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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第32話 困惑のヴィオレット

 血のにおいが濃く立ち込める中、ヴィオレットは、マナ操作による負荷で血を吐き、石畳に膝をついていた。


 そして巨大な狼頭の魔獣が放った、おぞましいマナの砲弾。それはヴィオレットの眼前に迫っていた。

 最早、膝から崩れ落ちたヴィオレットには、それを受け止める術はなかった。


 だが、ヴィオレットの前に突如、魔人が現れた。

 魔人は、その身でマナの砲弾を殴り飛ばした。


 そして、凄まじい衝撃が大地を揺らした。


 魔人は咆哮と共に、さらにその身体を巨大化させた。

 街を破壊していた巨大な狼頭の魔獣に、真正面から立ち向かい、戦い始めた。


 あの魔人、あの衛兵か。やはり、我らに仇為すものではなかったのだ!


 ヴィオレットは、心の底から湧き上がる自分の考えに、深い安堵を覚えた。


 やはり敵などでは無かった。こうして、人々が蹂躙されている時に助けに来てくれる英雄だったのだ。


 ヴィオレットは血の味に喘ぎながら、呼吸を整える。

 マナの操作がこんなにも身体に負担が掛かるものだとは思わなかった。

 身体中の血が逆流しているような感覚、筋肉が硬直している。

 まさか、指先一つ動かなくなるとは。


 ヴィオレットはなんとか顔を上げ、魔人の戦況を見守った。見るに戦況は魔人の優勢に傾き始めていた。

 魔人はその膂力で、巨大魔獣を徐々に蹂躙し始めた。


 心の中で、魔人の活躍する姿に、胸が熱くなるのを感じる。

 そして、魔人が巨大魔獣を倒したかと思った、その時。


 狼の巨大魔獣は、さらに異形に、そして巨大化していた。

 あの狼の魔獣にも、おぞましいマナが宿っている。


 今度は魔人が押され始めた。せめて身体が動けば、何かしら加勢できるかもしれないのに。

 この窮地で、己の無力さを呪う。


 国の命運を、我々が虐げた一人の人間に託している不甲斐なさ。

 いや、それを守るはずだった我が身を、ヴィオレットは何度でも恥じた。


 だが、劣勢だった魔人は、突如として魔獣のような凶暴さで、狼頭の魔獣を荒々しく嬲り始めた。

 巨大魔獣と戦っているはずなのに、魔人の放つ凶暴さが目を引く。


 そして、信じられないことに、狼頭の魔獣が魔人に抱き着いて噛みついたかと思えば、その巨大魔獣の姿が塵のように消滅した。


 魔人が勝ったのだと、そう思った。


 だが、違った。


 魔人が突如、苦しみだしたように見えた。そして、ピタリと動きが止まる魔人。

 やがて魔人はゆっくりと身体を起こし、手のひらにマナを収束し始めた。


 あの狼の魔獣と同じものを。そして、魔人が街を攻撃し始めた。


 ヴィオレットは何が起きたのか分からなかった。


 さらにあろうことか、城から対巨大魔獣兵器が、轟音と共に魔人に向かって放たれた。

 だが、対魔獣兵器が放った巨大な矢は、魔人に当たると、まるでただの鉄くずのように力なく落ちていく。

 かすり傷さえ、与えているようには見えなかった。


 そして魔人がゆっくりと城の方へ向いたと思うと、城へ向かって手のひらをかざしだした。


 手のひらにマナを集約する魔人。


 ――城を攻撃するつもりか!?


 ヴィオレットは、魔人の手のひらのマナに対して自分の手をかざした。

 身体は動かなくとも、マナの操作だけでも……


 喉から止めどなく溢れてくる血で呼吸さえ出来ず、意識はもうろうとする。

 全身の力が抜け、膝をつくヴィオレット。


 だが、それも間に合わず、城へ向かってマナの砲弾が放たれた。


 ヴィオレットの息が止まった。

 だが、城の周囲に展開された結界によって、マナの砲弾は砕かれ、散っていった。


 安堵も束の間、結界はマナの砲弾と同時に消滅してしまった。


 そして、突如声が聞こえた。

 助けを呼ぶ声が。


 直接、頭の中に響く。

 聞き覚えのある声。


 その声は言っていた。

 

 『やめてくれ。誰か俺を止めてくれ。誰か、誰か』と。


 声の主を思い出した。

 あの衛兵、アデルだ。


 あの魔人が喋っているのか……? 『止めてくれ』と言っているのか? だとすると、今、街を破壊しているのは、あの衛兵の意思ではないという事か?


 そして、魔人の手のひらに収束しているマナ。

 さらに切実な声が響いた。

 魔人の、アデルの声が。


 『やめてくれ! だれか! 俺を殺してくれ! 早く! たのむ!』


 魔人の、アデルの悲鳴のような悲痛な絶叫が頭の中に響く。


 だが、ヴィオレットはそれを聞いても、出来る事が一つしかなかった。


 あの魔人の手のひらのマナの収束を、ほんの少しでも遅らせる。

 ヴィオレットはマナを霧散させれないまでも、マナの集約をおくらせる事に専念した。

 

 その中で、幻聴のようなものが聞こえた。


「…………ルー!」


 ヴィオレットの耳に、突然届いた声。


 ……誰だ? 避難できていない民間人がいるのか? 魔獣に襲われているのか? しかし、身体が動かない。


「……デルー!」


 声が近づいてきている。子どものような、細い声。……子どもだと?


 まさかと思い、声の方を向くと、瓦礫の中を誰かが走って来ている。


「アデルー!」


 ……小さな少女が走ってきている。


 なぜ、こんな所に? アデルと言っているのか? あの魔人の知り合いか? なんでこんな危険な場所に?


 少女はハァハァと息を切らし、今にも倒れそうなひしゃげた顔をしている。


「アデルー!!!」


 その少女が大きな声を上げて……魔人に向かって走っている。


「まずい……そっちは、危ない……」


 ヴィオレットは声を絞り出すが、少女には聞こえていない。


 あの少女は魔人の家族か? あの衛兵に家族は居ないはずでは?


 しかも、少女は魔人が衛兵アデルだと知っているのか? しかし、なぜ来たんだ。危険すぎる。


「アデルー!!!!!!」


 少女は魔人に駆け寄っていった。


 一心不乱に。


 そして、あろうことか、少女は魔人の足に張り付くように抱き着いていた。


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