第30話 魔人の衛兵
俺はゲン爺さんに南門周辺の魔獣討伐を任せ、巨大な魔獣の元へと急いだ。
石畳の道には、あちこちに血と瓦礫が散乱している。
巨大な魔獣が通った痕跡なのか、建物は無残に引き裂かれ、街全体が酷いありさまだった。
その道中、魔獣と戦士たちの交戦があちらこちらで起きていた。どこも苦戦しているのが見て取れる。
この街の建物の作りは、密集した陣形を敷くことを強いる。
縦にならざるを得ない陣形は、仲間が邪魔になり、結果として魔獣と少ない人数で戦うことを強いられていた。
そして、その中を縫うように逃げ惑う住民たち。
街全体が、完全に混乱状態だった。今はただ、この街を、人々を守らなければならない。
だが、俺は巨大な魔獣の元へ急がねばならなかった。
魔獣との戦士たちの戦いを見ると、ジリジリと人間側が押されていた。このままでは……全滅だ。
俺は人々を見捨てるわけにはいかなかった。
「グオォォォアアアァァァァッッ!!!」
俺に警戒していない魔獣を屠るのは簡単だった。石畳を蹴り、影のように魔獣の群れへと飛び込む。
次々と魔獣の命を刈り取っていく。だが、やはり、というべきか。
突然現れた魔獣の姿の俺の姿を見て、騎士や冒険者は一斉に警戒し、剣を、槍を、弓を、魔法を向けてきた。
人間の攻撃から逃げ回りながら、同時に魔獣と戦うという、二重の強いられる戦い。
しかし、魔獣と戦う魔獣。
その異質な光景が、彼らの間に不可解な意味を持ち始めたのか。
騎士や冒険者は、俺に攻撃するのをやめていた。
俺は魔獣を発見しては、駆逐していく。
右にいる魔獣を叩き伏せ駆逐。左にいる魔獣を突き倒し駆逐。
背後から迫る魔獣の群れを薙ぎ払い駆逐。
それを続ける事で、なんとか民間人が逃げる活路を開いた。もう、ここでの俺の役割は終わりだ。
あとは、あの大きな魔獣を倒すだけだ。
俺は騎士団たちにコクリとうなづいて合図をする。『ここの、後は任せた』と。
騎士たちも、すぐに俺の意図を察したのか、小さく頷き返した。
そうして、俺は巨大魔獣の元へ駆けた。
街を破壊しながら進む、あの狼頭の巨大な魔獣。
奴の行動に、俺は目を疑った。見ると、巨大な手のひらにマナを集め、マナの塊を街へ放っている。
あの牛型の魔獣が吐いた咆哮とは異なり、純粋なマナの塊。
しかし、巨大化していない今の俺が、あの巨大な魔獣に適うのだろうか。
……いや、やるしかない。
俺は魔獣を屠りながら、巨大魔獣の足元まで走った。
ここは民間人が城へ避難するための道だったはず。
この先に巨大魔獣がいるかぎり、人々は避難できていないという事か。
スラムの人々、そしてリアナの事が心配になった。
しかし、どうにも巨大魔獣の様子がおかしい。
巨大魔獣の手のひらにマナが溜まったと思ったら、マナが分散していく。
……何をしているんだ?
次の瞬間、巨大魔獣の動きが止まったと思ったら、巨大魔獣は自分の足元の方に手のひらを向けていた。
そこへ駆け寄ると、それはすぐに目に飛び込んできた。
巨大魔獣の手のひらの先に、騎士がいた。
金色の騎士。あの女騎士団長。
たったひとりで、あの巨大な魔獣と戦っていたのか? 無茶すぎる。
すると、魔獣が手のひらに再びマナを溜め始めた。
その先は、女騎士。
まさか、女騎士を狙っているのか?
刹那、巨大魔獣のマナの塊が、女騎士に向かって飛んだ。
なッ!?
両足に全身の力を込め、地面を全力で蹴る。
衝撃で石畳が弾け飛び、地面が大きく削れる。
俺の身体が跳ねる様に進んで行く。
――間に合ってくれ……間に合ってくれ!
「ガアアアアアアァアァァァッッッ!!!!」
間一髪。女騎士に着弾する寸前で、俺はマナの塊を思い切り殴り飛ばせた。
だが、弾き飛ばしたマナの塊と俺の身体は勢いが止まらず、隣の建物に激突し、爆音と共に塵の山に変えた。
そして同時に、霧散するマナの塊の残滓が、俺の身体に吸い込まれるように入ってきた。
全身が焼け付くように熱い。
まるで内側から皮膚を焼かれているような痛み。
血液が沸騰し、皮膚が弾ける。
――ドクン。
この感覚を、俺は覚えている。身体が軋む音を聞いた気がした。
視界が急速に広がっていく。街が小さくなっていく。破壊された街が、その全貌を見せている。
気が付くと、あの巨大な魔獣と同じ目線になっていた。
――こいつ、街をめちゃくちゃにしやがって。許さない……!
「ギィィィィアァァァアアア!」
魔獣の狼の口から、威嚇とも叫びともとれる奇声があがり、奴が飛びかかってきた。
巨大な爪が、牙が、俺の眼前に迫る。俺は巨大化した魔人として、その攻撃を迎え撃った。大きさは奴と変わらない。
その両腕から繰り出される爪、そして牙。
やはりこいつは魔獣だ。だが、強さは俺と互角。
お互いの身体が、爪と牙によって深く、深く傷ついていく。
巨大魔獣との乱戦によって、街がさらに破壊されていく。
この攻防で、人々へ被害が出ないようにすることに俺は手いっぱいになってきた。
街を守るため、そして人々の盾になり、俺は身体は徐々に傷を負い始めていた。
その動きは、俺にとって分が悪い状況になりつつあった。
このままでは負ける。こいつを倒すのであれば……
俺は自分の周りのマナを吸収する。どこまでも無尽蔵に吸える気がする。
俺の体内に紛れ込んでくるマナが、俺に更なる力を与える。
巨大魔獣同士の体力の削り合い。だが、奴の体力は底が無いように見える。
すると、魔獣の牙が、俺の肩を深く貫いた。
全身に激しい痛みが走るが、それを振り払った。
奴は俺の肩の肉を食いちぎっていた。
まだだ。マナが足りない。俺はマナを吸い続ける。
……視界が歪む。や……ラレルモノカ……さらなる魔獣の力を……
「グググガアアアアァアァァァッッ!!!」
もはや理性で制御できなくなりそうなほど力が溢れる。
自分から発せられる異形の咆哮。
俺の爪が、狼頭の頭部を深々と裂いた。
「ギィィエエエェェエエエ!!」
奇声をあげる巨大魔獣。
俺は更に追撃する。
その腕を、爪で引き裂く。
「ギィエアアアアァァァァッッ!!!」
深手を負い、地に倒れた巨大魔獣。
すると、奴の様子がおかしい。
「ビイイイィィィィィィィ!!!」
巨大魔獣が奇妙な雄叫びを上げた。すると、巨大魔獣の周辺にいた小さな魔獣たちが、ぞくぞくと集まってきている。
そして集まった魔獣の身体が、次々に塵のように消えていく。
いや、あの巨大魔獣の中に入っているのか? ……巨大魔獣が、魔獣を吸収している!?
止めなければ。
しかし、気が付いた時には遅かった。巨大魔獣の身体は、すでに俺より遥かに大きくなっていた。
そして、魔獣の背中から腕が二本、新たに生え出て、異形がさらに異形になる。
血のように赤い目がギョロリと俺の方へ向けられた。
突然、巨大魔獣の姿が消えた。いや、消えたわけではない。
巨体だが、異常に素早い。
そいつは、いつの間にか俺の前に居た。
巨大魔獣の四本の腕から繰り出される爪。
俺の身体は瞬く間に切り裂かれていた。
圧倒的な力の差。
――殺される。そう感じた。
俺は更にマナを吸い続ける。……全身が、痛い。身体の奥から骨が軋む音が聞こえる。
だがマナの吸収を止めたら、俺は負ける。
そうなったら、街もリアナも……。
俺はマナを限界まで吸い続ける。
何か、俺の中でジリジリとしたものが、膨張していくのを感じる。
何かに、意識が持っていかれそうだ。
一体なんだ? これは、魔獣の……? ダメだ、心を支配されては。
――大丈夫、俺は冷静ダ。痛みナど…無イ。 殺セる……モウスグ……!
気が付くと、俺は巨大魔獣の腹に腕を突き刺していた。
そして、四本の腕の一本を引きちぎっていた。
だが、その瞬間、奴は最後の抵抗なのか、俺に抱き着くように飛びかかり、牙が俺の首筋に深く噛み込まれた。
三本の腕で羽交い絞めにされていたが、次の瞬間、巨大魔獣が突然塵の様になり、消えていった。
――なんだ? 倒したのか? 何が起きたんだ?
その時、突然だった。
――ぐっ! がっ!?
全身の血が逆流するような、とてつもない激痛が襲う。
――何が起きた!? 身体が、おかしい!?
全身の骨が折れるような感覚。内臓を握りつぶされるような感覚。全身が痛い。
なんだ、これは……?
そして、誰かが俺に語り掛けてくるような囁き。
『暗い……寂しい……見つけた……壊せ……殺せ!』
誰だ? なんだ? 苦しい……身体が、動かない!?
しかし突然、俺の身体が動いた。
……俺の意思とは関係なく、勝手に。
――俺の身体が勝手に動いている!?
そして、俺の腕が持ち上がり、手のひらを街にかざしている。
……何をしているんだ?
すると、俺の手の平にマナが凄まじい勢いで集まっているのが見えた。
……まさか!?
ドオオオォォォン!
轟音と共に、街が破壊された。俺の手のひらから放たれたマナが街を破壊している。
――奴に身体を乗っ取られたのか!? くそ!
次の瞬間、身体に衝撃が走った。
鈍い衝撃が。俺の身体が、そちらの方へゆっくりと向く。
城からだ。何かが飛んできた。……矢? いや、巨大な槍。それが凄まじい速さで飛んできている。
しかし、俺の身体はそれを掴み、握り潰していた。
ひしゃげた巨大な槍が街に墜ち、建物を破壊していた。
――あれは、俺を攻撃しているのか?
すると、俺の身体がゆっくりと動いた。俺の身体が片腕を上げ、手のひらをかざした。
手のひらの先は、城だった。
――そんな……やめてくれ!
見える。城に避難している人たちが。
恐怖に震えている。
みんなが、俺を見て怯えている。
手のひらにマナが凝縮し、集約していくのを感じる。
――やめてくれ! 誰か俺を止めてくれ! 誰か!! 誰か!!!!!!
そんな俺の意思とは関係なく、俺の手のひらからマナの塊が、砲弾となり飛んでいった。
城へ向けて。




