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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
64/75

 62 岩と泥の王

「来るぞっ!!」

「走れ、走れっ!」

 冒険者達が必死の形相で走っていた。

 背後から巨体の脅威が迫っている。乾いた泥のような色の体表の、ずんぐりとした丸みのあるフォルムの大トカゲ。〈岩沼王〉と呼ばれる大物の魔物だ。

 地を這うように――あるいは滑るように進む巨体は、その見た目から想像もつかないほどに速い。脚力を魔術で強化している冒険者達といえども差は縮まる一方で、追いつかれるのは時間の問題だ。

 ただしそれは、今の状況が街中でなければの話である。

「よし間に合う! 列になって素早く突入だ!」

 先頭を行く冒険者の号令のもと、逃げていた四人は正面にあった建物の入り口に滑り込む。ガラス張りで一階の様子が外からでも分かるそこは、日本系列のとあるホテルのロビーである。

 内部へ逃げ込めてもなお奥へ奥へと逃走を図る彼らを追う形で、〈岩沼王〉はガラスを盛大に砕きながらロビーへと頭から突っ込んで行った。

 すぐにその巨体が災いし、柱などに邪魔されて沼王の追撃が一旦止まる。ロビーも狭くはないので身動きを封じられたわけではないが、いかにも窮屈そうだ。その無防備に晒された背後目掛け、ホテルの外から炎の矢が一斉に撃ち込まれる。

「いいぞ、ありったけ叩き込め!」

 ホテルに逃げ込んだ冒険者と同じグループの別働隊だ。こちらは五人。全員が《火矢》を放ち、次々と沼王の背後から着弾してゆく。着弾後の燃焼が主なダメージとなる《火矢》は、《圧風》や《魔弾》よりも遠距離からの威力が期待出来る術式だ。片手間に魔術を修めたような、本職の魔術師でない冒険者が離れて攻撃するのに最もありふれた選択肢と言える。

 とはいえ。

 そんなもので倒せるならば、『沼王級』――魔物の分類の内、上から二番目の格付け、その代表の座が与えられるはずもなく。

(ド素人どもめ……)

 内心で苦りきった呟きを漏らし、バートは小さく舌打ちした。

 ギルドから待機命令が出ていたのもあり、正規の傭兵であるバートとその部下達は祭りの最中も街にいた。そしてこの、魔物達の一斉襲撃だ。帝国の暗躍が疑われる状況の中、当然の事としてバートが重視したのは魔物の討伐よりも身の安全だった。背後の心配をせずに済むよう、警備が厳重なはずの日本人街へとすぐさまバート達はやって来た。

 重要施設を背に適当に魔物を追い払っていれば、誰かがバート達の活躍を目撃してくれるだろう。そんな思惑からである。このような緊急事態では大抵の場合、街の防衛に尽力した冒険者や傭兵には後日ギルドから褒賞が与えられるものだ。また、ギルド所属の冒険者や傭兵にとって、緊急時に魔物と戦うのは義務でもある。どうせ戦わなければならないなら、なるべく危険を冒さずに褒賞も狙えるこの方法が最も賢いやり方――そうタカを括っていたらこれだった。

 完全に裏目である。日本人街は全く安全な場所では無かったのだ。

 九人からなる名も知らぬ冒険者グループと〈岩沼王〉の戦いを見ながら、バートはうんざりしたように息を吐く。背後には元部下で現在傭兵の男達が五人、同じように控えている。ここへ来て他の冒険者グループと鉢合わせになったのはまあいいとしても、遭遇してしまったあの魔物はいくらなんでも想定外だ。

「おいあんたらも手伝ってくれよ!」

 火矢を撃ち続ける冒険者の一人が攻撃の手を止めて文句を言ってくるが、知ったことかと吐き捨てたい。挑むのなら万全を期して全員でかかりたいのはこっちだって同じだ。だがちょっと、この冒険者達と共闘するのは御免こうむる。

「足の引っ張り合いと同士討ちが怖えんだよ、負担がでかいならそっちがちょっと下がれ! 連携取る余裕もねえ相手だ、別々に交代して相手した方がいいからな!」

 引っ張り合いなどならない、共闘すればこちらが一方的に足を引っ張られるだろう。それでも苛立ちを抑えてバートは相手にそう返した。これでも修羅場はくぐってきた身、この緊急時につまらない短気を起こして人間同士で言い争う愚行はしない。昔の自分ならいざ知らず、死の谷を経験すればどんな乱暴者でもこの程度の忍耐力くらいはつく。

 ホテルの奥へと逃げ込んだ冒険者達を諦めたのか、ようやく〈岩沼王〉が振り返った。少しの間背中を焼かれ続けていたというのに、その挙動には何ら切羽詰ったものを感じない。《火矢》が効いていないという確信をバートは深めた。

 妙に甲高い耳障りな鳴き声を上げ、〈岩沼王〉は冒険者達に向かって突進を開始した。自らが半壊させたホテルの入り口を、器用にもそれ以上破壊する事なく再び抜ける。路上へと舞い戻った巨体に冒険者達は浮き足立ち、《火矢》を撃つのをやめてすぐさま逃げてゆく。

 魔物と比べ遥かに脆弱である人間が、正面からあれとやりあって勝つのは確かに難しい。徹底的に逃げを打ち、安全なタイミングでのみ攻撃を加え、弱らせていく心算だろう。対魔物戦闘ではまあ、ありがちといえばありがちな手法だ。

 だが。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。そんな安全策が何にでも通じると思っているのは、その程度の魔物としか戦った事が無い者達だけだ。あの冒険者達のような戦い方をする者は実際とても多いが、だからといって正しいやり方とは限らない。バートは知っている。逆境を引っ繰り返すような本物の戦闘屋とは、もっとイカレた(・・・・)選択をするものだと。

「……馬鹿かあいつら。振り返った今こそ目を狙う絶好の機会だろうが……!」

 正しくは逃げた冒険者を追っているのだが、同時にこちらにも向かって来ている〈岩沼王〉。その脅威を前にしてバートは笑う。今なら目でも口でも狙いたい放題で、近づいて来るにつれ攻撃は当て易くなっていく。この状況を喜ばずしてどうやって奴に勝とうというのか。

 バートの号令のもと、魔術を扱える一部の部下達が《火矢》と《魔弾》を敵に撃ち込む。〈岩沼王〉はその全てを正面から受け止め突破してきた。実は戦った事の無い相手なのだが、知り得ている情報通りに異常に頑丈な魔物だ。

「いいぞ、目と口は嫌がってやがる! 当て続けろ、奴がそれでも進路を変えねえなら、直前まで引き付けて上手く離脱しろ! 早まるなよてめえら、先に逃げても向き直って追っかけてくるだけだ!」

 しかしやはり上位の魔物。こんな程度では怯んでも倒すには至らない。狙いをこちらに変えて、沼王はあくまでもこのまま突っ切る腹積もりらしい。

 後ろの部下達が左右に飛び退いたのをバートが気配で察した時には、目の前に突進が迫っていた。

 ――ここで俺も飛び退けば、こいつは進路を変えるだろう。

 咄嗟に奴が曲がろうとしてもバートならぎりぎりで避けきれるはず。だが背後にいた部下達の誰かに当たる確率は跳ね上がる。だからこそバートはこの場での迎撃を選んだのだ。

 優しさから部下の命をかばったつもりはない。この〈岩沼王〉を撃破したところで今日の襲撃が終わるわけではないのだ。欠員を出さないように立ち回るのは、長い戦いの日々を経験した戦士なら出来て当然の采配だ。

 それにこれは、冒す価値のある危険でもある。

 目を狙われ嫌がるように顔を振る〈岩沼王〉の突撃は単調なものとなっている。手や巨体で押し潰そうとしてくるわけでもないただの突進に合わせ、バートは両手で構えた剣を垂直に突き入れた。

 奴の表皮は顔面であっても岩のように硬い。だが突きの威力と沼王自身の勢いが合わさった事で、岩を削るような音と共にバートの愛剣は顔面に突き刺さった。けして安物ではないバートの愛剣だからこそ折れずに可能となる力業だ。

「ウウゥゥゥゥ――ッ!!!」

 沼王の絶叫。

 昆虫が羽を震わすような、やすりで岩を高速で削るような。甲高い耳障りな怪音。あまり生物の声には聞こえなかったが、これが沼王の悲鳴なのだろう。

 その証拠に顔を割られた沼王は途端に突進の勢いを無くし、剣から手を離して防御姿勢を取ったバートにぶち当たっても後方へ飛ばされるだけで済んだ。強化済みの足でしっかりと着地し、バートは前方から注意を逸らさない。バートのいた辺りで停止した〈岩沼王〉は、絶叫しながら体や腕を振り回していた。

「チッ、まだ元気そうだな。さすがは上位の魔物か」

 上位と呼ばれる沼王級以上の魔物どもは、熟練の冒険者を五人以上集めるか、もしくは複数グループからなる大人数で囲んで討伐すべしと言われている。それだけ本来なら大掛かりな前準備でもって挑む存在なのだ。街中でうろついているというあり得ない状況なので感覚が麻痺しかけているが、一度撤退してもっと人数を集めるべきかもしれない。

 いやしかし、先程の程度の冒険者達ならいない方がマシか。手元から剣を失ったバートが次はどうしたものかと悩んでいると、部下の一人が〈岩沼王〉の背後目掛けて忍び寄ろうとしているのが見えた。

 今のうちに少しでもダメージを与えておこうというのだろう。魔物の後ろ足に素早く近寄り、《身体強化》を全力で込めた斧の一撃を彼は振り下ろそうとしていた。

「あの馬鹿……っ! 下がれっ!!」

 ほんの一瞬だった。

 滑るような速度で〈岩沼王〉が体を回転させ、足への攻撃は空を切る。胴体には当たっていたが直撃にはならず、斧は表皮の上を滑るだけに留まった。向き直った沼王の前足の振り払いを避けられず部下の男は張り飛ばされた。

 一直線に横の家屋の壁へと叩きつけられる。他の部下達が名前を呼び騒ぐ。バートは舌打ちと共に背中を向けている〈岩沼王〉へと駆け出した。

 しっかりと突き刺していたはずの愛剣が、沼王が顔を振ると共に容易く抜け落ちるのが見えた。

「予想以上に厄介な能力だな……っ!」

 巨体と防御力。〈岩沼王〉の強さの理由はそれだけではない。

 奴の強さの最大の秘密はその特異な身体機能にある。

 岩と泥。相反する二つの性質をこの魔物は併せ持っている。簡潔に言うと、岩と泥の間で体の硬さを自由に変えられるのだ。

 岩のように頑丈な巨体が、蛇のように滑らかに動く。それがどれだけ凶悪か。奴は壁に張り付く事も出来るし、音を立てずに動く事も出来る。突進をいなして岩か何かに激突させたのに、衝撃を殺してほとんど無傷だったという逸話さえある。

 当然、分かり易い明確な弱点など無い。そんなものがあれば上位の魔物には分類されない。

 このままでは長期戦にならざるを得ないと判断しバートは一時撤退を決意した。沼王の背後から殴りかかるか愛剣を拾って攻撃するかして、まずはこちらに注意を引き付ける。その間に張り飛ばされた仲間を他の仲間に救出させ、あとは立ち並ぶ建物等を利用すれば、さほど難なく逃げおおせるはずだ。

 算段を立て、〈岩沼王〉にバートが接近したその時だった。

 頭上から声が聞こえてきたのは。

「バート、どけ!」

 女の声に呼び捨てられて上を見て、そこにたなびく銀の髪を確認した瞬間、バートは全力で後方に飛び退いていた。

 反射的な行動だ。状況を把握したのはその後で、どこぞの屋上から銀髪の女――ダリアがどうやら飛び降りて来たらしかった。〈岩沼王〉の頭目掛けて一直線に。

 方向的には魔物を挟んでバートの反対側だが、ほぼ真上からの登場なのでここからでも見えたのだ。ダリアの右手には魔法陣の輝きが薄く宿っている。沼王も気付いて顔を上げるが、上空に対する攻撃手段を持っていないのか悠然とした態度で接近を待つだけだった。自身の防御力を良く分かっている沼王は、基本的に攻撃を避けようとしない。

「らぁっ!!」

 一声と共にダリアが空中で腕を振り下ろした。

 武器の類など持っていない素手の拳で、まさか殴りでもするのだろうか? 両者が触れ合う瞬間、彼女の手の魔法陣が一際強く輝いたのだけは確認出来た。それ以上何をしたのか、それが何の魔術だったのかは分からない。

 轟音が響き渡った。

 山で巨大な落石でも振ってきたかの如く、地面を震わせるような重い音だった。〈岩沼王〉が殴られた(・・・・)音だと気付くのに多少の時間を要した。

 沼王の巨体が地に叩きつけられ、それどころか反動で僅かに跳ね上がる。

「グゥゥルルォォォォ――ッ!!!!?」

 今度ははっきりと、それが苦痛を訴えていると分かる絶叫が〈岩沼王〉の口から迸った。剣を突き入れた時の無機質な音とは違いいくらか生物的だ。転がるように後退させられた沼王は叫びながらのた打ち回った。

 奴の肉体である岩の破片らしきものがぱらぱらと散らばっている。全力で殴る事でバートがつけた頭部の傷口を広げ、盛大に壊したのだろうと察しはつくが。やはり素手なのと、何よりあの巨体が一瞬でも浮き上がった事実は無視出来ない。

「待て待て、おかしいだろ……。なんつう馬鹿力だ」

 一部分とはいえ頭部を破壊されるのは、さすがに上位の魔物といえどもひとたまりも無いのだろう。持ち前の生命力でまだまだ元気に暴れている沼王だが、死に向かう直前の必死さがどこか感じ取れる。のた打ち回る際バートの方からも確認出来たのだが、奴の頭部の一部は砕けて陥没しており、巨大な穴でも空いているように見えた。

 追撃をかけようと真正面からダリアが近づいていく。沼王はすぐさま反応した。

 魔物の側からも大きく一歩近づき、硬質化した腕を振り下ろしたのだ。

「ふんっ!」

 ダリアの手の先と何故か足元に魔法陣が展開される。彼女が拳を合わせれば、岩同士がぶつかったような不可解な音がして、沼王の腕は大きく弾かれた。もはや間違いない。彼女は大型の魔物に力で対抗している。異常に過ぎる膂力だった。

 そのダリアは忌々しそうに、自らの拳をぷらぷらと振っている。

「なんだこの無茶苦茶な硬さは……! 頭も石のようだったし、ふざけた奴だな」

 ふざけた奴はお前だ、という突っ込みを入れたかったのはバートだけではないはずだ。

 沼王の方は、頭からぼたぼたと血らしき黒い液体を垂れ流しながらダリアを警戒している。完全に彼女だけを敵と定めたようだ。背後から小柄な少女が近づいてきても、そちらに反応を示さない。

 神谷鋼の忠実な猟犬、本日二人目の唐突な登場であった。

(おいおい、まさか……)

 足音を殺し、そこまで速いとはいえない動きでカガミヒナタは〈岩沼王〉に近づいていく。バートは息を詰めてそれを見守っていた。

 部下達は分からないだろうが、バートには分かる。あれは今とんでもない事を行っている。《身体強化》や魔術の類を一切使っていないのだ。素の貧弱な身体能力のまま、強化してもとても敵わない魔物の傍へと自ら接近する。こちらの世界の常識で言えばただの自殺行為、常軌を逸した行動だ。

〈岩沼王〉は振り返らない。先程やられたバートの部下の時と違い、魔物は背後を気にする様子も無かった。まるで少女の存在に気付いていないように。事実、背中に目があるわけでもない沼王は彼女に気付いていないのだろう。視界の外に対しても敏感に反応してみせるあの魔物は、魔力で獲物や攻撃を察知しているのだ。

 だが、それを知っていても実行に移す度胸があるかはまた別の問題だ。戦い慣れた戦士ほど一切の強化を行わずに魔物に接近するのは恐怖するもの。バートとて例外では無い。無論、死の谷で魔術なしの戦闘を腐るほど経験してきているバートも必要に迫られれば同じ事くらい出来るだろうが、やはり極力避けたい。感嘆の思いでヒナタの行動を注視する。

 存在を気取らせる事無く触れられる距離まで近づいたヒナタの右手には、一振りのナイフが握られていた。

 何の躊躇いもなく、沼王の背中というかケツの部分にそれをぶっ刺した。

(信じらんねえ。あの瞬間暴れられたらどうすんだよ……!)

 さすが、バートの知る最もイカレた戦闘屋の一味は違う。あれは絶対にバートは真似出来ない。あんな無造作に刺して、気付かれ後ろを攻撃されたらどうするつもりなのだ。だが実際、沼王はその場から動かなかった。たった今攻撃されたにもかかわらずだ。

「まだ気付いてねえってのか? んな馬鹿な、一体どういうカラクリだ……?」

 ――いや、そうか。

 抜こうとも深く刺そうともせず、ただ刺しただけ。いまヒナタはナイフの柄に触れてもいない。尖った小石を踏んづけたとか、暴れた際飛んできた何かの破片がさくりと刺さったとか、沼王からすれば恐らくその程度の認識なのだ。ヒナタは徹底的に隠し、そこに攻撃の意思を感じ取らせないようにしている。沼王にとっては目の前の魔物じみた銀髪少女の方がよほど重要なので、ただの痛みなど無視したのだ。

 ここまで見せられればバートにも戦法が読めてくる。恐らくヒナタは、魔物に感知される範囲の外で魔術を使い、既にあのナイフに猛毒を施している。そうして忍び寄り、奴の泥のように柔らかい表皮に容易く毒刃をつき立てたのだ。

 警戒していない限り沼王の体に岩石の硬さは無い。一切の《身体強化》をしない方が攻撃が通るとは、なんとも皮肉な話である。

 だがやはり、あれは安易に真似してはいけない戦法だとバートは心に刻み付けた。魔物の心理すら読み切る勝負勘だけならまだしも、それを信じて危険過ぎる行動を堂々実行するクソ度胸。やはりカミヤ達五人組のイカレ具合はバートの知る中でも格別だと再認識出来た。


 それ以降はもう、結果の見えている戦いだった。

 毒の効果か沼王の動きは次第に鈍いものとなってきて、つかつかとダリアが近づき謎の怪力で一撃入れていく。その繰り返しに終始した。三発目でまともな防御行動が取れなくなり、最後にはボロボロの頭部へとどめの一撃が加えられ、脳を破壊された〈岩沼王〉は完全に動かなくなった。

 バートのつけた傷を利用したものだが、それでも実質たった二人での勝利。

 部下達やこの戦いを察知して戻ってきた冒険者の男達は、遠巻きに〈岩沼王〉の死体とダリア達を囲み、白昼夢でも見たかのような間抜け面を晒している。

 まあ、少しは分かる。銀髪の絶世の美女と人形めいた小さな少女の二人組だ。あれらがその見た目に反して無茶苦茶な強さを持っているというのは、どこか幻想的なものがあるかもしれない。

「は、はははっ、なんだそりゃ」

 思わずバートの口から痛快な笑いが漏れる。ダリアがこちらに首を巡らせた。

「死の谷で共闘しただけの俺は、お前らが使う魔術なぞ全く知らん。だが魔術なしでああまでイカレた強さだったんだ、魔術有りでも絶対にとんでもねえ強さだと思ってたぜ。さすがにここまでとは思わんかったがな!」

「なんだバート。礼も無しか?」

「ああそうだな、わりぃ。助かった。やられた俺の部下を庇ってくれたんだろう? あの登場のタイミングは」

「まあ見ていて本当にもどかしかったからな、結構すっきりした。あのやられた馬鹿にはちゃんと指導してやれよ? あんな全力の強化、敵の後ろを取ったのに大声をあげて襲いかかるようなものだとな。……ヒナ、援護助かったぞ! 殴り易かった」

 ダリアが横を見て声をかけ、こちらに近づいて来たヒナタが無言で頷く。相変わらず寡黙な少女だ。

「……二人だけか? お前らのご主人サマはどこ行ったよ」

「コウなら手ぶらだったから武器を取りに行った。私と(・・)ヒナは持ち歩いているからな、別行動だ」

「へえ」

 今の言葉で即座にカミヤと変換するあたり、本当にからかい甲斐の無い女どもだ。

 東の方の通りから、カミヤのクラスメイトである見覚えのある奴らがこちらに向かっているのが見えた。あれらが一緒に行動しているならカミヤも後から合流するだろうとアタリをつける。バートが今悩んでいるのは、部下を引き連れてこの集団について行くかどうかだった。

 沼王を単独でも(ほふ)れそうな規格外の戦士の傍は、恐らく現在のこの街ではどこよりも安全だ。問題は向こうがそれを許すかだが、あのどう見ても実力的に足手まといなクラスメイトどもを護衛してやると持ちかければ、ダリアやヒナタにとっても自由に動き易くなるという利点があるはずだ。

「……まあ、あいつらも休ませたいしな。どうだお前ら、日本人街の奥に向かうつもりなら、俺らも一緒に行きたいんだが。門周辺は鉄壁の避難所になってる、魔物を狩るならそこを拠点にするのがいいと思うぜ?」

「そうなのか。……ふーむ。まあ、いいか」

 割とあっさり許可がもらえた。思い返してみれば、カミヤ一味の猟犬四名の内、バートにやたらと敵対心を抱いているのはここにいない後の二人だったか。

「なら、よろしく頼む。ま、沼王級の魔物なぞそう出ないとは思うが、次に出たら俺も手を貸そ――」

 台詞を中断し、バートは通りの西へと振り返っていた。思わず、無意識的に体がそう動いた。はっきりと何かを感知したわけではないが、漠然とした嫌な予感のようなものを抱いたのだ。

 かつて地獄で鍛えに鍛えられた自身の第六感を、他の死の谷の経験者と同じようにバートも重視している。極めつけはダリアもヒナタもそちらに鋭い視線を向けた事だ。死の谷経験者三人が共通して何かを感じたというなら、間違いなく何かいる。意識しても魔力すら感じ取れない程に遠いので、今どうこうという話ではないが。それほどの距離を経ても尚、人の無意識には届かせた強大な魔力。多分、ヤバイ存在だ。

「――沼王級より上が出やがったら、さすがに俺らも逃げるからな?」

 言いかけの台詞を変更し、バートは予防線を張っておいた。



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