35 ある老騎士の回想・2
なんという巨体か。
一目見てカシュヴァーはそんな感想を抱く。遠目でもその威容が感じ取れるほど〈竜骨ガシラ〉は大きな魔物だった。昨日交戦した〈陸亜竜〉より更に、一回りか二回りは大きい。全長は騎士の中でも長身のカシュヴァーの五倍位あるだろうか。
ずんぐりとした体格の四足獣で、表皮は見ていて気分が悪くなるような生々しい紫色だ。いや、確かあれは、聞いた話によると筋肉が剥き出しになっているのだったか。奇怪な事に、その外側を覆うように肋骨のような骨格があり、骨の内側に筋肉があるという状態である。
魔物は魔素や魔力を変質させて何らかの作用を起こし、往々にして人間の常識から逸脱した姿を取る事があるが、〈竜骨ガシラ〉もその典型といえた。倒した者から聞いた貴重な情報によると肉の内側には更にちゃんと骨があるらしい。密度の高い筋肉と二重骨格によって、外見からは計り知れない耐久力を備えていると聞いている。
亜竜の頭蓋骨じみた黄色がかった骨格が頭部も保護しており、それが名前の由来だとは一目で知れた。
「気を抜かず全力でかかれ! 『竜骨』相手に魔力を節約する必要はない!」
魔物を一般的な略称で呼びつつ注意を喚起する。〈竜骨ガシラ〉もとい竜骨はまだかなり離れた位置におりその程度の猶予はあった。待ち伏せや奇襲を受けなかったのは幸運だろう。お互い正面からばったり遭遇したのが今の状況らしかった。
少しだけ散会した騎士達がじりじりと距離を詰めていく。
対して竜骨の方も、のしのしとゆったりとした動きでこちらへ歩いてきた。思ったよりもかなり慎重だ。
「総員警戒を怠るな! 不意打ちや駆け引きが出来る程度には知恵のある魔物だ!」
カシュヴァーが再度注意を促すのと、竜骨が足を止めるのはほぼ同時だった。
彼我の距離はまだ50メルチ(=ほぼ50メートル)ほどある。そこで魔物はぱかりと口を開いた。
ぞろりと生え揃った牙の隙間から、ぞっとするような暗闇が覗き見えた。
「砲弾っ!!」
カシュヴァーの声に反応し、すぐさま《障壁》を展開したのは騎士のおよそ半数に過ぎなかった。残り半分は無駄な魔術行使を嫌ったか、自分が狙われていると確定するまでは様子見するつもりだったのだろう。
竜骨の口から、白みがかった半透明の球体――《魔弾》と似た原理で固めているのであろう魔力の塊が放たれる。
連続で、五つ。共通して《障壁》をまだ張っていなかった、それぞれ別の騎士を狙っていた。
〈陸亜竜〉の突進に勝る魔力砲弾の速度に咄嗟に反応できず、騎士の一人が吹き飛ばされる。二人は横に飛びそれを回避した。狙われた残りの二人は、準備していた《障壁》を瞬時に展開し砲弾に間に合わせた。
間に合わせたのだが。
薄紙でも破るかのように魔力砲弾が《障壁》を貫通した。
「ぐはっ」「かっ」
二人の騎士が打ちのめされ、後方へと吹き飛ぶ。他の騎士達に走りかけた動揺を「奴に隙を見せるな!」とカシュヴァーが一喝し抑えた。間を置かず竜骨が再度口を開く。
今度は騎士も魔術師も全員が目前に障壁を張り、更には回避のために身構えたのだが、いつまで経っても攻撃が飛んで来ない。
「……?」
一人の騎士が恐る恐る《障壁》を解除する。
途端、竜骨はその騎士に狙いを定めたかのごとく顔を向け、より大きく口を開いた。
「うわぁっ!」
慌てて騎士がその場を飛びのく。しかしやはり、砲弾は飛んでこなかった。
口を閉じた〈竜骨ガシラ〉が、カシュヴァーの目にはニタリと笑ったように見えた。
――遊ばれているのだ。
「馬鹿にしやがって!!」
宮廷魔術師の一人が一抱え程もある大きさの《火矢》を放つが、さすがに距離が遠い。横を向いて跳躍した竜骨は易々とそれをかわした。敵が着地した地点に二発目、三発目と攻撃が放たれていくが、全て避けられてしまう。
「魔力を消耗させる作戦か……!?」
魔術師が攻撃を止めれば、相手も様子を見るようにその場に留まる。竜骨は明らかに積極的に攻める気が無さそうだ。
この魔物は知能が高い。だけでなく、狡猾でいやらしい戦い方を得意とするらしい。魔力切れを狙っている可能性は十分あり得る。
ならばと、騎士達が剣を握り前進する。遠距離からの魔術攻撃は魔力の消費が激しい。消費する魔力と期待できる威力の関係において最も効率的な術式は《身体強化》であり、魔力をあまり使わず戦うのであれば接近戦に持ち込むという判断は妥当なものだ。
だが何か、嫌な予感と言うべき不安がカシュヴァーの胸中に湧き上がってきた。
「まだ近づき過ぎるな! もうしばらくは離れて魔術で攻撃して様子を見ろ!」
じりじりと半分ほど距離を詰めたカシュヴァー達は扇状に広がり、敵を包囲していく。その間〈竜骨ガシラ〉は不気味な程その場でじっと大人しくしていた。有利な陣形を手に入れたはずなのに、まるで相手にそうさせられているかのような不安感がカシュヴァーの中で更に膨らむ。
自身の王族警護の分隊長に任命される実力、ひいてはそこから来る直感。
それを信じ、カシュヴァーはあろう事かこの状況で振り返った。
馬車が忍び寄るもう一匹の〈竜骨ガシラ〉に襲われようとしていた。
「目前の一匹から注意を逸らさずに聞け! 背後に――」
冷静さを努めて保ちながら、場の全員に状況を告げようとして。
それを阻止するように、最初の一匹がカシュヴァーに対し突進してきた。
「隊長っ!!」
すぐさま向き直りカシュヴァーは悟る。避けられない、と。
〈陸亜竜〉を超える巨体が、〈陸亜竜〉よりも速く迫っていた。いくら戦闘に特化した魔物とはいえ、純粋な身体能力で出しているとは考えづらい常識外れの速度だった。まるで魔物の癖に《身体強化》の魔術まで使っているかのような。
カシュヴァーは待機状態にしていた己の魔術を解放する。
目前の地面から《障壁》が立ち上がる。その前に更に一枚。駄目押しにもう一枚。
透明度の違う、つまり硬度と性質がそれぞれ異なる事を示す《障壁》が三枚、カシュヴァーの前に重ねて現れた。
《多層障壁》。
性質の異なる三枚の壁は、ただ分厚くした一枚の《障壁》よりも比べ物にならない防御力を発揮する。柔らかい壁が最も外側にあると砕けながら衝撃を逃し、二枚目以降にほとんど威力を通さないのは、原理が分からずとも魔術師達の研究で知られている事だった。
それなりに高等な魔術だが、カシュヴァーはそれを待機状態にした上で、更に体からはみ出るはずの魔法陣も『分割収納』して隠していた。そうそう誰にも真似できない難易度の高い芸当だが、これでも騎士団の隊長格。この程度はやってみせる。おかげで完全に魔物の不意をつく形で、一瞬で《多層障壁》が展開出来たのだ。
これだけでなく、カシュヴァーの近くにいた騎士達も僅かな時間に《障壁》を発動させて竜骨の進路上に設置してくれた。彼らは本来魔術よりも近接戦を身上とする騎士だが、《障壁》系統の魔術適性も総じて高い。王族の警護担当である飛燕隊には必須とされる技能なのだ。
だからやはり、《障壁》が脆いのではない。竜骨がおかしいのだ。
突撃してくる竜骨を前に、《障壁》が触れる前から砕けていく。
――《障壁》同士の相殺か!
推測もまじえてカシュヴァーはそのカラクリを即座に看破した。事前の情報から《障壁》を使える魔物だと聞いていなければ見破れたかは怪しいところだ。恐らくは突進しながら、《障壁》の前でだけ自身も同じ魔術を展開し、ぶつけ合って魔力ごと消滅させている。
背後から馬車が攻撃される音と御者の悲鳴が届いてくるが、構っている余裕は全くない。目と鼻の先まで迫った大きすぎる魔物の肉体は、カシュヴァーの《多層障壁》までも容易く砕いて見せた。
――だが僅かに速度が落ちている!
かなりの魔力を注ぎ込んで頑丈な壁にしておいたのは正解だと悟りながら、カシュヴァーは強化された脚力で跳躍した。《多層障壁》は他の騎士達の《障壁》のようにはいかなかったようで、相殺しきれなかったのを寸前に確認している。確かにカシュヴァーの魔術は奴の体にぶつかり、ものの一瞬で砕かれはしたが僅かに減速させていた。
それまでの慣性を生かしきれず、確実に今この瞬間、突進の威力は落ちているはずだった。
それでもそのまま地面にいれば結局は巨体と重量に任せひき潰されていただろうが、カシュヴァーは真上へと飛んでいた。己の剣を抜き放ち竜骨の頭部へと構えを取る。剣にまとわせる形で、既に高密度の《障壁》も展開を終えていた。
亜竜の王と人間である騎士隊長が、正面からぶつかり合った。
「ぐむぅっ!」
衝撃が全身を突き抜ける。
ごく当然の結果として、カシュヴァーは空中を跳ね飛ばされた。
耐久力重視で《障壁》の硬度をひたすらに高めた弊害で、正面から斬りかかったというのに竜骨には傷一つ与えられていない。だが今はそれでいい。代わりにこちらも、飛ばされはしたが全くの無傷で済んだのだから。
魔物の強さを示すギルドの格付けでも〈竜骨ガシラ〉は最上級に位置している。その突撃を凌いだだけでも上出来というものだ。
――問題は、他の騎士達に同じ真似が出来るかという点か。
カシュヴァーは一行の中で最も強い。それでこうまで余裕が無いのだから、他の騎士達は竜骨の突進に対処できないかもしれない。
「隊長っ!!」
一瞬の思索は致命的な隙だった。切羽詰った副官の声をカシュヴァーは聞いていたが、突進をまともに受けてこちらが飛ばされたのだと彼女が勘違いしたのだろうと思っていた。
いまだ空中にいるカシュヴァーは仰け反りながら、意識せず己の飛ぶ先の光景を目にする。
眼下には馬車を蹴倒し足をかけた状態の二匹目がいて、こちらに向かってパカリと口を開けていたのだ。
「な」
魔力砲弾が射出され、為す術のないカシュヴァーの胴体を直撃した。
◆
――生きている。
朦朧とする頭で、全身を巡る鈍い痛みを自覚する。
ぐらつく己の視界には、必死になって立ちはだかる騎士の後ろ姿。いまだ鈍い己の思考をカシュヴァーは叱咤する。早く。一刻も早く。起き上がらねばならない。状況を思い出せないが、その意識だけは強くあった。
徐々に意識が鮮明になってくる。カシュヴァーの世界に音が戻り始める。
聞こえてくるのは悲鳴ばかりであった。
魔力砲弾を受けてしまった直前の記憶が、ようやく脳裏に蘇る。
「……ぐ」
戦闘中に意識を手放すなどなんたる不覚か。まず今の状況を把握せねばならない。まだ上手く動かない体をそれでもなんとか動かして視界を確保する。
カシュヴァーの目前で騎士が倒れ伏す。その直線上、離れた位置に〈竜骨ガシラ〉がいた。
その口から魔力砲弾が発射され、こちらへと迫る。
「カシュヴァー殿をやらせはせんっ!!」
叫び、視界の外から新たな騎士が割り込んできた。副官のレイキアだ。剣を構え《障壁》を張り巡らせ、カシュヴァーをかばうように立ちはだかる。
砲弾が一撃で《障壁》を砕く。
貫通してきた魔力砲弾を剣で受け、レイキアは苦悶の声を漏らしながらもそれを逸らしてみせた。見事な剣術だった。
だがすぐに竜骨が二発目を放つ。《障壁》が間に合わず、レイキアはまたもそれを剣で受けた。だが今度は踏ん張れず吹き飛ばされ、カシュヴァーを越えて視界の外へと消えて行った。呆気なく砕けているように見える《障壁》はちゃんと効果を発揮していて、あれが無い状態では砲弾を受け止めきれないのだ。
また別の騎士がこちらと竜骨の間に立ち《障壁》を駆使してなんとか持ち堪えようとするが、厳しい戦いと言わざるを得ない。あれは障壁貫通力に特化した遠距離攻撃だ。
「馬鹿者、避けろ! その攻撃を受けるのは無謀だ!」
「意識が戻られたんですね隊長!」
騎士がもう一人やってきて、カシュヴァーに肩を貸し立ち上がらせようとしてくれるが。別の角度から撃ち込まれた魔力砲弾を受けて昏倒する。二匹目の〈竜骨ガシラ〉が右斜め前方にいた。先に見つけた方と同じくらいこちらから距離を取り、倒れた馬車を物色している。あれが気まぐれに放った攻撃らしい。
何故わざわざ、一方的に蹂躙できるはずの奴らが遠距離攻撃に徹しているのか。
理由を考えて、ようやくカシュヴァーは今の状況を過たず理解する事が出来た。
――奴らは遊んでいる。
よく見てみるまでもなく竜骨達はカシュヴァーしか狙っていない。そしてあの砲弾は、避ける事が出来ても防御しきる事は難しい。
竜骨達は分かっているのだ。カシュヴァーを狙えば、騎士達は自ら盾となり当たりに来るのだと。
「私の事はいい! 受けるな!!」
必死にカシュヴァーは怒鳴るが騎士達は聞かない。次々と凶弾を受けて倒れていく。
宮廷魔術師達も炎や風の魔術で奴らに攻撃しているものの、その全てが《障壁》で打ち消されていた。距離があるほど魔術は威力が減衰する。いかに宮廷魔術師といえどもここから《障壁》を貫通させるのは容易ではない。
業を煮やした魔術師の一人が完全に立ち止まった。時間をかけて準備すれば、大規模な魔術を展開して奴らの《障壁》を割るのも不可能ではないからだ。結果としてその判断は誤りで、魔術を察知した竜骨がすかさず放った魔術砲弾の餌食となってしまった。
もはや立っている騎士は数人にまで減っていた。そうなっても竜骨達はあくまで、遠距離からじわじわとなぶり殺しにするつもりのようだった。
表情など無いはずの獣の顔が、愉悦で醜く歪んでいるように見えた。
――狡猾で、いやらしい。
――遭遇すれば二度とルデスの地を踏む気は失せるだろう。
冒険者達が〈竜骨ガシラ〉について話していた内容が思い出される。
「ぐ、おおおおおおぉぉっ!!」
ふらつく体を叱咤し、痛みを無視して。いまだ握っていた剣を支えにカシュヴァーは立ち上がった。
「負けて、なるものかっ!! これ以上同士達をやらせはせんっ!!」
真っ先にやられ、部下達に命を削って守ってもらって。
なんと己の、無様な事か。
何よりあんな醜き性根の奴らに、これ以上部下達が傷つけられるのは我慢ならない。
「私が相手だああああぁぁぁっ!!!」
魔力砲弾がカシュヴァーに対して放たれる。
――もはや、ここまで。私達の勝ちはないだろう。
一国の精鋭を集めても、最強と称されるこの魔物にはまだ届かなかった。それだけの事。
――だがそれでも。一矢報いる!
己の全てを込めて斬り上げた剣が砲弾を跳ね上げ逸らす。両腕に激痛が走るが歯を食いしばって堪えた。
「総員、聞け! まだ動ける者は順次、この場を離脱するのだ! 私はこいつらの相手をするために残る。生き延びた誰かが竜脈草を見つけ、持ち帰れ! 頼んだぞ!」
「隊長殿!?」
「死ぬ気ですか、カシュヴァー殿!」
考え直すように呼びかける声がそこらから発せられたが、もはやカシュヴァーはここを己の死に場所と定めていた。
命に代えても一矢報いる。必ず竜骨に痛手を負わせる。そのくらいの気概はないと、騎士達を逃がすための足止めにすらならないだろうから。
殿下と交わした、生きて帰るという約束はどうやら守れそうにない。
覚悟を決め、次の砲撃に備えようとして。
そこでカシュヴァーは、魔物達の様子がおかしい事に気付いた。
竜骨が二匹共、しきりに後方を気にしている。
こちらが怪訝に思う間もなくすぐさま竜骨達が真横を向いた。奴らが気にしていた方とも、カシュヴァー達がいる方とも違う方向へと。物色中だった馬車すら捨て置き、迷いなく奴らは撤退を開始した。
走り去っていく。カシュヴァー達は呆然とそれを見届ける。
誰もが何も反応できないでいた。
一旦助かったと思い込ませて、こちらを絶望させる作戦ではないのか? そんな事さえカシュヴァーは考えてみた。〈竜骨ガシラ〉の姿はもはや遠い。疎らに生える木々に隠れるように、とうとう視界の果てに消えてしまった。
「助かった、のか……? 何故……?」
呆けたようにカシュヴァーは疑問を口にして、それから倒れ伏す仲間達を順繰りに見やる。見たところ皆、息がある。奇跡としか思えなかった。強化と鎧に守られた騎士を死に至らしめるには、ほんの少しだけ魔力砲弾は威力不足だったらしい。
ふらつく足取りで負傷者の元へ行こうとして。カシュヴァーはようやく、疑問の答えが、竜骨達が逃げた原因らしきモノが接近してくるのを感知した。
奴らが気にした方向に目を凝らすと、そこに複数の小さな影が見えた。
「人……?」
この辺りの主要な魔物達よりずっと小さいその姿が妙に新鮮に感じられた。人の集団がこちらに向かってきている。《身体強化》を使っているのは確実だが、それを踏まえて見ても相当に速い。
「まさかこんなところに人間が……?」
亜竜山脈に挑みに来た冒険者の集団に偶然鉢合わせしたのだろうか。当然そう予測したカシュヴァーだが、その集団がこちらに近づくにつれて訳が分からなくなってしまった。
「子供……?」
騎士の誰かが呟く。
その通り、その五人の集団は全員がまだ子供のように見えた。信じられないものを目にした騎士達が、呆けたようにその場に立ち尽くし彼らの到着をただ待った。
そうしてカシュヴァー達の前に現れたのは、四人の少女を引き連れた十代半ばと思われる黒髪の少年だ。
「珍しい。人がいるなんてな」
こちらの惨状を見回しながら、まるでその辺の野山で人に会った時のような態度で少年が話しかけてくる。
「なあ。さっきまでここに魔物がいなかったか?」
「……つい今しがた、去って行ったところだ。〈竜骨ガシラ〉が二匹いた」
警戒すればいいのか安堵すればいいのかも分からず、奇妙な緊張を感じながらカシュヴァーがありのままを答える。それを聞いた少年が背後の四人を振り返った。一人の黒髪の少女が肩をすくめる。
「逃げたみたいね。私達の魔力を遠距離からでも感じ取れるんじゃないかしら?」
「やっぱそういう事か? 最近あの骨に会わないのはここら一帯のを全滅させたからじゃなくて、向こうが俺達から逃げてるだけか」
「そうみたい。これから先、あの魔物にはもう会えないかもね」
最近? 一帯を全滅? 向こうが逃げている?
この少年少女は一体何を言っているのか。意味の分からない二人のやり取りにカシュヴァーは困惑する。
いや。本当に意味が分からないわけではない。なんとなく分かる部分もある。カシュヴァーの常識が理解するのを拒んでいるだけだ。
事実、彼らに気付いた竜骨達は一目散に逃げ出した。
非常に信じがたい事ではあるのだが。まさか目の前の少年達は、あの魔物よりもずっと恐ろしい存在なのではないか。
そんな荒唐無稽な考えが浮かび、カシュヴァーは思わず背筋を震わせたのだった。