2 騎士学校の入学式
寮から学園の間にはさしたる距離もない。
本来なら徒歩で三分足らずの通学路を、ことさら時間をかけて神谷鋼は進んでいた。それが隣を歩く同行者の要望だったのだ。
「うわー、やっぱりいいよねえ、この光景」
その同行者、各務日向がきょろきょろと辺りを見回しつつ感嘆の声をあげた。異世界の朝の町並みは、今日が初登校の鋼達にとってはまだまだ見慣れないものだ。
レンガ造りのパン屋の店先では、素朴な木綿のシャツとロングスカートの売り子の女性が朝食向きのパンを並べている。騎士学校の日本人生徒には早くも人気なようで、数人の列が出来始めていた。反対側の路肩では行商人のような風体の男性が、小間使いらしい少年と共に馬車の中へと荷を運んでいる。道をゆく通行人達の中には、いかにも屈強な肉体の傭兵のような姿もあって、そんな彼らの腰や背には鞘に納まった剣も見受けられる。
日本とはかけ離れた街の様子を日向は興奮した面持ちで眺めていた。
「ただの街だろ。どうせすぐ慣れる」
「もう! すぐそうやって夢の無い事言う! 現実主義もいいけど、こういうのは景色一つとっても楽しんだ者勝ちなんだから!」
この場合負けたのは自分なのだろうか。勝ち負け、という基準に少し釈然としないものを感じながらも、あまり気にせず鋼は頷いておく。
「ねえルウちゃん!」
もう一人の同行者に日向は同意を求めた。あはは、と苦笑を返して村井凛は明言を避けた。
「寮の朝ご飯もいいけど、学校行く途中で買い食いもアリかなあ」
のんきに日向はそんな事を言う。そうしてゆったりとした歩調で三人が歩いていると、間もなく目的地の門が見えてきた。
二メートルほどの高さの白い石造りの塀が左右に続いている。丁度鋼達の正面だけ塀は途切れ、そこが正門となっている。立派な日本語で校名が彫られていた。
パルミナ騎士教育学園。
それが本日から、鋼達が通う事になる学校の名である。
門の両脇を固める異世界人の門番二人は、厳密にチェックしていないのかそれとも鋼達が胸に着けている騎士候補のバッジに気付いたのか、門をくぐる際特にこちらに反応も示さなかった。「おはよーございまーす!」と元気良く日向が、鋼と凛も控えめにだが挨拶を投げかけると、兵士達も笑みを浮かべて「おはようございます」ときっちり返してくれた。
通学路もそうだったが、学園の敷地内にも今日の入学式のために登校する少年少女の姿がちらほらと見られる。彼らのうち何人かはこの後クラス分けで一緒の教室になるのだろう。皆入学案内のパンフレットをその手に、一つの流れとなり同じ方向を目指している。
「さて……クラス分けはどうなるかな」
「三人一緒だといいけどねー。さすがに無理かな」
鋼と日向のやり取りに凛が微妙に悲しそうな顔をした。彼女は普段からあまり口数も多くなく、自己主張も弱いめで、有体に言えば人見知りである。言葉にせずとも同じクラスになれない可能性を悲嘆しているのは、付き合いの長い二人には読み取れる。
見渡す限り、そして案内の地図を見る限りでは学園の敷地は広大だった。
前庭、とでも呼べばいいのか、正門から最も近い校舎との間には芝生のスペースが取られている。その先の校舎の壁は大きな吹き抜けになっていて、その正面玄関から中庭のほうへと直接通じている模様。玄関をまっすぐ抜けずに建物内で左右に曲がれば、それぞれの方向へ伸びる校舎の中を歩ける事だろう。
地図によると今見えている大きな校舎の壁部分は、カタカナの「ロ」の形の底辺にあたるようだ。
これが学園のメインとなる建物で、あとは講堂に食堂に図書館、離れの校舎であるらしい尖塔などが敷地内の外周に配置されている。入学式が執り行われる講堂へ向かうべく、正門を抜けて左へと鋼達も歩き出した。
「広い学校だねー」
「そりゃ日本と比べたら土地余ってるだろうからな」
人口密度が異常に高い日本に比べて、ここセイラン王国を含むソリオン大陸は圧倒的に広い。手付かずの土地も多く残っている。この世界はまだまだ発展途上なのだ。
こちらの文明レベルは中世の西洋に近い。ただし地球には無いソリオン独自の文化、魔術というものが根付いているし、ただの動物以上に強力な生命である魔物も住んでいる。日本がこちらから学べる事が多いのも事実で、技術交流の一環として一年前、パルミナ騎士教育学園は設立された。
今のところ、日本人が日本国籍を持ちながら通える唯一の異世界の学校だ。そこに鋼達三人は揃って二期生として入学してきたのである。
歩いている内、ほどなく講堂が間近に迫ってきた。その途上で鋼は足を止めている生徒の集団を発見した。
「なーんか揉めてるな」
少し歩幅を緩めつつ、注視する。
講堂の入り口から二十メートルほど離れた位置に、何やら剣呑な雰囲気を放つ生徒が五人集まっている。見たところ全員日本人で、鋼達と同世代の男女である。白を基調とした彼らの制服は鋼達が着ているのと同じもので、恐らくは新入生かと思われた。
いかにも柄の悪そうな、『俺は不良です』と自己主張している感じの男子が三名。見る限りでは、そちらが残りの二人に絡んでいるようである。
絡まれている方は男子と女子が一人ずつで、男子が女子を庇い、それを不良達が揶揄している、という図に見える。
「あの、どうしましょう」
集団と鋼とを見比べながら凛がおずおずと尋ねてきた。見るからに揉め事という雰囲気を察してか、気まずそうに新入生達は迂回して通り過ぎていく。さすが事なかれ主義の日本人らしい対応で、鋼もそれを見習う事にした。
「どうするも何も、放置でいいだろ? 殴り合いの喧嘩してるわけでもないんだし」
「でも今にも三人のほうが手を出しそうじゃない?」
日向がそう言うので改めて視線を向けてみたが、聞き耳を立てずとも険悪な声ははっきり聞こえている。
「だから俺らはそいつに話があんだよ。お前はお呼びじゃねえって」
不良の一人が男子生徒に言っている。目当ては女子生徒で、不良達が彼女に声をかけたところに男子生徒が割って入ったのだろうか。
見てみれば女子のほうは人並み以上に整った顔立ちをしていて、雑誌の表紙を飾っても違和感が無いくらいには綺麗な子だった。徒党を組んで調子に乗った三人組が、初対面の少女に軽々しく声をかけた様子がありありと想像できる。
ただ事態はもっと複雑なようで、女子も不愉快そうに不良達に文句を返している。むしろ喧嘩になりそうなのを通りすがりの男子が一人で押し止めているのかもしれない。近づくにつれてより詳細に彼らのやり取りは聞こえるようになったが、出来うる限り聞き流し、鋼は連れの二人に目配せして無視する事に決めた。
「ああ!? 喧嘩売ってんのかてめえ?」
「はあ? あんたらが売ってきたんでしょ。喧嘩売るのも三人群れてようやくみたいだけど!」
かなりヒートアップしている。
入学初日なのだしもう少しお互い自重すればいいのに、と完全に他人事として考えながら鋼は少し離れた場所を通り過ぎた。
その時。
「何の騒ぎだこれは!」
大喝が空気を震わせた。
これには講堂へ歩いていた他の生徒達も何事かと足を止め、日向も凛も振り返る。二人が止まったので鋼も立ち去るのは諦めて、事態を見守るのに巻き込まれてはかなわないと彼女達をもう少し離れさせる。
教師でもやって来たのかと思いきや、予想に反して声の主は制服姿の少年だった。しかしその身なりは日本人のものとは違った。
「往来で何を騒いでいる! お前達、新入生か?」
金色の髪にグリーンの瞳。あまり大柄ではないいかめしい顔つきの少年が、鋭く新入生達を睥睨している。これが地球上であれば外国人と見紛うところだが、この学園の入学資格を持つのは地球では日本人だけだ。日本国籍を持った外人だとあり得るのか知らないが、普通に考えて異世界人だろう。
パルミナ騎士教育学園は技術交流のため日本人を受け入れているとはいえ、何も全員がそうというわけではない。生徒のおよそ三分の一は異世界人――つまりこの国、セイラン王国の人間――である。
ただ教育を受けるためだけに入学した懐に余裕のある平民層もいれば、将来の道が約束されているような貴族階級の子女も通っているそうだ。このあたり色々と複雑で、階級差による貴族と平民の間の線引きや差別意識等、日本人にとってはあまりピンと来ない問題も多く含まれている。貴族と問題を起こすと非常に面倒な事態になる、とはあらかじめ日本の役人には何度も釘を差されている事柄だ。
威風堂々と現れたセイラン人の男子生徒の高圧的な態度に、貴族かもしれないと感じ取ったのだろう。五人の新入生は全員勢いを失った。
「新入生かと聞いている」
「……ええまあ、そうですわ。全員」
絡まれていた側の男子が関西弁っぽい訛り口調で五人を代表して答える。
「僕は名はマルケウス・ニル・ガンサリット。見たところお前達、ニホン人のようだが」
セイラン人の人名は地球の欧米諸国と同じで、個人名が先に来て家名が最後にくる。そしてその間にもう一つ名前が挟まっているなら、それはこの王国では貴族である事を示していた。
「ええと、自分の名前は長谷川省吾です」
関西弁の少年が先んじて名乗り、隣の女子生徒のほうへ視線を送る。いがみ合いを止めようと割って入っただけあって一番冷静なのも彼だったようだ。貴族が名乗った場合、こちらも名乗らなければ失礼にあたる。すぐさまそれに思い当たり、他の日本人達にも気付かせるよう率先して口を開いたのだろう。
女子のほうも察した。
「私は有坂伊織……、です」
明らかに同年代のマルケウス少年に迷った末に敬語をつけ、彼女は次に不良三人組を見る。渋々、彼らもそれぞれに名前を述べていく。
「それでお前達、これは何の騒ぎだ」
「いやあ、些細な行き違いですわ。つまらん事で口論になって、みんな頭に血昇ってしもうて。もう頭は冷えましたわ、騒いですんませんなあ」
長谷川という男子がまた代表して答え、任せたほうがいいと判断したのだろう他の四人も口を挟まなかった。
「ニホン国には貴族というものが無いが、皆教育を受けている者達だと聞いている。相応の敬意は払うつもりだったのだが、お前達は違うのか? こんな往来で聞くに堪えない罵り合い、育ちが知れるというものだ」
上手く長谷川が誤魔化したように思えたが、どうもこの貴族の少年、やや粘着質なようだ。
嫌味ったらしい台詞に有坂や三人組は露骨に面白くなさそうな顔をしたが、長谷川は角が立たないよう柔らかく受け流すに留める。
「仮にも今日から騎士候補生になるなら、皆の規範となるような節度ある行動をしてもらいたいものだな。お前達のせいで他の騎士候補生の品位も疑われるんだ」
「ほんとすんません。次からはしっかり気ぃつけますわ」
「ふん。まあいいだろう」
さすが貴族、無駄に偉そうだ――なんて横で感心していたのがいけなかったのだろう。
「お前達もだ、そこのニホン人」
貴族少年の矛先が、唐突に鋼達のほうを向いた。
「え、俺達?」
「揉め事の横をこそこそと見てみぬ振りで通り抜けようとは、騎士候補生が聞いて呆れる。臆病者がなれるほど騎士は甘くないぞ」
よくもまあ、ここまでイチャモンがつけられるものである。二人の少女がちらりと視線を寄越すので、先ほどの長谷川のような役目は鋼が請け負う事にした。
「いやあ、別に見なかった振りはしてねえよ。とことん言いたい事言い合ったほうが今日が初対面の生徒同士、相互理解も深まると思ったんだ」
他人事だしどうでも良かった、というのが本当のところである。
マルケウス少年は探るような胡乱な目つきで鋼をしばらく見た後、日向と凛にも一瞬だけ目を向け、あごを講堂のほうへ向けた。
「……ふん。さっさと行け」
「どーも」
タメ口についても何か一言あるかなと構えていた鋼は拍子抜けしたものの、日向と凛を連れて歩みを再開する。
五人の日本人も一緒に許しが出たようで、不良三人組がすぐさま鋼達を追い抜かしずかずかと早足で講堂へと入って行った。マルケウス少年は動かず、まるで新入生の監視が己の義務だという風にその場で直立している。貴族というものはよく分からない。
残った生徒二人、関西弁の男子と強気な女子は鋼達の隣に並ぶ。しばらくは皆、無言を通した。
講堂に入り貴族少年と十分な距離が取れてから、強気な女子、有坂が口を開く。
「……何あの偉そうな貴族のお坊ちゃん。嫌味言う相手でも探してたの?」
「まーまー、周りに迷惑かけてたんは確かやし」
関西弁の男子、長谷川がそれを宥めている。
講堂の広さは鋼が通ってきた日本の小学校や中学校の体育館とさほど変わりはない。採光のための大きな窓がいくつも並び、日本の学校なら校長が長話をする際に使うであろう壇上にあたる部分が豪華に装飾されているのを除けばほとんどそのものと言えた。建物も基本は木造で、この学園が建てられる際日本政府の技術協力もあったと聞くから日本の体育館そのものをイメージして造ったのかもしれない。
講堂内に据え付けられた時計を見る限り、式の時間まではまだ二十分はある。それでも新入生はあらかたこの場に揃っているようだ。生徒達が立ち並び、話し声でそこそこ騒がしい。順番などの案内は見当たらなかったがそれぞれ勝手に日本人とセイラン人に分かれており、更にセイラン人はどうやら貴族と平民とでも分かれているようだった。
「ねえ、これって勝手に並べってこと?」
「そうだろな、教師っぽい大人も奥で忙しそうにしてるし。日本と違ってはこっちはこういうの、適当なんだろ」
「でも貴族の人もいるのに、こんなアバウトでいいのかなあ」
日向と鋼がそう話していると、凛もおずおずと発言した。
「多分、貴族の子弟にだけ目付け役の教師がついているんだと思います」
「へえ。さすが身分の差というか……」
凛の言う通り、よくよく見れば貴族生徒の集団の周りにだけ大人が二人張り付いている。列に加わろうとした平民を追い払ったりする役目でもあるのだろう、多分。実際どうだかは知らないが。
日本人生徒の列へ加わろうとした矢先、長谷川が気安い口調で話しかけてきた。
「なーなー、一緒させてもらってもええ?」
「ああ。……お前らも構わないよな?」
元からの同行者二人が頷き、それで新たに二人を加えた鋼達は列の最後尾へと歩み寄った。列と言ってもどう見ても立ち位置は適当で、かろうじて四角形を保っているだけの雑然とした人ごみに近い。
先程の不良三人組だけが列から離れた後方のスペースに陣取っており、一応彼らからはなるべく離れておいた。
「いやー、良かった良かった。知り合いもいてないし、一人寂しく並ぶ羽目になるとこやったわ」
「ってことは、そっちの有坂とも知り合いじゃないのか」
「ちゃうよー。さっきのは女子がなんか性質悪いのに絡まれてんなー思って、わいが勝手に首突っ込んだだけやで」
どうでもいいが、鋼は一人称が『わい』な関西人を初めて目にした。
「ねえね、さっきのは何であの人達に絡まれてたの?」
日向が有坂に訊いた。
「さあ……? 講堂前で溜まってゲラゲラ笑ってるから、どこにでもこういうのっているんだなーって見てたら、なんか寄ってきたの。無視してたらキレだして」
「有坂さん美人だから、ナンパ的なノリだったのかもね」
「ありがと。て言っても、あなたもそっちの子も、私よりずっとモテそうだけど」
「えええ! ルウちゃんはそりゃあ綺麗だけど私なんか全然普通だよ!」
まあ、同じ学校だった鋼の知る限り、この日向という少女はおよそ色気や恋などとは無縁であるが。しかし人気者だったのも確かで、有坂の言い分にも頷けるものがある。
外見だけで言えば日向はかなり可愛い女の子だ。幼馴染の贔屓目ではなく、これは周囲からそう認識されていたのを鋼は知っている。ただ、モテるのとは少し方向性が違うのだ。
当時から平均より低かった彼女の背は今も高校生に見えないくらいにちびっこいし、それに合わせたかのように胸もない。その上童顔。可愛らしい顔立ちをしていても、その多少子供っぽい溌剌とした性格も合わさって、中学の時は惚れられるというよりは可愛がられるマスコット的扱いを受けていた。
「そっちの子ルウちゃんっていうの? 名前訊いていい?」
「え、ええとあの、村井凛といいます」
「ルウって文字はどっから来たのよ」
有坂の当然の疑問に「え?」と凛が固まった。言葉を紡ごうと口をぱくぱくさせるのを見かねて鋼は口を出す。
「地元だと『リン』って呼び方じゃ他の奴と紛らわしくてな。それでそこの日向が、『リ』と『ル』は似てるからとか意味分からん事言い出してあだ名になった」
「そうそう! というわけで私は各務日向ね。こっちの口悪いのが神谷鋼」
流れるように日向も自己紹介して、ついでに鋼の分も済ませてしまった。口が悪いはどう考えても余計である。
だがそれよりも別の事が気になるようで、有坂も、そして長谷川も驚いたように目を丸くした。
「なー、自分ら皆知り合いなん?」
「ん、まあな。同じ学校」
「それで三人とも今年のパルミナに受かったんか!? 凄まじいなあ……」
「ほんとにねえ」
有坂もまだぽかんとした表情のまま感嘆している。
「日本中から志願者殺到して、去年より競争率すごかったのにね。私の中学でも何人か受けたみたいだけど、受かったの私だけだったのに」
パルミナ騎士教育学園を進路に希望する中学生が今年になって激増したのは有名な話で、これには学校側が急遽受け入れ人数を倍にしたというオチがつく。学園が創設された直後の去年度はまだ異世界の情報があまり出回っておらず、未知の場所と敬遠されたか志願者はそれほど多くなかったのだ。
「ああ、いや。実はそんな自慢できる話でもないんだ」
すごいんだなあこの人達、みたいな視線にさすがに罪悪感がこみ上げて、鋼は正直に白状してしまう事にした。
「帰還者推薦で受けたんだよ」
「え、嘘、初めて見た! へー、神谷君って異世界経験あるんだ……」
この文脈でいう帰還者とは、門を介さずに異世界に一度来てしまい、そして日本に帰って来られた人間を指す。
異世界の存在が知られる以前から、日本では不慮の事故で異世界ソリオンに落ちてしまう人間がときたま現れ行方不明者として数えられていた。帰還が叶うようになったのは最近の話なので、帰還者であるならつい近年にソリオンの地を経験している事になるのだ。
鋼の知る限り、確か帰還者はまだ五十人もいないような希少な存在だ。丁度この学園に入学できる年齢の者など一握りしかなく、そのたった数人のためにわざわざ用意されているのが件の『帰還者推薦』であった。
早い話、帰還者にはこの学園への入学がほぼ約束されているのだ。
他にも帰還者は、その経験を買われソリオン関連の就職の際にはだいたいどこでも厚遇されている。文化の違う異世界に連れ去られ少なくない時間を拘束された帰還者達が、突然日本に戻って来れても元の生活を取り戻すのは簡単ではない。彼らのためのサポートの一環として、そういう特別扱いは公然と認められている。
「それじゃあお二人さんは、推薦とった神谷を追っかけて一緒に受けたんか? もっといっぱい地元からは受けたけど、通ったんは二人だけやったとか?」
「ううん、そうじゃなくて」
日向が長谷川の勘違いに気付いて首を横に振った。
「私もルウちゃんも、帰還者なんだ。三人とも推薦」
「「へ……?」」
驚くのも無理はない。今度こそ硬直した長谷川と有坂を見て、鋼はそう思う。
「ふふふ、びっくりしてるね? 政府の役人さんに聞いた話だと、三人一緒に異世界行って、三人一緒に帰ってきたのって現時点で私達だけなんだって!」
どこか得意げに日向は言うが、三人一緒という偶発的な要素には彼女の意思など何ら介在しておらず、どうして得意そうなのかは謎だ。
「はー……。いや、うん、びっくりした。三人ともってすごいわね。推薦で受かった人数ってそんな何人もいないでしょ」
「……六人って聞きました。私達含めて」
ぼそりと凛が言う。興味があったので、鋼達の面接を担当した役人に訊いてみたのだ。
「じゃあここにもう半分揃ってるのね……。っていうか推薦って面接あったんでしょ? その時に他の帰還者は見なかったの?」
「んー、面接って言っても家に役人が入学案内持ってきて話を聞くだけだったからな」
その場に日向と凛も同席し、明らかに最初から合格が決まっている感じに説明だけされ面接は終了した。手抜きの対応としか思えない。わざわざ役人の方から出向いてくれたのも、出張費目当てではないかと鋼は密かに疑っていたりする。
「何それずるい!」
そう思われるのも当然だろう特別扱いなので、あんまり鋼も帰還者である事は大っぴらに喧伝するつもりはない。長谷川や有坂は気にしなさそうなので口にしたが、真面目に試験をパスした生徒にとって面白くはない話だろう。
「うわーええなあ。多分自分らだけやで、日本から知り合い同士でここに入学できたん。でもちょっと納得したかも」
「納得?」
「なんか見た感じ、三人ともキャラ違うやん? でも結構仲良さそうやから、三人一緒にこの世界来てたって聞いてなるほどなあと」
「仲良しだよー!」と元気よく即答する日向に、鋼も凛も苦笑を漏らす。否定はしないが、堂々と宣言する事かと。
「ああ、そういえばこっちはまだ自己紹介してなかったわね」
有坂が思い出したように言って、ぴっと自分を指差す。
「外で聞いてたとは思うけど、私は有坂伊織。得意は剣道。よろしくね」
気負いない台詞だが、どことなく得意げな表情。見た目はからっとした雰囲気の美少女であるが、歩き方や贅肉など無さそうな引き締まった体つきを見る限り、本当に強い剣士なのではないかと鋼は思った。異世界での経験から、鋼は相手の力量を読むのにそれなりの自信がある。
「剣道!? すごーい! それで騎士を目指してるの?」
「まあね。騎士じゃなくてもいいんだけど、日本じゃ剣の腕なんて使い道ないから。魔法とかもあるみたいだし、こっちの世界で色々と自分の可能性探ろうかなーってね。あなたは?」
問われた長谷川は「わいの番か」と胸を張る。
「わいは長谷川省吾。省吾とかショウちゃんとか好きに呼んでや。得意は……んー、なんやろ。勉強よりは運動やけどな」
なはは、と笑う。人好きのする笑顔で、裏に悪意を隠しているとかそういう印象は受けない。背が高いがあまりがっしりした体躯でもなく、いい意味で周りの力を抜いてくれる少年だった。
「あ、そうそう。ネタバレしてまうと、実はわいも帰還者やからよろしくなあ」
「「え……」」
油断している時にさらりと爆弾発言が出たものだから、あやうく聞き流しかけた。
「ちょ、ちょっと何それ!? あなたも推薦? ってことはここにもう六人中四人いるじゃない! 私以外全員だし!」
「そうなるなあ。あとの五人気になってたから、もう三人出会ってびっくりしたでほんまに」
「私もびっくりしたわよ! じゃああなた達、こっちの世界の魔法とかも知ってるわけ? どんなのあるのか教えてよ」
「魔法も学校で習うんちゃうか?」
「学校でやるようなの以外も興味あるの! 特に実戦で使えそうな奴」
「物騒やなあ……。自分異世界飛ばされてたら絶対わいより適応しそうやで」
意外な事実に鋼達は「はー」と感心しつつ。テンションを上げる有坂に水を差すように、講堂内に教師と思しき大人達が入ってくる。
そろそろ時間なので、さすがに列の整理などをやるらしい。壇上にも教師が現れマイクのセッティングを始めた。時計もそうだが、日本産の技術はちゃんと取り入れられているようだ。
私語を慎むように、というお達しがなされ、いかつい教師が生徒達を睨みすえるので、新入生同士の会話はそこでお開きとなった。
少し待たされ、そして入学式が始まる。
最初はほんの少し期待していた鋼だが、五分も経つ頃には気付いてしまった。『異世界の』と頭についても、所詮は入学式だと。
つまり日本のものと何ら変わらず、非常に退屈な行事であった。
――クラス分けはどうなるだろう?
こちらでも定番らしい校長の長話を、あくびをかみ殺しながら聞き流しつつ。鋼はそんな事を考え続け、退屈な時間をやり過ごした。