表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
7/75

 5 銀の少女


 名前も知らない満月亭の少女と別れてから十数分後。

「よし、まだ開いてる」

 目当ての建物を発見した鋼は、いまだに人が出入りしているのを見て安堵した。

 現在の時刻は夜の7時54分。セイランでは夜の商売以外は、たいていもう店じまいしている時間である。しかし仲介ギルドとその周辺は例外のようだった。


 街のほぼ中心の学園のある地区からここまでは、あの少女の言う通りそれなりに遠かった。

 こんな短時間で移動できたのは《身体強化》と《隠身》の魔術を駆使して民家の屋根の上などを駆けてきたからだ。さすがにこればかりは問題行動だろうと思うのでこの移動手段を常用するつもりはないが、何しろ一つの街の中央から端は歩くには遠すぎる。

 もしかするとセイランの法には触れていない可能性もあるのだが、人に知られないのは勿論、多用も禁物だろう。

 建物の看板には剣と宝石のロゴがあり、『冒険者・傭兵仲介ギルド パルミナ支部』の文字が踊っている。

 石造りの立派な二階建てで、日本の役所並みには広そうだ。ギルド支部の隣には酒場があり、向かいには武器や防具を扱う系統の店が軒を連ねている。いまだ営業している店が目立ち、周辺一帯はランタンや魔石灯によりこれでもかと照らされていた。

 修理した武器を受け取りに出向く者、一仕事終えギルドに報告に行く者、これから一杯やろうかと酒場へ入っていく者。そういった人間達が行き交って、他の寝静まった地区とは比較にならないほどこの地区はいまだ賑やかだった。

 セイラン人には珍しい鋼の風貌もそれほど目立っていないはずだ。黒髪黒目は日本だけでなく、セイランの隣国にあたるグレンバルド帝国の人間にも見られる特徴で、鋼も恐らくは帝国系の移民か、帝国系の血筋が入ったセイラン人、と見られるだけだと思われる。

 まさか騎士学校に通う『ニホン人』だとは思いもしないだろう。


 入ってみたギルド支部は予想以上に雑然としていた。お堅い役所というより日本の居酒屋の雰囲気に近い。鋼はそんな所に出入りした事はないので、なんとなくのイメージだが。

 広い部屋だった。正面にカウンターがあり、そこだけ見ると郵便局か銀行だ。受付には女性が一人座っているだけだが、空いた席を見るにこの時間帯だからだろう。

 カウンターのこちら側は木製の椅子と机がごちゃごちゃ並んでいて、席についた幾つかの集団が食事をしつつ歓談中だ。鑑定所と書かれた別のカウンターもあるが、彼らの食事の出所は謎だ。右の壁には巨大なボードが埋め込まれていて、依頼が書かれた紙が幾枚か張られている。

 これは事前に仕入れた予備知識もあり、推測できた。

 例えばある魔物の毛皮を欲している商人がここにその依頼を出せば、ボードを見た不特定多数の冒険者・傭兵から誰かがその依頼を引き受け、その魔物を狩りに出かける。剥ぎ取った毛皮を冒険者がギルドに納品すれば、仕事はそこで完了となり報酬が支払われる。残る依頼人とのやり取りなどは全てギルドが代行する。そういうシステムだ。

 仲介ギルドとは実にそのまんまな名称なのだ。

 わざわざ依頼を出すという性質上、ここでやり取りされるのは市場に安定供給されていない物ばかりらしい。手に入れるためには危険を冒さねばならないような。しかし物が無い訳ではないので、命さえ賭ければ誰でも一攫千金を夢見れる。冒険者とはそういう職業だ。

「おーい、そこの少年。一人でこんなところに何の用だい?」

 ボードの前にいる数人の冒険者達をなんとなく眺めていたら、後ろから声がかかる。

 振り向くと冒険者と思しき五人の集団がテーブルを囲んで座り、鋼のほうを見ていた。全員二十台半ばくらいだろうか、男三人女二人という構成で、気心の知れた仲間同士のアットホームな雰囲気をどことなく感じる。

 声の主はその内の一人、茶髪碧眼の青年だ。清潔な身なりでチンピラじみた空気など微塵も感じない。彼らに頼ってみる事にした。

「あのさ、冒険者やってるはずの知り合い探してるんだ。どこで活動してるのかも情報無いんだが、一番可能性が高いのがこの街でさ」

 戦友二人が鋼達との再会を望んでいるなら、日本人が唯一出入りできるパルミナに来てくれるはず。根拠はたったそれだけだ。

「どの街が拠点かも分からないんじゃ難しいぞ?」

 青年が渋い顔をする。見ず知らずの子供の言う事なのに、真面目に悩んでくれている。その隣に座る赤毛の女性が訊いてきた。

「受付で聞いても調べてくれるかは微妙よね……。探してる相手の名前は?」

「ダリアっていう銀髪の女と……」

 もう一人の名前を出そうとしたところで、鋼は場の空気が変わったのに気付いた。

 五人全員が驚いたように鋼を注視している。

「お、もしかして当たり? あんたら知ってるのか?」

「知ってるも何も……」

 初っ端から知っている人物に行き当たるとは幸先がいい。それにしても、五人とも妙に大袈裟な反応だが。

 茶髪の青年が説明してくれる。

「この街を拠点にしてる有名な冒険者だよ」

「へー。名前知られてるなら探しやすいな。……にしても、なんか驚き過ぎじゃないか?」

「いや、疑うわけじゃないんだけど……。あの『銀の騎士』と知り合いと聞けばさすがにねえ」

「……何その変な二つ名みたいなやつ」

「二つ名だよ。それだけ有名なんだ」

 同席して、どういう理由で有名なのか詳しく聞く。なんでも凄腕の冒険者らしい。

 腕がいいだけなら他にもいるが、単独で活動する、しかも女性の冒険者は少なくとも同じ街には他にいないのだとか。それでいて近寄りがたいほどの美人で、パルミナにやって来た当初は冒険者グループからの勧誘が後を絶たなかったそうだ。

 それらをすげなく断り続け、単独で活動しているのにいまだ死んでいないという事で腕も確かだと知れ渡り、今では素性不明の孤高の戦士という扱いになっている、との話だった。いつも堂々とした態度を崩さず、ついたあだ名が『銀の騎士』。

「その彼女と知り合い、て聞いて驚いた僕らの気持ちが分かったかい?」

「まあ少しは。色々参考になる話ありがとな」

「どういたしまして。それで君は、これからどうするつもりだい?」

「この街を拠点にしてるって分かっただけでもでかい収穫だし。のんびり探すよ」

 しかし、単独の冒険者というところがどうにも引っかかる。一緒にいないのなら、もう一人の戦友は何をしているのだろうか。

「そっか。ちなみにこれは興味本位だけど、どういう知り合いか訊いていい?」

 言いたくなければいいんだけど、と更に言い添えるところに、この青年の人の良さが表れている。なんとも荒々しいイメージからは程遠い冒険者だった。その彼と行動を共にしている他の四人も信頼できそうだと、思ったところで。

「あ……」

 驚いたように、青年が口を開けたまま硬直した。

「噂をすれば……」

 その視線は鋼の後ろに注がれていた。鋼の向かいに座っている他の冒険者二人も同様に、こちらの後方、ギルドの入り口を見ている。

 予感に駆られて、鋼もゆっくりと振り向いた。

 ――ああ、全く。少し見ない間に随分と、まあ。

 少女と女性の中間くらいの、年若い女がギルドへ入って来たところだった。

 黒いローブをまとったその女は、輝かんばかりの銀の髪をなびかせ金色の瞳で前だけを見据え、威風堂々と鑑定カウンターに向かっていく。鋼のもの以外にも建物内からは無遠慮な視線が集中しているが気にした風もない。

 ぞくりとするような作り物めいた美貌だ。よく見知っているはずの鋼でさえ、気後れしそうになるほどの。

 二年という時間は彼女に見違えるくらいの成長をもたらしたようである。

 そこにいたのは間違いなく、鋼の探し人の一人。

 ダリアクレインという名の少女だった。




 その男、ロア・レーダルは同業からも冒険者には見えないとよく言われる。

 体は細いし、強面でもないし、争いごとには向いていない性格だともよく評される。


 周囲の反対を押し切って冒険者となったのが数年前だ。

 慎重さと臆病さが幸いしてか、どうにかこうにか命を食い繋ぎ今に至っている。ぽつりぽつりと一緒に組んで依頼をこなす冒険者が増え、気付けば五人グループのリーダーになっていた。

 気楽に、安全に、堅実にが合言葉の、お世辞にも名前が知れているとは言えない弱小グループだが、それなりに上手く日々をこなしていると思う。グループが安定しているのは個々人の実力やリーダーの統率力ゆえではなく、仲間達の人の良さがその理由だろう。

 腕の良さやどんな技能を持っているかより、一緒に仕事が出来たら気分がいいだろうなあという基準で仲間を選んだのは間違っていないと、そう素直に思える気のいい仲間達なのだ。その境遇もあり、ロアは人との関わりを人一倍大切にする性質だった。

 仲間達もそれをよく知っており、ギルドに入って来たまだ二十にもなっていない少年に声をかけたロアを、またこの人はと苦笑しつつ見守ってくれていた。

 その黒髪の少年はいかにも場違いだったのだ。まだ子供といっていい年齢の冒険者がいないわけではないが、どこかのグループの見習いのような立場なのがほとんどだ。たった一人でギルド支部に出入りする子供はどうにも目立つ。放っておけずついつい声をかけてしまった。

 話を聞く。人を探しに来たらしい。

 見ず知らずの冒険者達を前にしても少年は物怖じする様子もなく、肝の据わった子供だなあとロアはひっそり感心していた。

 探し人があの『銀の騎士』だと判明するに至り、ロアの仲間達も俄然興味をひかれたようだった。

 輝かしい経歴と共に知られる熟練の冒険者はいるが、彼女のように素性不明のまま名を知られている存在は非常に珍しい。目に見えた功績があるからこそ人の口の端にのぼり、名前が伝わっていくのが普通だというのに。

 銀の騎士と親しくしている冒険者はロアの知る限りいない。だが依頼の張り出されたボードは公開されているのだから、彼女がどういった依頼を受けているのか他の冒険者にも推測が可能だ。彼女がパルミナで活動を始めた頃、ある好奇心旺盛な同業者が聞き込みなどでその内容を調べてみたらしい。


『あの女は普通じゃない』


 ロアも知るその同業者は、酒の席で彼女をそう評した。

 熟練の冒険者集団でも達成が困難な、やり遂げれば一気に名の売れるような依頼だったわけではない。中堅どころの冒険者達が選ぶような、それなりに危険でありふれた依頼を彼女は好んで受けるようだった。

 普通じゃないのは、彼女がたった一人でそれを完遂する事にある。

 冒険者は徒党を組んで依頼にあたるのが通常なのだ。それでいて、一人二人と命を落とすのはありふれた話なのだ。単独でそれが可能なら誰だってグループなど組まない。人数がいるだけ、報酬は分割されるのだから。

 共に行動する者がいないから彼女がどれほどの強者なのか、誰も知らない。しかし並みの実力であるはずがない。一年以上、彼女は頻繁にギルドに依頼を受けに来ている。だというのに命を落とすどころか、依頼を失敗した話すら聞かないのだから。

 推察できる実力の高さ、相手を怯ませるほどの美貌、他の冒険者に勧誘されてもなびかない孤高の精神性。どれ一つとっても印象としては強烈で、そりゃあ皆の記憶にも残るし有名にもなるだろうと思う。


 そして今、ロアの眼前ではタイミングよく銀の騎士が現れ、黒髪の少年が彼女に気付き驚いているところだった。

 相変わらずため息をつきたくなるほどの美人だ。その外見に加え、超然とした態度に気が引かれるのだろうか? つい動きを目で追ってしまいそうな存在感が彼女からは放たれている。

 ギルド内の他の冒険者達も話し声を若干落とし、ひそやかに注目しているのが分かる。銀の騎士はいつもの通り、それら視線をものともせずカウンターへ歩み寄った。大きな背負い袋を背負っている。依頼完遂の報告だろう。

 少年が立ち上がった。

 銀の騎士が依頼内容だろう魔物の部位を取り出し、鑑定カウンターの職員に渡している。その背後に少年は近寄って行く。

 事情を軽く知るロア達も、そうでない冒険者達も、何が起きるのかと静かにそれを見守っていた。

「どうなると思う?」

 ロアが仲間達に訊ねてみると、ノリのいい赤毛の女マーリエが「ふむ」と口に手を当てる。

「あの子は前に彼女に命を救われた事があって、その時惚れちゃったんじゃないかしら。それでお礼を言うために探していた、と」

「想像力たくましいなあ……」

「でも実際会うとやっぱり美人だし気後れしちゃって、お礼だけ言って告白は出来ずに帰ると予想するわ」

 呆れを含んだ口調で、冷静な金髪の男ヨキがぼそりと呟く。

「……まあ、命の恩人っていうのはありそうだが。それだと知り合いとは言わんだろう」

 その部分に関してはロアも同意見で、さて正解は、と一同は少年達に集中する。

 数歩分の距離を置いて少年が立ち止まった。

 足音や気配で察していたのだろう、「何か用か?」と訊きつつ女騎士が振り返る。

「よお」

 そして少年の姿を認めた瞬間、ぴしり、と固まってしまった。

 予想外の反応である。どういう知り合いであるにしろ、淡々としたやり取りを想像していたのだが。ちょっとした知り合い、という雰囲気には見えない。

「元気でやってたか?」

「……コ、ウ?」

 呆然とした声。ここまで平静を失った彼女をロアは目にした事がない。

 いつだって崩れない彼女の超然とした態度も、酒の席で語り草になっているほど知られているのだ。彼女だって感情に左右される自分と同じ人間なのだと、ロアはたった今初めて知った。

「コウ!」

 ダリアはそう叫ぶやいなや一直線に少年の胸に飛び込んだ。

 この展開にはロアも完全に度肝を抜かれた。

 建物内の冒険者はきっと皆、同じ驚愕を共有しているに違いない。ただただ呆然と成り行きを見守る。

「会いたかった……っ!! 久しぶりだな! 二年ぶりか? いつこっちに?」

 ひし、と少年を抱き締め、彼の胸に体を預けたまま顔を上げ、ダリアは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。

 見る者を魅了せずにはいられないような、喜色満面の笑顔だった。あれほどの美人にそんな表情を引き出させる少年に、同じ男として羨望を感じずにはいられない。

「昨日来たんだよ。ヒナもルウも来てるぞ」

「おお! 会いたいな、今は一緒じゃないのか?」

「ほんとは夜に外出るの禁止されててな。置いてきた」

 ダリアは普段よりもぐっと幼く見えた。相変わらず彼女はあどけない少女の笑顔を至近距離で少年に向け続けている。『銀の騎士』のイメージとはあまりにかけ離れたその様子は、実際に目にしているのにいまだ信じがたい光景だった。

「見ないうちに背も伸びたな! ふふ、それは私もか」

「あー……、感動の再会のところ、悪いんだが」

「?」

 少し困ったようにコウと呼ばれる少年が言い、少女が首を傾げる。

「場所が場所だし、そろそろ解放してくれねーかなと」

「んー。これくらいはいいだろう? 二年も離れていたんだから」

 ダリアが口を尖らせるが、コウはじとっとした視線で彼女を見据える。どんな無言のやりとりがあったのやら、根負けしたように少女が一歩身を引いた。

「……仕方ないな。場所を移すか。換金するまでちょっと待っていてくれるか?」

「ああ」

 冒険者達と同じくぽかんとしていた職員の元に戻り、ダリアはせっつくように素材の鑑定を再開させている。それを横目に少年もロア達の傍へとやって来た。

「んじゃ、この通り見つかったんで俺は帰るよ。話聞かせてくれて助かった。ありがとな」

 今の場面を見られておいてここまで堂々と振舞えるのには感心するしかない。驚きやら何やらで思考が麻痺していたロアは、なんとか頷きだけは返して少年を見送った。

 そこで自分の流儀を思い出し、少年の背に向かい慌てて名乗った。

「僕はロア・レーダル! 冒険者だ。縁があれば、また」

「ああ、悪い。俺も名乗ってなかったな。神谷鋼だ。またな」

 振り返った少年もまた名乗り、ダリアの横へと向かう。

 と、いうか。まさか、ニホン人?

 そのうち依頼の完遂が確認され、報酬を手に二人は連れ添ってギルド支部を後にした。

 それまで奇妙な静寂に支配されていた支部内は、当事者二人の退場を機にどっと騒がしくなる。少年と話したロア達にも他のグループから視線が集まっていて、中々に座りが悪い。

「こりゃあ予想外だったな……」

 悲しくなるほどリーダーより常に冷静なヨキですら、そう言っている顔は驚きに満ちていた。ロアも似たようなものか、それ以上の顔をしているのだろう。

「いやあほんと、……すごいものを見てしまったなあ」

「結局あの二人はどういう関係だったの!? 恋人? 二年間離れていた恋人なの!?」

「落ち着けマリ……」

 仲間達も騒ぐ中、ロアは二人が去っていった入り口をぼけっと眺める。

 目撃者はロア達を除いても十を軽く超えている。ここで起きた出来事はきっと、誇張交じりにこの界隈の冒険者達に広まっていくのだろう。

 彼女を何度も勧誘していたグループにあの少年が逆恨みされなきゃいいけど。

 同業には殺伐とした人間も多くいるのを知っているロアは、そんな心配を抱くのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ