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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第35話 ヴィオレットの本音

 巨大化した魔人に、少女がしがみついた。


 その瞬間、激しく暴れていた魔人の巨体が、急速に人間の姿へと戻っていく。

 騎士団長ヴィオレットは、目の前で起きている全ての事象を、理解することができなかった。


 巨大な魔獣同士の対決、頭の中に響く衛兵アデルの声、ヴィオレットの思考は終始、混乱の中に置かれたままだった。


 そして人間に戻った魔人は、そのまま地面に倒れ伏していた。

 ヴィオレットは、魔人が息絶えたのかと一瞬身構えたが、剣を杖代わりにして、その無防備な魔人へと近づいた。


 傍らにいた少女は、ただ泣きながら衛兵の名を呼んでいた。

 「アデル、アデル」と、か細い声で繰り返していた。


 魔人、いや衛兵アデルの呼吸を確認すると、問題無く息をしていた。

 衛兵アデルは外傷も無く、無事なようだった。


 少女に「大丈夫、生きている」と伝えると、安心したようだったが泣き止まなかった。

 ヴィオレットはアデルが裸だったのに気が付き、自身のマントを外しアデルに掛けた。

 少女はその後も横になっているアデルの手を握りしめ、アデルに寄り添っていた。


 この少女は何者なのだろうか。


 ヴィオレットは、この二人を見て、自分とユーリエの事を思い出していた。

 アデルと少女がどのような関係なのかは不明だが、少女がアデルを深く慕っているのは見て取れる。


 アデルの叫び声を聞き、こんな危険な場所に助けに来たのだろう。

 魔人は街を破壊していたが、彼女にはどうしてもアデルが『悪』だとは思えなかった。

 この少女をかつての自分に、そしてアデルをユーリエのような、互いを守るべき存在なのだと思えてしまう。


 ヴィオレットが二人を眺め、荒れた呼吸を整えていると、騎士団が到着した。

 ヴィオレットは、気を失っているアデルを丁重に扱うよう指示を出した。


 少女がアデルから離れないため、一緒に付き従ってあげるようにと口添えした。

 そして、激しいマナの操作で疲弊し、ろくに歩く事もできなかったヴィオレットは、初めて他人の肩を借りて城へと歩き始めた。

 

 城につくと、騎士たちから治療を受けるように強く促されたが、ヴィオレットはそれを断り、自室へと戻った。

 侍女が慌てるほど、ヴィオレットの顔も鎧も服も血まみれで、見るに堪えない状況だった。


 急いで鎧を外し、身体を拭き、服を着替え、立っているのもやっとだったのでベッドに横になった。


 だが、ヴィオレットはすぐに、この場で休息を取ってしまった事を深く後悔した。


 それから数日、ヴィオレットは身体がろくに動かなかった。

 全身が鉛の様に重く、頭も朦朧としていた。

 魔人たちの状況が気になるも彼女は数日間、ただ寝込む状態となった。

 

 数日後、自分の身体の回復具合を確かめた。

 今日は、なんとか身体は動く。


 だが、そこで驚愕の事実に気がついた。

 ヴィオレットはマナの操作が出来なくなっていた。


 子どもの頃から、理屈ではなく感覚で操ってきたマナ。今、それを操作しようとしても、マナが全く反応しない。

 慌てて自室で色々試すも、一向にマナは応じなかった。


 ワタワタと焦るヴィオレットの耳に、ドアをノックする音が届き、かろうじて冷静さを取り戻した。


「入れ」


 入ってきたのは、息を切らせた伝令だった。伝令は、驚くべき報告を上げた。

 魔人を捕縛し牢獄へ拘束したこと、そして少女も牢獄で監視されているという。


 伝令の話では、騎士団長に丁重に扱うよう指示された騎士団が魔人たちを運んだにも関わらず、騎士団の知らぬ間に、宰相の私兵によって牢獄に連行されていたらしい。

 騎士団は宰相の勝手な振る舞いに憤り、現在は宰相の私兵と騎士団が共同で魔人の監視を行なっているとのことだった。


 ――私が寝ている間に、またも宰相に好き勝手されてしまったか。休息を取る前に、釘を刺しておくべきだった。


 ヴィオレットに後悔の念が胸を締め付ける。

 

 マナの操作ができないヴィオレットは、騎士団長として権威を示す金色の鎧を着る事ができなかった。

 あの鎧は見た目より遥かに重く、マナ操作の膂力で重さを軽減していたのだ。


 剣技もマナの操作を利用した戦い方しかできないため、今のヴィオレットは騎士としてはおろか、戦士としても全く役に立たない状態であった。

 幸い、滅多なことでなければ金色の鎧を着ることはないので、周りからは怪しまれることは無かった。


 だが、それは考えてもどうしようも無い事だと、ヴィオレットはすぐに深く考えるのを止めた。

 今はあの魔人と少女の事が先決だと。


 ヴィオレットが魔人の所在を確認し、牢獄へと向かう道中だった。

 城内にも関わらず、不審な人物を発見した。


 その不審人物の着ている服は王族のもの。


 だが、見た事のない顔だった。

 その者は、ヴィオレットと同じ道の先を歩いていた。

 そして、その人物が、途中の兵士に止められていた。

 王族と兵士は、揉めているようだった。


「申し訳ございませんが、ここから先はお通しすることができません」

「ほう、王族でもか? 貴様、名前は?」


 明らかに権威を振りかざした、冷たい圧力。

 

「いえ、その……何人もここは通すなという王命でございまして」

「そうか、ご苦労。私は第四王子だ。王族という事で問題無いな? 今の失言は聞いていない事にしておいてやる」


 その王族はそう言っていた。確かに王族の正装。

 第四王子、その姿を初めて見る。

 今までどこに居たというのだろうか。


「この先には魔獣と化した人間がおりますゆえ、危険ですので」

「知っている。だから見に来たのだ。……お前、いい加減にしろ。これ以上、邪魔立てするのであれば許さんぞ」


 冷たく言い放つその姿。宰相や第一王子とは異なる、異質な威圧感を持っていた。

 その目は、殺気にも近いものを感じる。


 そうして、第四王子と名乗る者は兵士たちの制止を振り切り、奥へと進んでしまった。


 あいつ、何をする気だ? 本当に王子なのだろうか。


 どちらにせよ、同じ場所を目的としている事は分かった。


「あ、騎士団長!?」


 兵士がヴィオレットの姿を見て、敬礼をする。ヴィオレットは今のひと悶着を利用する事にした。


「剣を貸せ。私があの者の後を追う。大丈夫だ、ここは私が責任を持つ」


 ヴィオレットはそう言って、兵士の剣を持ち、第四王子の後を追った。

 あの第四王子が勝手な行動をしていなければ、騎士団長のヴィオレットであっても、ここを通る事はできなかっただろう。

 兵士たちは王命と王子の命令という板挟みを、騎士団長の責任という言葉で解かれ、ほっとした様だった。

 

 ヴィオレットが第四王子の後を追っていると、第四王子が急に立ち止まった。

 そして、ゆっくりと振り返り、ヴィオレットを見た。

 

「貴様、何用だ」


 第四王子がヴィオレットに言い放つ。

 この第四王子は魔人と会って、何をするつもりなのだろうか。


「……この先は魔獣がおりますゆえ、危険な場所でございますので」


 ヴィオレットは何と言っていいのか分からず、先ほどの兵士と同じ様な言葉を口走っていた。

 すると、第四王子は近づいてきてヴィオレットの目を覗いた。

 

「お前、危険なのは魔獣だけだと思っているのか?」


 魔人さえも殺しそうな冷たい目をした第四王子の言葉に、ヴィオレットは戸惑った。


 魔獣だけ?


 この城にいると、思惑にまみれた人々の感情こそが、最も危険だと痛感する。

 その様な事を言っているのだろうか。


「いえ、その……」

「では、まさか先にいる魔人が危険だとでも言うのか?」


 まるで魔人は危険では無いという意味合いを持つ言葉だった。その真意は測れない。

 だが、ヴィオレットは純粋に心で思っている事を口にした。


「危険だとは……思っておりません」

「ほう。では、なぜ危険と言った? 魔人がこの国を人々を救ったのが、お前には分からないのか?」

 

 第四王子から出た言葉は、ヴィオレットが正に思っていた事だった。


「……私もそう思っております」

「そうか。であれば、無用な邪魔立てをするな」


 第四王子はそういうと、進んで行ってしまった。

 ヴィオレットは聞かれてもいないのに、第四王子に対して自身の思いを吐露してしまった。

 どこか、同じ思いを共有している様な気がしたから。


「私は……魔人を救世主だと信じております」


 第四王子はヴィオレットの言葉に立ち止まった。

 しばらく考えていた第四王子は、さらにヴィオレットに信じられない言葉を投げかけた。

 

「では処刑になる魔人を、救いたいと思わないか?」


 魔人が処刑? 聞いていない。また宰相の独断だろうか? ……あり得る話だ。ヴィオレットは困惑したが、本音を吐き出した。


「魔人は救われるべきだと思います」


 ヴィオレットの言葉に、第四王子はニヤリと笑った。


「では、魔人を救うのだ。お前、名前は」

「ヴィオレットと申します。騎士団長を務めております」

「そうか。私は第四王子、クレス=フィーンズだ」


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