以上を言うつもりがないのは表情から明らかだった。

「出身を言うわけにはいかない謎の女冒険者……! これはキタかも……!」

 なにやら小声で呟きながら興奮している片平を、ちらりと見て誰もが無視する。クーもだ。中々に正しい判断だった。

「それでだ、連絡するのに便利だし、日本人街でクーの携帯を買う予定でな。せっかくだし一緒にどうだ?」

 学園のあるこのエリアの北西にそう呼ばれている区域がある。鋼の提案に、日本人は皆目を光らせて反応した。

「日本人街……! まだちゃんと行ってないのよね」

「異世界にコンビニ建ってるんやもんなあ……」

 別にそこは日本人だけが暮らす住宅地というわけではない。パルミナ内でも特に日本関連の施設が集中しているエリアがそう呼ばれているだけだ。

 メジャーなコンビニチェーンが一通り並び、ファミリーレストランや携帯電話ショップ、銀行もある。他にも様々な店舗が日本から進出しており、日本の雑貨を扱った土産物屋はセイラン人に大人気だそうだ。一般人にはおよそ関係ないが、領事館、送電所、携帯電話の基地局等の重要施設も全てそこに固まっている。

 何より、日本への門がある場所だ。

 だから異世界入りした初日に皆一度は通っているが、ゆっくり見て回ったりは誰もしていない。提案に省吾達も賛成し、七人でまずは携帯電話ショップへと向かう事になった。




 学園に戻らなければいけない時間は当分先で、長い自由時間を鋼達は存分に楽しんだ。

 意気揚々と買った携帯を操作しようとし、難しい顔になったクーに皆で使い方をレクチャーしたり。

 本国と比べてファミレスやコンビニの値段がかなり高い事を知り、クー以外の面々は驚いたり。

 片平が冒険者についての話をクーから聞きたがり、結局他の全員も興味深く彼女の話に耳を傾けたり。

 ファミレスと悩んだ挙句、昼食はまたもや満月亭でとった。例の男達がまた店内で大きな顔をしていたのだが、こちらを睨んだ際クーに強く睨み返され、動揺した挙句すごすごと退散していったのには胸がすいた。冒険者として有名な彼女の顔を知っていたのだろう。

 店員の少女にかなり感謝されクーは照れくさそうにしていた。その頃には省吾・有坂・片平の三人とも打ち解けてきていて、昨日よりも和やかなムードで鋼達は食事を終える事が出来た。


 ――事件が起きたのは、その帰り道だった。



 ◇



 そろそろ学園に帰らなければいけない時間になり、一同は満月亭から外に出た。

 クーが浮かべる名残惜しそうな表情に鋼は罪悪感を刺激されつつも、表面上はなんでもない風を装って別れを告げる。彼女は騎士学校の生徒では無いのだから、こればかりは仕方なかった。

 学園へ六人で歩き始め、有坂が憧れを含んだような口調で言う。

「クーさんってまさに頼れる大人のお姉さん、て感じよね。あいつらひと睨みで退散させちゃったのは驚いたわ」

「名前が知られてる冒険者らしいからな」

 それにしても、大人のお姉さん、とはまた鋼の持つクーのイメージにはそぐわないなと思う。きりっとした表情の時はかなり大人びて見えるのは知っているのに、何故こんなに違和感が付きまとうのか。少し考えて、鋼はある事実を思い出した。

「そういやクーって今いくつだったっけ」

 日向と凛のどちらでも良かったが訊いてみる。日向が鋼の記憶通りの答えを教えてくれた。

「もう。それくらい覚えとこうよ! 私達の一コ下じゃん」

「「「え」」」

 今日彼女と知り合った三人の時が止まった。

「あー、やっぱりか。いや、マジで忘れてたわけじゃねえんだが。見た目大人びてるから、どうもな。年下なのを忘れかけてた」

 鋼や凛ならまだともかく、ちびっこい日向がクーより年上と言われて、知らない人間の何割が信じてくれるだろう。ちなみにこの場の女性陣の誰よりも、クーは背が高い。

「それ……、ホンマなん?」

 省吾も簡単には信じられないようだった。

「マジだぞ。まあそもそも、日向と比べるから余計信じがたい事実になってるんだが」

「クーちゃんが成長し過ぎなの!」

 そんな雑談の最中。

 ふと妙な感覚が走り、鋼はちらりと視線を横に向けた。

 ほぼ同じタイミングで、凛も同じ場所へ――二十メートルほど離れた、小さな路地の入り口へと顔を向けるのが横目に見える。

 そこには黒い外套を着込んだ長身の人間が立っていた。フードを目深にかぶっており、性別すら判然としない。

 こちらを見ている。それに気付いた瞬間、ひやりとしたものが鋼の背筋を駆けた。

 周囲の人通りは多い。こんな真っ昼間の街中で、何か危険な事が起きるとは思えない。だというのに嫌な予感めいたものが膨らんでいく。その人影と鋼の間に通行人が誰もいなくなり、ぽっかりと空白が生まれた瞬間、それは最高潮に達した。

 唐突に発生する、魔力が活性化する僅かな気配。

 日向や道行く人の一部がそれを感じ取り、人影の方向へ初めて目を向ける。それは間違いなく、魔術を行使しようとする際に発生する気配だった。

 活性化から発動まで一秒にも満たない。

 人影が突き出した手から鋼に向かい、炎の弾丸が発射された。



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