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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
24/75

 22 《加護》

 満月亭店主は指定の場所へ出かけ、要求通りにしたという。

 土地の権利書を正式な商会で金に変え、それを身代金として誘拐犯に渡した。約束は果たしたから娘を返せと迫ったところ、ちゃんと返すから帰れとすげなく言われたらしい。

 正式な土地の所有者では無くなっていたが、店主はひとまず満月亭に帰った。そして娘が返還されるのをぼんやりと待っていたところを、鋼達が再び訪ねた。そういう状況らしかった。

 彼の話を聞いて、鋼達は結論を出す。

 これ以上待ってみるまでもない。恐らくこのまま待っていても、人質の娘は返って来ない。



 満月亭を出た足でそのまま三人が向かったのは、以前奴らに連れ込まれた酒場である。

 見張られている視線をやはり感じる。いや今の場合は、敢えてそれを放置しているのだが。

「コウ」

 酒場の前で一旦立ち止まり、看板を見上げたその時、凛が呼びかけてくる。

「念のため《加護》をもらっておいていいですか?」

「そうだな、こっからは何あるか分かんねえし。……ただ、『加護』なんて大層なモンじゃねえがな」

 戦友達の間で定着している、とある術式の名称を鋼はあまり認めていない。

 かつてそれは亜竜山脈で、鋼が幾度と無く行使してきた身体強化に分類されるであろう魔術だ。該当する術式は魔術名鑑に載っておらず、誰が最初に言い出したのかいつの間にやら《加護》なんて大仰な呼ばれ方をされていた。実際にそのような名前の魔術は無いので、この名を出しても身内以外には全く伝わらない。

 これまでも鋼は何度も呼び方を改めさせようと苦言を呈してきたのだが、特に効果は無く今に至る。

「……しかし、久しぶりだなこれ」

 久しぶりと言っても特に不安は無かった。ここ最近何度も発動させている《身体強化》の術式とほとんど変わりはしないのだから。

 こちらを向いて待っている凛に鋼は手を伸ばす。

 鎖骨の中央部あたりに、制服越しにそっと触れる。

「始めるぞ」

「……は、い」

 どことなく恥ずかしそうに目を伏せる凛。そういう反応をされると鋼も結構やりづらいのだが、努めて流した。

 誓って言うが、胸自体には触れていない。位置的にはそこは胸とは言わない、多分。

「……」

 触れた箇所から、温かく優しい『何か』の流れが感じ取れる。

 それは彼女の身体を巡り、満たしている。学術的な知識は乏しくとも、それが魔力なのだと鋼の感覚は理解していた。慣れ親しんだ感触とさえ言える。

 折り曲げた体の部位を伸ばすが如く、触れている指先からこちらも魔力を投じていく。凛の魔力の流れに、それとは異質の別の魔力が沈んでゆく。

「ん……」

 彼女が一瞬だけ目を閉じ、小さな声を漏らす。訊いてみた事があるが、別に苦痛の呻きでは無いらしい。静電気が突然走ったのに近い感じなのだとか。だから魔力の同調の瞬間は、驚いてしまいついそういう反応になるのだと、以前凛は顔を赤くさせながら語った。

 魔力の同調。

 それが今、鋼が行っている作業だ。

 微量の魔力を、鋼は相手に送り続ける。重要なのは彼女の身体に満遍なく行き渡らせることであり、魔力の量自体はそれほど必要ない。そうして少し経てば、互いの魔力が混じり合った状態になる。

 これで、凛のものが含まれていようとも、その魔力を用いて魔術を組み立てられるようになった。

 掌握した魔力で、使い慣れた術式を彼女の体内に構築していく。鋼が最も得意とする魔術は、念入りに手がけても数秒とかからずに発動までを終える。

 手を離し、次はその隣に立つ日向に同じようにする。

 こちらは最初から目を閉じ、特に声もなく。淡々と二人目も終わった。

 ――他者の魔力で、他者に対して《身体強化》をかける。

《加護》という大層な名の術式の正体は、言ってしまえばただそれだけの事だ。厳密には《身体強化》そのものと、何ら違いがない術式である。

 しかし結果として、《加護》と《身体強化》では大きく差が出る。何故なら施術者である鋼は、日向や凛よりも《身体強化》の適性が高いからだ。これで彼女達は、本人の資質に関係なく鋼とほぼ同レベルの《身体強化》も得る事が出来る。

 この魔力の同調、あるいは魔力の共有。かなり便利な技なのだが、実はこれも鋼達が勝手に名付けたものだ。最初に見た時ニールは「いやそんな馬鹿な……」と唖然としていた。何でも、違う魔力同士は反発するのが魔術の常識らしく、理論上あり得ない現象らしい。

 だがまあ、やってみたら出来たのだ。


 話は少し脱線するが。

 かつて、ニールに師事して魔術を習い始めた頃。

 鋼とその仲間達は、それぞれ魔術適性にバラつきがあった。鋼に一歩及ばないものの日向だけは《身体強化》も得意だったが。基本的に皆得意とする方向性はバラバラで、例えばクーが得手とした炎系と冷却系の魔術は鋼には使えなかったし、様々な魔術を扱えた凛は《身体強化》だけはからっきしだった。当たり前の事だ。苦手な分野の無い万能の人間など、そうはいまい。

 それは適性という言葉で片付けられる、世界のどこにでもある能力の不均一に過ぎない。今では鋼も理解しているつもりだが、当時は何度も首を傾げた。凛の強化のお粗末さは、鋼にとってはあまりにも理解しがたいものだったのだ。

 共に戦ってきた鋼は知っていた。拙いところはあるが、十分に凛は肉弾戦だってこなせると。その彼女が、鋼にとっては手足を動かす延長線上にあるも同然の、単純な強化すら覚束無い。一応は発動できるがそれだけだ。これでは折角技術で勝っていても、《身体強化》した相手に近接戦では勝てないだろう。納得がいかなかった。

 鋼と同じレベルは望むべくもないが、せめてもうちょっと上手く出来るはずだとアドバイスを重ねた。言葉を尽くして多少は上達するも亀の歩みで、もどかしくなった鋼はもっと直接的に指導できないかと考えた。

 手取り足取りという言葉があるが、思いついたアイデアはそれに近い。彼女の魔力を使って、質の高い《身体強化》を組んでみせれば感覚で理解できるようになるのではないか。

 魔力の拒絶現象という魔道における常識を無視した思いつきを、そんなもの当時知らなかった鋼は実行に移した。

 外から内なる魔力に干渉する。

 最初は何やら抵抗のようなものを感じ、今のようにはいかなかったが。それほど強い抵抗でもなく、無理そうな気はしなかったので凛に声をかけたりしながらチャレンジを続けた。その時は確か数分くらいかかったと思うが、とにかくまあ、成功したのである。

 そうして彼女の魔力でお手本となる《身体強化》を組み上げ、後は彼女自身が魔力を消費し続ける事で術式が維持されるようにした。日を(また)ぎこれを何度か繰り返しただけで、効果は抜群に現れた。別人かと見紛うほどに《身体強化》が急激に上達したのだ。

 これはいい方法を見つけた。魔物との戦いで、仲間達の生存率は間違いなく上がる。

 歓喜と興奮を噛み締め、鋼は他の戦友達にもこの同調による指導を行った。全員と同調は成功した。

 ルデスでの生活を終える頃には一番強化が下手なのはニールになっていたと言えば、どれだけ大きな成果を挙げたか分かるだろう。魔物の山に一人住んでいた彼女は、間違いなく一流以上の魔術師なのだから。

 もちろん《身体強化》だけじゃない。同調の利点は絶大だった。

《身体強化》くらいしか魔術の適性が無かった鋼は、同調でクーから《火炎》と《冷却》を学んだ。凛から《圧風》と《穿風》を学んだ。日向から《電撃》と《薬物生成》を学んだ。補助的な魔術に適性があったあとの一人からは《望遠》と《念話》を学んだ。

 魔術を学んだのはたった半年といえど、この同調訓練により鋼は扱える魔術の種類だけは増えに増えた。といってもあくまで使えるだけで、結局のところその術式を本来得意とする本人のようには上手く扱いきれないのだが。それに《空調》のような難易度の高い魔術は、そもそも同調訓練を経ても自力で発動させる事は出来なかった。

 クオンテラに驚愕された魔術のレパートリーがありながらも、鋼が自身の魔術の腕にあまり自信が持てなかった理由がそれだ。

 現在は魔術の可能性について、鋼も考え直している。実際、下手くそでも使える魔術の種類が多ければ、工夫次第でかなり色々出来るはずだった。


 同調に五秒、術の構築に三秒ほど。

 最初の頃より随分と短縮された時間で《加護》二人分を終えて、鋼は二人を連れ酒場へと入る。

 今日は客は少なかった。二組四人の男が、ちびちびと酒を飲んでいる程度。入店した鋼達を硬い表情で迎えてくれた。ろくに顔も覚えていないが、前回十人とやりあった際に倒した相手か、その時の他の客かもしれない。

 店の奥、カウンターの向こうにはバーテンダーがいる。前回も空気のようにそこにいただけの男だった。

「なあ、ちょっと訊きたいんだが」

 一直線に近づいていってそう話しかけると、いかにも無愛想な中年のバーテンダーはぼそぼそと口を開く。不思議と聞き取りづらくはなかった。

「……帰ったほうがいい。アンタらにとっても、俺達にとっても、それが一番良い選択だ」

「忠告はありがたいんだけどな。それで帰るようじゃ、最初からここには来てない」

「……」

 口を閉ざしたバーテンダーの男を前にして、鋼は日向に視線で促す。取り出されたのは彼女の携帯だ。満月亭を見張っていた男達の隠し撮り画像が納められている。

「ここの常連じゃねーかな、って思う男が何人かいてさ。誰か一人でいいから会いたいんだ。この中に知ってる顔はないか?」

 携帯というモノ自体に不慣れなのだろう。奇怪なものを見る目で、表示されていく男達の顔を眺めるバーテンダー。だがすぐに冷静さを取り繕うと「知らんな」と目を背けてしまった。

 本当に知らない可能性もあるが、しつこく追及はしなかった。

 鋼達はまだ十分な情報を持っていない。日向に見張りを尾行させた際、深追いはさせなかったので犯人グループのアジトも大まかな場所しか判明していない。しかしそれを踏まえても、がっつく必要性は感じていなかった。

「それじゃ、ちょっと待たせてもらうかな。この男達の誰かが来るかもしれないし」

 正気を疑う目でバーテンダーが鋼を見る。やめたほうがいいと静かに首を左右に振るが、その意図は分からなかった振りをした。

 満月亭からずっと、見張られているのだ。ここに留まっていれば、焦らずとも向こうから道案内はやって来るだろう。自身を囮にしているのだと彼も気付いたようで、今度は呆れたように首を左右に振り、それからは空気のように干渉してこなくなった。

 カウンター席に鋼は腰を落ち着け、左右に日向と凛が座る。これからの指針と予定は既に二人には説明してある。何があっても臨機応変に対応してくれるだろう。

 ――彼女達を、巻き込むべきでは無いのだろう。

 今回の誘拐事件に自分から必要以上に首を突っ込んでいくのは、言ってみればただの個人的な我儘(わがまま)だ。正義の人でない鋼も、胸糞悪い事件だな、くらいは感想を抱く。これから二年は暮らしていくパルミナに犯罪組織が根付いているのも気にくわないと思うし、鋼が中途半端に関わったせいでただの地上げが誘拐にまで悪化した可能性もある。

 ちくちくと心に引っかかるものが色々あって、いっそ解消してやろうと決めたのだ。動機としてはその程度。大切な戦友達を危険に晒してまで、実行に移す理由としては弱い。

 ――考えたところで、今更だ。

 それが些細な理由からでも、鋼が踏み込むと決めた危地にはこいつらも必ずついて来る。逆も(しか)りだ。動かないか、彼女達を巻き込んで三人で動くか、その二択しかない。そしてその二択なら、鋼は後者を選ぶ男だという事。うだうだと考えたところで、その事実は変わらない。

 一つの疑いが浮かぶ。

 もしかすると、己は人助けを大義名分として、ただ戦いたいだけなのでは、と。

 平和な日常は好きだ。だが五人で戦い抜いた過去の日々も、同じくらい悪くない。そう思っている自分がいるのもまた、本当なのだ。

 詮無い思索を打ち切る。再び異世界へとやって来たのにはその答えを探すという意味もあるが、たった今探す必要は全く無いはずだった。

 鋼は酒場の入り口に目を向けた。



 入店してから十分ほど経過していた。

 店の外で何か大きな動きがある。そう思った時には、漠然とした気配ははっきり聞き取れる靴音へと変化を遂げていた。

 ぞろぞろと物々しい雰囲気をまとった男達が、酒場へと次々に現れる。前回の十人よりは多い。そして多分、前回の奴らよりも更に荒事に慣れていそうな感じがする。

 鼻が潰れている男、奇抜な髪型をした男、山賊のような髭もじゃの男。いかにもな犯罪者集団だった。武器こそまだ抜いていないが、装備を見るに丸腰の奴はほぼいない。

 店外にまだいるのか知らないが、入店してきたのは二十人くらいだ。最初からカウンター席に座る鋼達を意識していた。

「おう、お前らだな? こそこそ俺らを嗅ぎ回ってるニホン人のガキってのは」

 小汚い格好の巨漢が、鋼へと歩み寄りながら声をかけてくる。

 そして日向と凛、特に凛の方を見て、にまにまと下卑た笑みを浮かべた。

「へえ……、こいつは中々……」

「おい」

 イラっと来たので鋼は初っ端から乱暴な口調になる。

「とっとと用件を言え」

「あ?」

 眉を吊り上げた後、巨漢は大袈裟に肩をすくめて、他の男達と視線を合わせ笑いかける。

「聞いたか? この勘違い野郎、俺達に喧嘩を売ってるようだぞ」

「今時いるんっすねえ、こんな調子乗ったガキ」

「強化が得意な騎士候補のエリートだか知らねえが、俺達の特別指導が必要なんじゃねえかー?」

 ぎゃはは、と下品な笑い声が唱和する。その中に混じって、くすくすという上品な笑い声が聞こえる。

 笑いを引っ込めた男達が、声の出所に気付く。鋼の隣、凛の口元からそれは漏れていた。

「あ、すいません。おかしくって。コウの事を『勘違い野郎』とか『調子乗ったガキ』とか言うあなた達こそ、勘違いして調子に乗ったチンピラ風情だと、誰も気付いていないようでしたので……」

 品のある笑みを浮かべながらも、毒のある言葉を凛は吐き出す。

 ――こいつ、ほんとに人格変わるよな……。

 鋼は咄嗟に脱力しそうになる自分を戒めた。それでもやはり、呆れるというか、ため息をつきたい気分というか。

 どうやら《加護》の副次的な効果の一つらしいのだ。前代未聞らしいこの術式について、人体に危険は無いのか過去にニールも交えて色々検証した事があるのだが。その際判明した一つが、この毒舌からも分かる通り、人格の一時的な変化である。

 精神に影響が出るとかそれだけ聞くと相当ヤバイ術式なのだが、戦友達は皆問題無いと断言している。テンションが上がってハイになるとか、酒で酔っ払って妙に強気になる、という程度のもので、人格を歪ますといった感じでは全然無いらしい。

 いや、安全な術式かどうかの判断基準が本人達の感覚だけというのも不確実な話だが。この《加護》、本当に相手の魔力を借りて《身体強化》をしているだけなのだ。それ以上の余計な術式は一切組んでいない。その観点から見れば問題は起きないはずで、ニールも最終的には「自力では実現できないほど底上げされた身体能力を与えられれば、まあ誰でも気が強くなるか」と結論を出した。

 魔力を同調させた影響、という説も浮上したが、戦友達はとにかく大丈夫だと自信満々に言うので、鋼もそれからはあまり気にせず使う事にしていた。今のように普段の凛とかけ離れた毒舌を聞いてしまうと、やはり少し心配になるが。

「……クッソ生意気な女だな。はっ、気の強い女は嫌いじゃないぜ? 従順になるまで徹底的にいたぶんのも面白えからな」

「あなた達ごときに出来るとでも? 下劣な上に、おめでたい頭の持ち主ですね」

「……決めたぜ。おいおめーら、この女だけは殺さず捕らえろ! あとの二人は殺したって構わねえ」

 ぴくりと不愉快そうに眉をしかめる凛。それを見て巨漢が更に吠える。

「ニホン人だからって殺されないとでも思ってたか、ああん? 俺らはギルドの他の腰抜け共とは違うんだよ! ま、お前だけは殺さずに遊んでやるがな。せいぜい泣き喚いて後悔しろ、俺らに楯突いた事を」

 巨漢が腰から得物を抜くと、他の男達も一斉にそれぞれの武器を取り出す。剣、小剣、ナイフ、斧と、様々な使い手がいた。同時に魔力活性化の気配がほとんど全員から発生した。中には魔力にものをいわせた《身体強化》で、手が魔力光に包まれている男もいる。

 三対、少なくとも二十。

 一見して圧倒的に不利な状況になってしまった。鋼は小さく挙手して、一応言ってみる。

「あー、あのさ。確かにこいつが、挑発するような真似しちまったが。俺としては、なるべく平和的に話し合いで解決できないものかと……」

「ぎゃはは、今更命乞いかよ! もう遅えよ!」

 巨漢が強化された腕力で、躊躇無く鋼に向かって斧を振り下ろした。

 ――速い。

 前回の十人より、明らかに手練れの動きだった。

 もちろん反応できないほどでは無かったが。

「ん?」

 ぶつん、という音。手を振り下ろしきった巨漢が疑問の声をあげる。

 鋼が手を出すまでもなく、巨漢の右腕が半ばほどから無くなっていた。

「ぐあああああああああっ!!!」

 血が噴き上がる腕の断面を抱え込み、絶叫する巨漢。落ちる右手。かざされた凛の指先には小さな魔法陣が宿っている。

 彼女の得意とする風の系統。《穿風》による裁断だった。

 突然の惨状に、僅かな時間とはいえ他の男達の気勢が削がれた。一瞬の空白の中、凛が椅子から立ち上がる。大きな魔力活性化の気配。

 右手に三つ、左手に三つ。上半身あたりの前方空間に、規則正しく八つ。

 ただの一秒で凛が展開した、魔法陣の数である。

 凛の動きに反射的に警戒を向けた男達は魔法陣の輝きに圧倒され、ただ立ち尽くす。

 魔法陣の一つが淡く発光し、発動した《圧風》による気圧の塊が巨漢の胸に叩き込まれた。

 呻く巨漢に、次は側面から《圧風》。踏ん張れず吹き飛ばされるところを、反対側から《圧風》。ついでとばかりに腹にも《圧風》。よだれと血と苦鳴を撒き散らしながら、くずおれる事も許されず風で全身を殴打されていく。

 計十四発の暴虐の嵐がやがて吹き止み、後には白目を剥いて涙を流す、意識を失った男の姿が残った。

 あまりにも凄惨な光景に、見守っていた男達は声も出ない。

「……ルウ、ちょっとやり過ぎなんじゃねえか?」

「コウの命を奪おうとしたのですから、これくらいはごく当然かと。本来であれば、人の命を奪おうとした対価は命一つで釣り合うものですし。まだこの人、かろうじて死んではいないので、トドメを差さなかった慈悲に感謝があってもいいくらいです」

 床に倒れようとする巨漢を掴み、凛は鋼に顔を向ける。

「トドメ、差すべきですか?」

「……いや、いい。返してやれ」

「はい」

 底上げされた身体能力で、凛は巨漢を投げ飛ばす。棒立ちだった男達が慌ててそれを受け止める。

 普段より彼女がかなり好戦的なのは、明らかに《加護》の影響だ。思うところは多少あるが、凛を殺す気で攻撃されたと仮定すれば、多分鋼だって似たような事をするだろう。

 凛は男達に向き直り、少しだけ嗜虐(しぎゃく)的な笑顔を浮かべる。

「コウは、言いましたよね? 平和的に、話し合いで、解決できないかと。それなのにあなた達は聞く耳を持たず、こちらを殺そうとさえしました。分かります? そちらが先に(・・・・・・)手を出してきたんです(・・・・・・・・・・)

 罠にかけられたと理解した男達の顔が恐怖で青ざめていく。

「本当はこんな事、やりたくないんです。ですがこちらも死にたくはないので、仕方なく正当防衛で、あなた達を叩き潰させてもらいますね?」

 声音だけは切実に、凛は訴える。あくまでもこちらは、襲われて反撃しただけの被害者なのだった。



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