60 恐怖という楔・4
店が開いていなさそうだったので裏口から満月亭に入る。
鋼がミオンを運び、凛はリュンを背負っている。二人共気を失ったままだ。ミオンはそのうち、リュンもそう重篤な状態では無いので近いうちに目を覚ますだろう。
元凶である狐娘を丁重に扱ってやる義理は無いので、こっちは首根っこ掴んでぶら下げているという雑な運び方である。
「店長ー? いるかー?」
鋼が微妙に敬語を忘れつつ裏口から進むとリュンの父親はすぐにやって来た。店を閉めて娘達の帰りを待っていたようだ。店員二人の様子を見て彼は顔色を変える。
「カ、カミヤ君! 娘達は一体どうしたんだ!?」
「大事にはなってないですよ。意識は無いですが」
さてどうしたものかと思う。
凛はいつものように鋼に一任して沈黙している。まあそのままを語るしか無いだろう。結果ミオンが追い出される事になろうとも、娘を心配する父にまさか嘘を教えるわけにはいくまい。
ここに預けている武器を取りに来ただけなのに、どうしてこう後味の悪い面倒を背負い込む羽目になっているのか。心中で嘆息しつつ鋼が口を開こうとした時、凛の背中でリュンがゆらりと顔を上げた。
「父さん……」
「リュン! 良かった、無事なのか?」
「うん、大丈、夫。まだちょっと、喋り辛いけど。怪我をしたわけじゃ、ないわ。〈紅孔雀〉に襲われたり、色々あって」
「お前やミオンが無事ならそれでいい! 後で聞くから、辛いなら休んでなさい」
「ええ、そうする……」
感電したせいで上手く体は動かせないものの、起きてはいたようだ。リュンはちらりと鋼を見やる。懇願するような視線の意味は明白だった。本人がいいというならこちらだって文句はないが、しかし。
「えーと、ミオンもその、大丈夫なのかい?」
鋼に雑な持たれ方をしているミオンを見ながら、どこか遠慮がちに店主が訊いてくる。こっちは本当にただなんでもなく気絶しているだけなので気遣いは不要と言えば、一応の納得をもらえた。それからリュンを彼女の自室で休ませてやれと凛に指示し、店主にも娘を見てやっていてくれと頼む。
リュンの自室がある店の二階へと三人が上がっていく。凛に目配せして、店主を二階に留めておけと伝えておいた。
これで人払いされた店内には鋼とミオンの二人だけとなった。
遠慮なく床に投げ転がす。
「わ!」
途中から起きていたのは分かっている。転がりながら必死に受け身らしきものを取るミオンを冷めた目で見やり、皮肉まじりに鋼は告げた。
「喜べ。お前は居場所を失わずに済みそうだぞ」
「そう、みたいです。こんな私を、あの人はまだ……」
顔をあげたミオンが浮かべていたのは、自分でもいまだ信じられないといった表情だ。それから僅かに首を左右に振り、がばりとこちらに向かって頭を下げる。土下座であった。
「あの、この度は本当に、ありがとうございました。一度ならず二度までも、助けて頂いて。感謝の言葉もありません」
「ふん。なりふり構わない滅茶苦茶な言いがかりになっちまったけどな」
実はミオンがやらかす少し前から鋼達はあの場にいた。リュンがミオンの手を引いて、そのまま離脱に成功していたなら鋼達は介入しなかっただろう。
帝国人二人の不自然な行動も見ていたから彼らの素性について鋼は疑えたし、今回の魔物襲撃は帝国が絡んだ事件かもしれないという疑念も合わさって、あのような寸劇じみた救出劇となったのである。あくまで仮定に仮定を重ねただけで、帝国人が本当に人間協会の一員だったのか、襲撃に関与していたのか、本当のところ定かではなかったが。疑える要素は揃っていて、周囲の一般人達を味方につければあの場は勝ちだったのだから、真相がどちらにせよ有効な手は変わらない。
「腹は痛むか?」
大丈夫です、と返事がくる。痛みで声が少し出し辛そうだったので、痛くないという事は無いだろう。
「……謝らんからな。ああでもしないとあの場を離れにくかったし、負傷しててもお前の自業自得だ」
「はい。この程度で済んだのだから、私は幸運です」
「リュンにとっても幸運だったな。お前の電撃がどれほどの威力かよく分からんが、空気を伝ってくるなら少なくとも電圧は高い。もっと電流が強いか、あいつの心臓が弱かったりすれば死んでた可能性が高かった」
ミオンの顔がさっと青くなる。断言してみたものの、電流やら電圧というものに対し鋼はそれほど詳しいわけではない。しかしそう的を外した意見では無いだろう。
「わ、私……」
「……反省はしているようなんだがな」
ポーズでなく、心から後悔しているのは分かる。反省『は』と言った意味も理解出来ているようだ。ミオンは俯いて、ぼそぼそと声を出す。
「二度と、こんな事が無いようにしたいと、思っています」
「ああ」
「いくら怖くても、どうなるか考えもせずに人を攻撃するなんて絶対にいけない。そう、思ってます」
「ああ。で? 二度としないと誓えるか?」
「……は、……」
俯いたままミオンは言葉を詰まらせる。今後絶対にやらないと、本人だって断言出来ない。それでもこの場は「はい」と答えなくてはいけない。だがその場しのぎの嘘など通用しないだろうし、問題も解決しない。恐らくはそういった葛藤だろう。
「誓えるか?」
「…………ちかえ、ません」
搾り出すような小さな声で、しかし確かにミオンはそう答えた。誓えるなんて口にしていたら鋼は即座にこいつを蹴り飛ばしていたところだ。
「リュンさんを、裏切りたくありません。傷つけるのも、失望させてしまうのも嫌です。二度とあんな事、したくないですし、するつもりもありません。……本当に、心から、私はそう思っているんです」
「なら、二度としなければいい」
「そう、ですよね。それで済めば、良かったのに。でも、私は――」
一瞬言葉が途切れ、それからはかすれた声で。ミオンは独白を続けていく。
「どれだけ自分では決意していたつもりでも、いざ怖い目に遭うと頭が真っ白になって、そしたらもう駄目なんです。全て吹き飛んでしまって、とにかく死にたくない、逃げなければって、そんな思いで全部埋め尽くされて。気付けば私は、してはいけない事をしてしまっている。気を付けられるなら、私だってそうしたい。でも、でも、無理なんです……! 自分の事なのに、どうしようもなくて」
ミオンの表情は窺えない。見られたくないとばかりに、深く俯いているからだ。
だがその程度で、ぽたりと床に零れ落ちる涙まで隠せはしない。手で目元を何度か拭うも効果は無く彼女はただ静かに泣き続ける。
「……こんな力、出来る事なら捨ててしまいたい。怖がりが治らなくても、こんな力さえ無ければ人に迷惑を掛ける事も無かったのに。どうして、どうして私は、魔物憑きに生まれてしまったんですか……! 私は、恨みます。こんな体に私を生んだ母さんを。こんな私を置いて勝手に死んでいった父さんを。こんな力に意味なんてあるわけないじゃないですか。あるのはただ、生きにくさだけです……!」
血を吐くような独白。一つ一つの言葉は呪詛のように重く、安易に口を挟める雰囲気ではない。
人並みの感受性を持ちえているなら、ここで何らかの行動を起こす事は誰であっても躊躇するし、緊張を強いられるはずだ。もちろん鋼とて例外ではない。今のミオンに軽々しく適当な言葉を掛ける事は憚られる。一応、鋼だってそう思っているのだ。
とはいえここで慰めの言葉を掛けてやるような、優しい性格は持ち合わせていない。
「みぎゃっ!」
丸まって涙を流していたミオンが吹き飛び、転がりながら壁に叩きつけられる。目には混乱。さすが危険察知に優れる狐娘も、今の場面でまさか蹴られるとは思わなかったのだろう。
全身の強化を僅かずつ強めながら近づけば慌ててミオンは立ち上がろうして、今受けたダメージを自覚し呻き、たまらずに蹲る。目の前で立ち止まった鋼は右手を伸ばし、正面から痛みで咳き込む彼女の首を掴んだ。
その途端にミオンの全身が帯電し、ばちばちと火花を散らしながら電撃が放たれた。
思わず口角が吊り上がる。たった今までめそめそ泣いていた子供とは思えない。なんて切り替えの早さだろう。今の彼女は意識の全てが自己防衛に向いている。鋼からすればその気質は、褒められこそすれ、欠点たりえないものだ。
もちろん恐怖で冷静さを失う事自体は悪い部分だとは思うが。
「げほ、けほっ。な、なんで――?」
鋼には分かる。どうして自分は突然攻撃されているのか。ミオンはそれを訊いているのでは、ない。既に事実を事実として受け止めているなら、悠長に理由など問い質すよりもいかにして今の状態を脱するかが重要に決まっている。
どうして電撃を正面から受けて全く効いていないのか。
彼女が訊きたいのはそれであり、当然タネを教えてやるつもりはない。単に全身にまとった《防電》のおかげなのだが、これは少々特別製だ。
本来《防電》は気休め程度というか、日常生活で主に使われるような《防熱》と同系統の魔術であり、攻撃の為の強い電撃を至近で浴び続けても耐えられるような代物ではない。自力で施した術式だと突破されていただろう。これはミオンと帝国人達の間に介入する直前に、魔力同調を用いて凛に組んでもらった術式だ。魔術に優れる完成度の高い彼女の術式に、綻びが生じないよう鋼が魔力をがんがん注ぎ込む力業でミオンの電撃を無効化させている。
彼女が放電を続けるなら根競べになるだろうが、実はそれほど余裕が無い事を気取らせる気は無い。余裕ぶって笑ってみせる。放電が強まる中、掴んだ首ごとミオンを持ち上げて顔を近づけた。
「放電を止めろ」
殺気と共に一言だけ告げる。鋼の魔力を怖がっていたのを思い出し、魔力の活性化も強くする。
びくっと体を震わせたミオンは、その途端に電撃を放つのをやめた。
「なんだ、出来るじゃねえか。恐怖に駆られてても、自分を制御すんの」
「え、えと……?」
殺気は引っ込めるが、首を掴むのをやめないまま鋼は相手を褒める。例えば放電を止めないと殺されるような状況で尚、半狂乱になって抵抗するようなら処置なしだが。これならば救いようはある。
とりあえず危機は脱したのかまだ続いているのか、その判断もつかずミオンは混乱しているようだ。愛想笑いを浮かべようとして失敗したかのような、引きつった表情で大人しくしていた。
「怖い目に遭うと頭が真っ白になって、何をやらかすか分からない。お前はさっきそう言ったな。なら、どうすりゃ恐怖を克服出来ると思う?」
「え、あ、……あの。な、慣れる、とか……?」
「俺に言わせりゃ、慣れるなんてのは単に恐怖に鈍感になっただけで、克服したわけじゃないんだがな。感情を凍らせる、自分の死について考えないようにする。まあ、そういうのも一つの手だ。恐怖に鈍くなれば戦いの最中でも冷静でいられる。それで結果的に生存率が上がるなら、有効な手段といえるだろう」
「は、はい……」
「だがお前は戦士じゃない。元から危険に立ち向かう必要も無いから、恐怖に慣れるよりも今のままの方が生き残る力は強いかもしれん。それにお前は訳も分からず何にでも怯えるというより、ちゃんと状況を分かった上で怖がる冷静さがあるようだから、『死ぬのは怖くない』と自分を騙そうとしても上手くいかないだろうと俺は思っている」
首を軽く絞めたまま、長々語る内容ではないだろう。自分でも分かっている。
ミオンはこちらの話を聞き逃すまいと必死な様子で集中していた。何を言いたいのかいまいち分からなくても、今はちゃんと聞かなければ。でないと何をされるか分からない。そういった恐怖が窺えた。
それでいい。もちろん離してやる事もなく、鋼は話を続ける。
「まあ、そもそも恐怖を克服する事なぞ出来ないってのが俺の持論でな。死ぬのは怖い、痛いのは嫌だ。誰だって持ってる当たり前の感情だ。目を逸らす事は出来ても、それを否定する事は誰にだって出来ねえ。恐怖を克服出来ず、鈍感にもなれないなら。ミオン、お前はどうすればいいと思う?」
「え、えと……、それ、は。自分、自身が、強くなる?」
「お前は賢いな。俺好みの解答だ。だがもっと簡単な、すぐに実践出来る方法が一つある」
ミオンの目に恐怖と混乱以外の感情が宿る。それは興味だ。怖がりのくせに、この状況でも渇望するほどにこいつは自分を変えたいと思っている。
なら、変えてやろうじゃないか。
「さっきもやった、簡単な方法だ。今しがたお前は死ぬかもしれない恐怖から電撃を放っていたが、自分を制御して収めてみせた。俺が止めろと言ったからだ。恐怖は、より強い恐怖で抑えられる」
例えばの話だ。
漫画や小説、戦いを描いた物語によく出てくる台詞でこんなものがある。
『死ぬのは怖い。でも、それで大切な人々を守れない方がもっと怖い』
正義や大義を掲げて戦いに向かう勇気ある主人公などより、鋼からすればよっぽど好感が持てる考え方だ。思考停止せず、彼は二種類の恐怖を天秤に載せ、冷静に一方を選び取った。それこそが重要だと思う。合理的な判断が出来ているのなら、他人と自分、どちらの命を優先しようとも構わない。
これをミオンに当てはめるなら。強制的に片方を選ばせるような選択肢を用意してやればいい。
「おい」
ミオンの首を掴んでいる手に、僅かながら力を込める。魔力を遠慮なく解放し、意識を集中させ、鋼は自身の魔物憑きとしての本性を引き出していく。
想定していたよりもそれは容易い作業だった。三年前の死の谷にいた頃を詳細に思い返せば、自然と獰猛な気分になってくる。
喉を絞められる苦しみにミオンが抵抗するが、《身体強化》された鋼の腕力に敵うはずがない。再びその体は帯電していき、こちらの腕を必死に掴んで電撃を流そうとしていた。
「先に言っておく。これは実行する気のない脅しじゃない」
瞳を覗き込むように睨み付け、強い殺意を叩き込む。
「電撃で抵抗すれば、この場で殺す」
ぴたりと電流が止んだ。直感と危険察知に優れるこの狐娘の事だ、思った以上にこちらの本心を正確に感じ取ったのかもしれない。
三秒待ってまだ帯電しているようならまず骨を折り。それでも変わらなかったなら、鋼が本気で殺す気でいた事を。
「お前は幸運だ。リュンに迷惑を掛けないよう自分を変えたいんだろう? 俺も手伝ってやるよ。遠慮はいらん、もはやこれはお前だけの問題じゃねえんだから。俺は何より仲間が大切でな、何かの拍子にすぐ電撃を放つような危険物を、俺達の行動範囲にそのまま放置しておくつもりは無い」
嗤う。対してミオンの顔色は真っ青を通り越して土気色だ。鋼は一切隠す事なく魔物憑きとしての本性を解放している。相手との実力差が分かるというなら、彼女を以前閉じ込めていた鉄格子を破壊した時よりも、今ミオンは強い恐怖を覚えているはずだ。
「約束してやる。もしお前が、次に罪の無い人を攻撃して傷つけたなら。その時は俺がお前を殺してやろう。逃げても追いかけて、どれだけ時間がかかっても見つけて殺す。必ず殺す。普通に死んでいた方が良かったと思う程度に残虐に殺す。二回ほどお前を気まぐれに助けた、俺なりの責任の取り方ってやつだ。でないとお前の被害者に申し訳ないだろう?」
空気を求めてミオンの口がぱくぱくと開閉する。ああ、ちょっと絞め過ぎたかとほんの少しだけ緩めてみれば、ひゅうひゅうと細い音をさせながら呼吸が再開された。笑いながら鋼は問いかける。
「で、返事は?」
「ぇ…………、……へん、じ?」
「お前が次に失敗したら、責任持って殺してやるって約束。人様に手間かけるんだから、よろしくお願いしますくらい言わなきゃな?」
ミオンは呆然としたように黙り込んだが、鋼が笑顔を徐々に消していくと「よろ、しく、おねが、します」と途切れ途切れに返した。拙い喋り方だが、まあそれは今も首を絞めているからなので仕方ない。約束は為されたのでミオンの首を解放してやった。
空中から落とされ、ミオンは受け身も取らずに床に叩きつけられた。そのまま逃げもせず、痛そうな反応も見せず、心を失ったように硬直している。まさか恐怖で失神してないだろうなと手を近づけてみたらびくんと体を跳ねさせて不恰好に逃げようとしたので、ただ心ここにあらずの状態だったようだ。
「動くな、目も閉じるな」
言われた事をミオンは即座に忠実に実行した。
逃げなくなった相手に追いつき、鋼はしゃがみこみ右手を差し出す。近づけるのは指の先で、目指す先はミオンの瞳だ。
「あ、あぁ……」
徐々に近づいてくる指に対し、ミオンは恐怖に引き攣った声をあげながらも一切の抵抗を見せなかった。がたがたと震えながら、涙をぼろぼろと流しながら、しかし動かず失明の恐怖に怯えている。ぎゅっと一度全身に力が入ったのが見て取れたが、目に指が触れる直前となってもついに電撃は発生しなかった。
「……それでいい。我慢出来たじゃねえか」
それが確認出来れば十分だったので、鋼は立ち上がって体を離した。極度の緊張から解放されたミオンは荒い息を吐いている。凛を呼んでくるため、鋼は彼女に背を向けた。
思惑通りに事は運んだ。
文句なしの成功だ。
反射的に電撃を放つ事に対して、ミオンにトラウマを植えつけられた。一連の流れはそのためにあった。とはいえ全てが演技というわけでもなく、これで効果が無ければ本当に殺していただろう。鋼は戦友達の安全のためなら、どんな事でも平然と実行出来ると自負している。
一人の年端もいかぬ少女に心的外傷を負わせ、心を歪めた。あるいは壊した。なんとまあ、自分は外道な男だろうか。
――だが俺は、こんなやり方しか知らない。
衝動的にしでかしてしまう事を、努力でなんとか抑制する。そんな方法など鋼には思いつかない。気の持ちようでなんとかなる程度の事が、ああも人を悩ませ苦しめるものか。
鋼がこの世に存在する限り、今後ミオンは電撃を使おうとすればいつでも今日の恐怖が蘇るはずだ。頭が真っ白になったとしても、生き残るための判断は冷静に下すようなので踏みとどまれるだろう。ただの危険が迫る程度ではミオンが今日味わった恐怖には勝てない。彼女は合理的に判断し、鋼に殺される未来より目前の危機を受け入れる方を選ぶのだ。よほどの事態に直面しない限り、ミオンはもう大丈夫だろうと鋼は確信している。
もし。
もし、誰より優しく有能な、英雄物語の主人公のような存在がいたとしたら、この問題をどう解決しただろう?
鋼には分からない。想像も出来ない。
ああ、そうだ。死の谷にいた頃から己はこうだった。戦いなど知らない、戦いに向いていない四人の少女達を、どうすれば一人前に鍛え上げられるか。当時の鋼は悩み、今ミオンにした事と同じ結論に至った。魔物への恐怖でろくに戦えない彼女達を動かすには、それ以上の恐怖で縛り付けるしかないと。実際にそうした。今でも鋼はそれ以外の正解を思いついていない。
ただ、胸に残る罪悪感と後味の悪さが、これは完全な正解ではないのだろうと鋼に教えてくれていた。