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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
58/75

 56 混乱を加速させるモノ・続



 狼男はいまだ、無事な右手に棘棍棒を握っている。

 にもかかわらずそれを振りかぶる事はせず、口で獲物を噛み千切らんと牙を剥いてこちらへと迫っていた。

 それは弱点である頭を前に差し出す行為だ。見るからに理性が働いていないとはいえ、一匹の獣としてもあまりに愚行。自ら命を捨てているも同然と言える。

 だが相当な速さだった。

 鋼が余裕を失う程度には。

「――っ!」

 頭への攻撃を諦め、鋼は襲いくる噛み付き攻撃を半身になってかわした。二度目にこちらの世界へ来てから戦った相手では先月の兜男が一番強かったが、今の速さはそれに次ぐ。技術が伴っているかは甚だ疑問ではあるが、純粋に速力だけ見ればこの怪人はかなり高いレベルだ。《加護》なしの凛でさえ負けるかもしれない。それはもちろん性能面での話であって、総合的な戦闘能力を比べての評価ではないが。

 半身になって避けたこちらを追撃しようと今更のように狼男が右手を振りかぶるが、二連続の攻撃を許してやるほど鋼も甘くはない。胴体に拳をくらわせ狼男を引き離す。構わずに振るわれた棘棍棒は、距離が空いた事で鋼の眼前を空振りした。

 ひりつくような緊張感。棍棒の風圧が髪を揺らす。

 ――今のは少し、危なかった。

 最初の噛み付きに対し鋼が回避を選択したのは、頭への攻撃が間に合わなかったからではない。狼男から発せられる濃密な殺気ゆえだ。やばそうだと思い反射的に守りに入ったが今ので分かる通り正解だったようだ。こいつは攻撃をくらおうとも全く無視して、鋼への攻撃を最優先しやがったのだから。

 恐らく敵を殺すという思考だけでこいつの頭は埋まっている。例え頭を潰したところで、絶命しきるまでの僅かな時間でその体は鋼を殺しにかかるかもしれない――そう、警戒してしまうくらいには純粋な殺意だった。またも拳を受けた敵は血を吐いているが、やはり倒れない。明らかに隙ではあるが鋼は即座に飛びかからなかった。捨て身でかかってくる相手に迂闊な真似は出来ない。

 と思っていたら、狼男が吹き飛んだ。

「……この方に、何をしているのですか」

 鋼の背後からも中々にヘビーな殺気が放たれていた。その発生源はこちらの横を抜け、吹き飛んだ敵へと歩み寄っていく。

 それが誰かなど決まっている。

「犬風情が、身の程を知りなさい」

 狼男は凛の《圧風》で移動させられながらも四つん這いになって、屋根から振り落とされないよう耐えていた。遠くに吹っ飛ばされていた方が余程逃げる目はあっただろうが、そもそもそんな気は無さそうだ。恨みがましい目で奴は凛を睨みつけている。

 凛も敵を睨みながら、台詞と共に《穿風》を複数放つ。

「オアアッ!」

 撃ち出された風刃を狼男は横に跳んでかわし、しゃがみ、あるいは跳び越えてやり過ごす。そう易々と奴も連続して攻撃をくらうつもりは無いらしい。更には《穿風》の隙間を見計らい、狼男も反撃に転じた。

 前進してくる敵と相対している凛を見て、鋼は援護しようと前に出しかけた足を止めた。遠距離攻撃で封殺するつもりなら彼女の攻撃があの程度のはずがない。《穿風》はただの様子見か、余裕の無い体勢で向こうから近づかせる為の策だろう。

 戦友の中では近距離戦に多少不安がある凛だが《加護》中は別だ。信じて見守る。意図も分からず下手に前に出れば、彼女の魔術を妨害する事にもなりかねない。

 奴の顎が凛の体を捉える、ほんの一瞬前。高速の接近を完全に見切った彼女が、強化された速度で一歩だけ前に踏み出した。絶妙にタイミングを早められ、虚をつかれた相手は微かにだが反応が遅れる。手元に魔法陣を出現させながら凛が殴りつけた。

 重い打撃音。両腕でのガードだけは間に合わせ、狼男がそれを受ける。目には正体不明の魔術への警戒の色があった。理性を失った狂戦士のような状態であっても、あからさまな魔術は本能レベルで警戒するようだ。

 しかし風圧も風刃も彼女の手から発生する事は無い。これ幸いと狼男が彼女の正面を避け横移動しようとし、止まった。その挙動には混乱が窺える。狼男が気付かぬ内にその左右に《障壁》が展開されており、動きを妨害したのだ。

 二枚の《障壁》は左右から狼男の斜め後方を通り真後ろで合流している。丁度Vの字のような形で、奴は完全に閉じ込められていた。出るには全力で壁を破るか、凛のいる正面を突破するしかない。そのどちらも許さぬとばかりに凛は猛攻を仕掛けた。

 腕のガードそれ自体を狙い凛は二発目を放ち、そのまま狼男は受ける。

「ゥオンッ!!」

 既に鋼が砕いた左腕も重ねているので相当な痛みだろう、狼男がさすがに苦鳴をあげた。それでも三発目の凛の攻撃に対し今度は蹴りを繰り出し相殺しようとして、失敗。胸に打撃を受けて吹き飛んだ。当然《障壁》に遮られ、双方の距離は開かない。

 迎撃に失敗した理由は凛の体の周囲に展開している小ぶりな魔法陣にあった。

 狼男に逃げ場は無い。四発、五発目といいように打撃を入れられながら、それらを無視して右手の棘棍棒で突きを放とうとするがまたもや失敗する。小ぶりな魔法陣から放たれた《圧風》が腕に叩きつけられ、強制的に攻撃をやめさせられたのだ。

 ガードされようと直撃しようと、全く構わず凛は打撃を入れ続ける。

 狼男は避けられず、受けた攻撃で距離を離す事も許されず、一方的に(なぶ)られるしかない。それでも驚異的なスタミナと耐久力、闘争本能によりダメージを無視した反撃を何度か試みているのだが、常に展開され補充される《圧風》の術式がピンポイントでそれらを物理的に押し留める。あるいはバランスを崩させるためだけにも風は放たれ、《障壁》に閉じ込められた狼男は一切何もさせてもらえない。風と打撃により常にVの字の奥へと追いやられ、まさしくサンドバッグのように攻撃を受けるだけとなる。

「容赦ねえな……」

 風魔術も行使する分、打撃だけに集中するより攻撃の精度は落ちているのだろうが相手にとっては関係がない。魔術も打撃も現状では同じように回避不可能な攻撃であり、威力が多少落ちようとも倍の手数で攻め立てて何もさせないのが得策と踏んだのだろう。敵を下手に吹っ飛ばして市民が行き来する路上に落としてしまえば面倒な事になるかもしれず、ふっ飛ばさないなら捨て身の反撃がくる。何もさせないのは有効な戦術だ。

「そろそろマジでそいつ、死ぬぞ」

「……死んでもいいと思うのですけど」

 一応、という感じに鋼が後ろから声をかければ、そんな返答をしつつも凛は攻撃を止めた。狼男は少し前から反撃の素振りも見せなくなっていたし、しぶとく握り続けた棘棍棒もとうとう手放していた。《障壁》が解除されると共に狼男はその場に倒れた。

 意識は既に無く、全身血まみれ、ズタボロだ。衣服もところどころ破れているが、そこから覗く肌は例外なく内出血で腫れ上がっているか骨折により形がおかしな事になっている。ゾンビ顔負けの常識外の耐久力だったからやり過ぎとも思わないが、見るも無残な姿と成り果てていた。ちなみに、まるで魔物のように伸びていた牙は口の中へと引っ込んだようだ。

「え、えげつない……」

「同時に《身体強化》と《障壁》と《圧風》って、どんな戦い方だよ……」

 助けられた冒険者達があまりの容赦の無さに呆然としている。

「……あんたら治療はいいのか?」

「あっ、そ、そうだ! 大丈夫か!?」

 呆れ気味の鋼の指摘にまた慌てだす冒険者達。ただその内の一人は鋼を凝視するのをやめなかった。

「お前、確か……。そうだ、もしかして『銀の騎士』と一緒にいた――」

「あ、ほんとだ! あの時の子だ!」

 前回ギルドに行った時に建物内にでもいた冒険者達なのだろう。有名なクーの影響で、ありがたくない事にこちらの顔もそこそこ割れているらしい。

「……あんたら、災難だったな」

「ああ。ほんとに助かった。礼を言うよ」

「魔物憑き相手に何もさせないなんて、あなた達強いのね!」

 屈託の無い感謝を向けられどうにもこそばゆい。鋼も視線を倒れた亜人へと注ぐ。そうだ、話題を変えるついでに彼らに訊きたい事があった。

「なあ、やっぱりこいつって魔物憑きだったのか?」

「え、そうじゃないの? 亜人だし魔物みたいに凶暴だったし……」

「実物とは初めて遭ったが、聞いた話じゃこんな風に暴れ回るっていうぜ?」

「じゃあやっぱ、これがそうなのか……。そりゃ魔物みてえな扱い受けるわけだ」

 首を傾げつつも納得は出来た。魔物憑きは人よりも獣に近いから迫害されるというが、今の狼男みたいなのに襲われれば誰だってそう思うだろう。

「にしては、思ったよりはたいした事無かったな」

「そうですよね。もっとずっと強いかと警戒しましたけど……」

 かなり高位の身体能力に、異常な生命力と、がむしゃらに攻撃的な獣の本能。それだけである。並べてみると弱くはなさそうなこれらの要素だが、やはりそれだけでは全然足りない。強化以外に魔術は使わず、動きも予測しやすく、技術も無いのだ。いくら身体性能が優秀でもこれでは宝の持ち腐れだ。

「あの速さでたいした事無いって君らすごい事言うな……」

「んー、魔物憑きっていうと、もっとこう、前に立つだけでこいつはヤバイって嫌でも分かるような、強烈なのを想像してたというか。上手く説明出来ないんだが、かなり厄介な魔物を前にした時みてーなさ?」

 鋼の説明に、冒険者達は困惑したような顔をするのもいたが、一部は分かってくれたようだった。「確かに冷静になれば俺達だけでも倒せそうだったか」と頷いている。その納得の仕方から、この冒険者達はやはりベテランというわけではないのだろうなと鋼は思った。この一帯は基本的に平和らしいから、熟練の冒険者が街に常駐しているかがそもそも疑問ではあるが。

「応急処置も一段落したようだし、そろそろ俺らは行くよ。この狼男は任してもいいか?」

「あ、ああ。いやでもこいつ、どうするかな……」

「縛っといても力ずくで抜けるかもしれないし。殺しといた方がいいんじゃ? まあこのまま放っておいても死にそうだけど」

「そもそもそいつ今の時点でも生きてるのか?」

 おっかなびっくり、倒れる亜人に少しだけ近づいて観察しながら冒険者達は相談を始めた。まあ、こいつがここで死のうと生きて投獄されようとどうでもいい。一応鋼も意見を出しておくが。

「だがまあそいつ、わざわざ対人武器準備してたくらいだからな。魔物の衝動に支配されたっていうより、あんたらの事わざと襲ったのかもしれねえぞ。警備隊にでも突き出しとけば後で何か分かるかもな。まあ、街がこんな状況だから面倒が無いよう殺しとくのもアリだろうし、襲われたあんたらにその辺は任せるよ」

 話してる間に空気の読めない〈紅孔雀〉が空から鋼に飛び掛かってきたので、そのクチバシを掴もうとして――横からの凛の《穿風》がその首を落とした。こんな状況では立ち止まったまま悠長に話してもいられない。

「は、早っ! 今の風の魔術――」

「んじゃ、こっちも行くとこあるんでな。そいつ、回復速度も異常だろうから気を付けとけよ?」

 冒険者はまだ何か言い募ろうとしていたが、そろそろ鋼達もここから立ち去る事にする。

「ああ、それと。魔物憑き、その男以外にも他にも街に潜んでるかもな。そっちも気を付けといた方がいい」

「な、なんでそんな事が分かるんだ?」

「んー」

 言ってはみたものの、根拠は特に無い。異常な魔物の大襲撃と、珍しい存在のはずの魔物憑きの殺人未遂が重なって起きただけとも言える。もちろんそれが奇妙な偶然だなどと、はなから鋼は信じてはいないのだが。

「勘……?」



 ◇


 結果から言えば、暴れている亜人も怪我人も見つける事は叶わなかった。

 捜索を切り上げて早く西へ避難したそうなターレイの懇願には耳を貸さず、マルを筆頭に聞き込みなどで根気よく粘った末、「怪我した奴なら警備隊がどっかに運んで行ったよ」という証言を得た。「亜人は近くにいた騎士数人にもう殺された」とも。つまり伊織達の徒労で終わったのだ。

 現在はまたターレイの先導のもと、一行は気を取り直して日本人街へと向かっている。

「ふうん。こっちの世界はそういうのもいるのね」

「ああ。やはりああした魔物憑きの存在が一定数いるのもあり、亜人の扱いはどの国でもあまり良くはない」

「当然、亜人達の国は除きますよ」

 マルの言にターレイが注釈を入れる。暴れていた亜人は魔物憑きだったというような話を先程耳にしたので、一体それは何なのかと伊織達が訊ねたのだ。移動しながらマルとターレイが説明してくれたのでざっくりとだけど理解できた。要は魔物っぽい亜人らしい。

「亜人の国があるんですか!?」

 興味津々に突っ込み話を広げるのはもちろん雪奈だ。異世界オタクの彼女にしてもその国については初耳だったようだ。

「大国ではありませんが、いくつもあるそうですよ。ただ私も詳しい事はあまり……。この大陸の西方は人間にとって未開拓の地域が広がる秘境となっているのですが、たくさんの亜人が暮らしているそうです。ほとんどは集落規模ですが、小国もいくつかあり、種族ごとに住み分けているとか」

「国名とか分かりますか!?」

「近頃勢力を増してきているリアンドラという国が最近では有名ですね。すいません、他は私も存じ上げません。代表する種族の交代で国名が変わったり、国名を持たず特定の一族が周辺をまとめていたりと、情勢が少々入り組んでいるのです。商売の国トリルはあちらとも交易していますから、隣接する我が国にもいくらか情報は入ってきますが……。これ以上は、私よりももっと詳しい方に聞いた方がいいでしょう」

「い、いえ、大変参考になりました! リアンドラですね、覚えました!」

 こちらの世界の事は授業でも習うので、伊織だって入学当初より地理の知識は増えている。ここセイラン王国は周辺ではグレンバルド帝国くらいしか並ぶもののない大国で、国のほぼ中央に位置する王都セイラードから、このパルミナの街はすぐ南の位置にある。そして東は帝国、北はルデス山脈、南は海に面しているのだけれど、これまで習ったのはその程度だ。西にトリル共和国があるという以外に、セイランより西方の話は授業ではほとんど出なかった。

 雪奈はまだ目をきらきら輝かせている。

「秘境って、いい響きですよね!」

「ああ、雪奈はそういうの好きそうね……」

「有坂ちゃんも好きそうやけどな。トリルにいた頃西の話は色々聞いたんやけど、魔物も強いのやら新種やらゴロゴロいてるそうやで」

「それは……、戦ってみたいわね。私が今よりもずっと強くなってからの話だけど」

「……このメンバーこんなんばっかやなあ」

 冒険者になって大陸西方を旅する未来予想図を思い描いて伊織が胸を高鳴らせていると、省吾は遠い目をしてしみじみ呟いていた。まあこのアクの強い仲間達において、一番の常識人が彼だというのは伊織も同意するところだ。何も言わないでおく。

「そういえば本物の竜が住むという『竜界』も、大陸西方にあるんですよね?」

「ああ。西の未開拓地域の、更に北西のあたり、らしいな。その辺りの地域全てが竜界と呼ばれる場所だとか」

 雪奈が訊ねてマルが答える。魔物の授業で伊織も聞いている土地の名だ。亜竜ではなく、本物の竜の住み処だという。

「その境界線を越えちゃうと竜が襲ってくるんですよね」

「そう言われているな。そもそもどこが竜界との境目なのかも分かっていないがな。現地に住む亜人達は把握していて、迷い込んだ旅人などがそこを越えないよう監視しているなどと言われているが」

「ねえ、気になったんだけど、竜の方からはその境界を越えてこっちに来たりしないの?」

「百年も前に遡ればセイランが竜に襲われ多大な被害が出たという文献もありますが、基本的には無いようです。よほど縄張り意識が強いのでしょうね」

 横からの伊織の質問にターレイが丁寧に答えてくれる。そこで更に、意外な人物が会話に加わった。

「縄張りというか、あれは人と竜の間で不可侵と決めた境界線だぞ? 古の盟約で」

 クーである。何を言ってるんだという感じで、当然のようにそう言う。

「そうなのですか? すいません、不勉強なもので」

「じいが知らないのなら僕が初耳なのも当然か。クーレルさんは大陸西方にお詳しいのですか? 竜は賢い生き物だと歴史書にも書いてありましたが、人と意思疎通出来る程だとは知りませんでした。もっと詳しく教えてもらっても構いませんか?」

 マルもターレイも本当に初耳だった話のようで驚きを露わにしている。特にマルはかなり興味を引かれたようだった。

「ん……? あっ、いや、その。私もそれ以上の事は全然知らないんだ! 今のも半分くらいは知ったかぶりというか、そう耳にした事があるだけで合ってるか分からないしな! すまないな! いやあ、《加護》があるとどうもテンションが上がっていかんな! はははは!」

「なるほど、そういう説もあるのだと話半分に聞いておけという事ですね」

 なんかもう色々とひどい。明らかに何かを誤魔化しているクーの突然の手の平返しに素直に頷いたのはマルだけだ。それ以外の皆はじっと観察の視線を彼女に向け、しかし結局追及はしなかった。皆優しいな。

 そういえば彼女の出身地は少々特殊なのだっけ、と伊織は初対面の日の事を思い返す。大陸西方と関係あるのだろうけど、知られたくないようなので今更その話を掘り返したりはしない。

 その代わりといってはなんだけど。

「その《加護》って、神谷君に何かされてたやつの事かしら」

「ん、ああ。まあ、そういう名の術式で」

 こちらについてもあまり答えたくなさそうだ。マルが「初めて聞く名の魔術だ」と言うのを聞いて伊織の中で確信が深まる。この話題は伊織はスルーしてあげるつもりは無かった。

「その《加護》ってもしかして、あなた達が名付けたんじゃないの? 一番得意な神谷君があなた達に《身体強化》をかける事をそう呼んでると私は予想してるのだけど」

「っ!?」

 クーが愕然とした表情でこちらを見る。どうやら的中のようだ。

「ど、どうしてそれを!?」

「こんな事態なのに足を止めてまで何かやってるのだから、こういう状況下でこそ重要な魔術なのは確定でしょ? クーさんだけでなくて日向にもルウにもやっていたし、名前からしても強さを分けてもらうような感じだし。神谷君が三人ともに勝ってる強みって、《身体強化》だったなあって思って」

「え、じゃあ魔術特化の村井ちゃんにも鋼の強化そのまま乗るんか? それ無敵ちゃう?」

「ああ。だから私達はルデスの魔物相手でも負ける事は無い」

 バレてしまったのなら仕方が無いとばかりの、さっぱりした態度でクーは認めた。

 まあ魔術師タイプの肉体が超強化されても体を動かすのが下手なら無敵には程遠いだろうけど、凛は普通に肉弾戦も強い方だ。また一つ彼らの強さの秘密を知ってしまった。更に実力の差が開いてしまった錯覚を覚え、伊織も若干気落ちする。

「全くもう……。あなた達ってどれだけ手の内隠し持ってるのよ。全部教えろとは言わないけど……」

「ふふふ、秘密だ。こういうのはペラペラ喋るなと、コウに言われているからな」

「ああそれで一応は隠してたのね……」

 つくづく色んな場面で思うのだけど、ほんとに彼女達は彼に対して無邪気に従順だ。こちらの思い込みとは分かっているけど、強さ自慢に加えて惚気(のろけ)られたような徒労感。つい伊織は反撃とばかりに意地悪してみたくなった。

「そういえばクーさんとルウが《加護》かけられている時、気付いちゃったのよね。二人とも妙に顔を赤くしてたけど、どうして?」

 照れさせるためのからかいだけれど、適当に言ったのではなくあの時何やら妙な雰囲気があったのは本当だ。今、わざわざ言う事では無いだろうけど。

 しかし自爆覚悟の特攻は、伊織の完全敗北に終わる。

「ん? はは、よく見ているな。私達は体質もあって、コウの魔力には敏感なんだ。自分の体の中にそれがあると、常に見守ってもらっているような安心感があって、ついな……」

 頬をほんの少しだけ染め、いつもより色気増しの笑みをクーが浮かべたのだ。

「……ごめんなさい、私が悪かったわ」

「?」

 予想以上の超惚気攻撃に晒してしまった他の皆にとりあえず伊織は謝った。



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