42 地平線
パルミナの外周は城壁のような塀によって完全に囲まれている。
石のレンガだかブロックだかを積み上げた頑丈そうな造りは、これがやはり本当の国境線なのだと見る者に改めて意識させる。城こそ無いからそう呼ばれないだけで、その威容は城壁そのものだ。
高さは二十メートル弱といったところで、魔術を使えば昇れない高さでもないがそれ以外にも何らかの防衛能力を備えているだろう事は想像に難くない。ガイドブック等を見ても詳しくは書いていないが、どうせ魔術的な防護やら日本製のハイテク技術やらでがっちり警備を固めているのだろう。
人が出入り出来るのは街の四方にある門からで、これらは北門、南門などと単純に方角で呼び分けられている。鋼達四人が早歩きで向かっているのは東門であり、ようやく今、そこから伸びる人の列が遠目に見えてきたところだった。
「んな報酬って高いのか」
「ああ。生活していく分には全く困らないぞ冒険者は」
道中クーに説明された中で鋼が一番驚いたのはその部分だった。
いや、曲がりなりにも命を懸ける仕事である。たとえ強敵でない魔物相手でもそれなりの報酬が出るのは当然か。グループで依頼を果たせば報酬は山分けだし、そこから武器やキャンプ道具その他の必要経費を差し引けば赤字になりました、では誰も冒険者などやりたがらない。
セイランの基本的な通貨はさすがに日本と同じ『円』ではなく、こちらの世界特有のものだ。ソル、ミュールという単位であり、それぞれ日本人はS、Mと略して表記する事が多い。100S=1Mで、だいたい1Sは10円、1Mは1000円ほどだ。
ただし食料品をはじめとする市場の物価はどれも日本より安いので、日本人の感覚よりも高い価値だと思っておいて問題はない。パン一つ4S=40円くらいで買えたりする。
そして今回クーが受けた依頼の報酬に、倒した魔物の有用な素材も持ち帰って換金したとして。その合計収入はおおよそ180Mくらいになるだろうとの事だった。約18万円である。物価の安さも加味すれば、日本国内で30万円弱が手に入るのと似たような状況だ。まあそれはさすがに乱暴な理論だが。
学生でも可能なアルバイトを探してこつこつ稼ぐ、という鋼が想定していた未来予想図が現実になる事はもはや無いだろう。
通行証が手に入ったので、これからはアルバイトを探す代わり冒険者の真似事をして金を貯めていくつもりだった。
「街から出るのはさすがに無茶かと思ったが言ってみるもんだな。通行証のあるなしで金稼ぎの効率がそこまで違うとは」
「そうですね。魔物との戦いに慣れた私達だからこそ、取れる選択肢ですけど……」
「お前の手柄だぞルウ。これで卒業までにかなり金を貯められる」
「い、いえ、その、思いつきを口にしただけですし……」
もっと自慢げにしていればいいのに、凛はあくまで首を左右に振る。謙虚なのもいいが、鋼としては素直に賞賛くらい受け取って欲しいのだが。
「私からもルウには賞賛を送りたい。こうしてまた、皆で一緒に魔物退治する日をどれだけ夢見た事か。まだ二年待たないといけないと思っていたからな。……一人足りないのは残念だが」
万感の思いが込められた表情と声音でクーも凛を褒める。今日という日を一番楽しみにしていたのはクーだから、凛と王女への感謝の気持ちもこの中では人一倍強いはずだった。
「クーちゃん、もう何日も前から楽しみで楽しみでそわそわしてたもんねー。魔物退治なのにピクニックにでも出かけるみたいな感じで」
「ま、まあ、楽しみで仕方ないというのは本当だが。……もちろん、戦いの時は油断するつもりはないからな?」
「なんでわざわざ俺に確認するみたいに言ってくるんだよ……」
「いや、怒られるかと思って」
彼女が鋼に対してどういう印象を持っているのかよく分かる台詞であった。実を言うとちょっと凹んだ。
「マジで油断して外でも気を抜いてたならともかく、その程度で怒り出したりしねえよ……」
「そうなのか? やはり平和なニホンに戻ってコウは丸くなったのだな」
ルデスにいた頃もそんな理不尽に怒ったりはしてなかったつもりなのだが、それ以上反論する気力も湧かず鋼は肩を落とした。当時は今よりも余裕の無い性格だったのは確かな事である。
四人は話しながら東門を通る人達が順番待ちをしている列へと加わった。
早朝に十組以上並んでいるのには驚いたが、思ったよりは待たされる事もなく。
僅か十分ほどで行列は消化され、鋼達の出国審査となったのだった。
「え、あんたらニホン人だろ? なんで通行証なんて持ってるんだ?」
……とはならず。
心配は不要だったようで、門番の警備隊員はあっさり鋼達を通してくれた。日本人ではなく帝国人の系列と思われたのかもしれない。妙に若い集団だが大丈夫なのか、という感じの視線は受けたものの、拍子抜けする程の至って普通の応対だった。
行き先についても世間話のように軽く訊かれたが、冒険者ギルドの依頼で出るだけだと答えればそれで納得してもらえた。馬車も連れておらず密輸の心配がほぼ無いからか、むしろ街の治安に不安を覚えるくらいの短時間で終わってしまった。
ちなみに前回クーがルデスまで持っていった日本製の携帯電話。あれの持ち出しは厳密に言うと違反なのだが、私物の一つや二つ程度ならお目こぼししてもらえるらしい。そもそもからして出国審査が徹底しているわけでもなく、ポケットの中身すら調べられないというのだから警備も通行人も結構適当である。通行証さえあれば何も問題は無かった。
日本製の技術関連の物品を営利目的でそれなりの量以上持ち出すのが、黙認と厳罰の境界線であるらしい。
そうしてほんの一、二分で許可が得られ、鋼達は東門をくぐり抜けた。
――視界が広がる。
日の出と共に明るんできている空の下。土を均しただけの街道がどこまでも続いていた。
広大な平野だった。遠くに山や森もあり、僅かに木が点々と生えている。だが障害物が無くとも大地の向こうまでは見通せない。続く道の先は地平線の彼方へと消えているのだ。
言ってみればただそれだけの光景だ。地球には無いような脅威の大自然で埋め尽くされているわけでもない。
それでもやはり、クー以外のメンバーの驚嘆は大きい。鋼も思わず足を止めて見入った。
「どうしたんだ? そんなに驚くような光景だろうか」
「地平線ってのを初めて見るんだよ。この『広さ』自体が驚きなんだ」
死の谷にもルデス山脈にも、ここまで見渡しの良い場所は存在しなかった。日本は島国だ。日本人にとってはこの光景だけでも、滅多にお目にかかれない代物だった。
それを説明してやるとクーは羨ましそうな顔をした。
「島の国か……。周りは全て水なんだろう? 見てみたいな、私も」
「なら機会がありゃいつか連れてってやるよ。俺らがパルミナの外に出れたんだ、逆だってそのうち出来るようになんだろ」
「本当か!? 絶対だぞ!」
瞳をきらきら輝かせて喜ぶクーを見て、いつか必ず叶えてやらなきゃなと鋼は胸に刻み込む。彼女は海を知らない。見せてやれば大喜びするのが目に浮かぶ。
「でも、そっか。外かあ。これ、日本人のほとんどはまだ見れない光景だもんね。なんだか変な気分」
「そうですね。ここを通ったのは、恐らくは王都まで行った事のある政治家や一部の公務員の人達だけじゃないでしょうか。未成年の日本人では私達が初めてかと」
感慨深く日向と凛も話している。
ひとしきり周囲の風景を楽しんだ後、鋼達の視線はある一点へと向かった。門から出てすぐの街道の傍に一台の馬車が止まっている。荷物の最終確認にしても普通は出国審査前に済ますものであり、門近くに残っているその一台はなんとなく不自然だ。さっき鋼達の前に並んでいた他の旅人や商人達の馬車はとうに出発しており、ここからでも見渡せる街道上を進んでいるというのに。
少し疑問に思いはしたものの、言葉にする事もなく鋼達は準備を始めた。
「コウ、コウ! 私から頼む!」
「なんでそんな食いついてんだ……」
ずずいと前に出てきたクーの必死さに苦笑しながら鋼は手を伸ばす。触れるのは彼女の鎖骨の間辺り、胸より上の部分だ。
二年ぶりとなる懐かしき魔力の感触が伝わってくる。魔力の波動、こうして感じ取れる手触りというものは相手によってそれぞれ違う。あくまで鋼の感覚に過ぎないが、クーのそれは力強く、日向や凛よりも重たく感じられる。
「始めるぞ」
魔力を伸ばし、薄く分け与え、循環に乗せる。目を閉じてクーは魔力の同調を受け入れた。
「ああ……、この感じ、……久しぶりだ」
どこかうっとりとした口調。ちょっとばかし妙な気分になりそうな鋼だったが表には出さず、彼女の魔力を操り《身体強化》を発動させた。
味方への《身体強化》、あるいは彼女達が《加護》と呼ぶ術式だ。魔物との戦いが想定される場所では基本的にいつも、鋼はこれを味方へと施していた。強化の精度は移動速度に影響する要素だから、全員の速度をだいたい同じに揃えるという意味もある。
「……やはり、コウにしてもらうと全く違うな。体がとても軽い」
はあ、と熱っぽい吐息と共にクーが笑う。その高揚した様子からは術式の影響が窺えた。好戦的になったりハイテンションになったりするのは、鋼が強化を施すと何故だか発生する副作用だった。
「ん……」
「……」
続いて凛、そして日向へと、同じく《身体強化》もとい《加護》をかけてゆく。これで三人は鋼と遜色ない身体能力を得た。眠ったり意識を失えばさすがに解除されるが、彼女達が自分で術式を維持し続ける限りこの魔術はいつまでも影響する。いやまあ、どこかに限界はあると思うのだが、眠らず実験した訳ではないから正確なところは分かっていない。
「何も問題ないな?」
「ああ」「うん」「はい」
短く最終確認を終えて、四人は足を踏み出す。クーが先導するように走り出そうとした。
その矢先、声がかけられる。近くに止まっていた馬車からだった。
「おおい、君達馬車無いけど、まさかそのまま徒歩で行くのかい?」
さすがに無視するわけにもいかず一同は立ち止まる。相手をするのか、と視線で問いかけてくるクーに目線で頷きつつ、向き直った鋼はその馬車へと近づいた。
馬車に寄り添うようにその周囲には冒険者風の男女が地面に座っている。声の主はその中のまだ青年と呼ぶべき若い男で、改めて見直してみれば茶髪碧眼のその顔にはどことなく見覚えがあった。
「あー……。確か、ロー、なんたらとか言った……」
「ロアだよ。ロア=レーダル。一応覚えててくれたみたいだね。そっちはカミヤ=コウ君だったかな」
「一度会っただけなのによく覚えてるな。こっち風だとコウ=カミヤって名乗るべきかね。カミヤ、とでも呼んでくれ」
「コウ、知り合いだったのか?」
クーが驚いた様子で訊ねてくる。
「覚えてないのも無理ねえか。この街でお前と再会した時、一応ちらっと見てるとは思うんだが。冒険者の人達だよ。お前がギルドに来るまではこの人達にお前の話を聞いててな」
日向と凛にも向けての説明に、三人はへえ、と頷いて彼らを見た。なんとなく、その途端にロア達冒険者一行に緊張が走ったように思えたが。
「しかし私と知り合いでもないのに、どうして彼らが私の話を?」
「いやお前、あのギルドじゃ有名人らしいぞ?」
「何? そうなのか?」
ロア達が脱力したようにガクッとなった。まあ、どれだけの視線に晒されてもいかなる時も堂々としていたという『銀の騎士』が、その実自分への注目に全く気付いていなかったと知れば突っ込みたくなる気持ちは分かる。
「珍しい単独の冒険者、それも変わった髪の色でかなり美人っつう目立つ外見してんだからある意味当然だろうが」
「び、美人とか、いきなり言わないでくれ……」
何故だかクーは言葉に詰まった。さらっと流すと思いきや意外な反応だ。どうやら照れているようだが、今回に限ってそんな反応を見せた理由がよく分からない。ロア=レーダルの仲間の一人、赤毛の若い女が「わーお……」とか小声で呟きながら面白そうにそんなやり取りを眺めていた。
「んで、いきなり何の用なんだ? 馬車なしかと訊かれても見ての通りなんだが」
「……あー、いやあ。そうなんだけど、驚いたからつい、ね。列の後ろに前に話した事のある君が見えたもんだからさ、声でもかけようかなとここで待ってたら、そんな軽装のまま歩き出そうとしたから」
これがろくに知らない冒険者相手であればかなり警戒しただろうが、以前の接触で彼らが多分お人好しなだけの気のいい集団なのは分かっている。どこか胡散臭そうにあからさまな観察の視線を送ってロア達を若干萎縮させている凛に、視線で大丈夫だと伝えてやめさせる。普段の彼女ならそんな不躾な真似はしないだろうが、これも強化の影響であった。
「馬車なしってのはそんな珍しいのか?」
「結構見ないね。旅するなら荷物はかさばるし、そんなの手で持っていくのは大変だから。……あの、余計なお世話かもしれないけどさ。君達すっごく軽装だけど、そんな装備でどこ行くか聞いてもいいかい?」
「ああ、大丈夫大丈夫。旅するとか遠出するとかじゃねえから。近くで魔物狩ってすぐ帰るだけだ。魔物と戦うなんて久々なんで、準備運動がてら近場でな」
「なるほどなあ、そういう事か。……ん? ええと?」
そこで何かに気付いたようにロアが眉根を寄せる。
「どうした?」
「その若さで久々って。一体君、いくつの時に魔物と戦ったんだ?」
「ん? えーと、最後は二年前だから十四の時か。そう考えるとかなりまだガキだったんだな……」
「今の君も十分若いじゃん。にしても十四か。そりゃあまた無茶したもんだね。まだまだ先はあるんだから、無理せずゆっくりでいいと思うよ?」
「俺だって出来ればそうしたかったよ……。戦わなきゃならん状況になったんだから仕方ないだろ」
それを聞いて今度はロアの仲間の赤毛の女性が口を開いた。
「若いのに苦労してるのねー。あ、私マーリエっていうの。ロアが年寄り臭い事言うのはいつもの事だから気にしないでね。こいつ冒険者の割にいっつもこんな感じに枯れてるから」
「枯れてるってまたひどいな。命が懸かってるんだから無茶せず戦うのは当たり前だろ」
「そもそも何を置いても命が大事な奴なら冒険者なんてやらないわよ。死なない程度に無茶してナンボでしょー」
他にも何やら色々と言い合い始める二人。他のロアの仲間達がそれを呆れたように眺め、その中の一人の金髪の男が肩をすくめる。
「すまんな、この二人が言い争いを始めるのはそれこそいつもの事でな。毎度毎度飽きずにまあ……」
金髪の男はヨキと名乗った。
鋼は冒険者の業界に詳しいわけではないし、信用の置けそうなこの集団と仲良くなっておいて損は無いだろう。そんな打算もあって、もう少し彼らと話していく事にする。
「ここ最近『銀の騎士』がいなかったもんで噂話も下火になってたんだが。魔物を狩りに行くなら冒険者としても復帰するという事か? そもそもお前達、全員冒険者なんだよな?」
「こいつ以外は正式な冒険者でも無かったりするが、まあそんな感じだ。しっかし、噂話? なんか言われてんのか?」
「実力ある同業者の話は誰もが気になるもんさ。単独でずっと活動してた『銀の騎士』をグループに引き入れたいってとこは元々多かった。それが一月前、お前と一緒にギルドを出て行ったのを最後にぱったり見なくなったもんだから、駆け落ちだとか色々下世話な噂が立ってな」
「あー……」
ギルド内で抱きつかれたのを思い出し、そう誤解されても無理はないなと嫌な納得をしてしまった。
「まあせいぜい、変なのに絡まれんように気をつけな。ただでさえ名が知れてる上に全員まだ若いってんだから、頭の足りねえ冒険者グループから妙なちょっかいをかけられるかも知れんし」
「肝に銘じとくよ」
ヨキはわざわざ言及しなかったが、メンバーに女が多いというのも明らかに目をつけられる要因だ。優秀な魔術師の可能性があるとはいえ、やはりこちらの世界でも地球同様、荒事に関して女性は侮られる傾向にある。容姿が良いなら尚更要らぬ注目も浴びるだろう。
メンバー内で唯一の男である鋼も、赤の他人からすればやっかみの対象になり易いのは明らかだ。戦友達とこの先も共に過ごすつもりなら、ヨキが忠告してくれた事柄は避けられない問題だった。
とはいえ肝に銘じておくくらいしか対策など立てようもない。
「コウー」
間延びした声で唐突にクーが背後からしなだれかかってきた。肩から顔を割り込ませ、上目遣いで見上げてくる。
「いつまで話してるんだ? 早く行こう」
「……」
この空気の読めないクーの所業を、ロアとその仲間達が一人残らず目を点にして眺めていた。
……忘れていた。
鋼から強化を施したこいつは、やたらと甘えたがりな性格に豹変するのを。
「……けほっ」
一つ咳払いして鋼は無理やりに動揺しそうになる自分を戒めた。
依然クーの体は背後から鋼に密着している。それはもう、ロア達から見れば恋人同士にでも見えていそうな密着具合である。いや人目を憚らずこんな事をする時点でもはや引くレベルのバカップルのように見られていても言い訳は出来ないだろう。
しかし事実として親しい仲で戦友ではあるが、恋人ではない。だが説明したところで、この空気の中信じてもらえるだろうか。鋼は深く考えるのをやめた。
「分かったからくっつくな馬鹿」
変な空気にしてしまうような大袈裟な事ではなく、今のは普通のスキンシップです。あくまでそんな雰囲気をかもしつつ、鋼はクーを引っぺがした。何の自慢にもならないが意地を張って平然と振舞うのは多少得意な鋼である。この時もそれで押し通す事にした。
凛と比べればあまり無い方だと思っていたが、くっつかれるとその存在を感じ取れる程度には自己主張してきていた箇所があったが、全く表情を変えずにやり過ごした自信はあった。
「ああまあ、そんな時間も無いんで俺らはそろそろ行くわ。日帰りでここに戻ってこなきゃならんし。それじゃまたな!」
クーに催促されたのもあり、いまだぽかんとした様子のロア達に矢継ぎ早に別れを告げ、とっととこの場を去る事にする。
「お前らも準備はいいな?」
「はい」「うん」
心構えも含めての最終確認に、凛は目を細め、日向は表情を消し、それぞれ頷く。
上々の面構えだ。かつてルデスを駆け回っていた頃と同じ、研ぎ澄まされた彼女達の気配に鋼は満足した。ルデスより弱い魔物しかこの辺りにはいないと聞いているが、それでも警戒を怠る理由にはならない。戦いの場では強さや相性などいくらでもひっくり返る事を、絶対の安全などあり得ない事を、鋼達はよく知っている。
「よし。クーが進路頼む」
「任された。まずは〈憑き獅子〉が出るという集落までだな。先導しよう」
ひらひらとロア達に軽く手を振り、クーが微弱に発動させ続けていた強化を強めて走り出す。鋼も「じゃあな」と最後に一声かけてその後に続いた。左右それぞれのやや後ろから日向と凛も動き出す。
そうして鋼達は、パルミナの街から東方面へと出発したのだった。
◇
「あの二人、やっぱり完全に恋人よね……。あの美人ちゃんもやっぱり乙女って事かー」
マーリエがそう呟いたのを皮切りに硬直していた周囲の時間が動き出す。
平原を飛ぶように走り抜け遠ざかっていく四人組は、もはや点にしか見えない。驚きで止まっていた呼吸をロアも再開させた。
「あれを平然と引き離せるとか男前だなあ、ほんと……」
四つの点を眺めながらロアはぽつりと感想を漏らす。ヨキが呆れ顔で口を開いた。
「おい、驚くとこはそこか」
「ん? 他にも可愛い子揃いでなんだかすごい集団だったね、とか?」
「別の村まで走って行くっておかしいだろう……!?」
ヨキの指摘に仲間達もああ、と声をあげた。他の突っ込みどころに気を取られていたのだが、言われてみれば確かにおかしい。馬車なしと聞いて、徒歩で本当に近くの何もない平原に行き魔物でも狩るのだろうと思っていたのだ。ここから最も近い村でも、魔物を狩りつつその日の内に帰ってくるのが難しい程度にはそこそこ距離がある。
「日帰りって言ってたもんな……」
「もし、仮にだが、あんな速度を維持して走れるんなら余裕だろうな。一体何なんだあいつらは……。全員あれだけの強化が出来るなんてのはとんでもない事だぞ」
「ヨキでも無理?」
「無理だ」
メンバー内で最も強化が得意な男の断言に、仲間達の息が詰まる。カミヤ少年達は恐ろしい速度で遠ざかり、まだ視界にいるはずだが既に小さくなり過ぎてどこだか分からなくなっていた。
ロア達よりずっと年下のあの若い集団は、どうやらかなり凄い存在らしかった。
新たな突っ込みどころを見つけたとばかりにマーリエも小さく手を挙げる。
「最後に彼女、〈憑き獅子〉って言ったわよね?」
「うん、言ったなあ」
「〈憑き獅子〉ってさあ、この辺りじゃ一番強い魔物よね?」
「僕らも今朝ギルドで見つけたけど取らなかった依頼だしね」
「あの少年、魔物と戦うの久々だから準備運動がてら、とか言ってたわよね?」
「……」
答えずにロアは一息ついた。別に疑問点は残らず解き明かしたい、というような性格ではなかった。
「僕らだけで詮索を続けても仕方ない。とりあえず、こっちもそろそろ行こうか?」
グループのリーダーとして、妙な感じになった空気を払うように殊更明るくそう言ったのだった。