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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
46/75

 44 特異能力



 まだ鋼がルデス山脈にいて、ニールと出会ってから一ヶ月程度が過ぎたある日。


 湖上の岩山の隠れ家で、真剣な顔つきの女魔術師と死の谷の生き残り五人が向き合っていた。

 張り詰めた雰囲気。警戒するような、あるいは心配するような複雑な表情をニールは浮かべ、気まずげな沈黙を破る。


「どういう、事なんだ? どうしてお前達は、毒抜きしていない魔物の肉を口にして平気なんだ?」


 発端は彼女が隙を見て、鋼の食事を横からつまみ食いした事より始まる。

 それが新鮮な〈陸亜竜〉の肉で無ければ、些細な悪戯程度の出来事として和やかに食事は続いただろう。鋼達が平然と食べているのだから、当然それは魔力毒をどうにかして抜いたもの。そう認識しており、また鋼の特異な体質について隠されていたニールは、軽い悪戯心からそれを口にし中毒症状で一時倒れた。

 食べたのはたいした量では無かったから、それからすぐに体調は回復したのだが。大事を取ってもう少し休んだ方が、というこちらの言葉にも耳を貸さず、鋼以外のメンバーの食事も即刻調べたニールは、自分に取り分けられていた魔物肉だけが毒抜きされていたという事実を知ってしまったのだった。

「魔物の肉は人間にとって有害な魔力を多分に含む。特にこの山脈に住むような強大な魔物では尚更だ。コウ。大食いの君が普段食べている量の亜竜の肉を人間が摂取すれば、普通は死ぬはずなんだよ。明らかに致死量だ」

 どうすれば、という少女達の判断を仰ぐ視線が鋼に注がれる。絶対に秘密にしておくという程に覚悟して隠していたわけではない。出会ってそれほど間もないニールがどのような反応をするか読めなかったから、明かさなかっただけである。ここまで疑問を持たれてしまえばもはや隠し立てするのも無理があった。

「……俺は致死量食っても平気なんだよ」

「魔力毒に耐性があるという事か?」

「耐えれるっていうより、全く効かん。そういう体質だ」

 そんな体質の話は聞いた事がない、と難しい顔でニールが考え込む。それから他の少女達を見やった。

「皆が同じ体質なのだろう? 生まれつきではなく、何か同じ原因で得た特性のように思えるが」

「違う」

「ん?」

「そういう体質なのは俺だけだ。こいつらが食っても平気なのは、俺と魔力を同調してる時だけ同じ性質がつくからだよ。まあ元々ちょっとくらい毒があっても俺達は食ってきたし、こいつらだって同調なしでも多少は平気だが」

 死の谷にいた頃、狩ってきた魔物を食う時に鋼は決まって最も毒性の強い部位を選んできた。生命力でも、これ以上は命に関わるラインを見極める感覚も、戦友の少女達より自信があったからだ。残りのマシな部位を食してきた少女達も魔力毒に対する『耐性』くらいならあるが、今の鋼のように完全に『無効化』し、あまつさえ『吸収』する程ではない。もはや生物として鋼の体は変質していると言えた。

 最近ニールに魔術を教えてもらい、戦友達と魔力の受け渡しが出来る事に気付いた。そうして同調を何度も行い調べた結果、鋼が魔力を多く流した時だけ彼女達も鋼と同じ体質に変化する事が判明している。食事に気を遣わなくていいので、ここ数日は食べる前に彼女達と同調しておくのが通例だったのだが、早くもニールに知られてしまったというのが今の状況であった。

「……何故今まで隠していた」

 ニールの質問に鋼よりも先に答えたのは、戦友の少女の一人だった。

「当然でしょう? こんな場所でひたすら研究を続けてる偏屈な魔術師に知られちゃえば、人体実験させてくれなんて迫られるんじゃないかと、私達戦々恐々としていたの」

「いや君ら、私がそれを強制しようとしたら迷わず殺しにかかるような性格だと思うが……」

「まあひどい。可愛い弟子に師匠が言う言葉じゃないわね。こんな淑女を捕まえて、殺しにかかる性格だなんて……。もっとこちらの事を信用してくれてもいいじゃない?」

 ころころと少女は笑う。いつもと変わらない人を食ったような態度に、馬鹿らしくなったのかニールも緊張を解いた様子だった。

「ひどいのはそっちだし、信用して欲しいのはこっちの台詞だ。……全く。私も厄介な弟子を取ったものだ。実際君ら、人殺しに然程躊躇はないだろう?」

「どういう目で私達って見られてるのかしら。まあ、否定はしないけど」

「そこは否定して欲しかった……。本当に冗談でも無さそうなのが君らの恐ろしい所だ。世も末だよ」

 ため息。そうしてニールは、元々話していた鋼へと視線を戻す。

「まあ、出会って一月とはいえ、君らからしたらまだ完全に信用していいのかよく分からない相手か」

「信用してもいいかなとは思ってたんだが。軽々しく打ち明けられる話でもないだろ?」

「そうだな。むしろ当然か」

 深く頷いたニールは、考える間をとった後更にもう一歩踏み込んでくる。この女性は魔物や魔術の研究者という意味での『魔術師』だそうだが、それにふさわしく瞳には興味の色が宿っていた。

「もう知ってしまったのだから、残った疑問をぶつけるくらい構わないだろう? 答えたくないならそうしてくれればいいし。それで君ら、なんだってわざわざ毒抜きしていない魔物の肉を食べていたんだ?」

「ん? わざわざっつってもな。そっちの方が面倒がなくて便利だろ」

「私に出す分はわざわざ毒抜きしてあるのに? そこまでして私に隠したかったなら、一緒に毒抜きしておいてそれを食べれば特殊体質がバレる心配も無かっただろうに。魔力を同調してまで彼女達も同じ物を食べていたようだし……、いや、そうか」

 自問自答するように、こちらが何も言わずともニールは推測を並べていく。

「手間をかけてそうするなら、利点があって(しか)るべきだ。魔力毒とは魔物の魔力そのもの。それが毒にならないなら、摂取した魔力は君が自由に使えるのでは? つまりコウ、君の体質は『魔力を食い自分の糧とする』といったもの、か?」

 分析しこちらの事を暴こうとする女魔術師を、ルウが剣呑な目つきで睨んだ。日向はどことなく無表情気味に、クーは困惑した様子でこちらとニールを眺めている。ニールはそちらに苦笑を向けた。

「そうも睨み付けられると私の分析が正しいと認めるようなものだぞ?」

 はっとして目を逸らす三人だが、もう遅いというかその反応が決定打である。もう一人の戦友は肩をすくめた。

「全く、迂闊なんだから。鋼なんて一切表情を変えていなかったのに」

「すいません……!」

「構わねえよ。別に相手は敵でもなし、むしろ専門家に相談出来るいい機会だ」

 取り返しのつかないミスを犯したかの如く悲痛な声で謝る少女の下がった頭をぽんぽんと叩き、そう深刻な話でもないと伝える。

「で、ニール。分析はもう終わりか? 俺の体質がその『魔力を食う』だったとして、何か他に気付いた事は?」

 暗にそれだけではないと言ってしまっているが、それでニールが気付くのであればもはや隠すつもりは無かった。この困った体質についての相談相手として、この研究者はどれほど頼りにしていいのか。半ば面白がりながら、試すつもりで鋼は水を向ける。

 眼鏡の位置を直したニールが表情を消していく。余計な思考を排除した、研究する者の顔だった。

「一つ、君らの特異な体質についての疑問が解けた」

「疑問? 魔力を食う以外で?」

「君らには更に、魔力を互いに融通できるというあり得ない体質があるだろう?」

 ただの仮説に過ぎないが、と前置きした上でニールは語る。

「まず、君の仲間の少女達から君に魔力を渡す場合だが。これは君が彼女らの魔力を食って、自分の物にしていると考えれば納得がいく。魔力を流して渡しているのではなく、魔力を消化し自分の魔力に変えている。だから拒絶現象が起きない。……そもそも何故消化などという芸当が可能なのか、という疑問は今は置いておくしかないが」

「へえ。なら、そっちはその理屈でいいとして。それだと逆方向には成立しないよな?」

「……仮説に仮説を重ねる事になるが。食物が消化され人の血肉となるように、君が食べた魔力も君の体に影響を与えると考える。例えばルウの魔力を君が消化すれば、君の大本の魔力にルウの性質が備わる、という風に。もしそうであれば、魔力の受け渡しが出来るのはなんら不思議な事ではないんだ。魔力というものは人によってそれぞれ違い、同じ魔力を持つ者は二人としていないと言われている。魔力の拒絶現象が起きるのはこの違いが原因だと考えられているんだが、それに則れば『同じ魔力を持つ者同士』は拒絶が起きないはず」

 小難しい話にクーがかくんと首を傾げていた。それを見やり鋼は「つまり?」と促す。

「私の仮説をまとめる。コウ、君は他者の魔力を消化できる特異体質の持ち主だ。消化した魔力は君のものとなり、その子達の魔力を取り込んだ事で君自身の魔力の性質も変化した。恐らくは全員分の魔力の性質を兼ね備えていて、本人の魔力だと錯覚させる事で拒絶されず彼女らに干渉できる。つまり、『魔力を食べる』『魔力を食べた相手に対しては同調出来るようになり、双方向の受け渡し・干渉が可能になる』というのが君の能力だ。違うなら否定して欲しい」

「……」

 正直ナメていた。これが学者か、と鋼は感嘆する。

 可能というだけで理屈など本人にも分かっていなかった事が、彼女の説明を聞いて正解であると納得できる。

 降参だとポーズで示し、鋼はそれを認めたのだった。



 ◇


 小さな背負い鞄で持ち込んだ、鉄串や調味料等を取り出して。

 あとはその辺の野山から足りない物を調達し、魔術の補佐も加えれば、簡素なバーベキューの場の完成だ。

 この後は依頼のあったナーセ村へ一度寄りパルミナへと帰るだけだが、人に見られる可能性のある場所で魔物の肉を食べるのは避けたかった。鋼達は見晴らしのいい場所を適当に見繕い、最初から予定していた通りに外で食事をする事にしたのだ。

「この辺りは本来、獅子より弱い魔物しかいない。ルウの《結界》は必要ないと思う」

「私とクーちゃんが魔力を活性化させていれば十分だと思います。魔物の方が避けてくれるかと」

 クーと凛の進言を受け入れ、それ以上の魔物への対策は行わなかった。まずは引きずり運んだ獅子の死体を捌く。戦いに不要だった剣がようやく役立った瞬間だった。

 生々しい鉄臭さが鼻をつく。懐かしさすら感じる濃い血の匂いは鋼の胸をざわめかせたが、努めて興奮を鎮めた。赤ピンク色の肉の断面や内臓も非常にグロテスクだが、それに顔色を変えるような繊細な神経の持ち主などこの場にいるはずもなく。久々なので手こずった部分もあったが、鋼達は協力して魔物を解体し切り分けていった。平行して切り出した薪や木片、適当に落ち葉などもくべ、魔術で火を(おこ)す。

 忘れないうちに魔石も取り出しておいた。

 魔石とは、魔物の体内に生成される石のような丸い物質だ。内臓と分類していいのか分からないが重要な器官で、ほとんどの魔物が一つは備えている。無い魔物もいるようだが、魔物が魔術を使うためにある物らしいので当然〈憑き獅子〉にもある。クーの話によると80M前後、つまりは約8万円で市場に流せる有用な素材であるらしく、逃す手はない。

 心臓の下部にあったそれは、獅子の肌と同じ赤褐色の丸石だった。大きさは揃えた両手の上に丁度載る程度で、同じ大きさの石よりは重くはない。これに宿る魔物の魔力を抜いてしまえば、魔術の方面で色々利用できるアイテムになるそうだ。今回入る予定の収入の内訳は依頼達成の報酬とこの魔石の売り上げがほぼ全てを占めていた。

「コウは休んでいて下さい。あとは私がやりますから」

 魔石を布で包み鞄に仕舞う鋼に、凛がそう言ってくれる。

「いや別にそこまで疲れてねえし、俺もやった方が早いと思うが」

「いえ、私にやらせて下さい。このままでは私はついて来ただけになってしまいます」

 今日何もしていないのを気に病んでいるらしい。役目を果たすべき場面で失敗したというわけでもないのだから、そのような必要など無いというのに。聞き入れるか迷った鋼に、日向も声をかけてきた。

「鋼は座ってなよ。案内してくれたクーちゃんもね。ルウちゃんに任せとこ? 私もちょっとだけ手伝ってくるけど」

「ちょっとかよ」

「そりゃあねえ。ルウちゃん最近ストレス貯まり気味だし、発散させてあげないと」

 バーベキューの準備を嬉々として進める凛に聞こえないよう、日向がやや声をひそめた。「ストレス?」と聞き返した鋼に思い当たる事は無い。普段通りの凛だと思っていたのだが、日向から見て違ったようだ。

 確かに最近、身の回りにいるのが当たり前になっている仲間の事をあまり(かえり)みていなかったかもしれない。気遣いと観察眼が足りなかった己に舌打ちしたい心境だった。

「こっち来てからルウちゃん、鋼のご飯作ったり全然してないでしょ? この前満月亭の調理場借りられたけど、あれくらいだし」

「? それとあいつのストレスと、何の関係があんだよ」

「ほら、その。ルウちゃんの趣味というか、生き甲斐というか……」

 趣味と生き甲斐では大分ニュアンスが違うと思うが。そんな説明で理解できるはずがないと日向も分かっているようで、続く言葉を選ぶように口をもごもごさせていた。言いにくい話題であるらしい。

「ルウの趣味? 私も気になるな」

「あのね、私達が中学校――ここの学校に来る前に、日本で通ってた学校にいた頃、鋼のお弁当はルウちゃんが作ってたの」

「ああ、趣味って料理の事かよ。勿体ぶるから深刻な話かと思ったぞ」

 凛はかなり料理が好きで、「是非!」と言うので中学時代の鋼の弁当は毎日彼女に作ってもらっていた。一方的に負担をかけるのは悪いと鋼は渋ったのだが、「いえ、幼馴染ですから! これくらい普通ですから!」とか言い張るので、なるほど世間的にもそうおかしな事ではないのかと鋼も首を傾げつつ甘えていたのだ。

 そういえばそれ以降やたらと彼女は料理に凝りだすようになって、弁当の中身もどんどんパワーアップしていったっけか。中学時代の鋼達の共通の友人である女子は、「ねえ凛、アンタどこまで行くつもりなの?」としみじみ呟いたくらいに。やはりあれは趣味が高じて料理にのめり込んでいった結果なのだろう。

「趣味が料理っていうのとは、ちょっとだけ違うんだけど……」

「違うって、あいつの料理好きは間違いなく趣味以上のもんがあるだろ」

「……まあ、うん。その認識でいいや。料理するのも好きだろうし。とにかく鋼は、大人しくルウちゃんに世話焼かれてればいいよ」

 それでいいのだろうか。こちらばかり楽をして、それを当たり前としてしまうのは健全な関係ではないだろう。しかし日向の言う通り、てきぱき昼食の準備をしている凛の動きは普段よりも生き生きしているように見えた。

「……んじゃ、任せとくか」

 そう結論して見守る。獅子の肉をぶつ切りにして串に差し、塩胡椒を振って焼くという単純で豪快な料理が本日のメインディッシュだが、いつの間にやらそれとは別に重箱が出現していた。日向によるとあらかじめ凛が準備しておき、今朝早くに寮の厨房を借りて(こしら)えたおにぎりだという。輸送費がほとんどかからないからか、日本人に需要のある米などはパルミナでは比較的容易に手に入る。谷にいた頃と比べれば至れり尽くせりの昼食だった。

 メニューは魔力毒入りの肉だけで、それをえづきながら食べ岩塩をちびちび舐めたあの頃。三年前を思い返し、鋼は少しばかりしんみりした気持ちになった。

「そういえばさ、クーちゃん」

「なんだ?」

「さっきからすんごく気になってたんだけど、コレ、何か分かる?」

 日向が指差して訊いたのは近くに生えている雑草だった。どうでもいいといえばどうでもいい話題だが、実は鋼も密かに気になっていた。

「草だろう? この辺りでは度々見かけるな。名前は知らんが、薬草とかでは無かったと思うぞ」

「日本だとこれの小さいのって結構有名な植物なんだよ。こっちの世界じゃただの雑草なのかな?」

「そうなのか? 私が知らないだけで、これだって有名なやつかもしれんが」

 日向が手を伸ばし、そっと茎を折りその植物をちぎる。見たままを呟いた。

「でっかい猫じゃらしだよね……」

 毛の長い穂がふさふさと揺れている。それは日本で見られる猫じゃらしをそのまま大きくしたような植物だ。ブラシ状の穂の部分は20センチくらいあるだろうか。やたらとふさふさしていそうな見慣れない大きさに日向も目を引かれていたらしい。

 クーがはてなと首を傾げる。

「猫? じゃらし?」

「猫はこっちの世界にもいるでしょ? これを使って猫と遊ぶの。だから猫じゃらし」

 手でふにふにとつつき眺めた後、日向は何故かそれを鋼に渡してくる。反射的に受け取りそのままクーに渡そうとした鋼の手が止まる。つい悪戯心が芽生えて、その巨大な穂先で日向の顔をくすぐった。

「ちょ、わぷっ!」

 ふにふにと押し付けられる巨大猫じゃらしを振り払おうと日向が手をぶんぶん振るが、捕まらないよう鋼も巧みに穂先を揺らす。数秒の戦いの末に顔から離してやったのだが、掴もうと追撃してきたのでもっと下げる。

「とまあ、こんな感じに猫の前で揺らしたりして遊ぶんだよ。実際やった事はねえが」

「だからって私で実演する必要ないじゃん!」

 何か言っているが日向は無視してクーに解説してやると、目を輝かせて巨大猫じゃらしを注視してくる。そわそわとした彼女の様子に苦笑しつつ、鋼は手の中のそれを渡してやる。

 しかし何故かクーは不思議そうな顔をして、差し出された穂先を受け取らない。

「クーちゃん欲しそうだったけど要らないの?」

「ええ? 私にくれても……」

 何やら期待するような顔つきだった気がするのだが、どうやらそこまで子供では無かったらしい。強がりではなく本心から要らなさそうだった。クーは結構子供っぽいところがあるからと思っていたが、認識を改めねばならないようだ。

 改めねばならないと、そう自分に言い聞かせたところだったというのに。

 期待に目を輝かせたまま、クーはぐいっと身を寄せてきた。

「それよりもコウ! 今ヒナにやったみたいに、私にも。私にも!」

「え、お前そっち?」

 さすがの日向も予想外だったのか「うわあ……」とか言っていた。

「ええ? 駄目なのか?」

「いや、だからな? さっきはふざけて日向をおちょくったが、この草は猫と遊ぶのに使うんだぞって話で」

「それなら私で遊んだって構わないだろう?」

 迷いなくきりっとした顔で言われた。

 日向に小声でこそっと話しかける。

「なあ日向、猫じゃらしで女と遊ぶとか微妙に変態チックな行動に思えるんだが、俺の心が穢れてるからそう思うだけか?」

「う、うーん。クーちゃんは無邪気だから……。ま、まあ、うん。向こうから言ってきてるんだから、そういう事しても別に私は鋼が変態だとか思ったりしないよ? うん、ほんとに……」

「おい目を逸らすな」

「じゃ、じゃあ私ルウちゃんを手伝ってくるから!」

 逃げられた。そそくさと日向は凛の方へ行ってしまう。振り向けばクーが至近距離に迫っていた。

「コウー。いいだろう? いつも遊んでくれないし、こんな時くらい……」

「飼ってる犬とか猫か! つーかそうだ、これ《加護》の影響だな!?」

 死の谷やルデス山脈よりずっと気を抜いて野営できるこの周辺地域だが。

 いい事ばかりではない、むしろ適度な緊張感があった方が良かったかもしれないと、初めて鋼は思ったのだった。



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