表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
5/75

 3 満月亭

 さて、クラス分けの結果である。

 日本の大半(というかほぼ全部、だろうか)の高等学校と違い、セイラン王国ではクラス別に分かれるという慣習は特に無いらしい。日本の大学と似たシステムで、授業は基本的に選択制。全員が受ける必修の授業や、用意された選択肢のうち二つ以上は取らなければいけない、といった選択必修の授業もあるが、本来ならクラス分けなど必要無いのである。

 しかし、今年は志願者殺到という事態で生徒数が増員している。具体的に言えば日本人生徒が五十人ほど。大人数になった対策として便宜的に日本の学校制度が取り入れられる形となり、二つだけとはいえ所属するクラスが今年から分かれるようになった。例えば必修の授業などは、教室ごとに分かれて行われる。

 さすが異世界の文化の違いというか、その呼称はシルフ組とノーム組というもの。


 鋼達五人は見事にバラバラとなった。

 凛・有坂がシルフ組で。

 鋼・日向・長谷川がノーム組だ。


「まー相当運良くないと分かれるわよね。じゃあ村井さん、あたしと一緒に行こ」

 ショックを受けて打ちひしがれる凛を、有坂が誘ってシルフ組教室へと連れて行った。有坂がいてくれて助かったと鋼はしみじみ思った。

 こちらは長谷川と連れたって、三人でノーム組教室へ。

 一目見て浮かんだ感想は、なんて広い教室だろうというものだった。

 まあ、二つに分けたとはいえ、それでも七十五人が同時に必修授業を受ける教室だ。狭いはずがない。

「……。ていうか、増員前の百人だったら教室一個だったのかよ……。ありえねえ」

「なははは。言えてるなー。日本の学校ほど一人一人面倒見てくれへんってことやな」

「ねえね、あそこ。講堂の外で会った貴族の人がいる」

 日向が小声で指差した先には先程会った貴族少年がいた。

「……新入生だったのかよ」

 席は自由のようだがここでも日本人・セイラン人平民・貴族でグループ別になっていた。マルケウス少年は入り口から最も離れた一角にいるのでどうやら気付かれていない。

 鋼達は適当に日本人グループの近くに陣取り、最初の必修授業としてやって来た二人の教師から授業等の説明を聞く。重要なので聞き流すわけにもいかず、一時間以上を費やしたその初授業が終わる頃には教室中の人間がぐったりしていた。心なしか、貴族達でも。



「あの。コウは選択授業どうします?」

 昼休みに合流して開口一番、凛が訊いてきた。

「さあな。まだ全然決めてねえ。とりあえず剣術・魔術・経済関連ってとこか。薬学も気になるが」

「意外なラインナップやなー。剣術か魔術系は日本人ならほとんど取るやろうけど。経済ときたかー」

 実は一人、鋼達の同行者が増えている。遅まきながら凛が気付いて、慌ててぺこりと頭を下げた。

「あはは、ルウちゃん気付くの遅いー! クラスが離れたの寂しくて、今鋼しか見えてなかったよね絶対」

「か、からかわないで下さいヒナちゃん! それで、そちらの方は……」

「ノーム組で私の隣に座ってたからさらってきたの!」

 とんでもない紹介をして、日向は所在なさげに立っていた女子を手で示した。人付き合いに物怖じしない日向がぐいぐい話しかけ一緒に昼食を誘ったのだが、さらってきたという表現はなるほど的を射ている。

「か、片平(かたひら)雪奈(ゆきな)です」

 おさげの髪に眼鏡をかけた、良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味めな少女が緊張した面持ちで名乗りをあげる。鋼の見たところ彼女は凛と張り合うレベルの人見知りだ。失礼ながら、恐らく最初からの知り合いがいないだろうこの学園で自分から友人を作るのは難しいと思われるタイプ。

「よろしくねー。私は有坂伊織。もっと気楽でいいと思うわよ? 私だってこの面子今日が初対面だし」

「あの、私は村井凛といいます。よろしくお願いします」

「片平さん、聞いたらびっくりするわよー。他は初対面だけど、この子と、そこの神谷君と各務さんの三人は元々知り合いでね。三人一緒に異世界行って帰ってきた仲らしいわよ」

「へ、え、あの? それって、旅行という意味ではなく?」

 門が出来て以降、ビザさえ下りれば日本は異世界旅行さえ可能な国となった。人数の制限を兼ねた入国審査があるのでそうほいほいと来れる場所ではないが、移動時間や物理的距離の観点で言えばこの街はどこよりも近い外国であるといえる。日本から唯一船も飛行機も使わず行ける国とあって世間の注目度は高かった。

「うん、旅行って意味じゃなく。三人揃ってこっちに落ちた帰還者なんだって」

「ほ、ほんとですか!? すごい! じゃ、じゃあもちろん魔法とか、実際見たことも……!?」

 片平がすごいテンションの上がりようで反応するので、鋼はちょっと体を引いた。対応は日向に一任する。

「あるよー。簡単なやつだったら私使えるし」

「ええ!? み、見てみたいです各務さん!」

 これには片平だけでなく、有坂も強い興味を示した。

「うっわー。やっぱ使えるんだ……。帰還者なんだしおかしい事じゃないのになあ、なんだかすごく意外に思う」

「各務さん、もしよければ見せてもらいたいなー、と」

「んー」日向がちらりとこちらを見る。好きにしろ、という意味を込めて鋼が肩をすくめると、小さく頷いた。

「うん、大人の人達にあんまり公共の場所で使うなって言われてるから、また外に出た時にね!」

「んじゃ、廊下でいつまでも立ってるわけにもいかねえし。誰も昼食の予定決まってないなら、どうせなら外へ適当にメシ屋探しに行くか?」

 学園に食堂もあるが、外で食事をとるのも自由である。

 全員が鋼の提案に賛成の意を示して、六人は学園の外を目指して歩き出した。



 異世界の玄関口、パルミナ。

 それが鋼達、騎士候補の日本人がこれから暮らしてゆくことになるこの街の名前である。

 門の完成と共に著しい発展を遂げたセイラン王国の一都市であり、門が現状一箇所にしかない以上ここは異世界を訪れる日本人が必ず最初に足を踏み入れる地となっている。パルミナ騎士教育学園を始めとする日本関連の施設は全てがこの街に集中しており、日本との技術交流の中心地だ。

 当然ながら科学との文化の融合が最も進んでいるセイランの都市でもあり、講堂で見られたようなマイクや時計など多くの地球産の技術を目にする事が出来る。最近では携帯電話も使用が可能となり、門を越えた日本へいつでも連絡をとれるようになった。

 パルミナと、門の日本側の出口である門出市は通称『出島』とも呼ばれる。現時点でその二つの都市だけが、異世界人の移動や移住が認められている地域だからだ。


 門は、両国を今よりも発展させるだろう画期的な発明である事は間違いない。

 だが違う文化、違う技術の根付く広大な世界同士が繋がるというのは、それ以上に危うい一面も持っている。自由に人が物が行き来すれば、互いの世界にどこまで大きな影響が出るのか分かったものではない。この点で日本政府とセイラン王国は同じ恐れを抱いたようで、両国は慎重に調整しながら、少しずつ文化の交流を進める事に決めたようだ。

 交流が出島に限定されているのはそういう訳で、パルミナから日本人が外へ、あるいは門出市からセイラン人が外へ出るには、特殊な事情でもない限り許可が降りない。出島はいわば門を中心とした中立地帯であり、実質の国境は出島の外縁部と考えていいだろう。

 ただまあ、本当にまずいのは日本人が集団で移住して勢力圏を拡大するだとか、技術を次々持ち込んでソリオンの商業を乗っ取るとかなので、旅行くらいならいいのでは? という声も強まってきている。年内にはセイラン王国内に限り、公式のガイドを付ければ観光旅行の許可も下りるようになるとか、ならないとか。


「旅行できるようになるとえーなー。わいが前落ちた時に世話んなった人らに会いにいきたいし」

 登校の際に通った学園前の大通りは避け、一つ横の路地へと食事を求めて六人はやって来ていた。

 この辺の通りの構造はかろうじて記憶していても、どんな店があるかなど全員さっぱり分からない。学園の日本人生徒が異世界入りしたのはほんの昨日の事なのだ。

 歩きながら雑談していると出てきた観光旅行の話題に、省吾がしみじみとした様子でそう言った。ちなみに彼が「下の名前でええでー」と言うので、鋼も同じ事を言ってから呼び方を改めている。

「そういやあなたも帰還者だもんね」

 その言葉に片平が大きく反応していたが、今度は皆スルーする。

「なんて場所に飛ばされてたのよ? まあ私、パルミナ以外の地名知らないけどさ」

 有坂でなくとも普通はそうだろう。セイラン王国の情報でさえ日本で手に入るのは断片的なものなので、その周辺国の情勢などを日本で知るのは難しいのだ。

「わいが落ちたんはトリルってとこなんやけどな」

「もしかしてトリル共和国ですか?」

 片平が当然のように出したその名前に、省吾だけでなく鋼も少し驚いた。彼女はどうやら騎士教育学園に通うにあたって、万全の下調べをしてきたらしい。

「よー知ってるなあ。そうそこ。このセイラン王国の隣にあるちっさい国や。ちっさいゆうても、セイランと比べてやけどな」

「え、それじゃあさ。旅行が近々許可されそうなのってこの国に限ってでしょ? 会いたい人たちに会いに行くの、かなり難しいんじゃない?」

「難しいやろなあ。まーでも、出来やん事はないと思うで? こっちの世界はかなーり適当やからな、国境とか戸籍とか。セイランとトリルは戦争しとるワケちゃうし、日本の許可なくても全然普通に行けると思うで?」

「公式のガイドとやらがそれを認めてくれるかってのが唯一の問題か」

「そーゆーこと」

 鋼が指摘した点に省吾も頷きながら、視線をこちらに向ける。

「自分らは? ソリオン来た時どこに落ちたん?」

 見れば、わくわくとした面持ちで片平も鋼・日向・凛の三人組を見つめている。

 この少女、異世界に並々ならぬ興味があるらしかった。

 日向と凛が視線を鋼に向ける。言ってしまっていいのか、鋼に伺いを立てるように。そんな思わせぶりな動作をするものだから有坂は何やら怪しんでいるようだ。かつての異世界で鋼がリーダー役を務めていた影響か、馴染みの二人の少女は判断に困ると鋼を頼る傾向がとても強い。

 そして確かに、あまり正直に言いたい場所でも無かったので少し鋼は嘘をついた。

「……その、な。あんまり他の奴ら、特に異世界人には言わないで欲しいんだが。ルデス山脈って所だ」

「? なんで言っちゃいけないの?」

「悪い意味でこっちの世界じゃ有名な場所なんだ。言ったら多分、冗談の類だと思われるような」

 有坂はふーん、とひとまずは納得したような声をあげて、一番の懸念だった省吾もしきりに首をかしげているが思い当たるものは無いようである。

 しかし安心するのは早かった。何故か、目を見開いて驚愕した奴が一人いたのだ。

「ルデスって……、もしや『亜竜山脈』では……?」

「……」

 下調べ万全すぎる。

「あのさ、なんで帰還者でもない片平が知ってんだよ……」

 片平が出した正式名称よりも通りのよい名に、今度は省吾までも反応してしまった。

「あぁっ! なんか聞いた覚えあると思うたら、そっちの名前はわいも知ってるで!」

「何? どんなとこなわけ?」

「魔物ばっかりの超・危険地帯や。生きて帰って来れたら一流の冒険者、みたいに言われとるほどでな」

「冒険者、ね。そういうのがあるのはあたしもちょっと調べたから知ってるわ。え、何、神谷君達そんな場所にいきなり落ちたの?」

「ああ。何が起きたかも分かってないのに周りには見た事ないバケモンがわんさかだぞ? これがゲームのスタート地点なら間違いなく糞ゲーっていう場所だった」

「それは……、災難だったわね……。ていうかよく生きて帰って来れたわね」

「全くだ」

 運良く生き延び、その山脈に居を構える変わり者の魔術師に出会い、逆召喚という魔術で日本へ帰って来られたという過去の異世界体験を簡潔に鋼は語った。

 一般人が普通帰って来られる場所ではないので、ルデスに落ちたと言えば異世界人には変に疑われたりするかもしれない。お世話になった魔術師が隠棲を望んでいるのもあり、あまり口外するつもりはないのだと言い含めると、省吾も有坂もなるほどと頷いてくれた。

 残るは片平だが……。

 何故か彼女は、亜竜山脈の名を出してからぷるぷると震えるばかりで発言していない。

「ど、どしたの雪奈ちゃん」

 能天気な日向でさえ戸惑いがちに訊くような、異様な空気を片平は発している。と思えば勢い良く顔をあげ、日向のほうへ詰め寄ってきた。

「も、もしかしてその時、亜竜も見たんですか!?」

「ま、まあ何匹か……」

「ぜひとも詳しく聞かせて下さい!」

 泣きそうな顔で日向がこちらを見上げてくるが、鋼は任せたと笑顔で伝える。そして彼女を質問攻めにする片平から少し距離を取った。

「地味な印象と思いきや、濃いキャラが来たな……」

「あの子はつまり、異世界オタクなわけね」

「魔法とかも興味津々やったしなー。異世界に憧れてこっち来たクチやろうなあ」

「学園の日本人生徒はほとんど皆そういう理由なんじゃないですか?」

 安全圏から二人を眺めながら、好き勝手にあとの四人は語り合った。

「ていうかさっさとメシ屋決めようぜ。この際もう適当に決めていいか?」

 人通りは多い。パルミナの主要な街路である大通りから一つずれただけなので、この辺りもかなり賑やかだ。ご飯時でどこの店も混んでいるだろうから、どうせ待たされるならさっさと決めてしまいたい。

 偶然目についた小さな看板の軽食屋を鋼が指差すと、そこでいいと皆も頷いた。


 満月亭、というのがその寂れた軽食屋の名前だった。

 外では人が行き交い活気に溢れているというのに、不自然なほど店内に客の姿はほとんどない。一歩踏み出せば街の喧騒が遠のき、小さな異界に迷い込んだような錯覚を鋼は抱いた。

 立地的に申し分ない条件のこの店に客足が少ない理由は一目で知れた。柄の悪そうないかつい男どもが、唯一の客として店内中央のテーブル席に陣取っている。

 柄が悪いと言っても、今朝学園の講堂前で見たような不良三人組とは比べ物にならない。ぼさぼさに伸びた髭、大柄な体、おまけに剣や斧といった物騒な刃物も傍に立てかけられている。こちらでは日本のような武器の所持を禁止する法律は無いが、普段からそれを持ち歩く人種はある程度限られている。

 職務中の騎士や兵士。他には冒険者、傭兵、そして盗賊などの犯罪者だ。

 この男達は見た目でいえば一番最後の、お近づきにはなりたくない類の雰囲気をぷんぷん放っていた。控えめに言ってもゴロツキのその男どもは四人いて、昼間っから酒でも飲んでいるのか赤ら顔で笑っている。しかも内一人がこちらに気付いた途端顔をしかめてあからさまに舌打ちした。

「やっぱ店、変えへん?」

 省吾がそう言うのも頷ける話で、彼を臆病だと思う者は同行者の中にはいなかった。

「いらっしゃいませー! お食事ですか?」

 そのまま回り右して帰ろうとした時、まだ二十歳にもなっていなさそうな少女が店の奥から慌しくやって来た。

 無理して元気良く出したような声で訊いてくる。お客さんを逃がしてなるものか! という気迫が瞳で燃えている気もする。

「ここって酒場?」

 その少女を前にして帰るのは誰もが気まずそうだったので、鋼はそう訊ねた。

 酒場だと答えが返ってきて、知らずに入ってしまったと言い訳して帰る、という作戦が一応はあったのだが。しかし少女は首を横に振る。

「いえ、軽食屋です。以前はお酒も出したんですけどね」

「へ? あそこの人達が飲んでるのはお酒じゃないのか?」

「あちらの人達が自分で持ってきたお酒で……」

 店としても困っているようで、少女はふと疲れた表情を見せた。すぐに笑顔に切り替わり、男達から一番離れた席へと案内してくれようとする。

「……ここでいいか?」

 今更店を変えるのもそれはそれで気まずく鋼の言葉に皆も首肯する。

 嫌いなものが無いか全員に確認をとってから、六人分適当にお任せで、と省吾が慣れた様子で注文した。

「いつでも全く同じもん頼める日本とはちゃうからな。勝手やとおもたけど注文させてもらったで」

「ああ。俺はこういうとこ入った事ないからよく分からんしな」

 かつての鋼は人里離れた危険地帯から出る事なく日本に戻ったので、異世界の街はこのパルミナが初めてだったりする。省吾のほうが経験豊富だろう。

 店の少女が厨房の誰かに注文を伝えている。その隙に、というわけでもないだろうがゴロツキの男どもがこちらを睨んできた。

「うひゃあ……、居心地悪ー」

 囁くような小さな声で有坂が言って、片平がこくこくと何度も頷く。頷いて、それからはっと何かに気付いたように日向を見る。

「そうだ! ここだったら魔法見せてもらっても大丈夫ですか?」

 悪いが全く居心地が悪そうには見えなくなった。

「別にそれはいいけど。あの人達、絡んできたりしないかな?」

「むしろ魔法使えるって知らせたほうが近づいて来ないんじゃねえか?」

「それもそだね」

 私は簡単なやつしか使えないんだけど、と前置きして、日向は人差し指を天井に向けた。彼女の魔力が活性化したのを鋼は感じ取る。魔術文化の無い地球人類であっても、魔力に触れる機会が何度もあればこういった兆候くらい感知できるようになる。

 ぼう、と指先に炎が宿った。

「っ!?」

 有坂と片平が驚愕に目を見開いて、まじまじとそれを凝視した。

 魔法を嗜む者なら誰だって出来るだろう、基本中の基本である火を(おこ)す魔術だ。指がロウソクにでも変化したかのように、指を動かせば炎も一緒についてくる。地球の物理法則から外れた光景を帰還者でない日本人二人は言葉を失って眺めた。

「タネも仕掛けもない、ホントの魔法……」

 魔術はこちらでは理論的に説明出来る技術なので、タネが無いというわけではないのだが。日向より魔術が得意な凛も、感嘆する女子二名を微笑ましそうに眺めていた。

 いまだ指先に火を灯す日向が解説する。

「これは酸素集めるとかそういう上級テクを使ってるわけじゃなくて、魔力自体を燃やしてるって言えばいいのかなあ。とにかく簡単な魔術だよ。簡単って言っても練習は必要だと思うけど、練習さえすれば誰でも出来るようなの」

 そこでようやく火が消えた。

「誰でも……。ああ~! 早く魔術の授業受けたいです……!」

「やっぱし鋼も村井ちゃんも、今のくらい出来るんか?」

「そりゃな。魔術があるなら、使ってみたいと思うのは日本人として当然だろ。その様子だと省吾もどうせ普通に出来るんだろ?」

「んー。わいは本職じゃない人にちょこちょこ教えてもろただけでな。出来るんは火点けるんと、暗いとこ照らすんと、物冷やすくらいやで。あ、筋力強化もやな」

 省吾が挙げた魔術はどれも基本中の基本、みたいなラインナップだ。

 日常生活で便利なのは総じてこういうもの達で、魔術師にしか使えないような複雑なものはあまり需要が無かったりする。冒険者にでもなりたいなら使える魔術は多いに越した事は無いのだが、魔術以外の手段で代用できる事も多い。

 筋力強化という単語に今度は有坂が強烈に食いついた。

「魔術で肉体強化ってやっぱりあるの!? ズルっ! 基礎能力底上げなんてされたら勝てないじゃん!」

「いや、そりゃ使えん人と使える人やったら断然ちゃうけども。そんな難しい魔法ちゃうし、女の人もそれで男の筋力に追いつけるからなあ。有坂ちゃんにとってはイイ話やで? それあるから、こっちの世界は女の騎士やら冒険者やらも普通にいてるし」

「そういえばそうね。うん、そりゃいい話だわ。こっちのほうが女が男に勝てる可能性あるんだものね」

「結局元の筋肉は男が勝ってるから、男有利ちゃうん? て、わいに魔法教えてくれた人に訊いたことあるんやけどな。筋力の分不利やからか知らんけど、平均とったら魔力は女のほうが多いらしいんや。あくまで平均らしいけどな」

「へえー」

 目を輝かせて有坂と片平はその話を聞いていた。

「ねえねえ、各務さんは今長谷川君が言った魔術は全部使えるんですか?」

「無理無理! 暗いとこ照らすのと、物冷やすのはやった事ないし」

「え、意外やなあ。さっきの火灯すんとかメッチャ上手かったやん。わいはあんなに出来やんのに」

 疑問を顔に浮かべたのは有坂だ。点火は出来ると省吾本人が言ったばかりなのに、矛盾しているように聞こえたのだろう。

「ちょっと待って。あなたさっき、出来るって言ったじゃない」

「あの、多分、長谷川さんが言っているのはもう一つのほうの魔術だと思います」

 この中では誰よりも詳しい凛が恐る恐る口を挟んだ。

「もう一つ?」

「火を点ける魔術自体は、とても簡単なものなんです。けれどさっきのヒナちゃんみたいに、指先に灯し続けるのは少し難易度が上がるんです。普通なら指を火傷しますから」

「あ、そっか。自分で出した火なら影響ないのかなーってなんとなく思ってたけど……」

「日本のゲームとかだとありがちですよね。燃える剣を使っても使用者には熱が行かなかったり。実際はそんな事は無いので、何らかの対策が必要になってきます。ヒナちゃんの例だと、火を灯し続けるために《防熱》という魔術を同時に発動していました。熱を遮断する術式です」

 凛先生の魔術授業にほうと頷く三人。何故か省吾もしきりに感心していた。

「そんなん同時に使ってたんかあ。各務ちゃん、わいより全然すごいやん」

「使ってたんかあ、て。あなたどういう理屈なのか分かってなかったの?」

「全然。なんであれで火傷しやんのやろなー、て不思議に思ってた。各務ちゃんも村井ちゃんもすごいんやな。いや、鋼も出来るゆうてたか」

「あはは、ありがと。でも私はそんなに魔術、上手じゃないみたい。練習出来る時間が結構あって、覚える魔術をいくつかに絞って、どうにかこうにかって感じ。だから明るくするのとか、基本のやつみたいだけどやった事ないんだ」

「でもヒナちゃん、明るくする必要ないじゃないですか。《暗視》使えるんだから」

「暗視?」

「夜目が効くようになる魔術です」


 そんな事をわいわい話していたおかげか知らないが、店内の男どもが絡んでくる事もなく。そのうちにいい匂いを漂わせ、料理が到着する。

 地球上では日本はトップクラスに食事が美味い国として知られているほどだ。日本人が海外旅行をした際、現地の食事が口に合わないというのはありふれた話で、だから鋼はこちらの世界の食事にもそれほど期待していなかった。現に昨日と今朝食べたパルミナの料理はさほどおいしいとは思えないものだった。

 けれども運ばれてきた料理は中々においしそうだった。パンにスープ、ポテトのサラダに鳥とキノコのソテー。贅沢を言えばパンよりご飯のほうが嬉しいが、予想していたラインよりは遥かに上等な食事である。

「うおう、うまそーやなあ」

「ウチは料理が自慢ですから」

 誇らしげに店員の少女は胸を張った。店の奥とこちらを何度か往復し、湯気の昇る六人分の料理をテーブルの上へ並べていく。料理人らしい格好の年配の男が料理を運び出す手伝いをしているのがちらりと見えた。少女の父親だとすると、家族で細々と経営している店なのだろう。

 味のほうも申し分なかった。鋼はそれほど食べ物の良し悪しに執着がないタチだが、雰囲気の悪い男達に尻込みせず入って良かったと思ったほどだ。これはいい店を見つけたなと、他の五人と笑い合う。満足度の高い食事となった。

 ただ、少し気にかかった事がある。

 勘定を済まし、店の少女に見送られ、鋼達が満月亭を後にする際。先客の男どもがこちらをまた睨んでいた。

 食事中何度も感じた視線だが、最後のその時だけは何か違う気がしたのだ。鋼はそこに、とても嫌な気配を感じ取った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ