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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第二章・魔物狩り
38/75

 36 ある老騎士の回想・3


 それにしても本当に若い。

 改めて五人を眺めてみて、まだ子供ではないかという印象が強まる。

「どうやら貴殿らには、助けられたようだ」

 動ける部下達に被害の確認と負傷者の治療を指示し、カシュヴァーはひとまず彼らに礼を言った。

「別に通りがかっただけで何もしてないが……」

「むう、そうか。ならば、貴殿らが通りがかった事に礼を言わせてもらいたい」

「いやまあ、それも別に要らんが……」

 やや不遜な言葉遣いで少年が遠慮の無い受け答えをする。年季の入った貴族であり王都暮らしの長いカシュヴァーにとって、かなりの年の差がある若者にこのような態度を取られるのは実を言うと新鮮な体験であった。

 少年はカミヤとだけ名乗り、カシュヴァーも自身の名を告げる。カミヤの後ろに控える四人の少女達の紹介は特に無かったが、こちらも部下をいちいち紹介などしていられないのでお互い様だ。

 見たところ銀髪の少女一人を除き全員が黒髪だったので、帝国の冒険者達かと当たりをつける。グレンバルド帝国はセイラン王国の東に隣接する国家であり、両国の北に接する形で東西に横たわるのがこの山脈だ。中々ない偶然だろうが、他国の者と遭遇してもおかしくはない。

 冒険者にしても五人は異様に若いとは思うが、あまりそういった業界に詳しくないカシュヴァーは、何らかの事情で幼い時分からそういう生活をしている者もいるのだろうと納得しておいた。

「ところであんた、腕痛くねえのか?」

 少年に指を差されカシュヴァーが視線を下ろすと、変色し腫れ上がっていた自分の右腕が目に入る。

「むう、これは。少なくとも、骨にひびが入っている、だろうか……」

 こんな状態では竜脈草の探索はより厳しくなるだろう。

 ようやく満身創痍の己の現状を思い出し、痛みと疲労にふらつく。「すまない」と少年に告げカシュヴァーは地面に座り込んだ。副官のレイキアが目ざとくそれに気付き、「カシュヴァー殿!」と手当ての為に駆けつけてくる。

 別にこの場に用はないし立ち去ってもいいのだが、という顔で迷っていたらしい少年だが、一つ息をつくと少女達にも声をかけ、その場に腰を下ろす。ついでに、剣らしきものを持っていたが乱暴な事にそれを地面に突き刺して置く。四人の少女もそれに倣い、彼らはしばしの間騎士達の手当ての様子を眺めていた。


 応急処置を施してもらったカシュヴァーは背筋を正して少年達に向き合っていた。

 その隣ではレイキアも頭を下げている。

「……改めて礼を言わせてもらいたい。貴殿らのおかげで、多くの部下の命が守られた」

「いやそんなの別にいいって。さっきも聞いたし」

「だが部下達の命が失われる瀬戸際だったのだ。感謝してもし足りないという事はあるまい。心より感謝している」

「……」

 部下の命と聞いて思うところがあったのだろうか。少年は言い返さず口を噤んだ。

「素直にお礼の言葉くらい受け取っておいたら? どこぞの男達よりかは助けた甲斐があったみたいで良かったじゃない」

 からかうような口調で少女の一人が言い、少年はどこか照れくさそうにそっぽを向いた。

 本心から感謝しつつも、カシュヴァーはこうも思っていた。――それにしても奇妙な子供達だ、と。

 少女達は基本的に少年の後ろに控え、あまりこちらに干渉する気が無いのが見て取れる。ただ少女達同士はのんびりとした会話などをかわしていて、それだけを見ているとそれなりに年相応の子供らしく思える。

 しかし遠目に見た程度だが駆けていた時の強化された脚力は全員相当なものだったし、何より〈竜骨ガシラ〉が逃げ出す相手がただ者であるはずがない。奴らが逃走したのはただの偶然だろうとはどうしても思えなかった。

 ……それに。

 何度か発言している少女から、今も魔術活性化の気配が届いていた。態度からは見えないのだが、警戒を解いている訳ではないと分かる。

 ふと。少年が右方に首を巡らせた。

 カシュヴァーを大いに驚愕させたのは、同じ瞬間に残りの少女達も全員がその挙動を示したからだ。誰が早かったとかではなく。本当に同時に、五人の子供達が一斉にある方向に顔を向けたのだった。

「どうしたのだ?」

「この大きさは……、『トカゲ』ね。一匹よ」

 黒髪の少女の言はまるで魔物の姿を見つけたような口ぶりだった。カシュヴァーもそちらに目をやるが特に何も見つけられない。遠くまで見渡せる場所なのでますます意味が分からず、一体彼女は何を言っているのかといぶかしむ。

 だがすぐに言葉の正しさが証明された。

 五人の視線が共通して向かっている場所をこちらも観察していると、そこに突如魔物がぬっと顔を出したのだ。出所は傾斜となっていてここから見えなかった位置からだった。幸いにもまだまだかなり離れている。

 この出来事はカシュヴァーにとってかなり衝撃的であった。

 注意力、察知能力というものは護衛が主任務の飛燕隊にとって最も重要な能力の一つだ。それがここまではっきりと、子供達全員と差があるとは。

 その上、現れた魔物も問題であった。

「ト、トカゲどころか〈陸亜竜〉ではないですか!?」

 レイキアが狼狽の声をあげるのも無理はない。でなければカシュヴァーが似たような事を口走ったであろう。

「く、こんな状況で厄介な……」

 今は竜骨にやられた負傷者の内、半数ほどの応急処置がようやく終了したところだった。戦えない怪我をした者も少しいる。馬車だって横倒しになったまま。そしてカシュヴァーも、全力で剣は振れないだろう。

 万全には程遠いこのような状態で、果たしてあの強敵を打ち破る事が出来るのか。

 ちらりとカシュヴァーは少年達に目をやった。

「助力を期待してもいいのであろうか?」

「あー……。いい、いい。座っとけ。俺達がやるさ」

「しかし……!」

「さっき何もしてないのに感謝されたんだ、その分くらいは実際に助けてやるよ」

 手の平をひらひら振りつつ、なんでもない事のようにカミヤは請け負った。本当にたった五人であの魔物を仕留められるというのか。困惑しつつもカシュヴァーの中では期待が勝ち、任せてしまう事にした。この場所を堂々とうろついていたのだ。どうにも想像しがたいが、少年達なら〈陸亜竜〉にも勝ってしまいそうな気がする。

 魔物がこちらに気付き、遠くで突進の構えを取る。

 あれはまずい。慌てて全員に避難の指示を与えようとしたカシュヴァーだが。


「って事で、任せた(・・・)


 カミヤが放ったその意味不明な一言に思わず口を閉ざした。

 四人の少女が一斉に立ち上がる。銀髪の少女が「任された!」と元気良く返し、淑やかな少女が「はい」と控えめに返事し、表情の乏しい小さな少女が「了解」と口にする。先程から魔力を活性化させていた黒髪の少女だけは「全く人使いが荒いんだから」と口を尖らせていたが、特に不満に思っているわけでは無さそうだ。

 ようやくカシュヴァーにも理解が及んだ。

「貴殿ら、全員で戦わないのか!?」

「まあな」

 信じられない事に、四人の少女を送り出した少年はあくまで悠然と座ったまま本当にその場から動かなかった。亜竜が突進を開始する。

「何を寛いでいるのだ! 戦闘に参加しないにしても、あの竜の突進は止められん! 総員、回避の準備を!」

「要らん。そもそも今更だろ。怪我人担いだ状態であんたら避けれんのか?」

 ぴしゃりと言い返され言葉に詰まる。その通りだった。いくら退避させても、その怪我人がいる場所を狙われれば同じ事だ。突進に対し回避でしか対処できないカシュヴァー達にとって、この状況そのものが『詰み』の状態と言えた。

「それは……」

「いいから見てな。おっさん、あいつらの強さナメてるだろ」

 そこまで言われて、しかも言った本人は何も不安など無いとばかりに座っているのだ。言い返せる言葉があるはずもなく。しばしの逡巡の末カシュヴァーは少年のすぐ近くに腰を下ろした。レイキアや周囲の騎士が驚いた顔をするが、彼女達も恐る恐るそれに倣う。

 少女達は気負いのない堂々たる歩調で、緩やかに敵に向かって歩いている。

〈陸亜竜〉の巨体が迫ってきていた。



 歩みを止めた少女達の内、銀髪の少女だけが前に出る。

 敵に対して少女はあまりに小さかった。避けられはしても、あの程度の少人数で〈陸亜竜〉の質量を受け止めるのはやはり無理があるように思える。とはいえここまで来れば、少年の言葉を信じて静観するしかない。

「まさか一人で? そんな、無茶ですよ……!」

 レイキアが慌てたように言うが、カミヤは黙って見てろとばかりに無視した。

 銀髪の少女の眼前に、彼女自身より一回りほど大きい魔法陣が出現する。同時に持っていた剣を手放した。そこに〈陸亜竜〉が目をぎらつかせながら接近してくる。

 だが、何も起きない。

 何かすごい大魔術が飛び出すのだろう。そう期待していたのに、一向にそれが発動せず騎士達が慌てた声をあげた。もはや巨体の影に少女達が呑み込まれようとしている。魔術が発動しても、間合いが近すぎてそのまま押し潰されるような距離にまで敵の突進は近づいていた。

 もう、次の瞬間にはぶつかる。

 レイキアが痛ましい悲鳴をあげる中、カシュヴァーは努めて冷静に観察を続けていた。カミヤや少女達は全く落ち着いていたからだ。

「……《竜拳(りゅうけん)》」

 銀髪の少女は聞いた事のない術式名を呟きながら、一歩前に踏み込み、右腕を振りかぶる。

 何故、とカシュヴァー達は揃って思った。

 魔術を使うのではないのか。それではまるで、亜竜に対し殴りかかっている(・・・・・・・・)ようではないか。

 突進してきた巨体と少女の拳が、魔法陣と重なるように接触する。

 そうしてカシュヴァー達は、あまりに常識外れな光景の目撃者となった。

「グギャッ!?」

 轟音と共に〈陸亜竜〉が仰け反ったのである。

「「「は?」」」

 一人や二人ではなく、騎士達は皆一様にそう呟くしかなかった。この時ばかりはカシュヴァーも例外ではなかった。

 亜竜を殴りつけた少女も衝撃を受け止めきれず、ざあっと地を滑りながら後退する。それだけ(・・・・)だった。その程度で、少女には怪我らしい怪我もなく亜竜の突進は止められた。

 自分よりずっと小さな存在に力づくで殴られたという異常を〈陸亜竜〉も認識できているようで、警戒するように少女達から距離を取る。大型の魔物がこのような挙動を取るのを見るのは騎士達にとって初めての事だった。

〈陸亜竜〉が大きく息を吸い込んだ。

 そうだ。この魔物は火を吐くのだ。

「炎か……!」

 この場にいて巻き込まれないか咄嗟に心配したカシュヴァーだが、相変わらず気楽な様子のカミヤを見て座り直す。驚きを通り越してなんと反応していいか分からないが、きっとどうせあれも防ぐのだ。

 次に少女達の前へ、〈陸亜竜〉に向かって飛び出したのは淑やかな印象の少女だった。そこそこ大きな魔法陣を二つ両の手に展開している。

 亜竜が炎の渦を吐き出した瞬間、包み込むように展開された《圧風》らしき魔術がそれらを無理やり押し返す。

 自身の炎に巻かれて魔物が絶叫した。

「なるほど……。相手の攻撃を利用して、最小限の魔力で……」

 感嘆したようにレイキアが呟いていたが、問題はそこではない。それなりに魔術の修練も積んでいるカシュヴァーは今の攻撃の異常さが良く分かった。離れていても届くというあの炎は、易々と押し返せるものでは無いはずだ。それを一方的に返すのだから、今の風魔術には結構な威力が込められていると分かる。それをあの少女は、強化を使って駆けながら宮廷魔術師顔負けの速度で展開したのだ。

 あんな芸当が可能であればどんな騎士でも彼女には勝てない。大きな魔術を行使する際に隙を作ってしまうのが魔術師という人種の最大の弱点だ。それが彼女には見受けられない。魔術師以外に対処できないような大掛かりな魔術を、敵から逃げながら、或いは追いかけながら発動できる魔術師。純粋な戦士にとっては悪夢のような存在だろう。

 炎に焼かれ悶え苦しむ亜竜に、小柄で表情に乏しい少女が背後から接近する。カシュヴァーが騎士隊長として自信を無くすような、惚れ惚れするほどの速さと身のこなしだった。尻尾の方から魔物の体を駆け上がり、手にしたナイフを背に突きたてる。〈陸亜竜〉が苦しむように身を仰け反らせて硬直した。恐らくは《電撃》の術式だ。たまたまカシュヴァーは知っていたが、使い手がほとんどいない珍しい魔術である。

 そして最後の少女は既に魔物の懐に潜り込み準備を終えていて、動きを止めた亜竜に至近距離から大きな《穿風》を叩き込んだ。

 首にざっくりと大きな傷が入り、喉から呼気を漏らしながら〈陸亜竜〉が死の痛みにのたうつ。そこへ炎を先程押し返した少女が大掛かりな《圧風》を叩き込み、その直後に(とど)めとばかりに銀の少女の飛び蹴りが入った。

 斬られ、叩かれ、押し込まれ。流れるような一瞬の連携で、亜竜の首が千切れ飛ぶ。

 血を吹き上げながらその胴体が、どうと倒れ伏した。

「言う事なしだ」

 カミヤがそう評価を下す。

 勝つのを期待はしていたが、ここまで呆気ないものだとは予想出来ず、カシュヴァーは絶句していた。

 昨日騎士と魔術師が十八人がかりで取り囲み、苦戦しつつも倒した魔物が。

 ほんの二十秒足らずで絶命し、物言わぬ死体となって転がっていた。



 ◇


 コトコトと、馬車が揺れている。

「カシュヴァー? 眠っているのですか?」

「いいえ、姫様」

 かけられた声にすかさずそう答え、カシュヴァーは閉じていた目を開いた。

 揺れの少ない最高級の馬車は客室の装いもそれにふさわしいものだった。絨毯敷きの床の上に丸机と椅子が置かれ、隅には簡素な厨房まで備えている。待機しているのは専属の侍女だ。王族が利用するものなので、快適に過ごせるよう最大限の工夫と配慮がなされている。

 気品ある少女がカシュヴァーの向かいに座っていた。

 眩い金色の髪に碧い瞳。絵に描いたようなセイラン人貴族らしい容姿の、儚げな雰囲気をまとう少女である。カシュヴァーが仕えるセイラン王国第二王女、ヒータ=トネト=ヴェルニア・セイリアスその人であった。

 たとえ騎士隊長といえども本来なら同席するのは憚られる立場の方だが、ヴェルニア殿下は身分の差にあまり頓着しない。カシュヴァー自身彼女との付き合いが長く、私的な場で距離を取られるのを殿下は嫌がると知っているので、今だけはこうして対面の席に落ち着いているのだった。

「なんだか懐かしい夢でも見ているかのような顔をしていたものですから……。眠っているのかと思いました」

「いえ、少し昔の事を思い出していただけです。何か御用でしょうか?」

「いいえ、眠っていないのならお話したいと思っただけですわ」

 いたずらっぽくカシュヴァーの仕える姫は笑う。

「二年前に亜竜山脈で出会い、助けて頂いたという方々の事ですか?」

 そのものずばり言い当てられ、カシュヴァーは目をぱちぱちと(しばたた)かせる。少なからず驚いていた。

「姫様の洞察力には驚かされます」

「ふふ。あなたがそのような顔をして思い出すのは、決まってその時の事ですもの」

 そうなのだろうか。いまいちぴんと来なかった。そう頻繁に、あの五人組を思い出してなどいないはずだ。

 確かにあの不思議な出会いは、カシュヴァーにとって忘れられない印象的な出来事ではあるかもしれないが……。


 あれから二年。

 こうして長距離の移動にも耐えられるほど、ヴェルニア殿下は健康な体を手に入れていた。

 ひとえに竜脈草のおかげだった。二年前、誰一人欠ける事なくカシュヴァー達はあの薬草を手に、王都への帰還を果たせたのだ。

 この成果を受けて国民は沸き上がり、その後の殿下の病状の快復も知れ渡り、カシュヴァー達分隊の面々は英雄のような扱いを受ける事となった。

 その裏に常識外れの五人組の協力者がいた事を知る者は少ない。カシュヴァー達が意図的に隠したわけではないのだが、素性の知れぬ者達の助けが無ければ全滅していたと正直に広めても益は無い。そう判断が下され、五人組については秘される事となったのだ。

 そうして非の打ち所のない騎士の英雄譚が国民に広まってしまった。

 カシュヴァーとしては複雑な心境だった。

「わたくしも会ってみたかったですわ。わたくしと騎士の方々の命をどちらも救って頂いた恩人ですもの」

 一つ救いがあるとすれば。

 それはヴェルニア殿下が真相を知ってくれている事であった。

 彼女には全ての経緯を余さず伝えている。カシュヴァー達だけではとても生き残れなかった事。少年達に助けられて以降、情けなくも彼らに頭を下げ、しばらく行動を共にしてもらった事。そのおかげで負傷者がいるにも関わらず、竜脈草を多数確保して安全に山を下りられた事。その全てを。

 仕える姫に嘘をつき、情けない実態を隠し、勇敢な騎士に対する不相応な尊敬を受ける。そんな事になればきっと、カシュヴァーの中の騎士の誇りは死んでいた。それなら幻滅される方がずっとましだった。だから山脈での経緯を、せめてヴェルニア殿下には詳細に語って聞かせたのだった。

『それでもあなた達が、わたくしのために死を覚悟してくれた勇敢で忠実な騎士である事に、何の変わりもありません』

 殿下は迷いなくそう言って、感謝と尊敬を向けてくれた。それにカシュヴァーがどれだけ救われた事だろう。

 そして以来、恐らく年齢も彼女と近いであろうその不可思議な五人組に殿下も興味を持ったようだった。時折その五人の話をカシュヴァーにせがんでくる程である。

「可能なら私もまた会いたいものですが、どこにいるのかは見当も付きません」

「聞く限り物凄い方達ですものね! カシュヴァーが竜脈草を探しているとその方達に告げた時、返ってきたという言葉には笑ってしまいました」

「ああ、あれはさすがに、忘れようにも忘れられませんな……」

 思い出してカシュヴァーがげんなりした顔になり、ヴェルニア殿下は心底おかしそうに笑う。

「『竜脈草? ああ、あれを探してんのか。俺達もよく食うよ。あの結構美味い草だろ?』でしたっけ。本当に凄い方達ですよね!」

 あんまりに常識外れであるからか。あの五人組の話は、共に亜竜山脈に赴いた同僚達との間でも盛り上がる話題だったりする。面識の無い殿下ですらこの通り楽しそうに話すのだ。そういう所もまた、不可思議な連中だと言うべきだろうか。

「殿下」

 第二王女殿下専属のカシュヴァーとも付き合いの長い侍女が、御者台から何事か告げられてこちらにやって来た。

「あと半刻ほどでパルミナに到着するそうです。そろそろ御準備を」

「分かりました。カシュヴァー、この話は今日はここまでですね」

「は。では私は御者台の方へ」

 立ち上がり馬車の前へと移動しながら。つい二年前をしみじみと思い出し、カシュヴァーは目頭を熱くする。

 ――本当に。姫様はお元気になられた。

 こうして公務の為、王都とパルミナを行き来する事もしばしばだ。病に伏せっている頃からは考えられない程、近頃のヴェルニア殿下は精力的に動き回り王族の務めを立派に果たしていた。いまや若い身でありながら日本との外交における親善大使だ。象徴的な役職であり本当の調整役は別にいるのだが、将来的にはより多くの仕事を彼女も任される事になるだろう。

 日本文化の愛好家でもあるヴェルニア殿下にこれほどふさわしい役職はそうは無い。今の立場にやり甲斐を見出しているらしい彼女を見ていると、カシュヴァーも我が事のように嬉しくなる。

 何もかも順風満帆だった。

 ちなみに王女殿下は、文化交流のためと本人の希望から、来年よりパルミナ騎士教育学園への入学も決まっていた。



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