18 新たな友人
旅立った銀の少女が、山奥の湖上の隠れ家を訪れている頃。
晴れて外出禁止が解除された鋼は、様子見がてらいつもの面子を誘って満月亭に赴いていた。
「お」
「カミヤか」
そこで熱血貴族のマルケウスと遭遇し、軽く声を掛け合っていた。マルケウスは彼の護衛官、ターレイを伴っている。
「ここに座らせてもらうぞ」
席につく鋼達六人から最も近い場所へと、貴族少年と護衛官は腰を下ろす。先日の剣術実技での試合以降もマルケウスの態度が特に変わったという事はなく、あっさりしたものだった。
これが陰湿な性格の貴族であったなら敵意を持たれたり逆恨みされたりしたのかもしれないが、この実直な少年はそういった感情とは無縁のようだ。むしろあれ以降、何か興味を持たれた気すらしている。
「貴族でもこういうとこで食うんだな」
「民の生活を知るのも、貴族の務めの一つだからな」
「……そこは素直に前来た時に気に入ったからって言っとけよ」
教官とも一緒に来た時「普段、こういう場所で食事をとらないから何か新鮮だな」とか言っていたのはしっかり覚えている。マルケウスは更に何か言い返したそうだったが、店員の少女が注文を取りにぱたぱたとやって来たので諦めたようだ。
「なあなあ、友達になったん?」
その隙に省吾が訊いてきた。軽く答えるつもりで鋼は口を開きかけ、有坂、片平のみならず日向と凛も興味深げに答えを待っているのに気付く。
「……いや、まあ。まだダチでは無いだろう。そもそもそんなに話してねえし」
「『まだ』、ねえ……」
有坂がにやりと笑う。それを無視すると次は片平が妙に瞳をキラキラさせて言った。
「『中々やるな』『お前もな』ってパターンですね!? うう、私も神谷さん達の試合、見たかったです!」
「いや別にそんな青春じみた展開は無かったぞ……」
喧嘩した男と男が互いを認めてそこに友情が、という漫画的発想なのだろうが、マルケウスとやったのはただの試合である。それ以上でもそれ以下でもない。
視線を隣の日向に向けてみると、にこにこと微笑ましいものを見るような顔で鋼を見守っていた。なんとなくムカついたのでデコピンをお見舞いする。
「いたっ! え、なんで私いきなりデコピンされたの!?」
「なんとなくだ」
「なんとなく!? まあ、いいけど」
「いいんだ……」
全然気にせず片付けた日向に、有坂が何か納得できない様子で呟く。
ふと鋼が日向とは逆の隣に目を移すと、凛が前髪を手でかき分けているところだった。髪の乱れを整えているようだが、普段と違うおでこが露わになった状態に最終的には落ち着く。それを指摘すべきか迷っていると、凛が何かを期待するような目でじっとこちらを見つめてきた。
そこそこ長い付き合いだが、この時ばかりは凛が何を言いたいのかよく分からなかった。
「……あの三人を見ていると、私ってすごくキャラ薄いな、と思う時があります」
「この場合はあの三人が濃すぎるんじゃないかしら」
片平と有坂がひそひそと囁きあっていた。
◇
満月亭で食事をしている客は鋼達やマルケウスの他にも二組いて、いずれも騎士学校の学生のようだった。
そこそこの客入り、と言えるだろう。給仕役はいつもの店員の少女一人だけなので、結構大変そうだ。
食事を済ました鋼達はまだ学園の休み時間が残っているのをいい事に、店から出るわけでもなく雑談に興じていた。鋼達より遅れて食事を開始したマルケウスとターレイも食べ終わり、鋼達に話しかけてくる。
「カミヤ。少し聞きたいのだが」
「ん?」
「学園の噂話では、お前とそちらの二人は同じ場所に落ちた迷い子だと聞いた。つまり三人とも、亜竜山脈を生き延びているのだな?」
入学した直後は、目立ちたくも無かったので帰還者である事はなるべく隠すつもりでいたというのに。もはや話はそんな問題ではないほど大きくなっているようだった。帰還者の生徒は六人しかいないのに、隠そうとする事自体に無理があったのだろう。
あまり耳に入れないようにしていたが、ある事ない事周りでは噂にされていそうだ。というか貴族・平民の垣根すら関係なしに広がっているのだろうか、その噂話とやらは。
「なんだ、信じがたい噂とか言ってたのに結局信じたのか? 俺が亜竜山脈の生還者だっての」
「ああ」
即答され、鋼は咄嗟の言葉に詰まる。
「あの剣の腕を見せられたら信じるしか無いだろう」
「それはそうよねえ」
有坂も同意するように笑い、話についていけない片平がやっぱりその試合見てみたかったという不満の表情をとる。日向と凛の方は、話題の当事者でもあるクセにいつもの通り鋼に任せるという態度で他人事のように座っていた。
「まあ他にもあと二人いたが、亜竜山脈じゃこいつらも一緒だったぞ。それがどうかしたのか?」
「疑うわけでは無かったのだが、所詮は噂だ。本人達に確認したほうが確実だと思ったのでな」
「だからなんでそんな俺らに興味津々なんだよ、お前は……」
「騎士候補として、同じ学年に強い者がいると聞けば確かめたいと思うのは当然だろう」
「いやそれ当然なのか?」
つくづく面白い性格の貴族だ。あまり身分差についても意識していない節があるし。
「なー、そのあとの二人って、こっちの世界の人なんよな? 一人は前会ったクーさん?」
「ああ。俺達は三人でこっちに落ちたんだが、そこに似たような境遇の遭難者の集団がいてな。それに拾われたんだよ。さすがに三人だけだったら生き残れんかっただろな」
「あなたも会った事ある、前に校門にいた銀髪の人よ」
省吾が鋼に訊いてきて、そこで出た名前について有坂が親切にもマルケウスに教えてあげていた。
「っ! あの女性か!」
「わあ、すごい反応。クーちゃん物凄い美人だったもんねえ」
「ち、違う! 驚いただけで、僕は断じて、そのような……」
日向の何気ない一言に物凄く反応するマルケウス。顔を赤くしている。
やはり真面目で熱血なマルケウスといえどもそういう部分は思春期の少年っぽい。というかもしかして、クーに気がある、とかだろうか。まだ一度しか会った事が無かろうが、クーの外見を考えるとそう不自然な想定でもない。
……。
鋼は思考を脇に置きやった。あまり直視したくない複雑な感情が湧き上がってきそうに思えたからだ。
「ねえ、クーさんって、前にあの男達を追っ払ってくれたあの綺麗な人?」
外から新しい声が割り込んでくる。
仕事がひと段落ついたらしい満月亭の店員の少女が、くだけた態度でテーブルの傍にやって来たところだった。注文を取りに来る時などは常に敬語の少女なので、今は休憩なのだろう。
「ああ」
「あの人、また来ないかな。あれからあの男達、店に来なくなったのよ。あの人にお礼言いたいのに」
「へえ、そりゃ良かったな。あいにくあいつ今、この街を離れてんだ。帰って来たらまた連れてくるな」
来なくなった本当の理由は知っているも、その顛末を知っている者は日向と凛しかこの場にはいない。酒場の件での目撃者であり、マルケウス程鈍くはなさそうなターレイは、事実を推測できているのか少し面白そうな目で鋼を見てきたが。
「お願いね。あいつらの嫌がらせにはすごい迷惑してたから。クーさんが次来た時は、タダでいいわ!」
「……いいのか? ただでさえ貴重な店の収入なのに、赤字になったり……」
「し、失礼ね! そりゃあ前会った日は確かにあなた達しかお客さん来なかったけど、最近は盛り返してきてるの!」
もちろん客入りからして鋼も分かっていたのでからかっただけだ。
「と、いうわけで。これからも当店を、どうぞご贔屓に」
宣伝っぽく少女はまとめて、ぺこりと鋼達六人に小さく頭を下げた。
そしてマルケウスにもこう話しかけた。
「あなたも、いつもありがとう。この前も椅子取り返してもらったし」
「あ、ああ。いえ、騎士候補として当然の事をしたまでです」
堅苦しい言葉遣いだが、マルケウスはどうやら照れているらしい。その反応も興味深いが、もっと気になる箇所が今の台詞にある。
「へえ。いつも、か。もしかしてマルケウス、あれから毎日ここに通ってたのか?」
「ま、まあそうだな。民の生活を知るのも、貴族の務めの一つであり」
「さっきも聞いたぞそれ。素直に美味いから気に入ったって言えばいいものを」
ちなみにここで店員の少女が、この人貴族だったの!? という顔をしていた。
「それに、来れなかった俺の代わりに店の様子を見ててくれたのか?」
「そういうわけではない」
きっぱり否定された。まあ、多分こいつは酒場で倒れていた男達がこの店に迷惑を掛けていた輩だとは気付いていないわけで。マルケウスからすればこの店は椅子泥棒の子供が一度出ただけの、至って平和な店と感じているはずだ。毎日来て警戒を続ける理由は薄いかもしれない。
だが。
この少年が熱血くそ真面目なのを鋼は知っている。何も起きない満月亭で、それでも根気強く警戒し続けていたという可能性は低くないように思ったのだった。
「ここ数日来ないなあって思ってたんだけど、来れない理由があったの?」
「学校の用事とか色々あってな」
店員の少女の問いかけを誤魔化しつつ、余計な事は言わんでいいぞと席につく面々に鋼はアイコンタクトを送る。ほとんどはその意味を把握し承諾してくれたようだ。
マルケウス以外は。
「用事? この店に迷惑を掛けていた男達の一人に襲われて、学園から外出禁止を言い渡されていたのではなかったのか?」
一人だけ空気の読めない貴族がいた。
「…………」
こいつ、どうするよ? と居たたまれない空気の中、鋼達は目でやり取りする。
さすがに何か感じるところがあったのか、表面的にはむっつりと、しかしやや焦った様子でマルケウスは周りを見る。
「な、なんだ? まるで僕が間違った事を言ったような雰囲気だな」
カミヤの事情はそう聞いていたのだが、と自分の護衛官に確認を取るマルケウス。気まずそうに目を逸らされていた。
店員の少女が慌てたように言い募る。
「え、ちょっとどういう事!? あの男達に何かされたの!?」
「もう解決してる。気にしなくていい」
「そんな事言われても気にするわよ! あいつらに襲われたの!?」
こうなってしまえば適当な誤魔化しであしらえるはずもなく。仕方が無いので《火矢》での襲撃事件についてだけ、鋼は簡単に説明した。話を聞く内どんどん少女の表情は深刻なものになっていった。
「――ってわけで、犯人はもう捕まって警備隊に引き渡されてる。後の三人についても警備隊にも一応話は行ってるし、あいつらも諦めたんだろう。外出禁止になってた間も特に何も無かったしな」
そう鋼が総括しても、店員の少女の顔からは不安は晴れない。
「そんな事になってたなんて。私が謝るのも、少し違うんだろうけど……」
「んな暗い顔すんなって。襲ってきた奴、こいつが捕まえたって言っただろ? 俺だって実はそういうのに結構慣れてるし、もしあいつらが今度は三人で襲ってきたとしても返り討ちだ」
「慣れてるって、あなたが……?」
意外そうに瞳を瞬かせて、首を傾げられた。
「一応騎士候補だぞ? そんな俺、弱そうに見えるか?」
「あ、ごめんなさい、そういうつもりじゃ。あなたって、私にとっては女の子の扱いが上手い人って印象だけが強くて……」
「どんな印象だよ!? 弱そうに見えるって言われた方がまだマシだったぞ!」
「だって、あのただ者じゃ無さそうなクーさんが頭を撫――」
「ごほ、ごほっ、ごほっっ!!」
それ以上言わせないための持病の発作が出た。いやまあそんな持病など持っていない鋼だが。
そうだった。忘れようと努力はしていたが、夜にクーの頭を撫でている所をこの少女には目撃されているのだった。
前回マルケウス達と店に来た時は、椅子泥棒の件などもあってクーの事には触れられなかった。変な目で気まずげに見られはしたが。それ以後数日が経ったのもあり、鋼は完全に気を抜いて安心していたのだ。
場の流れをコントロールするため、むしろこちらから積極的に話題を展開させる事にした。
「女の子の扱いが上手いって……無い無い。俺ってそんなキャラに見えるか?」
異性を優しくエスコートするような紳士、あるいは優男タイプとは、正反対の位置に自分はいると鋼は思っている。一緒に異世界を戦った少女達を除けば、女子と親しくなった経験などとんと無い。
だから見えるかと訊きつつも、否定される前提での鋼の問いかけだ。それに対し、有坂と片平は答えたくないとばかりにふいと目を逸らした。
――なんだ、その反応は。
頼みの綱とばかりに省吾に視線を移せば、鋼の両隣に座る日向と凛を静かに見やってから、微妙にシリアスな表情でそろそろと目を逸らす。鋼は地味にショックを受けた。
「ふむ。確かに見えないな。カミヤが婦女子に敬意を払っている様子すら見た事が無い」
ここでまさかのマルケウスからの援護がきた。
「マル。お前いい奴だな……」
「待て、なんだその馴れ馴れしい呼び方は!?」
「照れんなよ。俺達、ダチだろ?」
「さっきは違うと言っていたのはしっかり聞いていたぞ!?」
ちゃっかり聞いていたらしいマルケウス、もといマルが食ってかかる。元々長い名前で呼びづらいと思っていたので、その呼び方で鋼の中では決定された。
「お前はちょっと空気が読めないところがあるが、いい奴だよ。俺が保証しよう」
「だから待て! 呼び方もだが、空気が読めないというのはどういう事だ! 納得できん!」
マルは本当に心の底から納得できていない表情だった。いやいや。
「お前……、ダチだからこそきっぱり言ってやるが、それは認めたほうがいいぞ……?」
「貴様と友人になった覚えは無いし、その気遣わしげな表情もやめろ! 全く言いがかりも甚だしい。僕が協調性の無い人間などと……」
ぶつくさ言うマルとその護衛官の視線が交錯する。ターレイは軽く咳払いして、そっと視線を逸らしたのだった。
◆
同じ通りでも、満月亭からはかなり離れた路上。
店から出てくる騎士学校の生徒達を、さりげなく観察する男がいた。とある酒場で神谷鋼に襲い掛かった十人の内の、唯一最後まで立っていた小剣使いの男である。
ここからでは話している内容はおろか表情さえ判然としないが、構わない。気付かれないのが第一だ。慎重に慎重を重ねるべきだとその男は考えていた。それだけ神谷という騎士候補と、もっと強いらしい彼の『連れ』を警戒しているのだ。
やはりあの騎士候補は、満月亭の常連であるようだ。出来ればもう関わりたくないのだが、上からの指令に従うならそうはいかないかもしれない。あくまで可能性だけなのだが、男を陰鬱な気分にさせるのにそれは十分な要素だった。
騎士学校の生徒や、店の客は次の標的ではない。狙いはあくまであの店だけだ。しかしあの店に異常が起きれば、常連客にも遅かれ早かれ気付かれる事になる。
そこから自分まで辿られる可能性は、かなり低い、はずだ。そもそもあの少年は、彼自身とその連れが手を出されない限りは動かない気もする。大丈夫だろうと信じるしか無い。
闇ギルドの指令に逆らう程、男は愚かではなかった。逆らって無事に済むほどおめでたい組織では無いからだ。だからこそあの少年が関わって来ないようにと願うしか、男には残されていないのだ。
あの少年かその連れに実行犯を特定されて、個人的に報復されたりしないだろうか。そういった心配を無理やりに押さえ込み、選択肢の無い男としては何も考えないよう努めるしかなかった。思わずため息がこぼれる。
様子見以上の意味も意義もない監視をやめて、男はその場から立ち去った。
満月亭を立ち退かせるという依頼の失敗。
その件に対する、闇傭兵ギルドが決定した処置の実行日は明日に迫っていた。