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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
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 4 夜間外出



 中学二年生の五月。

 神谷鋼は異世界に『落ちた』。


 高所から落下したとか、変な場所に近づいたとか、そういった行動がきっかけになったわけではない。前触れなく、学校帰りの路上で鋼は自分の視界が歪むのを感じた。何かに引っ張られ、周囲と自分がズレていく。貧血を起こして倒れる感覚にそれは最も近かった。

 落ちたとしか表現できない唐突さで、気付けば見知らぬ土地に横たわっていた。

 異世界人の存在が初めて日本で確認されたのがその三年前。ゲートはまだ存在しておらず、少しずつしか情報が入って来ないせいかメディアも今みたいに異世界特集など大々的にやったりはしていなかった。異世界なんて単語がテレビで出てもそれこそ遠い世界の出来事だった。

 だから知識としては備わっていても、この現象が世間でいう『神隠し』なのだと、そしてそれに己が巻き込まれたのだとは中々理解できなかった。

 当時は今ほど仲良くなかった、その日たまたま一緒の帰り道だった日向と凛も共に倒れていて。彼女達がいなければ鋼は自分の置かれた状況を夢だと思ったに違いない。


 霧の立ち込める不気味な森。もちろん住宅やアスファルトの路面なんてどこにもない。視界いっぱいに映るその風景の意味が本気で分からず、途方に暮れたのをよく覚えている。


 ただ、危険地帯に突如放り出された不運と果たして釣り合うかは分からないが、鋼達にとって幸運な事が一つあった。

 魔物の巣窟であるその森には鋼達以外にも人間がいたのである。

 地獄のようなその場所にそれぞれの事情で迷い込んだ遭難者達がより集まり協力し、生き延びるため日々戦っていたのだ。彼らとの出会い無くして鋼達は万に一つも生き残れなかっただろう。

 その集団に拾われ、魔物との戦い方を覚え。

 鋼にとっての異世界の日々は流れるように過ぎていった。こちらの世界の人間でもそうは体験できない、濃密な時間だった。

 仲間にも恵まれた。特に、日向と凛を含む最後まで共に戦った四人は鋼にとって掛け替えのない友人となった。一生の友を得るというのはすごく幸運な事で、それだけでも異世界で死に掛けた甲斐はあったと思うのだ。まあ、結果的に生き延びられた今だからこそそう思えるのだろうが。

 日本へ三人で帰ってくる際に、後の二人とは別れたきりだ。また会いたいと強く思うし、再会も約束している。

 だからパルミナ騎士教育学園の推薦の話は大変に都合が良かったのである。鋼も日向も凛も、迷わずそれに飛びついた。

 人探し。

 結局のところ鋼達三人が再び異世界の土を踏んだ理由は、省吾と同じ目的なのだった。




 パルミナ騎士教育学園には寮が四つもある。学園の敷地内にある男子寮と女子寮、そして学生の増員により急遽(きゅうきょ)用意された、敷地外にある第二の男子寮、女子寮だ。

 宿屋というものを実際に目にした事はないが、この第二男子寮は寮というより普通の宿屋を改装したような印象だ。公共の施設のくせに妙に庶民的な雰囲気があり、凛と日向の話によると第二女子寮もそういう感じらしい。

 簡素な造りの木製の壁など見ていると、王立の学園の寮生活というよりは民家に下宿しているような気持ちになる。


 夜。

 夕食を済ませ二階の自室で鋼が出かける準備をしていると、ルームメイトから声がかかった。

「……今から出かけるのかよ?」

「ああ、ちょっと出てくる。一、二時間で戻ると思うがその間に寮監が見回りとかしてきたら、止める間もなく出て行ったと言ってくれ」

 寮は二人か三人部屋で、鋼はこの崎山(さきやま)恭平(きょうへい)と二人で部屋を使っている。入学式前日に初めて顔を合わせたこの少年とはまださほど親しくないが、案外気が合いそうだ。口数は多くないが遠慮なく言いたい事は言うようなタイプで、鋼にとっても付き合いやすい。

「わりいな、なるべくならバレてもそっちには迷惑かからないようにするつもりだが……」

「……止めはしないが、一応行き先だけは言って行け」

 寮生の夜間の外出は禁じられている。どうしてもという事情があるなら寮監に説明すれば許可は下りるかもしれないが、鋼にそうするつもりはない。

 入学初日から寮の規則を破ろうというルームメイトを黙認してくれる事にありがたさを感じつつ、崎山に正直に告げた。

「仲介ギルドに行ってみようと思ってな」

「仲介ギルド?」

 意外そうに聞き返してくる。

「あれか、冒険者やら傭兵やらが、バケモン倒したりする依頼もらう受付みたいなとこか」

「ああ。冒険者やってるはずの知り合い探しててな。行ったところでどれくらいの事が調べられるか分からんが……」

「……こっちの世界に知り合いいんのか?」

「あっと、言ってなかったか。俺帰還者でさ、二年くらい前までこっちの世界にいたんだよ。その時のダチでな」

「へえ……、帰還者か。驚いたな。まあ、行き先も聞いた。行ってくればいい」

「助かる。んじゃ、行ってくるわ」

 たいした準備をしていたわけでもないのですぐ終わり、鋼はそう言って窓のほうへと近づいた。訝しげに眉をひそめた崎山が、こちらがドアを使わず出て行くつもりなのだと気付いて呆れた表情を見せる。

 一見無愛想な、しかし気のいいルームメイトに見送られ、鋼は開けた窓から飛び降りた。

 真下から空気抵抗という風を受けつつ落ちる。所詮は二階程度の高さなので一瞬で終わるが、この空気を体で切り裂く感じは嫌いではない。

 地面に降り立ち、足を若干曲げて衝撃を逃がす。日本に帰ってからも多少は鍛えていたから、これくらいなら魔術による身体強化も不要だった。

 寮の窓から見つかる心配はあるものの、外には人影は見当たらない。素早く鋼は敷地内と外とを隔てる二メートルほどの塀へと駆け寄った。ここからは男子寮を挟んでいるので見えないが同じ敷地には第二女子寮があり、この塀は二つの寮をぐるりと囲っている。

 最初にこの寮を訪れた時、四角い土地に三階立ての建物がぽつんと二つあるだけのなんとも寂しい光景を見て、急いで建てたんだろうなあと感想を抱いたものである。

「……」

 近くでまじまじと見て、確信した。

 目の前の塀に沿って、その上あたりに魔力の流れを感じる。何らかの魔術的措置が施されていた。

 専門家でない鋼はここから術式を分析するなんて真似は到底出来ないが、状況から考えて明らかにセキュリティの類の魔術だろう。人が出入りすればどこかに報せが行くとか、そういう程度のものだと思うが。外国の生徒を多数預かる寮なのだから、何らかの侵入者対策はされていて当然だ。

「通ろうとしたら電気が流れるとかじゃねえだろうな……」

 電気の文化にあまり馴染みがないソリオンでは、その系統の魔術はほとんど発達していない。さすがにそれは杞憂だろう。

 だがまあ、塀の上に高圧電流の流れる鉄線があるくらいの気持ちで挑んだほうがいいに違いない。

 鋼は五秒ほど悩んだ。そして、どうせ失敗したとしても死ぬはずもなし、と気楽に考え直し、直感に従って行動を始めた。

 魔力をほんの少し活性化させる。後は言葉にすれば至って単純な動作。第二男子寮の壁を利用して、三角跳びの要領で鋼は跳んだ。

 それだけで五メートル以上の高さに達し、セキュリティごと塀の上空を軽々と飛び越える。

 日本人の多くが憧れるか目を疑うかするだろう、地球の常識では考えられない跳躍。それを成した《身体強化》が難易度の低い魔術と知れば、馴染みのない日本人でもすぐさま理解するはずだ。魔術の有無がどれほど人間の性能に差を与えるか。

 こちらで習得した魔術がもし地球でも使用できたなら、相当の混乱を招いただろう事は想像に難くない。実際は地球は「魔力非活性地域」であり、極僅かな例外を除き魔術を使う事は出来ない。だから実は、魔術に限って言えば日本にとっては学ぶ意義の少ない技術といえる。

 しかしさすが日本人のオタク気質というべきか、それを分かった上でも魔術への憧れを失わなかった少年少女は政府の予想を超えて多かった。その結果として学園の生徒が増員し、こうして二つ目の男子寮・女子寮が建てられたであるが。

 それはともかく。

 先程よりも長い間空気を体で切り裂いて、路地を挟んだ向かいの民家の屋根へと鋼は静かに着地した。

 恐らくセキュリティには引っかかっていない。こっそり外出するには助かるが、これほど簡単に抜けられていいのかと不安にもなる。それなりの魔術師なら、学園に生徒が出払う昼を狙えば簡単に空き巣に入れるのではなかろうか。

 一応鋼は《身体強化》以外にも《隠身》という魔術を使用している。これは体の周囲から外に向かう光の波長を弱めるという、一般人にはあまり縁がない術式だ。

 例えば二十メートル離れた位置から他人がこちらを見ても、五十メートル離れているかのように見えづらくなる、といった感じに効果としては現れる。要は視認されづらくなる魔術で、今のように夜間に使うのが効果的だ。

 ちなみに余談だが、出来うる限り効果を強くしたところで外からは真っ黒な塊となって映るだけなので、どう工夫しても透明人間にはなれない。

 普段人が意識しない上空での、《隠身》を使った上での一瞬の移動。誰かに見咎められる可能性はかなり低いと鋼は踏んでいた。

 あとは屋根の上から人に見られないタイミングを見計らって、こっそりと路地に降り立つだけである。もちろん問題なく実行し、鋼は夜の街に紛れた。

「……一応、ルウにメール打っとくか」

 規則を破って鋼が夜間外出するのを知れば、日向はともかく凛は止めるかついて来るかするだろうと思われる。だから知らせていないのだが、後で勝手に行動したのを知ればむくれるだろう。

 もう外にいると明記し、事後承諾でメールだけ打っておく。異世界の街に携帯電話という取り合わせはとても違和感のある光景で、目立ちたくないのだから屋根の上で打てば良かったと後悔した。

 パルミナの街には日本から持ち込まれた電灯が設置されている。主要な街路でも光の届かない場所が点々と存在するほどまばらな数しかないが、それでも夜の街の治安に少しは貢献しているらしい。目立たぬよう光の届く場所でメールを打ってからマナーモードにして携帯を仕舞う。

 夜間に外出している日本人、というだけでも通行人に不審を抱かれる恐れがあるのだ。鋼は明るい大通りから離れるべく横道へと入って行った。


 電灯の強い光から逃げた先ではこちらの世界での一般的な照明が変わらず活躍していた。

 ランタンや魔石灯のぼんやりした光が弱々しく周辺を照らし、そこに民家から漏れ出た小さな明かりの数々が加わっている。薄暗いが歩くのに困るような事はほぼ無いといえる程度で、今日のような月の出ている晩だとこれで十分なように感じられた。

 実は、鋼は仲介ギルドの場所を知らない。

 ある程度大きな街であれば普通どこにでもあるらしいという情報だけは知っているが、日本人向けのパルミナのガイドマップには載っていなかったのだ。

 学園の日本人生徒にはギルドの冒険者を志望する者も多いはずで、なのに記載が無いのだから、興味本位で行くべきではないという事なのだろう。確かに傭兵が出入りするようなアウトローな場所だろうが。おかげで人探しの前にまずギルドの所在を突き止めなければいけない。

 歩いていると真っ暗な細い路地をいくつも目にした。二十四時間活動するような文化はパルミナには無いので、ランタン等の明かりが灯っているのは夜間でも人の出入りがある所だけのようだ。

 仲介ギルドも恐らくは夜遅くまでやっているはずで、明かりが多いエリアをひとまず目指す事に決めた。

 ふと、そこで鋼は足を止める。

 向かう先でなにやら怪しげな集団が(たむろ)っているのを発見したのだ。

 それまで一人か二人組の通行人の姿をちらほらと見かけていたが、大きな影が四人ほど密集しているのは異様に映る。

「さっさと済ませて飲み直すぞー」

「ほんとに面倒なだけの仕事っすよね。大人しく差し出せばいいものを」

 そんな会話が聞こえてくる。まるで今朝の、講堂前の光景の再現みたいだった。

 違うのはその集団が誰かに絡んでいるわけではない事と、学生の不良より圧倒的なお近づきになりたくない雰囲気がある事。どうやら全員男だが、そこまで見てとれる距離まで来て鋼は気付いた。

 見覚えがあるように思ったのだ。よくよく見れば昼に軽食屋を占拠していた男どもである。

 更に気付いたが、彼らの立っている位置はその軽食屋、満月亭の前だった。

「おい、何見てんだコラ」

 思わず立ち止まった鋼を男の一人がぎろりと睨みつける。

「いやー、その、何してるんだろうなと思って」

 これでも鋼としては面倒が起きないよう、丁寧な対応をしたつもりであった。

 だが彼らからしてみれば、怖がる様子もない少年の態度は生意気に見えた。相手を怯えさせ好き勝手に振舞うのは、暴力でメシを食っている人種にとっての特権である。男達はそう考える手合いだった。

「ああん? てめえには関係ないだろガキ?」

 ぞろぞろと四人が鋼を囲むように近づいてくる。夜の街に繰り出して五分も経たないうちにこれとは、パルミナの治安は大丈夫なのかと鋼は不安になった。

「ん? おい、てめえもしかして、昼間のニホン人のガキか?」

「そうそう、だから何やってるのかちょっと気になってさ」

「……口の減らねえガキだな」

 やや呆れを含んだ声。少しは警戒を解いてくれたかと思いきや。

「……ニホンじゃ怖いお兄さんには近づくなって教えてくれないらしい」

 ずい、と威圧するように一歩踏み込み、至近距離まで迫ってきた。

 鋼の身長は日本の男子平均よりやや高い程度だが、この四人は全員それよりも高い。地球基準で言えば日本人の平均身長は他の外国に比べても低いので、年齢差も考えればおかしな事ではない。外人の顔から歳を判断するのは難しいが、彼らの見た目は二十代後半から三十台前半くらいだろうか。

「もう一度言うぞ? てめえには関係ねえ。大人しく帰って寝ろ」

「関係無くはないぞ。この店結構気に入ってるんだ。何か起きたのなら、俺も知っときたいと思って」

「……今の状況を分かってねえようだな」

 ぐい、と胸元を掴み上げられる。他の三人が大人しくしているのを見るに、鋼の正面に立つこの男が四人組のリーダー格らしい。

「平和ボケしたニホンのガキでも分かるように伝えてやろう。痛い目に遭いたくなかったら、今すぐここから消えろ。そして二度とこの店にも来るな」

「この店にも来るなって、営業妨害もいいとこだろ」

 言い返すと、その言葉よりもこちらの態度が男を刺激したようだった。

「……ちょっとシメとくか」

「いいんですかい兄貴? こいつニホン人でしょ」

 下っ端的ポジションらしい男の一人が問いかけるが、リーダー格は気にした風もない。

「外からの移民なんざこの街にゃいくらでもいるだろうが。貴族とかにも見えねえしな」

「そういやニホンには貴族いねえらしいっすよ」

「へえ。なら心置きなく痛めつけられるな」

 勝手に話が進んでいくが、もはやどう転んでも穏便には済ませられそうにないと鋼も悟る。

 これは自分の対応にも問題があったんだろうなとひそかにため息。昔から鋼は生意気だとか口が悪いとかよく言われるのだ。敬語は苦手だし、不遜な印象を与えるらしく真面目な教師などには特に受けが悪い。この性格というか態度は、自分でももう少し直したいとは思っているのだ。

 あまり危機感は抱いていなかった。男達も多分魔術で体を強化できるだろうが、不意を打てば逃げ出すくらい問題ないだろう。

 そういった緊張感の無さが男どもには面白くないものとして映っているのだが、そこまで鋼は気付いていなかった。


「何やってるの!」


 若い女の声が響く。男どもが舌打ちした。

 頭上、満月亭の二階の窓だ。少女が身を乗り出し、こちらを見下ろしながら力強く宣言する。

「それ以上するなら警備兵を呼ぶから!」

「……ずらかるぞ」

 手が鋼から離れる。リーダー格は小声で指示を出し、足早に夜の街へと消えていった。

 去り際に睨んでいくのも忘れない。それまでの苛立った様子とは根本から異なる、敵意に満ちた視線だった。

 思い出した。昼間、この軽食屋を去る時に感じたもの。あれと今の視線は同じものだ。漠然とした苛立ちではなく、こちらを明確に意識したはっきりとした敵意だ。思い返せば、あれはそう、確か他の皆と「また来たい」とか話していた最中ではなかったか。

 思考を一旦脇に置き、見上げてみれば助けてくれた少女がいなかった。代わりに建物内からばたばたとした気配。

 入り口ドアを開けて顔を出したのは、つい今しがた二階にいた少女だ。昼に鋼達の対応をしてくれた店員である。

「大丈夫だった!?」

「ああ。ありがとな、助かったよ」

「? あれ、もしかしてお昼に来てくれたお客さん?」

 たかだか客の一人だったというだけなのに、男どもも彼女もよく覚えているなと感心する。いや、もしかしたら鋼達以外に誰も客が来なかったのかもしれない……。

 異世界人をさほど見慣れていない鋼には比較対象が少ないが、印象としては素朴な感じの少女だった。昼に見た時は後ろでまとめていた、やや暗い金色の髪は今はほどかれ、肩口まで流れている。不思議そうに首をかしげ、緑色の瞳が鋼を見つめていた。

「よく覚えてるな」

「そりゃあ唯一のお客さんだったし……」

 悲しいことに予想は大当たりだったらしい。

「というか、あなた達ってニホン人だと思ってたんだけど」

「ん? そうだぞ、全員」

「え、じゃあどうしてこんな時間に外を歩いてるの? 騎士学校の生徒じゃないの?」

「……えーと」

 パルミナ騎士教育学園は全寮制である。迂闊にも口を滑らせてしまった鋼は、言い訳を数秒考えた。

 途中で面倒になった。

「実はこっそり外出中」

「……」

 ぶっちゃけた鋼に呆れたような視線が突き刺さる。小さくため息をつき、気を取り直した少女は話題を変えた。

「もしかしてウチに何か用だった? 見ての通りもう閉店してるんだけど……」

「いや、たまたま前を通りかかっただけだ。そしたらさっきの奴らが店先で何かやろうとしててな」

「……あの人達、また……」

「前にも何かされたのか?」

 こくりと頷き、満月亭の少女は彼らがやったという証拠はないがと前置きした上で、今までの被害を語ってくれた。

 いわく、店の前に異臭のする生ゴミが散乱していたり。脅迫じみた文書が残されていたり。ひどい時は動物の血らしきものが撒かれていた事もあったとか。

 そういった嫌がらせ行為はあの男どもが常連として居座るようになってから起こるようになったらしい。

「地上げか……」

「ジアゲ?」

 学園に近いこの場所は、立地的に店を構えるのに有利なのは一目瞭然だ。ここを確保したい誰かがあの男達を雇い、立ち退かせようとしているのではないかと想像を働かせる。

 なんとも、面倒で微妙な問題に遭遇してしまった。

 これは見過ごせない、と息巻くような性格の鋼ではないが、さりとて見なかった事にするのも気分が悪い。

「ありがとね。あなたが気付いてくれたから、今夜の嫌がらせは防げたみたい」

「結局俺も助けてもらったんだしお互い様だろ。あいつら見つけたのも偶然だしな」

 そういえばここで現地の住人に会えたのは都合がいい。ついでに、仲介ギルドの場所を知らないかと訊いてみる。

「冒険者ギルドのこと?」

「そうとも言うのか? 日本にいる時調べた感じじゃ仲介ギルドって聞いてたんだが」

「商売人用の組合のほうとややこしいからじゃない? 正しい名前なんて知らないけど、冒険者とか傭兵とか集まってるとこだったら皆冒険者ギルドって呼んでると思う」

 アニメや漫画の設定でいかにもありそうな呼び名である。

 日本育ちの若者としては多少なりともわくわくせずにはいられない。

「場所は……ここから結構遠いわよ? 確か、東門からすぐ近くの大通り沿いに……」

 なるべく詳しく行き方を話してもらう。行ってみて分からなければ、また道行く人にでも訊けばいい。

 日本人の鋼にとっては、街から出るための門は東門に限らず通行できない。そこが実質の国境だからだ。しかし門を超えない限りはどれだけ外縁部に近づこうが問題は無かったはずだ。日本人学生に配られている異世界での注意点が記された冊子にも、特に言及は無かったように思う。

「ギルドには何しに行くの?」

「知り合いの冒険者を探しに。俺、前にもこっち来た事あってさ。その時のな」

「ふーん。会えるといいわね」

「ああ。絶対見つける。また会おうって約束してんだ」

 戦友の顔を脳裏に思い描き、鋼は懐かしげに笑った。



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