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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
34/75

 32 一夜明けて



「コウの《魔槍》が相打ち、ですか?」

「ああ。なんか知らんが予想以上に頑丈でな、その赤い障壁。咄嗟に発動させたクセして貫通出来んかった」

 校庭の片隅に座り、鋼は昨日戦った謎の兜男について話していた。

 聞き手の凛は信じられないと言わんばかりの、呆れと驚きが入り混じった表情だ。

「……本当に昨日のあの男、人間なんですか?」

「いや俺と張り合ったら即人間じゃねえって……」

 熟練の戦士なら切り札の一つや二つ持っていておかしくないだろうと鋼は納得していたのだが、凛はまず相手の正体に疑問を持ったようだ。

「ですがコウの《魔槍》の障壁貫通力は普通じゃありません。『骨頭(ほねあたま)』の《障壁》すら割るんですよ? それを人間が咄嗟に張った魔術で防ぐなど……」

 彼女の言う『骨頭』とはルデス山脈に生息している〈竜骨ガシラ〉とかいう魔物の、鋼達の間で使われる呼び名である。

 魔物の癖に《障壁》を使うそいつは、他にも魔力放出による急加速や魔力の砲弾のようなものを口から放つ特技を持っており、10メートル級の巨体もあいまってかなりの強敵だ。

 先端を尖らせ杭の形状にする鋼の魔力放出はその敵の攻略のために編み出された技だった。

 いかに強力な《障壁》といえど高密度の鋼の魔力を一点に集約してぶつけられれば、魔力の拒絶現象も手伝ってその部分に穴が空くのは順当な結果である。魔物の強大な魔力による《障壁》ですらそうなるのだから、出力的には数段劣るはずの人間の魔術があれを防いだのはかなり凄い事なのだ。

「そりゃ工夫すりゃ色々やり様があるんだろう。お前だって銃の原理で物を撃ち出して風魔術の弱点の貫通力補ったりしてるじゃねえか。日向は《隠身》を幻覚みたいに使うしな。赤い障壁もどうやってか展開の速さと防御力を両立させてるってだけの話だろ」

「そんな良いとこ取りの工夫があれば皆使ってると思うんですけど……」

 どうやら『兜男は人間じゃない』という予想は凛にとって根強いものらしい。いやまあ、その可能性も十分あり得るのが異世界の恐ろしいところである訳だが。

「……つーかお前、普通に《魔槍》とか呼んでるが。ニールが前に『そんな魔術っぽい呼び方は認めん!』とかゴネて、あれの呼び方は魔力放出に落ち着かなかったか?」

「だってややこしいじゃないですか。魔力で殴るのも、杭の形にして障壁破るのも、足から放出して急加速するのも、全部『魔力放出』だなんて……。別に私達は正しく魔術かどうかなんてどうでも良かったので、皆ルデスにいた頃からこっちの呼び方使ってましたよ。あの人が聞いていなければ」

「哀れニール……」

 聞けば、皆というのは戦友の少女全員であるらしい。説明が面倒になるので、彼女達同士で鋼の技について話す時に別の呼び方を使っていたとか。魔力パンチは《魔砲》、魔力の杭は《魔槍》、魔力での加速はそのまま《加速》。一度その呼び名が定着しかけてニールがゴネだしたのを知っているので、一応鋼もそれぞれの呼び名を耳にした事はある。

「まあそっちの方が分かりやすいのは確かか」

「それよりも、コウ。まだどうして火傷を負ったのか聞いてませんよ?」

 凛が話の続きを催促する。鋼の手の火傷の原因を凛が執拗に訊いてきたのが、そもそものこの会話の始まりだ。

「あー、それでだな。赤い障壁は貫通出来んかったが、相殺して砕きはしたんだ。ただその障壁、攻撃にも使えんのか俺の方に飛んできててな。砕いても破片がバラバラと来たもんで、手で払ったらこうなった」

「砕いたのに物理的に残ったんですか……? しかも、高温だったと」

「ああ。あれなら大抵の攻撃には耐えるだろうから、本来は攻防一体で使うんだろう。敵の魔術をあれで防いでから、残った障壁をそのまま相手にぶつけて攻撃を返しつつ、ついでに熱の追加ダメージってとこか」

「……それほどの魔術を瞬時に発動させられるなら、やっぱりあの兜男、人間では無いのでは?」

「いや、どうだろうな。あれの正体が現役の騎士とかなら、やっぱ人間なんじゃねえのか? 色々凄いのは戦闘のプロだからって理由で」

「……納得できません。たとえ騎士のエリートであっても、ただの人間にコウが苦戦させられるなんて……」

 いやどう考えても、鋼を苦戦させる人間なんて何人でもいるだろう。ちなみに日向や凛と本気で戦ったとしても、状況次第では普通に鋼は負けると思う。

「日向もそうだが、お前ら俺の評価高過ぎだろ……」

「そんな事無いと思いますけど……。ねえ、ヒナちゃん」

「ねー」

 それまでろくに話にも加わらず、芝生でごろんと転がっていた日向が気の抜けた相槌を寄越した。昨日の反動か、今日はいつにも増してだらけきっている。まあ昨日の今日なので、本日の朝練は無しで構わないのだが。学園に毎朝不法侵入するのは鋼達の恒例となりつつあって、今日もいつものように集まっただけだ。

「……あの、ところでコウ。手の火傷を見せて頂けませんか?」

 おずおずと、凛が問いかけてくる。

「どうせすぐに治るような傷だぞ?」

「それでも、です。治させて下さい。コウは滅多に怪我なんてしませんから、こんな時でないと使えませんし……」

「ん。じゃあ頼む」

 鋼が手を差し出すと、なんだか嬉しそうな顔で凛は「はい」と頷きその手を取った。



 あの後。

 兜男が立ち去り、リュンとついでにミオンを救出した鋼は、凛を連れて闇ギルドの本拠から脱出した。

 遠巻きにこちらを眺める男達はいても、その進路に立ち塞がろうという輩は一人もいなかった。組織の顔役、つまり実質のトップであるらしいバートとオルタムが本拠の入り口まで同行し、鋼達が帰るのを黙って見過ごした点がやはり大きいのだろう。

 やって来た時とは違い至極あっさりと鋼達は脱出を果たし、貧民街の地区を出たところで先に離脱していた日向達五人とも合流し。その足で無事、リュンを満月亭に送り届ける事が出来た。

 母を既に亡くし、父子二人で切り盛りしている店なのだそうだ。

 家族の再会が叶った場面を詳しく語るのは野暮というものだろう。

 とにかくまあ、闇ギルドの本拠に押し入るという一連の騒動から、一夜が明けていた。



 近付いて来る気配と足音に気付き、気を抜いていた鋼は顔を上げた。

 まだうっすらと朝靄(あさもや)が残っているような時間帯だ。今までこのような早朝に校庭に人が来た事など無かったが、気まぐれに見回る警備員でもいるのかも知れないと目を凝らすと。霧の向こうにおぼろげながら人の姿が二つ確認できた。

 これが教師や護衛官であればすぐさま退散するところだが、背格好からして大人ではない。

 というか見覚えのある生徒な気がしてならなかったので、逃げずに待つ事にした。

「え? なんで神谷君達がここにいるのよ?」

「どういう事だ、お前達の寮は学園の外だろう!?」

 やって来たのは有坂とマルだった。それぞれ練習用の剣らしきものを手にしている。

「よお。また珍しい組み合わせだな」

「別に示し合わせて来たわけじゃないんだけどね。寮生活だと体が(なま)る一方だから素振りでもしようと思ったら、おんなじ事考えてたマルケウス君とさっきそこでばったり会って」

 有坂が分かりやすい説明をしてくれる。昨日まで鋼達の他に誰も来なかった校庭に、今日になって二人も来たのは恐らく偶然ではない。身近で起きた自らも首を突っ込んだ誘拐事件に、二人とも思うところがあったのだろう。

「考える事は一緒か。俺達も朝練にこの場所を使わせてもらってる」

「……そもそも学園って侵入者対策の魔法とかあったんじゃないの? まあ、カミヤ君達の事だから平然と破ってきてももう驚かないけど……」

「ザルもいいとこだぞ。多少腕の立つ魔術師なら問題なく侵入できる程度だな」

「多少腕の立つ魔術師に当然のように自分達も含めるのね……」

「いや、俺と日向は入れてない。ただこいつはそこらの魔術師よりは相当優秀だ」

 凛を指し示して言うとなんだか複雑な表情で有坂は頷いた。魔術なしの試合で苦戦させられた相手が、そもそも魔術の方が得意だという事に微妙な心情になったのだろう。

 その凛は現在、極度の集中状態にあるのでこのやり取りにも全く気付いた様子が無い。

「んんっ、ごほんっ」

 マルがわざとらしく咳払いをした。らしくなく、落ち着かなさげにきょどきょどと辺りに視線をやったりしている。

「なんだ?」

「マルケウス君は『それは一体何をやっているのだ!? 朝から破廉恥な!』と言いたいのよ。……全くもう、朝から見せつけてくれるじゃない」

 有坂の翻訳を聞いてようやく思い当たった。今の状況を言っているのだろう。

 凛は鋼のすぐ傍の芝生に腰を下ろしていて、鋼の火傷を治療中だ。両手で抱え込むように鋼の手を取り、更に顔も近づけそこに額をくっつけている。何も耳に入らないほど目を閉じて集中しているのは、それだけ難易度の高い試みをしているからである。

「有坂はともかく、マルなら活性化の気配で魔術を使ってるって分かるだろ……」

「ま、魔術を使うにしてもそのような格好で発動する必要は――」

「……終わりました」

 マルが言い辛そうに指摘するのをぶった切る形で、凛がぽつりと呟いて目を開ける。

 顔を離して彼女が静かに見下ろした先、鋼の手からは火傷の跡が綺麗さっぱり消え去っていた。

「問題なく治療できたと思います」

「さすが。火傷くらいならもう跡形も無く治しやがるな」

 ありがとなと告げて軽く頭をぽんぽんと撫でると、凛は目を細めて「えへへ」と控えめな笑顔を見せる。

 そこへ再び横からマルが「ごほんっ!」と咳払いを入れてきて、存在に気付いていなかった凛は飛び上がって驚いた。

「え、え!? い、いつの間にいたんですか!?」

「ついさっきからよ。村井さん、あんまり集中してるものだから気付かなかったけど」

「有坂さんまで……」

「ねえ。ところで今の何? 治療とか跡形も無く治すとか。RPGでお馴染みのあの魔法?」

「は、はい、そのようなものです……」

「ん? 見られたらまずいものだったの? ……ああ、いや、そういえば。村井さんって元々こういう性格だったかしら……」

 おどおどした様子で答える凛に違和感があるのか、有坂が首を傾げる。《加護》が抜けた今日の凛は元来の人見知りする性格に戻っている。

「アールピージー、というのは一体何だ?」

「うーんとね。向こうの世界の娯楽というか、……ゲームって言って通じるのかな? そういうのがあって、その中によく、怪我をぱっと治したり出来る回復魔法っていう架空の魔術が出てくるの」

 日向の解説を聞いたマルは妙に感心したようだった。

「どこにでもそういう発想はあるものだな。こちらの世界でも、怪我や病気をたちどころに治してしまう賢者などは空想の話によく出てくる定番のようなものだ。他にも単身で竜を討ち取る英雄や、天候さえも操ってしまう偉大な魔術師だとかな。そういったあり得ない設定を盛り込んだ古い物語や戯曲がいくつもある」

「ルウちゃんが今やってたのはその治療の魔術だから、あり得なくはないけどね」

「ふん。僕を担ごうとしても無駄だぞ。他者への治療は魔術の難題の一つだ。成功させた魔術師は間違いなく歴史に残るような、古来より研究されてきた分野だからな」

 日本人は勘違いしがちだが、魔術というものは何でも解決できる万能のツールというわけではない。優秀な魔術師を何人も集めて、条件を整えたとしても、不可能な事は案外多い。あくまでも魔力を利用した個人技術に過ぎないのだ。

 個人の素質・適性により可能性には大きな幅が出るものの、魔力の性質や魔術のルールにはどうしても縛られる。最も有名な一例が魔力の拒絶現象で、違う魔力同士は打ち消し合うために人は他の生物へ魔術で直接干渉する事が出来ない。攻撃魔術に火や風がよく利用されるのは、そういった現象に魔力を一旦置き換えてから敵にぶつける事で拒絶現象を回避するためだ。

 他にも体から離れたり魔術に使われた魔力は徐々に分解され、魔素に戻ってしまうというのも制約の一つだ。これは魔力を別の現象や物質に置き換えたとしても同じで、だから超遠距離から魔術で相手を攻撃したり、罠のような魔術を設置して長時間残すというのは難しい。普通は途中で消えてしまうし、そうでなくとも威力は相当下がる。めいいっぱい魔力を注ぎ込めば多少は違うだろうが、魔素への分解は加速度的に進むのでやはり限界が存在する。

 そういった不可能に思われている事象をいかにルールの裏を突いて実現させるか。それこそが、学者としての魔術師達が血道を上げて研究している大きなテーマの一つなのだった。

「治癒とか回復の魔術ってそんなにあり得ないの?」

 有坂がマルに訊く。

「あり得んな。現代医療では魔術で生み出した皮膜で傷口を上から塞いだり、《薬物生成》での投薬を術式の効果時間が切れる度に行う、というのが精々でな。そちらの世界の医療技術の方がずっと凄まじい。やはり魔術の治療での一番の問題点は、魔力の拒絶、で……」

 言っていて自分で気付いたらしいマルが、恐る恐るといった表情で鋼と凛に視線を送ってきた。

「……まさか」

「ん? マルに言ったっけか? 俺とこいつらの間じゃ魔力の拒絶が起きねえの」

「……昨日(さくじつ)に聞いている。もしや、本当に」

「ああ。マジで今、火傷してたのをルウに治してもらったとこだよ」

 もう驚き疲れてどのような顔をすればいいか分からない、という感じにマルは「そうか……」とだけ言って口を閉ざした。かつてニールに初めて見せた時と同じ反応だった。

「……まだ術式の研究途中で、《治癒》の魔術などとは呼べないものですけど。コウが怪我をする度にこの術式で治させてもらって、少しずつ改良を加えていってます。今は表面的な火傷程度なら治せるようになりました」

 凛が加えて解説する。二年半前、谷を脱出しニールに出会って少し経った頃から彼女はこの術式の研究を始めた。

 細胞を直接魔力でいじるという慎重さと繊細さが求められる作業だが、手探りで少しずつ試すうち、凛はその感覚を自分の物にしつつあった。それから二年のブランクがあったので実は少し心配していたのだが、全くの杞憂だったようだ。

「……もし大怪我すら治せるようになったとしたら、魔学史に名が残るのではないか?」

「理論上なら、時間さえかければひどい怪我でも治せるとは思うのですが。コウは大怪我などしないものですから試した事が無いんです。実際やってみればまた問題点が出てくるでしょうし……」

 ちなみに大怪我とは言わないまでも、自分でざっくりと体を傷付けて術式の実験台になるというアイデアをかつて鋼は出した事があるが、彼女が強硬に反対したので実行されなかった。鋼が大怪我を負わない限りこの術式は永遠に完成しない可能性がある。

「ていうかマル君。ルウちゃんのこれは鋼専用術式だから、歴史に名前は残らないんじゃないかな」

「むう、そうか。個人のための専用術式をわざわざ開発するというのも、それはそれで何やら言いたい事がある気がするが……。それよりもカガミ。お前も僕をその呼び方で呼ぶのか……?」

 マルの後半の疑問を日向はにこにこ笑って黙殺した。

「それにしても。神谷君達が常識外れなのはもう慣れたけど、まさか朝練なんてやってたとはねえ……」

 有坂は有坂で、何故かしみじみと嘆息していた。

「別にそっちは常識外れって訳じゃないと思うが……。有坂だってそのつもりでここに来たんだろ?」

「そうなんだけどね。ほら、昨日私って全然役立たずだったじゃない? それでようやく危機感抱いて、寮をこっそり抜け出してでも修行しないとなあと思って朝から来てみれば、既に神谷君達は毎日訓練してたわけで。魔術とかで負けてても仕方ないって思えるけど、意識の持ちようからして負けてたのは結構悔しいものなのよ」

「まあ、有坂が負けず嫌いなのはなんとなく分かるが」

「というわけで!」

 声を張り上げ、有坂は練習用の剣をこちらに差し出した。

「三人の誰でもいいんだけど、私の訓練に付き合ってくれない?」

「む。それなら僕も頼みたい。恥ずかしながら、昨日の事で己の未熟を思い知ったからな。……カミヤ達が来なければどうなっていたか。僕にも稽古をつけてもらえないか?」

 省吾や有坂を巻き込んだ反省からか、殊勝な態度でそこにマルも加わる。

 学園の校庭で密やかに行う訓練のメンバーが、三人から五人に増えた瞬間であった。



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