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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
52/75

 50 強さ比べ



 凛が携帯電話をしまう。

 そのどことなく意気消沈した様子を見れば、どんなメールの内容だったかは明白だ。

「お昼一緒に食べられないって?」

 主語が無くとも、メールの送り主は鋼だとこの場の誰もが分かっているだろう。日向が訊いてみると案の定凛は「はい……」と頷いた。

「バートさんの話が長引きそうって来たの?」

「いえ、あの男の話はすぐに終わったようです」

 すごく嫌いなんだろうな、としみじみ思う。いかなる時でも丁寧な口調を崩さない彼女が『あの男』呼ばわりするのは相当である。多分戦友達の中で最もバートを嫌っているのが彼女だろう。

 死の谷では一応仲間だったとはいえ、日向だってバートにあまりいい印象は抱いていない。けどまあ鋼は過去の事など特に気にしていなさそうなので、日向の対応もそれに倣ったものになっていた。

「んー。じゃあ、あと考え付くのは……。ミオンちゃんについて行った?」

「……あの、ヒナちゃん? どうして私、何も言っていないのにそこまで分かるんですか?」

 こちらを見る凛はなんとなく微妙そうな顔をしている。自分よりも日向の方が鋼について分かっているのが悔しいのだろう。そこはまあ、こちらだって常日頃から幼馴染を観察しているのは伊達じゃないので。鋼の行動予測をさせれば日向の右に出る者はいないと自負している。

「だってまあ……、ねえ?」

「ごめん日向。そこで『ねえ?』って言われても、私にも分かんない」

 伊織がすげなく言う。省吾と雪奈も頷いていた。

 今日はマルケウスは一緒じゃないので、日向と凛の話に見向きもせずパンをむしゃむしゃ食べているクーを入れてこの場のメンバーは六人である。

「ふふふ、これでも私の方が鋼との付き合いは長いからねー。鋼はミオンちゃんと一対一で話してみたそうだったし、さっき出て行ったところを店の前で鉢合わせしたのなら、一緒に買い出し行ったのかなって」

「その通りの事が今のメールに書いてありました……」

 正解だったようだ。そして話の別の部分に伊織が反応する。

「ルウより日向の方が神谷君とは長いの?」

「長いよー。家がお向かいさんだからね。ちっちゃい頃からよく遊んでたの」

「リ、リアル幼馴染ですかっ!?」

 よく分からない所に雪奈が食いついてきた。

「リアル? まあ、うん。幼馴染ってやつだね」

「そんな……、実在したんですか」

「いや、さすがに私達以外にもいっぱい実在すると思う」

 そんな会話を交わしているうちに料理が出来上がり、リュンが人数分を運んできてくれた。本日のメインディッシュは鶏肉と野菜の炒め物だ。ちなみに地球で言うニワトリとは違う鳥みたいなんだけど、同じ言葉で通じているようなのでその辺りの細かい事はあんまり気にしていない。ちょっとクセがあるけど味もだいたいチキンだ。

 リュンに、鋼は遅れるかも、もしかしたら今日は来れないかも、と一応伝えておき、六人は本格的に昼食に取り掛かった。



 日向達が食べ終わっても鋼はまだ帰って来ていない。そのままいつものように食後の時間をのんびり過ごしていると、六人の話題は自然と昨日の魔物騒動の事に移っていた。

「そういえば真紀がどこかから聞いてきた話だと、クーさんも神谷君も大活躍だったそうじゃない」

「大活躍? コウは知らないが、私はたいした事はしてないぞ? せいぜい鳥を五匹ほど殺した程度だ」

「その事なんちゃうん?」

 省吾に言われてクーは首を傾げる。「そうなのか?」と訊かれた日向は「そうだよ!」と答えておいた。

「あれくらいなら教師でも護衛官でも出来るだろう?」

「でも実際にさっさと魔物を倒して安全を確保したのはクーちゃんだから、褒められてるんだと思うよ?」

 日向から見ても、教師や護衛官が実際どのくらい強いのかはよく分からない。でもさすがに〈紅孔雀〉相手なら楽勝のはずだ。

 あんまり自分達の基準で考えてはいけないと日向は思っているので、恐らく五十匹と戦っても余裕のある鋼より皆はかなり弱いと仮定して。同時に相手をするのが十匹を超えれば、余裕を失う。教師や護衛官の強さの平均はその辺りだろうとなんとなく思っている。

「ほんとにあの鳥軍団、なんだったんだろうね? 東の方に強い魔物が住み着いて、餌場を追われたとかかなー?」

「ですよね私もそんな感じだと思うんです! この街が魔物に襲撃されたのは初めてらしいじゃないですか! これが物語なら間違いなく、世界に何かが起こりつつある前兆ですよ!」

「雪奈ちゃんなんで嬉しそうなの……?」

 友達として少し心配になるくらい雪奈がいきいきしている。いやまあ、これがいつもの彼女だけれど。

「片平ちゃん、家の人は心配とかしてへんの?」

「あー、その。昨日電話したんですけど、日本では報道されていないみたいだったので。何か騒ぎがあったけど解決したみたい、としか言ってないです……」

「ちゃんと言った方がいいんとちゃう?」

「そう、なんですけど。『危ないのならもう学校やめて帰って来い』とか言われないかなと……」

「シルフ組でも話題になってたわ。雪奈と同じ理由で家族にも昨日の事話してない日本人生徒って多いみたいね」

 伊織のその発言に、それまで聞いていた凛が思案顔になる。

「……あの。日本人がこの学校に通う理由は、将来こちらの世界で何かの仕事に就きたいから、だと思っていたんですけど。皆さんもう、家の人は説得済みなのでは?」

「そこまで考えてなくて、魔法に憧れてひとまず入学した生徒の方が多いと思うでー? 街が魔物に襲われる世界やとは知らんと子供を送り出した親が大半やろうし」

「街が魔物に襲われるのはさすがに日常ではないと思いますけど……。昨日の事が例外なだけで」

「やっぱそうよなあ? わいも家族に心配されたけど、こんなん滅多にないよって言っといたわ」

 そう言って省吾は笑う。また魔物の襲撃があればどう言い訳するんだろう。ふとそんな風に日向は思った。

 もし次の魔物の襲撃があったとして。生徒に死者でも出ればどうなるかという仮定も続いて連想してしまった。そうなればさすがに日本でも報道されるはずだ。親元に戻される日本人生徒が出て、学園の生徒人数が減ったりするかもしれない。日本にいる日向の両親だって、戻って来いと言ってくるかもしれない。

 ――鋼がこっちにいる限り、私は日本には戻らないだろうけどさ。

 でもやっぱりそれは例外で、親に言われたら逆らえない生徒はたくさんいるはずだ。日向や鋼の場合、最悪実家からの仕送りを打ち切られても冒険者の真似事をすれば生活費くらい稼げるけど、ほとんどの生徒はそうじゃない。伊織の言う通り多少危険な目にあっても家には報告しない雪奈のような生徒は結構いるだろう。

「日向やルウぐらいに強いと親御さんも安心してるんじゃないの?」

「そうでもないんだよねえ。生きるか死ぬかの日々だったって言っても、平和な日本だと『ふーん』で済まされちゃうというか。ほら私こんな見た目だし、なんかあんまり信じてもらえてない感じで。魔術を実演出来たら分かり易かったんだけど向こうじゃ使えないし……」

「でも日向って、魔術なしでもすごく強そうなイメージなのだけど」

 そんなイメージを抱いてくれていたのは伊織だけだったようで、雪奈も省吾も「え、そうなの?」みたいな顔でこっちを見る。そしてクーが何故か自慢げに語りだした。

「当然だ。魔術なしで勝負するなら私もヒナには勝てない」

 ――今関係ないけど。やっぱりヒナって呼ばれると背中がムズムズする。

 クーだけは「呼び易いから別にいいだろう?」と構わずそう呼ぶのだ。日向は戦闘時の呼び方を普段されるととても落ち着かない気持ちになるのだけど、あんまり彼女にはぴんと来ない感覚らしく他の呼び方をしてくれない。

「クーさんも強いんだろうなとは思うんだけど、戦ってるところを見た事がないからよく分かんないわね……。これ、訊いてもいいのかしら。三人だと誰が一番強いの? 実は前から訊いてみたいと思ってたのよね」

 伊織の目がきゅぴんと光っている気がする。最近日向も実感してきたのだけど、彼女は戦いとかトレーニングとか、そういう話題にとかく目が無い。剣道の実力者の上に、聞いたところ実家は剣術道場だそうで。女の子に使うには失礼な言葉ではあるけれど、伊織は結構脳筋キャラである。

 槍玉に挙げられた日向・凛・クーの三人は首を傾げて互いを眺めた。

 案外、誰が一番強いかなど考えた事がなかったかもしれない。格上とか格下とか、能力差とか、そういう要素は状況次第でいくらでもひっくり返るのだから。とはいえ戦ってみれば出るはずの順当な結果というものはあるだろう。


「うーん。魔術なしなら、私かクーちゃん。魔術ありなら、ルウちゃんかクーちゃん、かな」

「いや、魔術なしならヒナで確定だろう。魔術ありならルウだろうし」

「魔術なしではヒナちゃんが一番だというのは同意しますけど……、魔術ありなら、さすがにクーちゃんが一番でしょう。あ、でも一対一の戦闘なら、魔術ありでもヒナちゃんかもしれませんね」

「それはないよー! ルウちゃんもクーちゃんも逃げに徹したら私より機動力あるのに、私は遠距離攻撃持ってないし。常に一定の距離保たれてなぶり殺しになるよきっと!」

「でもヒナちゃんはそうなる状況にそもそも持ち込ませないでしょう? 姿を見せずに何時間でも何日でも機会を待って、相手が油断した隙に一撃で勝負を決めるのでは」

「ヒナは一撃死させるの得意だからな。確かに魔術ありでも、ヒナに勝てるかは怪しいかもしれん」

「私なんかよりヒドイ即死技いくつも持ってる人に言われたくないよ!? クーちゃんのあれとか、強化してる相手のガードの上からでも即死させる威力あるじゃん!」

「あれ、避けるしか対策無いですよね……。隙も大きいですけど、カウンターで待ち構えられれば実質近距離戦封じですし。それに見た目が同じ魔法陣の遠距離攻撃もありますから、読み違えれば一撃でやられてしまいます」

「そんな事を言い出したらきりが無いぞ? ルウだってこっそり空気を操作して窒息させるくらい出来るクセに」


 お互いの攻撃方法は仲間同士よく分かっている。慣れない話題だけど思いのほか盛り上がっていたら、省吾が耐え切れないように叫んだ。

「その物騒な話題やめへん!?」

「というか、どうして当然のように試合とかじゃなくて殺し合いの前提なの……?」

 聞いていたらしいリュンも引き気味に口を挟んできた。

「そりゃあ、試合で強くても殺し合いで弱いのなら意味がないだろう?」

 何気なく口にしたであろう、クーの言葉。

 それを聞いたこの場の面々は、妙にしんと静まってしまった。

「あ、あはは、ごめんね、剣の試合とかを馬鹿にしてるわけじゃないのクーちゃんも。ただ私達、やっぱりルール無用の戦いばかり経験してるものだから、強さを比べるとなるとどうしてもそっちの基準になっちゃってさ」

「そんな気を遣わなくていいわよ日向。実際に命の奪い合いを経験してる人からすれば、『試合で真剣勝負!』なんて文句が馬鹿馬鹿しく思えるのはむしろ当然じゃないの? あなた達がそう思ってたとしても私は怒ったりしないわよ。今の間は、やっぱりクーさんがそういう事言うと重みがあるなあって思ってただけ」

「そうよなあ。こうやって普通に喋ってると実感薄いんやけど、三人と鋼はそらもうヒドイ苦労してきてるんやろうし」

「ところで結局、誰が一番強いの?」

「有坂ちゃん……」

 物騒な話題をやめさせようとしていた省吾が、話を蒸し返した伊織をなんとも微妙そうに見やった。彼女としてはそこの答えは外せないポイントらしい。

「あと神谷君を入れるならどの位置になるかも教えて欲しいんだけど」

「コウを入れるのなら当然コウが一位に決まっている」

「そだね。それは確定」

「ええ。論ずるまでもありません」

 日向達三人の答えに伊織が呆れたようにため息をついた。

「全員即答って、神谷君どんだけ凄いのよ……」

「え、鋼ってそこまで圧倒的やったん?」

 そういえば伊織も省吾も、学校の授業程度でしか鋼の強さを知らないのだった。雪奈はそもそも鋼の戦いを見た事もない。日向達と鋼をだいたい同列に考えていたのだろう友人達に凛が嬉々として本当のところを教えていた。

「皆さんには言ってませんでしたか? 鋼は私達に戦いを教えてくれた師匠なんです。死の谷に来る前の私達は、誰一人剣すら握った事が無かったんですよ」

 その声はやたらと嬉しそうである。彼女にとって鋼の自慢は我が事よりも楽しいのだろう。

 三人の内特に伊織は、説明されても最初は意味が分からないという顔をした。言われたままの意味で受け取ればいいのだと理解するにつれ、その目が戦慄したように見開かれる。

「……え、待って。三人共、元々素人って事?」

「実はそうなの」

「それを、半年か一年か、神谷君が鍛えただけで、……その域に?」

「すごいでしょー。私達の師匠は」

 実際にはニールという師匠もいて、魔術関連の殆どは彼女に師事して習得したものだけど。剣や魔術という区分以前に『戦う』という事そのものを教えてくれたのが鋼なのだ。ニールを(ないがし)ろにするわけじゃないけど、やはり日向達にとって鋼の存在は特別大きい。ついこういう機会があれば師匠自慢でもしてしまうというものだ。

「すごいなんてものじゃないでしょ! 学園の教師にでもなったら恐ろしい事になるわよそれ。だって明らかに日向達のレベルって、他のちょっとばかし優秀な生徒とかと比べ物にならないじゃない」

「鋼は多分、教師になる気は無いだろうけどね」

「……正式に弟子入り頼もうかしら」

 ぼそりと伊織が呟く。どうなのだろう。多分鋼は師匠とか呼ばれるのは気恥ずかしいだろうし、いつもの早朝訓練だけで許せと断りそうな気がするけど。……いや、断りそう、というのはあるいは日向の願望からくる予測だろうか? 鋼が自分達以外の人間を弟子に取るというのは、正直日向にとってあまり面白くない展開だ。

 別に、恋愛感情からくる嫉妬心などではない。

 苦楽を共にした大切な仲間達の事は第二の家族のように思っている。彼と彼女達の為ならば命だって懸けられる。そういう間柄なのだ、そこへ新たに人物が加わっても、たとえそれが友人でも、日向は上手く付き合える自信がなかった。

「といってもさ、私達の上達が早かったのはいくらでも実戦を経験できる環境にいたからだよ。結構強くなれたのも、何度命の危険に晒されても結果的には生き残ったっていう、この運の良さがあったから。もちろん鋼の存在も大きいけど……」

「そっかあ。結局私の場合は、学園にいる間訓練だけで我慢するしかないみたいね……。実戦は卒業してからいくらでも経験すればいいか」

「有坂ちゃん、その生き方早死にするで……」

「それで死ぬなら私はそこまでの剣士だったって事よ。まあそれに、さすがに自分から命を捨てるような明らかに無謀な真似はしないつもり」

「……闇傭兵ギルドで格上相手に特攻しようとしてたん誰やったっけ?」

 伊織がさっと視線を逸らした。

 日向よりもよっぽど生来の気質からして戦士なのだろう。確かに早死にしそうではあるけど、彼女が死なずに経験を積めば相当とんでもない事になる気がする。

「……はあ。私も早く魔物と戦ってみたい。ひどく不謹慎な言い方になっちゃうけど……、正直言えば、日向達がちょっとだけ羨ましいくらいよ」

「イオリみたいに好戦的なニホン人もいるんだな。だが卒業後に魔物と戦うにしても、死の谷だけはやめておいた方がいい。せめてルデス山脈だ」

「クーちゃんルデスも駄目だよ!?」

 このクーという見た目きりっとした美人は時折真面目にとんでもない事を言うから要注意だ。至極それが当然という雰囲気を意識せずとも出すものだから、おかしい事を言われても一瞬頷きそうになる。見た目に騙されてはいけない。この子は案外世間知らずな上、かなりの天然だ。

「……ふむ。確かに今は厳しいか。この前ルデスに行った時は二年前と比べて妙に魔物が多かったからな……」

 そもそも二年前に魔物が少なかったのは、住まわせてくれるニールへの手土産にと鋼を筆頭に五人で乱獲したからである。〈竜骨ガシラ〉でさえ逃げ出すようになったせいで、かなり遠出しないと大型の魔物とは遭遇出来なくなったのだ。クーはすっかり忘れているようだけれど。

「いやクーちゃん、そういう問題じゃないよね」

「冒険者になった同級生が一年後には死んでるとか、わいは嫌やで……」


 それ以降、六人の話題は卒業後の進路についてへと移って行った。

 冒険者になったら堅実に行くべきかという議論が起こり、ついつい白熱したりしつつ。ミオンを伴い遅れてやって来た鋼も結局は巻き込んで、いつも通りと言えばいつも通りの昼休みとなったのだった。


 日本とセイラン王国共同開催の記念式典は、いよいよ明日である。



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