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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
67/75

 65 いない時でも

 空気を切り裂いて迫る一本の線。

 正面からは視認しづらい魔力の刃の攻撃を日向は横っ飛びにかわしていく。轟音がその後を追う。次々と撃ち込まれる刃だが、避けるのに専念すれば楽にとは言わないが避けられない事は無い。

 だが、くらえば一度で真っ二つ確実だろう。

「っ!!」

 急制動をかけた日向の行き先だった場所を刃が通り抜けた。こちらの動きを予測した上での一撃だ。これがあるからこの敵は一時たりとも気が抜けない。

 こういう相手に長期戦は本来ならば絶対に禁物だ。どれだけ万全を期して臨んだところで戦いに絶対はあり得ない。足を滑らせるか、集中を切らすか、疲労で動きが鈍るか。いつか必ず、何かの拍子に敵の攻撃を受けてしまう時が来る。即死級の攻撃を持つ相手では、それは文字通り致命的な事になる。

 こちらの取るべき選択はさっさと逃げるか、素早く仕留めてしまうかの二つだけだ。前者は〈黒金竜〉がこちらにしか注意を向けていなければ問題ないかもしれないが、ともすれば背後に隠れている者達を見捨てる事になる。しかし後者も非常に難しい。戦い始めてすぐに日向達はそれを思い知らされる事となった。

〈黒金竜〉の刃の矛先が日向に向いている隙に、クーが魔術を使用する。彼女の得意とする炎系統の魔術《火炎》だった。火炎放射器でもぶっ放したかのような盛大な炎が手の先の魔法陣から吐き出される。しかし気付いた魔物が後出しで《障壁》を広く張り易々と防いでしまった。これが先程から何度も辿っている展開だ。

 内心でだけ日向は顔をしかめる。

 厄介なものだ。この敵は防御能力が高過ぎる。

 鉄ほど硬そうな体に加えて《障壁》までも使いこなすとなると、正直打つ手がほとんど無い。少なくとも最強クラスと名高いはずの〈竜骨ガシラ〉よりも日向にとっては強敵に思えた。

 ――ここが街中でなければ。

 仲間内では最大火力を持つクーが全力で魔術を使用すれば、まだ望みはあるかもしれない。だがそれは最後の選択肢だ。

「ヒナ、注意を引いてここを離れるぞ! その後さっさと退却だ!」

 普通に戦えば分が悪いとクーも判断したらしい。了解の意味を込めて一瞬だけ強く魔力を活性化させる。ルデスでよく使っていた戦闘中の意思疎通法だ。

 その言葉を聞いたからというわけではないだろうが、そこで〈黒金竜〉に動きがあった。自身は動かず魔力の刃をひたすら飛ばしてきていたのだが、これでは日向もクーも捉え切れないと察したようだ。建物の屋根から一歩踏み出してくる。

 当然あの巨体は相当な重量があるはずで、高所から降りるのは苦労するだろうという日向の予測は外れた。あり得ない事に、黒い沼王は空気を踏んだ(・・・・・・)

 空に浮かんでみせたのとは違うが、それに近い。〈黒金竜〉が屋上から前進してくるが、前足は空を切り、体の半身ごと勢いよく落下する――なんて事にはならなかった。まるで建物の先にエアクッションか見えない坂道でもあるかのように、緩やかな落下と共に前傾姿勢でこちらに近づいてくる。そのあり得ざるべき光景を目にしさすがに日向とクーは揃って絶句した。

 同時に、ぱきぱき、めきめき、という氷でも砕くかのような音が断続的に聞こえてきて、反射的にその発生源を探る。そして気付いた。敵の足元、空中からその音は発せられている。緩やかな空中落下の謎がそれで解けた。

 恐らくだが、そこにほとんど透明の《障壁》がある。いやあれは厳密には魔術ですら無いかもしれない。密度の薄い、『《障壁》になりかけの空間』と呼ぶべきものがどうやら魔物の足元の空間いっぱいに広がっていて、奴はそこを足場にしているのだ。もちろんあんな視認しづらいほど魔力が薄い障壁では鉄の巨体を支えきるのは不可能なのだろう。結果、雪と氷の堆積物を踏み潰すかのごとく、奴の体は移動の際の足踏みに関係なく空間に沈んでいく。これがこの魔物にとっての高所から低所への移動法なのだ。

 クーがその曖昧な魔力空間目掛けて小さな《火矢》を放つ。魔力を乱せばどうなるか見てみようという思いつきだろう。当然〈黒金竜〉は個別にしっかりした《障壁》を張りそれを防いだ。多分あそこに魔術を叩き込めば足場が一気に崩れると予測出来るが、いずれにせよ《障壁》を貫通出来ないならどんなやり方で攻撃したところで無駄なようだ。

 魔物が路面の石畳に降り立つ。キイキイと、日向にも聞こえる声でコウモリ達が鳴いた。

 即座に突進が来る。

 標的はクーだったので日向はこれ幸いと、〈黒金竜〉の視界から消えるように回り込む。彼女の心配や援護についてはこれっぽっちも考えなかった。これが共に地獄を経験した仲間と、それ以外の人との最大の違いかもしれない。心配する必要が全く無い仲間と一緒に戦うのは気が楽だ。

 強く大きな一歩で日向は跳躍した。山なりに飛んではいい的なので、なるべく低空に、地面と平行方向にジャンプするように意識して。そして足裏が地面を離れた瞬間、日向は自身を取り巻く全ての強化の魔術を解除した。

 擬似的ステルス。魔力でこちらを感知してくる相手の意識からそっと消える小手先の技術。〈岩沼王〉には通用したが、この相手にはどうだろうか。

 クーのいた辺りに突進をかまし、更に腕を大きく振り下ろしている〈黒金竜〉の斜め後方に日向は着地する。動く敵に追いつくため、跳んだ時は強化した脚力に頼ったのでかなりの衝撃が足にきた。変に捻らないよう丁寧に勢いを殺しつつ、しかし殺しすぎないようそのまま前進。《身体強化》なしでは中々の水準と思える速度で敵の至近距離に迫る。

 こんな巨大な相手に有効な威力を咄嗟に出せはしないだろうが、《電撃》の魔術を試してみるつもりだった。逃げの一手だけでは次に繋がらない。ここで倒せなくとも、どんな攻撃が通用しそうかは探っておきたいところだ。接近はリスキーな選択ではあるが、鋼なら(・・・)こうするだろう(・・・・・・・)

 気付かれた素振りがないか一度だけ敵の全身をちらりと確認して、素早く魔術を組もうとした日向の背に唐突に悪寒が走る。

 迷わず最速で足だけを魔術で強化し、後方へ跳んだ。

 魔術の魔力に反応したとは思いがたい、それより前に察知していた即座の動きで〈黒金竜〉がこちらを振り返っていた。近くで見ると改めて感じるが、でかい。巨体というのはそれだけで全身が凶器だ。鋭い爪や牙を持つ相手に身を晒すよりもよほど恐ろしい。

 日向が大きくバックステップして稼いだ距離の半分を巨体はただの一歩で埋めてくる。それはつまり、二歩目を踏み出した前足でそのままこちらを攻撃可能という事だ。その予測通りに叩きつけがきた。

 日向は《障壁》が苦手であるが、そうでなくとも黒い豪腕を受け切る事など人間には不可能だろう。いや、ほぼ不可能だと言い換えるべきかもしれないが、とにかく受け止めるなどという選択肢は最初から無い。更に後方に跳んでかわす。

 その跳躍の最中。時間にして一秒にも満たない一瞬の事だ。

 日向は〈黒金竜〉の振り下ろされた手の横に、透明な刃が展開されているのを目撃する。この魔物、恐ろしい事に物理的な動作と並行して魔術の準備を同時進行でこなせるらしい。既に射ち出される寸前だと勘が感じ取る。

 背筋が凍えるような戦慄と、焼けるような緊張感が、日向の全身を、脳を、駆け巡った。あれは致命の一撃だ。絶対にくらってはならない。だがどうやら、日向の着地よりもあれが届く方が先になりそうだ。

 刃がこちら目掛けて発射された。

 ――集中する。

 ひたすらに集中し、飛ぶ刃に意識を合わせる。恐怖など抱いている暇もない。ただ生き残るために全てを注ぐ。体の中心へ突っ込んでくる縦向きの線に向かい、空中で日向は手を伸ばした。

 本当にこれで死んでいたかもしれない。何の準備もしていなければ。

 一度目の回避中から咄嗟に魔術を組んでいなければ間に合わなかっただろう。なにせ苦手な系統なので、手の平サイズの小さいものを展開するだけでも即発動とはいかないのだ。なんとか手の先に、小さな《障壁》を張るのが間に合っていた。それを飛来する刃に上手く合わせる。

「……っ!」

 バリ、という《障壁》の潰れる音が聞こえる。いけると信じるしかない。手の先を僅かに曲げ、飛び込んで来た硬質な感触を全力で逸らす。受けるのではなく、受け流した上で払いのける。

 タイミングを誤れば、あるいは受ける角度を間違えれば、指先が千切れ飛んでいただろう。そのまま貫通し、体まで達していただろう。だがなんとか、あっさりと潰されたこちらの《障壁》の残骸すら盾に、刃の軌道を僅かにずらす事に成功した。

 真横を抜けた刃がどこかに突き刺さる。切れた手の平から血がポタポタ流れ落ちるがそれ以外に負傷はない。手足もちゃんとくっついている。九死に一生を得て無事着地した日向はしかし、息つく間もなかった。〈黒金竜〉は次の刃の準備を既に始めていたからだ。

「させるかっ!」

 クーの声は敵の頭上から届いた。

 魔物の注意が日向に向かっている隙に飛び上がったらしい彼女は、《障壁》に阻まれる事なく敵への接近に成功していた。特に攻撃の構えを取っているわけでは無い。ただそのまま、魔物の頭へ着地しようとしているところだった。その足先にはそれぞれ小ぶりな魔法陣が張り付くように存在している。

 ズシンと石畳が振動する。

 その衝撃は、クーに踏みつけられ〈黒金竜〉が地に這うように体勢を崩した事で発生したものだった。タネを知らない者からすればこれはまさしく魔法のような光景だろう。十メートル級の生物が、たかが人間サイズのものに乗られただけで足を崩したのだから。

「ふんっ」

 更にクーは片足を上げ、再度魔物を踏みつける。どん、という見た目にそぐわない重い音と共に、短い足で立ち直そうとしていた〈黒金竜〉はまたもや地に伏せる事となった。多少はダメージも通っているのか、敵が用意していた魔術の刃は既に制御を失い落下している。

 不自然な光景の秘密はもちろん足の魔法陣にある。人の身でありながら竜の戦闘力を体現するためにクーが作り上げた、複数の個人魔術から構成される《竜体顕現(けんげん)術》。その一つである《重量再現》の術式で間違いないだろう。《竜拳》と併用して殴った際の反動を殺すのに使うのがほとんどで、ああしてストレートに踏みつけるやり方は珍しい。

「駄目だ、やはり体自体も硬い!」

「クー、周りのコウモリを減らして!」

 こちらに聞こえるよう大声で報告してくれるクーに、日向も有効そうな策を伝える。あの今も黒い沼王の周囲を飛び交うコウモリは厄介な存在だと、いまや日向は確信を持っていた。

 先程背後から敵に忍び寄った時、何故〈黒金竜〉は素早くこちらに振り向けたのか。あの時は直感に従ってそれより先に回避行動を取れた日向だが、思い返してみれば、敵の全身を眺めた時にコウモリ達が一匹残らずこちらを向いていた事をはっきり覚えている。その違和感に気付き思考になる前に体が動いたのだろう。やはりコウモリ達は超音波か何かで敵の位置情報を知らせるサポート要員であり、〈黒金竜〉とは共生関係にあると考えるべきだった。

 魔物が怒りの声らしき無機質な不快音をあげながら魔術の刃を新しく生み出すも、標的であるクーは既に頭上から飛び立っていた。

 逃げながらの置き土産に、クーは空中から《火炎》の術式を放つ。奴の死角である上方、それも比較的近くから放たれた魔術は《障壁》に邪魔される事もなく、巨大な炎が巨体を覆いつくした。巻き添えでコウモリ達が焼き尽くされ、クーが日向の傍に着地する。涼しげな顔で簡単に撃ってくれたが一般的には大魔術と呼べる規模だろう。

「ヒナ、さっきのアレをよく(しの)いだな」

「……まだ戦いは終わってない」

 話しかけてきたクーに気を抜きすぎだと咎めると、燃え盛る魔物を共に眺めていた彼女は口元だけで微笑んだ。クーはどちらかというと日向とは正反対で、戦闘時でも感情を表に出すし無駄な会話も口にする。とはいえ本当に油断しているわけではないと日向も理解している。そのような気の緩みを鋼が許す筈もないからだ。

 戦闘中に敵を侮り集中を欠くような(たる)んだ精神など、あったとしても三年前に叩き潰されている。日向達を鍛えた鋼によって。実地で彼に教え込まれた技術と心構えは、今も日向達にとって大きな財産だ。全体をよく見て、集中を切らさず、直感には素直に従う。そういった気構えを彼は重要視していた。現にそれが足りていなければ、今さっき日向は敵の攻撃を受け絶命していただろう。

 魔物を包む炎が揺らめき、消えていく。

 その最中に不意を打つように飛んできた刃が、既に左右に散らばり退避していた日向とクーの間を抜けて行った。

 現れたのは炎を受ける前と変わらぬ姿の〈黒金竜〉だ。やはり一筋縄ではいかない強敵。こちらが二人では倒しきれないかもしれない。

「不思議なものだ。二人だけだし、何よりこの場にはコウもいないのに。負ける気がせんな」

 そんな事をクーが言う。

 まあ、勝つのは難しいと思っていた日向ではあるが、確かに。負ける気もしない。そこは同意であった。

「そりゃあ、鋼の『加護』があるもの」

 珍しく気が乗ったので無駄話に応える。狂ったように乱れ撃ちされる魔術の刃を冷静に避けながら。

 どうやら〈黒金竜〉は怒っているらしかった。炎が熱かったからか、コウモリを全滅させられたからかは分からない。口を大きく開けて無機質な咆哮を放つ。


 ――ギイイイイィィィガアアアアアァァァァァ!!!


 空気を介して肌がびりびりと震える。巨体から放たれる威圧感がいやに増す。

 威圧に怯むような可愛らしい精神はあいにく持ち合わせていない。クーと目を合わせ頷きあう。この場から離れ、奴を誘導する絶好のチャンスがやってきたのだ。

 二人で奴とは反対方向に駆け出すと、透明な刃を空中に従えながら魔物は即座に追ってきた。

 逃げながらクーは《火矢》を後ろに放つ。ナイフを失くしている日向は道端に落ちている物を拾い上げとにかく投げつける。花を生けたプランターや剥がれた石畳の大きな破片、自転車などなど。色々落ちているものだ。それらは全て《障壁》に弾かれたり鉄の体で受け止められたりするものの、魔物を更に逆上させる効果はしっかりとあるようだった。

 一人が飛んでくる刃からしつこく狙われれば避けるのに専念し、もう一人が攻撃とは名ばかりの挑発を続ける。二人と一匹はそうして元いた場所からどんどんと離れて行った。刃が掠るような際どい場面は何度もあったが、鋼の『加護』のおかげか無事に切り抜ける。


 鋼に施される強化の魔術を《加護》と最初に呼んだのは一体誰だったか。

 彼はそれを大袈裟な呼称だと言ったが、そんな事はないと日向達四人の少女は思っている。あの凄まじい《身体強化》も呼称の理由の一つだが、実はそれだけではなかったりするのだ。心すら壊し塗り替えられたと思うほどに死の谷で彼から受けた特訓は厳しいものだったが、叩き込まれた気構えにより命を救われた事は数知れない。丁度先程、日向がギリギリのところで窮地を脱したように。

 以前の自分なら、もしくは並みの戦士でも死んでいたと思われる場面を、不思議と何度も生き延びる内、気付くのだ。鋼が直接助けに来れない時であっても、己の中に根付いた彼の教えが自身を助けているのだと。自分でもどうしてそのような行動を取ったのか分からないが、結果的に助かった、なんて事も稀にあり。まるで見えない何かに守られているようだと感じる事だってある。それは《加護》の魔術を受けていない時でも変わらない。

 その感覚に名前を付けるとしたら、『鋼の加護』という字面が最もふさわしいと日向は思うのだ。ある意味狂信めいた考えかもしれない。だがこれは仲間の少女達全員が一致する見解でもある。神谷鋼という存在はいない時でも心強いのである。


〈黒金竜〉の攻撃をかわし、逃げ続ける。

 さて彼なら次はどうするかと、日向は静かに思考を巡らすのだった。



 ◇


「撃ち落とせ」

「は、はいっ」

 上空を指差しそのように指示を出すと、ばちばちと帯電した魔法陣が現れそこから一条の稲妻が空へと走る。

 甲高い断末魔と共に一匹の〈紅孔雀〉が地に落ちて行った。

「上出来だ。まあ、鳥退治は正直キリがねえが……」

 見上げた空にまだまだ赤い魔物の姿があるのを確認して、鋼はうんざりしたように息をつく。落ち着き無くびくびくとこちらを窺うようにしているミオンはとりあえず無視した。何か間違った事をして鋼の機嫌を損ねてやしないかとしきりに気にするので、いちいち構うのが面倒なのだ。

 鋼と凛とミオンの三人は現在、街の建物の屋上にて魔物の駆除を軽く行っているところであった。

 リュンとその父親はこの場にはいない。ずっと鋼達が護衛についているわけにもいかないので、つい先程、一般市民が集まり避難所のようになっていた建物を見つけてそこに放り込んできたのだ。当然のように一緒に行こうとしたミオンはこちらが強制的にかっさらい、こうして連れ歩き駆除を手伝わせている。

「んー、もうそろそろ場所を変えるか」

 パルミナの空には無数に〈紅孔雀〉が飛んでいるものの、地上から狙えるのはせいぜい低空飛行しているほんの一部だ。適当にそれらを減らしているとその付近には新しく降りて来なくなるのでキリが無くとも効果はある。避難場所が足りないらしくいまだに外を出歩く一般市民が結構いるのだ。

 建物の下、路地からもある程度見えるような位置取りを狙っているのもあって、鋼達の駆除を目にした避難者達から声援をもらう事もある。何を隠そう、この駆除は彼らに目撃されるためにやっているのだ。

「どうだ、隠さなくても平気だろ」

「は、はい……。もっと、ひどい事言われたりすると思ってました」

 足元から注がれる市民達の視線が気になるのか、いまだ狐耳を怖がるようにぴくぴくさせているミオンが頷く。

 リュン達と別れた時まで彼女は耳を隠すためにフードを深く被っていた。それはそれで警戒に値する不審人物である。鋼と一緒にいる間はそれを外させていた。

「例え亜人が好きじゃなくてもな。守ってもらって文句言うなんてダサい真似、よっぽど頭が残念な奴でもなきゃ普通はしねえよ。魔物を駆除出来るような奴らに喧嘩売んのはそれなりに度胸も要るしな」

「それなり、なんでしょうか……」

「ん?」

「いえ、なんでもないです! その通りです!」

 いや「なんか文句あるか?」みたいな言い方をしたつもりはないのだが。ミオンの怯えの入ったしゃちほこ張った態度に鋼はげんなりとした。表情に出したらまためんどくさい反応をしそうだったから、心の内でひっそりと。

 別に思った事を言えばいいのに。さすがにそんな程度で怒りだしたりする性格ではないつもりだ。谷を共に生き残った少女達もそういえば、かつて似たような傾向があったかもしれない。怖がられるのは納得も出来るし素直に指示を聞いてくれる分面倒がなくていいやとか思ってしまう鋼だが、そんなつもりも必要もない時にまで萎縮されるとさすがにこう、自らの行いについて色々考えさせられる。

「次はどちらに向かいますか?」

 攻撃可能な敵が残っていないかしばらく探していた凛も、場所を変えると聞いて近くにやって来た。とりあえず今はミオンが魔物を倒すところを多くの人間に目撃させようと思っているので、日向達と合流するのは後回しにしてもう数箇所回るつもりでいる。

 ミオンの狐耳がぴくんと動いた。

「あ……」

 つられるようにミオンがある方向に視線を向ける。それを見て鋼は決めた。間抜けな事に彼女の電撃以外の能力を忘れていた。

「なんだ、何か変な魔力でも感じ取ったか?」

「はい……。あ、いえ。まだ遠いですし、気のせいかも……」

「何も感じてない俺より明らかにお前の索敵能力の方が高いだろうよ。もっと自信持っていいと思うが」

「あ、その、いえ……」

 煮え切らない態度には多少いらっとくるものの、まあいい。どこに向かうかの指針は決まった。ミオンを問答無用で担ぎ上げ、背中に乗せる。「ひゃわっ!」みたいな謎の声をあげるが無視だ。こいつは強化系の魔術についてはほぼ素人なので、こうでもしないと移動に時間がかかりすぎるのだ。

「また魔物憑きが出て暴れてんのかね。ミオン、その魔力の位置まで案内しろ」

「え、ええっ!? 魔物憑きなんですか、これ!? あ、でも言われてみると……」

 思った以上にこいつの感知能力は高精度らしい。羨ましい事だ。

「え、でもなんで、こっちからわざわざ行くんでしょうか……?」

「……ミオン。これ以上グダグダ言って短気な俺を怒らせるのと、その魔物憑きの魔力。どっちが怖い?」

「あ、案内しますっ! あっちです、あっち!!」



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