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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
43/75

 41 きな臭い気配



「あ、あの」

 日向の後ろからおずおずとかけられる声。

「どしたのルウちゃん?」

 日向は凛に問いかけながらも、だいたいのところは察しがついていた。自分が鋭いわけではないだろう。彼女がとても分かり易いのだ。

「どう、思いました? その、コウと、王女殿下について……」

「どうと言われても、別に普通の人だっただろう?」

 クーが率先して答えるも、それが凛の望む答えではないと日向は分かっている。今学園の廊下を一緒に歩いているのは日向・凛・クーの三人だけで、これは最近では結構珍しい状況だった。コウがいない隙にどうしても凛は訊いてみたかったのだろう。

「クーちゃん。ルウちゃんはね、鋼が王女様となんだか気が合ってた風だったから、それがずっと引っかかってるんだよ」

「ヒ、ヒナちゃん! そ、それは間違ってるとは言いませんけど、もう少しあの、直接的でない物言いをですね……。というかどうしてそこまで分かるんですか!?」

 いやうん、あれから様子もちょっとおかしかったし、バレバレだったと思うのだけど。

「まあルウちゃんが危機感覚えるのもちょっと分かるよ。初対面なのにお互い何か、通じ合ってた感じだったし」

「確かに何か、よく分からないところで二人とも笑っていたりしていたな。だがそれでルウが危機感を覚えるとはどういう意味だ?」

「……クーちゃん、それ本気で言ってる?」

「ん?」

 クーが首を傾げる。滅茶苦茶美人だというのに、全くこの子は。彼女はこの手の話題にはびっくりするくらい鈍感なのだ。鋼に好意を抱いてはいても、意識しての恋愛感情ではないのだと日向は見ている。

 彼女にも分かるよう噛み砕いて説明してみる。

「つまりね、クーちゃん。想像してみて。鋼があの王女様と仲良くなったとするでしょ? 普段から会いに行くような、とっても仲の良い友達になっちゃったら、クーちゃんと鋼が一緒に過ごす時間が今よりは減っちゃうでしょ? どう思う?」

「それは面白くないな……」

「それをルウちゃんは心配してるの」

 なるほどなと真面目に頷くクーに、丁寧に解説するのやめません? と言う恥ずかしげな凛。笑って流す日向。三人にとって至って平常運転の会話の光景である。王女様云々を人に聞かれたくないのでやや声は落としているのに、廊下にいる他の生徒達から注目されているのは、会話の内容を聞かれたからではないだろうと日向は思った。

 日向から見て、凛もクーもとびきりの美少女だ。

 クーはちょっと他ではお目にかかれない凄絶な美貌の持ち主だし、凛も家庭的でお淑やかな雰囲気を持ちながら、美人でその上胸だって大きい。二人とも男の子からすればつい目で追ってしまう存在のはずだ。日向がそこに加わりいい感じに引き立て役となっている事もあり、生徒達の無遠慮な視線が集中しているのだと想像できる。

 ――鋼や、他の皆がいればここまであからさまな視線じゃないんだけど。

 やっぱりこの面子だけだと変に目立ってしまうのだろう。

「まあとにかく、大丈夫だよルウちゃん。気が合った女の子であっても、鋼がほいほい手を出すような性格じゃないのはルウちゃんだってよく知ってるでしょ? 偉い人には嫌われるよりは好かれる方がいいだろうし、何も問題ないよ」

 凛はこちらの台詞にぎこちなく頷く。分かってはいても心から納得は出来ない、といった心境だろうか。鋼の評価については当然反論はない。

 省吾を始めとする周囲の友人達は、戦友が全員女の子で鋼に対して皆好意的、という彼の境遇を時折からかいのネタにしているけども、実際のところ彼が女の子にだらしないという事実は無い。省吾達も本気でそう思っているわけではないだろう。だけど、恐らく友人達が思っているよりも鋼の性格はその対極だ。

 あの少年はむしろ、同世代の平均と比べてもかなり禁欲的な方である。

「それにしても次の休日が楽しみだな!」

 クーが生き生きした様子で話題を変え、日向と凛は頷いた。次の学校が休みの日、このメンバーに鋼を入れた四人で出かける事になっているのだ。

「ぬか喜びにならないといいけど……」

 凛をも上回る喜びようの終始ご機嫌なクーに、友達としてはやや心配になる。予定が中止になる可能性もまだあるというのに、どんな想像を今から働かせているのやら。

「王女に頼んだあれは問題なければ明日届くんだろう?」

「もしくは明後日だね。休日には間に合わせますって言ってくれてたし」

『あれ』とは、凛のアイデアでヴェルニア王女に提案されたとあるモノの事だ。

 それが届き次第予定は確定し、休日は晴れて四人でお出かけとなる。

 あ、と日向はここで己の迂闊さに気付き、口を半開きにして硬直した。こちらの反応に怪訝そうな顔をするクーのすぐ後ろに、丁度通りがかったシシド教官が歩いてきたところだったのだ。

 明らかにクーが王女と言った瞬間を聞いていたようで、彼は顔を引きつらせていた。反対に日向はほっと安堵する。一般生徒に聞かれてしまったかと一瞬焦ったのだが、この人ならまあいいかと思ったのだ。細かい配慮が出来る人で鋼も色々ぶっちゃけてる相手らしいし。

 目が合ったので「聞こえちゃったみたいですけど気にしないでいいですよ」という意思を込めてにっこりと愛想笑いしてみれば、何故か教官は冷や汗でも流しそうな余裕の無い態度で小さく頷いた。

「ふふ、次の休みが楽しみだ。次に王女に会った時は礼を言わねばな」

「そだね。王女様がこの街に滞在中はもう一回くらい呼ばれるかも。また会いたいって言ってたしね」

 シシドの存在を気にせず会話を続けると、先程よりも早足になった教官はよろよろと廊下を直進して去って行った。こうして彼の心労がまた一つ増えたのだった。



 ◇


 週末、鋼は平民を装って満月亭にやって来たレイゴルから、頼んでいたものを受け取る事となる。

 謝礼金代わりに鋼達が王女に要求したのは、とある権利であった。

 届けられたのは通行証だ。

 冒険者に発行されるものとだいたい同じもので、パルミナから外へ、もしくは外からパルミナに入る際にこれがあればすんなり審査が通るようになる。つまり端的に言うと、国境を越える事が出来るアイテムであった。

 ちなみに学園の卒業時に与えられる正式な身分の保証と同等のものではない。あまりに特別扱いは鋼達にとっても王女にとっても外聞が悪く目立ち過ぎるため、身分の保証は不完全なものにしてもらった。これはパルミナに限定した特殊な通行証である。

 例えるなら冒険者仮免許といったところだろうか。

 セイラン国内を旅行、または別都市に移住するには不十分なものだが、ギルドから依頼を受けて周辺に魔物を狩りに行くくらいなら問題はないという代物だ。もちろん原則としてついて回る『日本の物を持ち出さない』ルールは厳守しなければならないし、破れば重罪に課せられる。

 兎にも角にも、こうして鋼達は一般の日本人にとっては恐らく初となる、街からの外出許可を手に入れたのだった。



 友人達にもひとまず行き先は伏せ、寮の外出許可をもらうのに適当な方便をでっち上げ。

 休日。

 連れたって出かけた鋼達は、冒険者・傭兵仲介ギルドの看板を揃って見上げていた。

「ここへ来るのも久しぶりだな……」

 一ヶ月前、ルデスに旅立ってからは一度も来ていないというクーが懐かしげに呟く。鋼は一度来ているが日向と凛は初めてだ。物珍しげに二人はパルミナ支部と書かれたギルドの建物を眺めている。

 時刻は早朝だが、思ったより人の通りはある。もちろん混雑しているとまではいかないが、こういった稼業の人間達は朝も早くから活動を始めているようだ。

 ギルドに入ってみれば依頼の張り出されたボード前に冒険者らしき人間が数人集っていた。四人が足を踏み入れた途端、鋼が予め覚悟していた通りにギルド内から一斉に注目を浴びる事となった。

「おい見ろ、やっぱ生きてたみたいだぞ。『銀の騎士』だ」

「ガキばっか、女ばっかだな。連れてんのは『銀』の関係者か?」

 冒険者達の間で密やかに会話が交わされ、その一部が漏れ聞こえてくる。それは席につき朝食を取っているいくつかの集団からも例外ではなく。思わず萎縮する凛の背を日向が励ますように支え、後押しする。場違いな三人の学生と有名な銀の騎士という取り合わせが目立たないはずがない。今後のためにも早々に慣れておくべきだろう。クーが平然と視線を無視するのを鋼も見習う事にした。

 四人はぞろぞろとボードに向かう。元いた冒険者達がさりげなくこちらから距離を置いた。

「クー、お前に任せた。言ってた通り、今日中に終われる手頃な奴を頼む」

「了解した。冒険者なら私の方が先輩だからな、任せてくれ」

 得意げにクーが胸を張る。こうして彼女一人に任せてしまうのであれば、あとの三人がボード前までついてくる必要もないのだが。クーから離れた誰かがその隙に他の冒険者からちょっかいをかけられても面倒だ。

 鋼達はここへ、冒険者として依頼を受けに来た。

 もちろんクーを除いた三人はギルドに認可された便利屋、いわゆる『冒険者』ではない。学生という身分、日本人国籍、年齢等を鑑みれば、冒険者のライセンスを鋼達三人が取得するのは難しいと思われる。孤児だろうが外国から逃げてきた犯罪者だろうが、とりあえず審査は通る、みたいな話を聞いた事もあるのだが、通常パルミナから外へ出られない日本人はさすがに例外だろう。冒険者としてそれはいくらなんでも話にならない。

 公的にはクー単独で依頼を受けて、通行証を所持する後の三人は堂々と彼女と共に外出し、四人で依頼を果たす。今日の予定はそういう手筈になっていた。

「ふーむ……、〈憑き獅子〉の討伐か……」

 依頼の数々を見て何やら葛藤しているクーを横目に、鋼もボードに目を移す。

『小規模の〈魔狼〉の群れの討伐』

『はぐれ〈憑き獅子〉の討伐』

『※至急・〈紅孔雀〉の羽根五匹分求む』

『テナ川流域の調査依頼・〈ガイス〉大量発生について』

 ギルドに仲介された依頼の案件が並んでいる。確か〈魔狼〉は畑を荒らす魔物の代表格というべき有名な奴だ。それ以外は知らない魔物の名前ばかりで興味深い。

 他にも商隊の護衛だとか、『セリヤ草』とかいう植物を取って来いだとか、様々な種類の依頼がある。

「決めた。これにしよう」

 そう言ってクーがボードから剥がしたのは『はぐれ〈憑き獅子〉の討伐』と書かれた紙だった。どうやらこれをギルドの窓口に持って行けば、正式に依頼の受諾となるらしい。

「チッ、取られたか」

 背後から舌打ち交じりの声がかかる。

 振り返ると傷跡の走る男の顔がそこにあった。相手が軽く手を挙げる。

「よお」

「バート? こんなとこで何やってんだよ?」

「そりゃこっちの台詞だっつうの。俺はしばらく前から傭兵やってんだ。正規のな」

 闇傭兵ギルドの件で一悶着あった男、バートが鋼達のすぐ後ろに立っていた。鋼達の後に建物に入ってきたようだ。一月ぶりの再会だった。

 彼の向こうには何人か、見覚えがある気もする荒事に慣れた雰囲気の男達が並んでいる。多分バート直属の部下だった男達ではなかろうか。闇傭兵ギルドを鋼達が蹂躙したあの一件以来、何人かで正規ギルドの傭兵に鞍替えしたのだろう。

「取られて悔しい程度には割りのいい依頼なのか、これ?」

「そこそこな。獅子は油断は出来ねえ魔物だが、その分報酬もたけえ」

 その時クーが「バート?」と呟きを漏らした。闇ギルド壊滅の経緯は簡潔にクーにも教えていたのだが、予想外の出来事に驚いているようだ。彼女にとってはバートとは死の谷以来の再会である。

「この街で会ったとは聞いていたが……、まさか傭兵とはな」

「……そう睨まないでくれ。あん時は悪かったと思ってんだ、これでも」

「……まあ、コウや皆が許したのならそれでいいさ、私は」

 渋々といった様子で頷いたクーに対し少しは緊張していたようで、バートが小さく息をつく。ボードの前を占拠し続けるのはいい加減問題なので鋼達は少し移動した。

「それにしても……、生きてたんだな。先月カミヤの傍にいなかったもんだから、俺はてっきり……」

 クーに目をやりながら再度口を開いたバートが、最後まで続けず口ごもる。

「谷で死んだと思っていたか?」

「最後に見た状況を考えたらそれが自然だったもんでな。俺の方からは訊き辛い話題だし」

「あいにくこの通り、ぴんぴんしているぞ。全員でちゃんと生き残ったさ」

「全員かよ。ほんっと無茶苦茶だな、お前らは」

 憎まれ口を叩きながらも苦笑を浮かべたバートは、鋼からは安堵したように見えた。善人とは言えない傷跡の男は、多分根っからの悪人でもないのだ。

「にしてもカミヤ、なんで朝からこんな所にいる? 依頼を受けたところで外に出れるのはそいつだけじゃねえのか」

「ちょっとしたツテがあってな。俺らも外に出れるんで、四人でこれから魔物退治だ」

「……おいおい。ニホン人なのに許可下りたってのか? どこが『ちょっとした』ツテだよそりゃあ……」

 気を利かせたのかクーが「私は依頼を受けてくるから、待っていてくれ」と言い残しギルドの窓口へと向かう。こちらの『ツテ』に顔をしかめるバートに、丁度いい機会なので鋼からも訊ねてみた。

「あれから闇ギルドはどうなった? 俺も多少は情報収集してみたが、内情を知ってるなら教えてもらいたい」

「内情って言ってもな……。あれ以来組織の影響力は落ちまくって、しょぼくれた規模になりながらも一応は存続してる、としか言いようがねえな。残ってんのはほとんど、組織がないと食うのに困るような行き場のねえ奴らばっかだ。それ以上の事は知らん」

「いや、助かる。そんだけ聞ければ十分だ」

 教えてもらった情報を心に留め、鋼はちらりと凛の様子を窺った。この中で最もバートを嫌っている少女は彼をいないものと扱っているようで、ギルド内を観察しては日向と雑談している。ちなみに朗らかに話す日向の態度を見て、無表情の彼女しか知らないバートは反応に困ったような表情をしていた。

 バートの部下も待っている。そろそろ話を切り上げようかという雰囲気になり、最後にバートが「念のために教えとくが」と前置きして不穏な情報を教えてくれた。

「最近この街にきな臭い連中が出入りしてるらしくてな。街中でも一応、ちょっとは気を張ってた方がいいぞ」

「きな臭い連中? そりゃまたどういう集団だよ」

「さあな。宗教団体だか市民団体だか、聞き慣れん単語をオルタムが言ってたが……。あいつから来た情報だからな、それなりに警戒が必要な連中なんだろうよ」

 闇ギルドが健在だったなら、非合法組織の類であれば牽制するなりしてでかい顔はさせないのだが。そんな愚痴をオルタムが漏らしていたぞとバートが言うのを聞いて、鋼は先月の一件をちょっとばかり反省した。バートはあの髭男といまだ付き合いがあるらしい。

 とにかくその怪しげな連中が今、野放しになっているとの事だった。といってもこの話だけ聞いて何か判断するには情報が少なすぎる。バートも似たような感想のようだ。

「別に闇ギルドってわけでもなく、ちゃんと名前のある団体らしい。正直話を聞いても何が危ねえのかよく分からんかったな。オルタムもはっきりした事は分かってねえみたいだったが、とにかくなんかきな臭いんだと。街の裏側で何やら動いてる気配があるとかで。あいつのそういう嗅覚は結構信用できるからな。俺も一応警戒しておくつもりだ」

「俺も心に留めとくよ。来週は国交樹立の記念式典だしな、マジでなんかあってもおかしくないか。……わざわざありがとな」

「おう。んじゃ、取られる前にいい依頼探すとするか」

 軽い挨拶で別れを済まし、バートは仲間達に声をかけてボードの方へ向かった。

 少しして、手続きを済ませたクーがこちらに戻ってきた。正式に依頼を受諾し詳しい説明も聞いてきたらしい。

 目的の魔物が出るのはパルミナの東にある小さな集落周辺との事で、余計な口を叩かず鋼達はさっさとギルドを出た。寮の門限があるせいで日帰りで仕事を終わらせる必要がある。時間の無駄は許されないのだ。

 街の入り口へと四人で歩きながら、クーから依頼についての詳細を聞く。

 目標は〈憑き獅子〉という魔物の討伐。

 鋼にとって初めての魔物退治のアルバイトはこうして始まったのだった。



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