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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
26/75

 24 決闘



 一直線に闇傭兵ギルドの拠点へと向かいたいところだったが。

 案内人の男を連れたまま鋼達は少し寄り道をした。日本人街のコンビニで、買いたいものがあったのだ。

 近くまでは四人で来て、後は日向に行ってもらう。組織の弱みを押さえるのに携帯の撮影・録画機能は便利そうだったので、携帯の充電器を買っておこうと思い立ったのだ。そう時間のロスではないし、この道草の間に男から組織についての話も色々聞けたのでよしとする。

 しかし、まあ。

 これに時間を少し使ったせいで、まさか事態が急変しているとは。さすがに思いもしなかった。



 貧民街なる地区がパルミナにあるのはガイドブックで元々知っていたし、日向が本日尾行した満月亭の見張りがこの地区に入ったのも既に確認済みだ。

 普通の市街と貧民街を隔てる境界線は、明確な形で存在していた。地区を隔てる人通りの少ない寂れた道があり、そこを境に町並みがはっきりと変化している。案内人に役立ってもらうのはそこから先だった。

 鋼達はもうその地区へと足を踏み入れ、そろそろ十五分ほど歩いている。粗末な造りのボロい家々が立ち並ぶ景観を眺めながら、通りを闊歩(かっぽ)する鋼達三人組の態度は堂々としたものだ。先導させている男の方が人目を気にして萎縮しているように見える。

 最初の方は通行人を見ても地元民が多いだけの、ただの下町風の町並みだったのだが。進むごとに周囲の光景は変わっていき、いかにも治安が悪そうな場所になってきた。建物や路地には汚れが目立ち、物乞いのような風体の人間が時折無気力に座っている。一人で出歩いている女子供は全くおらず、怪しげな男達から鋼達に、鋭い視線が向けられていた。

 確認してみたがこの辺りは電波が届いておらず、携帯電話は圏外のようだ。案内人によると闇傭兵ギルドの本拠地はもうすぐらしい。もうこの辺りは完全にギルドの縄張りで、外にいる男達もほとんどが組織の関係者だそうだ。

「……いやいや。なんでだよ」

 思わず飛び出した鋼の呟きに、案内人はびくりと肩を震わせ振り返った。「な、な、何か問題が?」と恐る恐る訊いてくる。ああいや、お前の事じゃないよと軽く答えながら、鋼は早足で彼を追い抜いた。ここにいるはずの無い人物を、進路の途上に発見したのである。

 騎士教育学園の制服を着たそいつは、迂闊な事にたった一人でこんな場所にいた。そして案の定、柄の悪そうな二人の男に囲まれていた。

「どうして片平さんが……」

 凛が疑問を口にし、日向はただ無言でその様子を見つめる。同じクラスのあの少女、片平雪奈と日向は最近親しい友人になっていたはずだが、鋼を差し置いてでも急いで助けに行こうとはしない。ただこちらの後ろを大人しくついて来るだけだ。心中だけでかなり深く鋼は嘆息し、向かうペースを上げる。

「なあ」

「え、神谷さん!?」

「その子、俺達の連れなんだ。何か問題でも起こしたか?」

 驚く片平はとりあえず無視して、男二人に声をかける。反射的に何か噛み付こうとしたらしい男の一人が、日本人だと一目瞭然のこちらを見て閉口する。

「……なんでもねえ」

 あるいは片平と同じく鋼達が騎士学校の制服姿だったからか、直前に酒場で暴れた情報がもう伝わっていたからか。もう一人の男を促し、二人組は呆気ないほど大人しく去って行った。

 危機は去ったと見て取って、へなへなと片平が脱力する。

「ほんとに助かりましたー……。ありがとうございます」

「……それはいいが、なんで片平がこんなとこにいんだよ。いくらなんでもこの場所に一人は無用心過ぎるだろ」

 学園の制服も周囲から浮きまくりで、かなり目立っている。鋼達の場合は目立たないために服装を変える意味があまり無いので、寮で着替える時間を惜しんでこのまま来ているが。

「ええと、あの、どこから言えばいいのか……。ほんとはもっと早く状況を伝えたかったんですけど、この辺り圏外で……」

 そこではっとした顔になり、慌てたように言い募る。

「ああ! そう、そうです! 早く長谷川さん達を助けないと!」

「省吾? ……おい、もしかしてお前ら」

「すみません! 長谷川さんと有坂さん、マルケウスさんがあそこに!」

 謝りながら片平が指を差した先には、周辺では明らかに一番でかい建物が見える。あまりにも嫌な予感がしたので、傍に立っていた案内人の男に鋼は問いかけた。

「なあ、おい。あの建物ってまさか……」

「あ、ああ。あれが、あんたに言われて連れていくつもりだったギルドの拠点だ。あの周りもだいたい全部、関係ある建物で。表向きは酒場だったり娼館だったりするが……」

「……嘘じゃねえだろうな?」

「も、もちろん本当だ! 嘘なんかついてない!」

 この期に及んで嘘をつくとも思えなかったし、省吾達が何故かあの中にいるという情報から考えても間違いなさそうだ。「よし。案内はここまででいい」と男を解放してやると、無傷で帰すという約束が守られた事に安堵した顔で、そそくさと来た道を帰って行った。

「……片平。講堂裏にいたお前らが、何があってこんな事になってんのか説明してくれ」

 三人を急いで助けに行かないといけない状況かもしれないが、あそこまで鋼は忠告していたのだ。自業自得なので多少後回しにする。こちらの行動に支障が出るので、まずは事態の把握が優先だ。焦る片平から先に聞けるだけの話を聞きだした。



 鋼達が去った後、講堂裏に残された四人は直後に学園を出たのだという。

 マルは鋼に言われた言葉を受け止め、事件に対して動くとしても慎重に、と決めていた。だがまあ、せめて人質が無事帰ってきているかだけでも確認したくなったらしい。

 満月亭に向かった面々は、今度は見張られている可能性も考慮した。全く関係ない道を使い、大きく迂回して店を目指したそうだ。それが功を奏したか、探りを入れて進むうち、満月亭を見張っている男を今度は先に見つけてしまった。

 そいつの後方、離れた位置に四人は陣取り小声でどうするか話し合った。そして対処を決めかねているうちに先に状況が動いた。その男の元に同じ一味らしき男がやって来て、何か話した後連れたってその場を立ち去ったのだ。

 その話の内容は断片的にしか聞き取れなかったが、本部に戻れと指示が来たとか、人質が奪い返される可能性があるとか、そういう風な事を言っていた。何か慌てている様子で、聞き耳を立てる四人には全く気付かなかったらしい。

 分かったのは闇傭兵ギルドに何らかの異変があった事と、まだ人質が返されていない事。その情報だけで十分過ぎた。義憤に駆られたマルが、彼らの追跡を提案するには。

 マルは奴らにとって想定外な出来事があったらしい今が最大のチャンスだと力説し、有坂も乗り気だったという。省吾だけは慎重な姿勢を崩さず危険過ぎると反対したのだが、二人の熱意は止められず。人質がいるであろう場所さえ突き止めたら絶対に引き返し、教官に相談するという条件で、省吾も同行を決めた。自身がストッパーにならざるを得ないと判断したのだろう。

 そして彼は、危ない事には巻き込めないと片平を気遣い、彼女にはこのまま帰るように言ったという。何かあった場合、剣も魔術による強化も使えない片平は三人よりも危険が大きくなるからと省吾は理由を語った。そして何時間経っても三人が戻って来なければ、この事を鋼とシシド教官に伝えて欲しいとも頼んだらしい。

 省吾の判断は、その状況においてかなり妥当なものだと鋼も思う。一番の問題は、何故それを頼まれた片平がこんな場所にいるかだ。

 片平は言い辛そうにその後の経緯を告白する。

 どうも三人に仲間外れにされたような気分を味わい、片平を置いて尾行を開始した三人の後をつい追ってしまったらしい。誘拐犯の後をつけるのはやはり怖いが、尾行する三人の更に後方をついていくくらいなら彼女の度胸でもなんとかなった。それに足手まといの自分が一緒に行動しても邪険にされるのではないかと心配したようで、省吾達にも気付かれないよう、片平はこそこそついて行った。

 もし省吾達に何かあっても、見守っていれば状況が分かるし携帯で日向を経由して連絡すれば教官にも知らせられる。一応は片平にもそのような思惑があったらしい。そうして省吾達の後をずっとついて歩き、ここまで来た。そしてそれは起こった。



「横の道から、武器を持った男が何人も出てきたんです。それで長谷川さん達に突然襲い掛かって」

「それで捕まって、連れて行かれたのか?」

「あ、いえ。あの貴族のマルケウスさんが、すごい動きで一気に二人倒しちゃって。長谷川さんと有坂さんが、すぐに倒した人から武器を奪って加勢して――あ、もちろん鞘も奪って、それに納めてからですけど。六人くらいいた男の人達を倒しちゃいました」

 どれほど苦戦したかは定かではないが、あの三人なら確かに、出来ない事でも無いのだろう。

 省吾は《身体強化》を使えるし、それで大タルを持ち上げられた数少ない生徒の一人だ。二度ほど実戦経験があるとも言っていた。有坂は剣道の実力者だし、マルは剣術も強化も扱える。自分達の倍の人数が相手でも、ただの無法者には負けないようだ。

 よくよく見れば三人が戦ったと思われる辺りの横の路地から、気絶した男達の頭や足がはみ出ていた。

「それで倒した後、何か三人で話していたようなんですけど……。そのまま奪った武器を持って、あの誘拐犯のアジトっぽい場所へ突撃して行ったんです」

「いやいやいや。なんでそうなるんだよ」

「わ、私だって何がなんだか……! あ、いえ、すいません」

「……武器持った相手に勝った事で、変な自信をつけたか? いや違うか。そうか、あいつら……」

 話を聞く限りいつも冷静な判断を下している省吾なら、残り二人が暴走したって止める側に回るはずだ。

「誘拐の犯人達に自分達が見つかったと思って、すぐ助けないと人質がヤバイと判断したんだろうな。……アホどもめ」

 顔をしかめる鋼に片平がびくっとなるが、講堂裏の時のような怒りの感情はそれほど湧いてこなかった。むしろ少し、笑えてきた。そんな自分の胸の内を鋼は不思議に思う。

 まあ、考えなしの行動ではなく、考えた上で決めたのなら鋼がとやかく言う筋合いもないか。アホな無謀さには違いないが。人命救助のため命を賭けて実際に行動している奴らを、心の底から貶すのは案外難しい。そういう事なのだろう。

「というか。何かあってもお前が教官に知らせてくれると信じてるから、多分省吾はあいつらに付き合ったんだぞ? ここまで勝手についてきたお前の行動が一番まずい」

「本当に、すいません……っ!」

 自分の過失をよく分かっているようだったので、それ以上片平に言う気も失せる。

「三人が入って行ったのを見て、私もようやく携帯を見たんですけど、そこで圏外だと初めて気がついて。戻ろうと思った時には、さっきの男の人達に絡まれてしまったんです」

「って事はほんとに、あいつらが入って行ってすぐのタイミングで俺達が来たんだな?」

「はい」

 ――という事は。途中寄り道しなければこれは起きなかった事態か。

 そもそも、片平の話で出てきた満月亭の見張りが持ち場を離れた原因も、恐らく鋼達にある。酒場での大暴れが伝わって、組織の人員に本部への緊急招集がかかったのだろう。ここでうかうかしていると、招集を受けてやって来た無法者達と鋼達が鉢合わせする可能性が非常に高い。

「……あのぅ。神谷さん達は、どうやってこの場所を――」

「状況は分かった。俺達もあそこに行くとこだから、片平もついて来い。置いてくわけにもいかねえしな」

 質問中の片平を無視して、問答無用で鋼はそう言う。これ以上話している時間が惜しい。

「わ、分かりました。……あの。という事は神谷さん達、最初から人質を救出するつもりで――」

「片平は俺の傍についていてくれ。大人しくしててくれるなら、安全は保障する」

「あ、はい。……神谷さんってもしかして、ツンデレ――」

「片平、外で一人で待っててもいいんだぞ?」

 少しだけ凄んでみせると、片平は半泣きになってぷるぷると首を左右に振った。もちろん彼女を黙らせた理由は、時間が惜しいからである。



 ◆


 明らかに無謀な突撃だと伊織自身思っていたのに、今のところ我が身はまだ無事だった。

 縦に並んで伊織達は建物内を疾走している。先頭を行くのはマルケウス。殿(しんがり)を務めるのが省吾。二人に挟まれる形で、伊織は最も安全な真ん中を走らせてもらっていた。

 追われていた。後ろをちらりと振り返れば、剣を抜いた男達が足音を踏み鳴らし迫ってきている。

「右だ!」

 小さく、それでいて鋭くマルケウスが叫ぶ。廊下の突き当たりを右に曲がり、伊織と省吾もすぐさま続く。戦いはなるべく避けてとにかく人質が捕らわれていそうな場所を探す、という作戦だった。行き当たりばったりとも言う。

 もし人質を発見出来れば、可能ならすぐに脱出し、無理ならどこかの部屋に立てこもる。三人が事前に決めている方針はたったそれだけである。

 時折向かう先に荒くれ者風の男達が立ち塞がっていたりもしたけど、上手くマルケウスは進路を変えてかわしている。この三人はそこそこ一般人よりは強いメンバーかもしれないけれど、後ろの奴らに追いつかれないほどの短時間で敵を突破するなんて真似は、いくらなんでも出来そうにない。

「あいつら、すごい殺気立ってるわ! 挟み撃ちされる前に近くの部屋に立てこもったほうがいいんじゃないの!?」

 遭遇する男達は最初から武器を抜いて構えている。不審者ではなく、完全に敵に相対する態度だ。見張りの男が呼び戻された理由が関係しているに違いなかった。

「くそっ。奴らに何らかの異変が起きているなら、その隙をつけると思ったが。裏目に出たか!」

「……最初からここまで警戒されてたら、人質を探すんはもう無理や! どうにかして脱出できやんか!?」

「退路は探しているが、挟み撃ちされないようにするだけで精一杯だ!」

 お互いに声を掛け合いながら、三人は闇傭兵ギルドのアジトらしき建物をぐんぐんと進んでいる。来た道を戻れないのだから奥へ奥へと追いやられるばかりだ。唐突に伊織は気付いてしまった。

「っ! やばっ、これって誘導されてない!?」

「!?」

 気付いたところで遅すぎた。

 通路が途切れ、三人の視界が(ひら)ける。広々とした空間に出た。

 日本で言うクラブハウスやダンスホールといった感じの場所だった。本来なら、机や椅子が雑然と並べられていたのだろう。今はそれら邪魔になりそうものは、全て壁際へと押しやられている。

 スペースが作られた部屋の中央に十人ほどの男達が立ち、三人を待ち構えていた。

「やっと来たか。あんまり待たせんなよ」

 ぎくりと足を止め、硬直する伊織達に声がかけられる。声の主は、待ち伏せ集団の一番前にいる男だ。

 顔を縦断するほどの大きな傷跡を顔面に持つ、あまりにも特徴的な男だった。そいつだけは一人、悠々たる態度で椅子に座っており、ただ者ではない気配を明確に漂わせている。その鋭い目つきに伊織の本能がけたたましく警鐘を鳴らした。

「ん? 男一人に女二人と聞いてたんだがな。まあいい」

 男が何か言っているが、足止めされるのはまずいと伊織は背後を窺う。追っ手は何故かこの部屋に入って来ず、外の通路で待機していた。ほんの少しの安堵とそれ以上の緊張感が伊織の胸に去来する。

 挟み撃ちする必要が無いほどに、この目の前の待ち伏せ集団は危険なのだ。見れば分かる。外で襲い掛かってきたチンピラ風の男達とは、まとう雰囲気からして違いすぎた。傷跡のある男以外も、恐らく全員が精鋭だ。

「これ、ちょっとやばいかも……。謝って済む事じゃないけど、ほんとにごめん。こんな事に付き合わせて」

 ちょっとどころか本気でやばい。冷や汗をかきつつ伊織は省吾に謝った。マルケウスの方は完全に自業自得、伊織と同じ穴の(むじな)なのでいいとしても、さすがに省吾に対しては小さくない罪悪感がある。

「ええよ、そんなん。ついてきたんはわいの責任や」

 そう言ってくれる彼に伊織は小さく頷いて、視線を前に戻す。さて、この状況をどうすべきだろうか。もし伊織一人なら、倒されるまでに何人敵を倒せるのか、自らを試してみたいところだったけど。

「貴様が悪の組織の親玉か!」

 伊織の逡巡を打ち破るように、堂々たる態度でマルケウスが問いを発した。

「親玉じゃねえが、まあ幹部の一人だ。てめえらがあんまり暴れるもんだから、俺に出番が回ってきちまった」

 その言い回しに伊織はなんとなく違和感を覚える。さっき外で六人ばかり倒した以外、伊織達はこの組織の男達には手を出していない。ひたすら逃げ回りこの部屋に追い詰められただけだ。幹部直々に待ち伏せされるほど、警戒させた覚えは無い。

 そういった事はマルケウスはどうでもいいらしかった。

「幹部というなら、僕は貴様に決闘を申し込む! もし僕が勝利すれば、さらった娘を大人しく返せ!」

「……は?」

 傷跡の男はぽかんとした顔をした。

 傍で聞いていた伊織も同じ気持ちだった。ここまで周到に待ち伏せしていた相手に、わざわざ一対一で戦えと当然のように提案できるその根性が不思議でならない。しかも相手にとって受ける利点が全く無いふてぶてしい要求付きだった。

 何言ってんのこいつ、という顔で相手の男達がマルケウスを見る。その空気に全く気付かず、彼は一人ヒートアップしていた。

「とぼけても無駄だぞ! お前達が満月亭の娘をさらった、卑劣な誘拐犯なのは分かっている!」

 別にとぼけた訳じゃねえから、という相手の心の中での呟きが、伊織にも聞こえてくるようだった。

「……こりゃまた、想像以上に青くせえガキが釣れたな。こんなのに何十人もやられたってのかよ。情けねえ」

「何十人? さっき何人かは倒してきたが……」

「んん? てめえらだろ、さっきうちの組織のモンを二十人ばかりボコ殴りにして、組織ごと潰すとか宣言しやがったの」

「は? い、いや、なんだその無茶苦茶な奴は。僕達ではないと思うが……」

 食い違う会話を聞きながら、後ろで伊織は省吾と顔を見合わせる。根拠はなくとも、そんな事をしでかしそうな人物達になんとなく心当たりがある。

「バートさん、こいつら全く関係ない奴らじゃねえですか? 確かに俺は男一人に女二人って聞きましたぜ」

「はああ? なんだよこいつら、ほんとにただの青臭いガキかよ! ちっ、期待してたのによお。どんな偶然だ」

 別の一人が、バートと呼ばれた傷跡の男とそんな会話を繰り広げる。その二人に、外で奪い取った剣を向けながらマルケウスが割って入った。

「なら期待外れかどうか、試してみるか?」

 その無駄にカッコつけた感じがなんかムカつく。呆れたような顔を見せながらも、バートは自分の剣に手をかけ立ち上がった。

「……本命が来るまでの暇つぶしには丁度いいか。いいぜ、決闘だかなんだか知らんが、相手してやる」

「ほう。ならば名乗らねばならないな。僕の名はマルケウス=ニル・ガンサリット。パルミナ騎士教育学園の騎士候補だ!」

 え、それ言っちゃって大丈夫なの? と伊織は彼の背中を凝視するが、もちろん視線に気付いた様子はない。

「……」

 案の定バート達からも馬鹿を見るような視線が注がれていた。

「どうした、貴様も名乗るがいい」

「………………バートだ」

 色々と言いたい事はあったが全て呑み込んだという表情で、相手も名乗りながら剣を抜いた。マルケウスも鞘を外し、剣身を露わにする。毒気を抜かれたような空気が、それで幾分か引き締まった。

 互いの得物は似たような刃渡りの長剣だ。バートの剣のほうが伊織の目から見てよく手入れされているけど、条件的にはほぼ同じ。純粋な実力勝負がこれから始まろうとしている。

 我知らず生唾を飲み込む。マルケウスの代わりにその場所に立ちたいとごく自然に思いながら、伊織は省吾と共に一歩引き、決闘の開始を見守った。

「では、尋常に勝負だ!」

 その声と共に、マルケウスが踏み込んだ。



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