第4話 巨影の咆哮
――ドクン、ドクン。
胸の奥深くから響く、巨大な心臓の鼓動。
信じられないほどの力が全身を駆け巡っている。
なぜ、俺は一撃で魔獣を吹き飛ばせたんだ……?
ついさっきまで、死の淵にいたはずなのに。
しかし、考える暇もなかった。
次から次へと、魔獣が襲いかかってくる。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
襲い来る魔獣の群れに拳を握り、殴り、蹴り飛ばす。
魔獣たちが次々と地に沈んでいく。
だが、どれだけ倒しても、森の奥から湧き出す魔獣は絶えない。
――ドクン。
再び、深く重い鼓動。
身体が熱い。内側から焼き尽くされるような、強烈な熱に全身が蝕まれる。
焼けるようなものが、体中に流れている。
「ひ……ひぃ!」
足元から、か細い悲鳴が聞こえた。
クレスだ。
意識を取り戻したクレスが、全身をガタガタと震わせている。
クレスの瞳は、俺を捉えていた。
その目に宿る感情は、明確な“恐怖”があった。
何を……怖がっているんだ、クレス。
声をかけようとした瞬間、ふと視界の端に映った自分の手が見えた。
――息が止まった。
腕が……俺の腕が、硬質な黒い鱗に覆われていた。
筋肉が膨張し、爪が鋭く伸びていて――それは、完全に魔獣の腕へと変貌していた。
腕だけではない。足も、身体も、見る影もなく魔獣じみた姿へと変形している。
な、なんだ……これは……? 身体が……熱い……う……うぅぅ……
その瞬間、視界がぐにゃりと揺れた。
クレスが、魔獣が、森が、急速に小さくなっていく。
視界がグングンと上昇し、まるで地面が沈んでいくようだ。
気づけば、俺は木々よりも遥かに高い場所から周りを見下ろしていた。
破壊された街が見える。魔獣と戦っている兵士達も。
そして、あの“山のように巨大な牛型の魔獣”も。
だが――。
今の俺の視界では、あの巨大魔獣はもはや「山」ではなかった。
……俺と、同じ高さに見える。
前線部隊も、後方の部隊も騒がしく動いている。
今は兵士達も豆粒のように小さく見える。
そして――皆が俺を見上げていた。
「巨大魔獣、さらにもう一体発生!」
「戦力を半分に分けて迎撃しろ!」
号令をかける兵士の声が聞こえる。その剣は、疑いなく俺に向けられていた。
新たな巨大魔獣? だが、周囲に牛型の魔獣以外はいないはずだ。
すると、矢が幾本も俺を目掛けて飛んできた。
危ない、と思ったが、矢は俺の肌に弾かれ、力なく地面に落ちていく。
――もしかして、新たな巨大魔獣って……俺のことなのか?
自分の手足を視認し、周囲と比較する。
周囲が小さいのではない。俺自身が巨大化していたのだ。
呆然と自分の身体を見ていると、その足元にクレスがうずくまっているのが見えた。
魔獣たちがクレスを取り囲んでいる。
――危ない!
反射的に、俺は両腕でクレスを守るように地面に手を突き、そっと手のひらでクレスを救い上げた。
俺の手の上で、クレスは怯えきっている。
……当然だ。こんな姿、誰だって怖がる。
ドスン、ドスンと、自分の足音で大地が揺れる。
ガイフォンさんが治療を受けている後方部隊の近くまで進み、クレスをゆっくりと地面に降ろした。
周囲の兵士たちは、警戒し剣を構え、恐怖に顔を引きつらせている。
しかし、これでクレスの安全は確保できた。
……俺は魔獣になってしまった。
しかも、巨人に。
……いや、今はこれを利用するしかない。考えるのは後回しだ。
俺は驚くほど、冷静だった。
「グオオオォォォ!!」
俺は再び前線へと向かい、足元の魔獣の群れを蹴り飛ばす。
まるで砂山を蹴るように、魔獣たちはあっけなく散っていく。
――やれる。
振り上げた腕で、魔獣の群れを薙ぐ。蹴り、払い、なぎ倒し、魔獣の群れの数を減らしていく。魔獣の数が、目に見えて減っていく。
だが、まだ残っている。あの牛型の巨大魔獣が。
奴に目をやると、口の中に、街を破壊した紫色の光が再び収束している。
また光線を撃とうとしている――!?
やらせるかッ!
「ガウァァァァァァァァ!!」
大地を揺らし、牛型の魔獣に一直線に突っ込む。
巨体がぶつかり、大地が揺れた。
そして腕を振り上げ――叩きつける!
止まれぇぇぇっ!!
ドゴォォッ!!
牛型の魔獣がわずかに揺らぐが、踏みとどまっている。
だが、奴の口の光の収束が止まらない。
止まれって言ってんだろうがぁぁぁぁっっ!!!
もう一撃。さらに一撃。
牛型の魔獣の巨体が傷つくも、光の収束は止まらなかった。
しかし突然、魔獣の口の光の収束が止まった……と思った瞬間、口の中が凄まじく光り出した。
……撃つ気だ! くそっ! このままじゃ、街が……!
結界はもう無いんだ。
こうなれば……俺が盾になるしかない!
俺は巨大魔獣の前に立ち、腕を交差して構えた。
鎧も盾も無い。あるのは、魔獣化した俺自身の肉体だけだ。
すると、目の前が鋭く眩い光に覆われた。
ドォォォンッッ!!!
ぐぅっ……!!
衝撃で吹き飛ばされ、地面を転がる。
視界が揺れ、地面がえぐれる。
……街は、無事だ。だが――。
俺の左腕は、光線に焼かれて無くなっていた。
胴体も、激しい光線の影響で一部が溶け出している。
息が荒い。熱い。焼け付くような激痛が走る。
だが、牛型の魔獣の口は再び光り出している。
まだ止まらないのか!?
俺は欠損した左腕の激痛に耐えながら立ち上がり、怒りのままに、魔獣の光る口に右腕を突っ込んだ。
眩い光が腕を焼き、皮膚が剥がれていく。
もはや痛みなど、どうでもよかった。構うものか。
「グアァァァァァァァァァァッ!!」
腕を突っ込んだまま、牛型の魔獣をひたすら押し、後退させていく。
光線が止まらないなら、このまま奴をこの場所から遠ざけるしかない。
全力で押し込み、地面が裂け、衝撃が空気を震わせる。
少しずつ、奴の巨体が後退していく。後退しながらも抵抗する巨大魔獣。
そして、魔獣の口に突っ込んだ右手にわずかな感触があった。
力がみなぎってくる鉱物の感触が。
これは……魔石か!? こいつで光線を作ってるのか……? ならば……!
俺は右手に力を集中し、手のひらに感じる魔石を強くにぎった。
硬い。が、壊せる!
「グガアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
バリンッ! 手の中で砕けた感触。
だが次の瞬間、今度は牛型の魔獣の身体全体が紫色に発光し始めた。
な、なんだっ!?
その瞬間、視界が白に染まった。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォ――ン!!!
――――――――――――――――――
……。
……ん?
……あれ?
「ヘックション!!」
自分のくしゃみで飛び起きた。
さ、寒い。
冷たい風が俺の肌を刺す。
周囲を見渡すと、そこは夜の野原。そして俺は裸だった。
「え、ちょっ……なんで裸……?」
どうやら俺は、街の外で裸で寝ていたらしい。
空には月の光が照らしている。
ふと自分の胸を見てみると、熊型の魔獣の爪で空いたはずの穴や怪我は、まるで何もなかったように綺麗さっぱりと塞がっている。
「なんだ……? 夢、じゃないよな……?」
街の方を見ると、街の灯りが夜空を照らしている。どうやら街は無事なようだ。
ということは、魔獣を撃退できたのだろうか? クレスは、ガイフォンさんは無事だろうか?
焼けた匂いが風に乗って、鼻をかすめた。
ここは、さきほどの戦場より少し離れた場所のようだった。
「……やっぱり、夢じゃないのか」
俺の呟きが夜に溶けた。俺はふらつきながらも、街へと歩き出した。
今の問題は……俺が裸だということだ。
街の外に落ちていた壊れた盾を拾い、申し訳程度に隠し、街の門に近づく。
多数の兵士、騎士団、冒険者までもが厳重に警備しているのが見える。
当然だ。あの魔獣との戦いの後なのだから。再び魔獣が襲ってくる可能性もある。
門につくやいなや、騎士たちに剣を突きつけられた。
そりゃそうだ。夜中に裸で現れたら、不審者に決まってる。夜に裸で訪れた俺が悪い。誰だって警戒する。俺だって警戒する。
しかし、門の警備に知り合いの衛兵仲間が居たことで助かった。
俺が衛兵だということを皆に説明してくれたことで、なんとか街に入れた。
騎士に「なんで裸なんだ?」と聞かれた時には、なんて答えようか迷ったが「戦いで服をボロボロにしてしまって……」と答えると「……お互いに大変だったな」と同情され、大きな布を羽織らせてくれた。 ……ありがたい。
衛兵達に魔獣との戦いの結末を聞きたかったが、自分自身に起きた事が整理できていない事と、ガイフォンさんとクレスの安否を急いで確認したかったので聞かなかった。
街に入ると、通りには避難していた住民たちの姿があった。
人々の表情を見て、胸が熱くなる。
ひとまず魔獣は撃退できたという事で安心していいのだろう。
急いで自宅に戻ると、服を着て詰所に向かった。夜なので誰もいないと思ったが、案の定だれもいない。
俺のいる詰所は、ガイフォンさんとクレスと俺しかいない小さな詰所だからだ。
詰所からガイフォンさんの自宅は近いので、駆け足でガイフォンさん宅に向かってみる。
もしガイフォンさんの身に何かあったらと思うと、走る速度が自然と上がった。
ガイフォンさんの家に着くと、窓から明かりが見えた。
ドアをノックすると、すぐにドアが開いた。
「アデル……か!? 無事だったのか!? お前、どこに居たんだ!? ずっと探してたんだぞ!」
「ガイフォンさん! 無事だったんですね!?」
俺とガイフォンさんの声が重なった。
ガイフォンさんは身体中に包帯を巻いていて、痛々しい姿だ。
しかし、その顔を見ると身体の緊張が、ふっと解けるのを感じた。
ガイフォンさんの後ろには奥さんや娘さんたちがいたが、俺とガイフォンさんは抱き合って再会を喜び、子どものように騒いでしまった。




