表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
51/75

 49 帝国の人間協会



 パルミナを突如襲った〈紅孔雀〉の群れは、警備隊や有志の冒険者・傭兵達の活躍もあり二時間後には全ての駆除が果たされた。

 特に魔物の数が多かったのはパルミナ騎士教育学園がある地区だったが、こちらは魔術を扱える教師や一部の生徒達により迅速に討伐がなされ、被害は軽微だった。他の地区では救助や駆除がすぐには間に合わず何人も負傷者を出したところもあったようだが、一般人でもなんとか抗える程度の魔物だった事もあり、全体で見ても死者はいないらしい。

 このような事件が起きたのはこの街が出来て以来初だという。

 魔物が蔓延(はびこ)る世界である以上、こうした魔物災害はいつでも起こり得るものだ。しかしどこででも発生するものではない。このソリオン大陸というところは人の勢力範囲以外なら大概魔物の生息地帯だそうだが、住み分けはきちんと出来ている。人の手の入っていない餌場などそこらにあるのに、わざわざ敵である人間の縄張りまで普通魔物はやって来ない。山林に近い、人口の少ない村等はその限りではないようだが。

 国の中央の王都に近く、周辺は平野。そんな環境に身を置くパルミナの街で今回の襲撃は異例の事だった。

 原因の調査も行われているものの、現時点で分かっているのは〈紅孔雀〉の集団は東の方から飛来したという目撃情報のみ。セイラン王国の東にはグレンバルド帝国があり、その国境に(またが)るように山脈が南北に走っているので、その辺りから魔物は来たのだろうと言われていた。そこはルビナ山脈という魔物の多い土地らしい。

 以上が、襲撃のあった翌日に生徒達を通じて鋼達が知った、昨日の事件の概要であった。



 昨日の今日とはいえ、たいした被害も出なかったからか街は何事も無かったかのように活気を取り戻していた。

 通常よりも道を荷馬車が多く行き交い、心なしか人口密度も上がったように見える人通りの多さ。市民達は皆、明日の準備に忙しいのだろう。国交樹立記念式典はいよいよ明日に迫っている。

「で、何かあったのか? わざわざ学園前で待ち伏せまでして」

「たいした用事でもないんだが、ま、一応な」

 学園を囲む塀に背を預ける鋼は、雑踏を眺めながら隣の人物に話しかける。

 生徒達の注目を無駄に集めたくないから一応正門からは少し離れた場所だ。訪ねてきたのはバートだった。

 少し話があると言うので、満月亭に一緒に向かっていた他のメンバーには先に行かせている。

「昨日の魔物の襲撃絡みか?」

「その可能性もある、というだけの話だ。昨日学園も襲われたんだろう?」

「ああ。ここが一番〈紅孔雀〉が集まってたらしいが、さすがに雑魚だからな。怪我人が一人出たくらいだ。それで、そっちの話は?」

 鋼が促すと、バートはもったいぶるでもなく淡々とこう告げた。

「昨日の襲撃が人為的に起こされたかもしれねえと、オルタムの野郎が言ってやがってな」

 咄嗟に鋼は盗み聞きしている者がいないか左右に目を走らせた。軽く魔力を飛ばして塀の裏も確認する。

 予想以上にとんでもない話だ。

 もしそれが本当なら、軽々しく他人に聞かせるわけにはいかないだろう。

「……根拠は?」

「根拠も確証もねえよ。ただの予想ってやつだ。前に変な集団がこの街に入り込んでるって話しただろう」

「ギルドで聞いたやつか?」

「ああ。あれな、『人間協会』っつう奴らで、オルタムによると帝国発祥の団体なんだと」

 帝国と言えばこの大陸ではグレンバルドしか鋼は知らない。魔物が来たのもその国の方角だったなと、話の方向がきな臭くなってきたのを感じ取る。

「その団体、帝国じゃそこそこ知られてるらしい。俺は知らんかったが、まあちっせえ組織じゃないそうだ。宗教団体みたいなもんらしくてな、『魔物の撲滅』を目標に掲げてる」

「その目標だけ聞く限りじゃ、健全な組織に思えるな。実際に可能かはともかく」

「どうだかな。『冒険者や傭兵達が全力を出せば魔物なんて絶滅させられるはずだ!』とか言っちまう奴ららしいぞ。ちなみに構成員のほとんどは冒険者でも傭兵でもない、ただの市民だとさ」

 皮肉そうにバートが言った。確かに呆れる気持ちはよく分かる。

「そりゃまた、無責任な……」

「挙句の果てには『魔物の被害が無くならないのは冒険者と傭兵のせいだ!』とか抜かす奴までいるんだとよ。自分達の飯の種だから、絶滅させないよう加減してるってな」

「どんなイチャモンだよ。実際殺しすぎるなとかギルドであるのか?」

「さあな。正規の傭兵になってまだ日は浅いが、俺は言われた事ねえが。むしろ依頼に関係なくても魔物を駆除しとくのは推奨されてる」

「へえ……。まあようするに、鬱陶しい奴らなわけか」

 バートが頷く。しかし魔物を憎む組織と、今回の襲撃がいまいち繋がらない。

「その集団が最近妙に熱心にこの街で活動してるらしい。こっちは魔物が野放しにされてる未熟な世界だとか、どんな迷惑をかけるか分からないから平和でない内は異世界との交流は控えるべきだとか、触れ回ってるそうだ。そんで、昨日の襲撃だ。ほらみたことかと調子付いて、今日は特に熱心に活動してる。過激な事した奴らが午前中だけで既に何人か、警備隊にしょっ引かれてる程だ」

「それが、自作自演じゃないかって?」

「オルタムの野郎は帝国の仕業じゃねえかと勘繰ってる。自作自演っつうか、人間協会とやらは何も知らずに利用されてるだけでな」

 いや、どうしてそこでいきなり帝国が出てくるのか。確かに異世界との交流をやめろ、などは帝国にとって都合のいい主張かもしれないが。

「そりゃさすがに、結論を急ぎ過ぎじゃないか? そもそも魔物に襲わせるのがどうやるんだよ」

「まあ最後まで聞け。オルタムは帝国出身でな、コネがあるからかは知らんが今のあの国の情報にも詳しい。そんで、ここ一、二年の間に出てきた帝国軍の噂話でこんなのがあるらしい。『帝国軍には魔物を好き勝手に操れる奴がいる』っていうやつだ。チビの頃から育てて飼い慣らして、とかじゃなくな。『操る』んだとよ」

「……与太話じゃねえの?」

「さあな。だがまあ、一応繋がるだろ?」

 繋がる事は繋がるが、さすがにそれはあり得ない。まだ宇宙人は実在している! とか言われた方が信じられるレベルだ。魔術で直接思考に干渉するなど、魔物より魔力強度が低い人間に対しても無理だというのに。

「……どうも納得できないな。魔物を操るなんて都合のいい能力が現実にあるとは思えん」

「そうかぁ? 絶対にあり得ねーとは思わねえぞ俺は」

 かつてのお前はもっと現実主義だったろう、という気持ちを込めてバートを見やる。伝わったようなのだが大仰に肩をすくめられた。

「あのな、カミヤ。お前らからすればピンと来ねえ感覚かもしれねえがな。そもそも死の谷から生きて帰ってくんのだって、こっちの常識からすりゃあ『あり得ねー』事なんだよ。酒場で自慢すりゃ即座にホラ吹き野郎と認定されるくらいにな」

「そりゃ……、またちょっと違うだろ。谷から帰るのは一応、物理的に可能な話だし。操るなんて胡散臭い話とは違って」

「胡散臭さでいえば似たようなもんだと思うぜ? 俺らの場合は実際にあの状況に置かれて、必死こいて模索して、なんとかしたから可能だと知ってるだけで。普通はそうじゃねえ。常識で物を考えりゃあ、魔術もなしに魔物の巣に放り込まれた人間が生き延びるはずがねえのさ。こっちの奴は誰だってそう思ってる。実際には違っても、だ」

 その辺りの認識は、異世界出身の鋼には理解し辛いものかもなと、バートは語った。


 死の谷がルデス山脈以上に畏怖され、誰もが生き残れないだろうとソリオンの人達に思わせる要因。それは魔物の強大さ、ではない。むしろ単純に強さを比べればルデスの魔物の方がかなり強い。

 最大の問題は、死の谷が魔力非活性地域である(・・・・・・・・・・)という事だ。

 つまり地球と同じく、魔術が使えないのだ。

 なまじ優秀な戦士や魔術師ほどその条件下で魔物と戦わされる事への絶望は大きい。それがいかほどかと想像するくらいは鋼にも出来るが、完全に共感できるかと問われれば首を縦には触れないだろう。


「なあカミヤ。俺自身あんなイカれた谷に行く前は、そこから生還するなぞあり得ねーと思ってたんだよ。ところが違った。実際は、運もかなりあっただろうが死ぬほど頑張ってみりゃあ、なんとかなった。そんな俺が魔物を操るなんてあり得ねーとどうして言える? やってみりゃあ、なんか方法があった。そういう話かもしれねえだろ」

 なるほど、そう言われればもしかしたらと考えさせられる話だった。聞けば、鋼は知らなかったのだが人に慣れさせた魔物を利用する文化だって、こちらの世界では昔からあるらしい。馬代わりに荷馬車を引かせたり、飼い慣らした魔物を冒険のお供に連れていく、などというのは、珍しくはあるがあり得ない話ではないそうだ。だからといって魔物を自由自在に操れるかというとまた別の話だが。

 しかしまあ、魔物の文化が古来よりあるのならば、その研究も鋼が思うよりは進んでいるはずだ。まだ結論を出すのは早計にしても、バートの話は心に留めておくべきだろう。

「まああり得るあり得ないはこの際どうでもいいか。わざわざこの話を俺に聞かせに来たって事は、また何か起きるかもしれないって考えてんのか?」

「ああ。こればかりは俺もオルタムと同じ意見だ」

 忌々しそうな顔をするバート。そこには些かの楽観も見受けられない。

「今朝、仲介ギルドに行ってみたんだがな。一時的に業務停止だとよ。冒険者と傭兵全員に緊急の依頼が出て、他の一般の依頼は一旦取り下げになっていた」

「全員? 俺のとこのクーも含むよな?」

「そういやあの女、冒険者だったか。なら依頼の対象だが、別にギルドには顔出さんでもいいだろう。緊急っつっても祭りが終わるまでこの街に待機してろって命令だけだからな。冒険者や傭兵の連絡先なんぞギルド側もほとんど把握してねえだろうし、わざわざ顔出してやった俺達にもまあ適当な対応だったわ。ああそれと、待機してた全員に滞在費って名目で報酬が出るらしい。お前らも祭りの後に行けば多分受け取れるはずだ」

 昨日の今日で発令された緊急の待機命令。それだけで全員に出される気前のいい報酬。確かにそれは、何かあるのかと疑ってしかるべき状況だ。

「こういう緊急の依頼ってのは十中八九、国からギルドに出されたモンだ。明らかに王国は祭りの間に次の襲撃がある事を警戒してやがる。何か掴んでるのかもしれねえ。オルタムだけなら心配しすぎだと俺も笑い飛ばしたかもしれんが、国も動いているとなるとな……」

「それでお前も祭り中に何か起こると踏んで知らせに来てくれたわけか。わざわざありがとな、バート」

「ま、半分は自分の為だが……。何か起こるとしたら明日の、祭り一日目だろう。せいぜい気をつけな。カミヤには要らん忠告だとは思うが」

 最初に小さな声でバートが言った意味は分からなかった。彼は壁から背を離し、話はこれで終わりだと伝えてくる。

「気をつけとく。式典初日は開会式かなんかあって、王女も出席するはずだったよな」

「ああ。一番何か起きそうなのはその時だろう。まあ何も起きなくても責任は取らんがな」

「取れなんて言わねえよ」

 別れる直前、明日からの記念式典中はどう動くつもりなのか、未確定の予定をお互いに一応確認し合った。そうして鋼はもう一度忠告に来てくれた事に礼を言いバートと別れる。その一歩目で、何か思い出した様子のバートに呼び止められた。

「ああそうだ、おい。お前らが連れ帰ったキツネ、まだこの街にいんのか?」

「いるが、それがどうした?」

 狐の獣人を狐と呼ぶのはやはり蔑称にあたるのだろうか? こちらの世界の人間の亜人に対する意識はまだよく分からないし、どうせミオンがこの場にいても怒り出すなんてのは想像出来ない。呼称についてはスルーしておく。

「人間協会がこの街に入り込んでると教えてやっといた方がいい」

「……それに何の意味が?」

「迂闊に出歩かせて帝国の組織と鉢合わせになるのもまずいだろ。亜人なら人間協会の名は知ってるだろうとオルタムが言ってたが」

「……?」

 首を捻るこちらを見て、バートは「ああ」と得心がいったように頷く。

「ニホン人なら知らんのも無理ねえか。グレンバルド帝国は『人間至上主義』でな、この国と違って亜人は完全に人扱いされねえ。誰かの所有物――つまりは奴隷でもねえ限り殺しても罪に問われんのだったか? そりゃまあ本物の魔物みたいに積極的に駆除されるわけじゃねえらしいが、それでも半分魔物みてえな扱いだ」

「……。『人間』協会っつうんだよな、その組織。目的は魔物の撲滅(・・・・・)で」

「お前の想像通りだろうよ。人間協会とやらは帝国でも特にひどい人間至上主義の集まりらしいからな。亜人も滅ぼす対象じゃねえか? 今朝警備隊にしょっ引かれたのがいるっつっただろ。亜人に手を出して捕まったんだよ、そいつら」

 それは確かに、ミオンには警告しておくべきだ。そして捕まったという事は、セイランでの亜人の待遇はやはり悪くはないらしい。まあこの国でもやはり亜人は肩身が狭いそうだが、聞く限り帝国とは比べるべくもない。

「ほんとあの国はどうしようもねえなー……。って事は、魔物憑きなんていたら帝国じゃ当然殺されんのかね?」

 ミオンも鋼自身も、実は魔物憑きだという事をバートは知らない。鋼が魔物のような体質を獲得したのは死の谷だが、自覚したのは彼と別れた後だ。

 さりげなく発したつもりの問いかけに、バートは何を今更という顔で答えてくれた。

「そりゃ当然だろう。魔物憑きかもしれんから亜人は嫌われてんだからな。魔物憑きだと分かってたら、討伐隊でも組まれて狩り出されるんじゃねえのか? 何かカミヤは勘違いしてそうだから言っとくが、そもそもだ」

 とある戦友やニールに、この体質の事は徹底的に隠したほうがいいとかつて言われたのを鋼は思い出す。全くもって、その通りのようだった。


「帝国でなくても魔物憑きなんてのは殺しても罪にならねえぞ。どういう風にカミヤは聞いてるのか知らんが、あれは魔物と同じ扱いだからな。まあ、俺も実際に見た事は無いんだが」



 ◇


 先に行った日向達よりせいぜい五分くらいの遅れだろう。

 一緒に昼食を摂るのにまだ間に合うだろうと、気持ち急ぎ足で満月亭にやって来た鋼は、入り口の前で中から出てきた狐娘と鉢合わせした。

「あ、……えと、……どうも」

 あからさまに気まずそうなミオンだが、改めてこちらと距離を取ったりはしなかった。やたらと恐怖されていたこの一月の事を思えば長足の進歩だ。

「どっか出かけんのか?」

「は、はい。買い出しに……」

 ぽつぽつと教えてくれた内容によると、食材はまだ十分あるのだが、式典と祭りの数日間は普段通りに物を買えないかもしれないので念の為に買い足すらしい。

「お前一人で行くのか?」

「その、お客さんもこれから来る時間なので、二人店を空けるのは難しくて。私はいてもどうせお料理を運ぶくらいしか出来ないので、それならと」

「ふーん。なら、俺もついて行こう」

「……え?」

 ミオンが呆然とした顔で硬直した。それはまるで、あまりに予想外の事態を伝えられ、すぐには現実を受け入れられなかった、とでもいうように。

 ……自分の例えに少し凹む。そこまで嫌か。

「……あの、いえ、……大丈夫です、よ?」

 遠まわしに断られているのだとさすがに鋼でも分かった。いや断るというより、なんとかして逃げようというのが近いか。

「お前に話しておきたい事があってな。ついでに買い出し手伝ってやるから」

「え、でも、お昼ご飯、食べる時間が……」

「一食くらい抜いてもどうにでもなる」

「それに、皆さん待ってます、よ?」

「携帯で一言連絡入れとけばいいだろ」

「で、でも……」

 そこまで嫌か。

「いいからとっとと行け。俺は勝手についていく」

 とはいえここで遠慮する鋼ではない。強引に話をまとめて先に行くよう促せば、ミオンも諦めて小さく頷いてくれた。彼女はぶかぶかのローブを着込んでいて獣人の特徴は隠されていたが、多分その下では耳も尻尾もへたれていたに違いない。

 ついて行くと決めたのはバートに言われた話だけが理由では無かった。今までこの狐娘とは一対一で話した事が一度もない。互いに魔物憑き同士、話してみたい事があったのだ。

 そういうわけで鋼は買い出しに同行する事となった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ