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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第28話 切迫の殿戦

 巨大な影が、森の木々を粉砕しながら、このスラムの村へと迫ってきていた。

 その足音は地を這う轟音となり、地面を通して足裏まで振動を伝えてくる。


 以前の南門の戦いで見た、牛型の四足歩行の魔獣とは別種の存在だった。

 その魔獣は、熊のように分厚く黒い身体を二足で支え、狼のように裂けた口元から、血のような赤い瞳を覗かせていた。


 魔獣特有の、全てを覆い尽くす漆黒の表皮。

 だが、その姿は、俺が知るどの獣とも異なっている。


 遠目に見た巨大な黒い身体の表面から、ボロボロと小さな黒い塊が落下しているのが見えた。


 あれはなんだ?


 俺は目を凝視させ、その黒いモノを観察した。


 ――まさか。


 落下した塊は地面に触れるやいなや、身を震わせ、小さな魔獣へと変わった。

 それは、熊でも狼でもない、四肢が細長く歪んだ、異形の化け物だった。

 巨大な魔獣は、その身を揺らすたびに、魔獣を生み出し、放っていた。


 森の木々が邪魔をして全貌は見えないが、さらに目を凝らし、森の奥を覗く。

 見えるだけでも無数の魔獣がひしめき合っている。

 あの巨大な魔獣の足元には、数えきれないほどの異形の魔獣がいるに違いない。


「まずい……っ!」


 冷や汗が背筋を伝った。

 なぜ、こんな近くまで気が付かなかった。


 前回の南門の戦いとは違い、警戒する間もなく、すでに街や村の目前だ。

 北の山間部が視界を遮り、さらに広がる深い森が気配を隠していたようだ。


 迎撃態勢すら取れていない。

 門から出て戦うこともできない。


 そして何より、この巨大な魔獣が街へ向かうには、必ず、ここスラムの村を通過する。

 それが意味するのは、この村の全滅だ。


 周囲を見渡す。

 村の人々、ゲン爺さん、そして俺の横に立つリアナ。

 皆が皆、あまりにも非現実的なその巨大な存在に圧倒されていた。


 ――どうする。どうすれば、この状況を打開できる……?


 まずは村の皆を避難させなければ。

 だが今から街の北門へ向かっても、すでに門は閉ざされているだろう。


 俺一人が魔人となって魔獣を相手にできるだろうか?


 いや、少数の魔獣ならばまだしも、戦いながら村の人々を守り切るのは不可能だ。

 魔獣の数が、多すぎる。


 その時、ゲン爺さんの声が村中に響き渡った。


「地下の通路を使え! 街へ避難しろ!」


 その声に、村人たちの顔にハッとした表情が戻る。


 そうだった。あの、リアナが教えてくれた地下の隠し通路。街の中まで繋がっている。

 あれを使えば、安全に街へ逃れられるはずだ。


 だが、魔獣は近い。避難が間に合わない可能性もある。


 ――時間を稼がなければならない。


「急げ! さぁ! 街に入ったら、城へ向かえ!」


 ゲン爺さんの指示で、人々は慌てて隠し通路のある建物へと走り出した。


 俺は横に立っているリアナを見た。

 膝をおろし、リアナに目線に合わせる。

 小さな肩に、俺はそっと手を置いた。


「リアナ、よく聞いて。あの地下通路に、皆と一緒に入るんだ」


 リアナの顔は青ざめ、肩は小刻みに震えていた。


「通路の先は街の中だから安全だ。でも、お城に行けばもっともっと安全だから、村の人たちとはぐれないように。わかった?」

「ア、アデルは……?」


 リアナが、不安がにじんだ瞳で俺を見つめ返した。


「俺は、一緒には行けない。皆が逃げるまで、俺が時間を稼がないといけないんだ」

「ア、アデル、いっしょに……」


 リアナが小さな両手で、俺の右手を握りしめた。その震えが、不安と恐怖を直接俺に伝えてくる。


「ごめん、リアナ。だけど、俺はリアナを守りたいんだ。さあ、急いで行くんだ」


 俺はリアナの背中を優しく押し、行くように促した。

 リアナは何度も何度もこちらを振り返り、泣きべそをかきながらも、避難通路へと向かっていった。


 その小さな背中を見送るのは、まるで心臓をえぐられるように辛かった。


 俺は立ち上がり、背後にいるゲン爺さんを振り返った。


「すまんな、アデル」


 ゲン爺さんは、俺がここに残る意味を深く理解していた。

 

「いえ、今こそ俺が、皆さんへの恩を返せる時が来ました。ゲン爺さん、すみませんが、俺が足止めをしますので、皆さんを頼みます」


 ゲン爺さんは深くうつむき、一呼吸した。

 ゆっくりと、だが有無を言わせぬ低い声で、俺に尋ねた。


「お主、その……魔人の力が扱えるのか?」


 やはり、知っていたんだ。


 直接言われる事で、ゲン爺さんの不安もうかがえた。


「ええ。おそらく、できます。森に出て、全力で足止めします」

「……すまんな。頼めるか」

「ええ、もちろん。……行ってきます」


 俺は短く別れを告げ、急いで村を出た。

 村の北側、深い森の中へ。


 森に入ると、凄まじい量の足音が空気を震わせて響いていた。

 歩いているのではない。獣が獲物を追うように、猛烈な勢いで走ってくる音だ。

 

 俺は立ち止まり、深く息を吸い込んだ。身体中のマナが、重い鉛のように流れ込んでくるのを感じる。

 体内にマナが澄み渡ると同時に、力が溢れ出し、肌が熱を帯びる。


 視界が研ぎ澄まされ、聴覚が森の奥の僅かな音まで拾う。

 そして、俺の身体が、漆黒の異形へと変質化していくのを感じた。


 俺の目に、森の奥の魔獣たちが捉えられた。その数は、想像を絶する。

 俺は一匹でも多く、ここで駆逐しなければならない。


 魔獣の一群が、俺の姿を捕捉したらしい。

 魔獣の群れが、明らかに俺に向かって突進してくるのがわかる。


 ――それでいい、俺に向かって来い。


 俺は胸の奥底から、振り絞るように咆哮した。


「グガアァァァァァァァァッッッ!!!」


 俺の咆哮が、森の静寂を引き裂いた。


 ――魔獣どもめ、お前らが逃げ出すほどの恐怖を与えてやる……!


 異形の魔獣たちが、黒い波のように森の地面を埋め尽くし俺へと殺到する。

 魔獣は今まで見たこともない、醜悪で獰猛な姿だった。


 俺は地面を蹴り、魔獣へと駆け出した。


 魔獣の爪が俺の身体を切り裂く、その一瞬前に、俺の爪が魔獣の首元を切り裂いた。


 鈍い音と共に、魔獣の首と胴が離れ、血が飛び散る。


 だが、すぐに次なる黒い爪と牙が、四方八方から迫りくる。


 しかし、魔人となった俺の視界には、その動きが驚くほど遅く見えた。


 俺は爪を振るい、魔獣の頭を凪ぐ。頭を握りつぶし、分厚い胴体を蹴り飛ばして数体を同時に吹き飛ばす。

 十体、二十体、百体――瞬く間に数えきれないほどの魔獣を屠った。

 しかし、魔獣の群れは止まない。まるで、無限に湧き出す泥のようだ。


 そして、最も恐れていたことが起きた。


 魔獣の中には、俺を無視し、村の方向へ進路を変える奴がいたのだ。


 ――行かせるかッ!!!


 俺は魔獣から一瞬で反転し、村へ向かおうとした魔獣の背中に飛びついた。

 黒い両手で魔獣の身体を掴み、そのまま引き裂くように二つに引き裂く。


 だが……このままでは、まずい。


 次から次へと、魔獣が俺の防衛線を突破し、村の方へ進んで行ってしまった。

 数匹の魔獣が、村の木の塀に飛びつき、無惨にもそれを破壊した。


 その時だった。


 破壊された塀が爆発したのかと思った。


 魔獣と共に吹き飛ばされ、大量の魔獣の肉片が森へと飛び散った。


 黒い肉片は、まるで巨大な砲弾に撃ち抜かれたように、跡形もなく消し飛んだ。

 

 その先、村の中に立っていたのは、ゲン爺さんだった。


 ゲン爺さんの手には、いつも持っていた木製の杖がある。いや、杖ではない。柄の太い、黒鉄の剣だった。あの杖は、どうやら剣を隠すための鞘だったらしい。


 しかし、大量の魔獣が怯むことなく、ゲン爺さんの方へ進んでいく。


 ゲン爺さんが危ない。

 俺はすぐさま反転し、魔獣の群れを屠りながら村へ向かおうとした。


 だが、すでに数匹の魔獣が、ゲン爺さんに向かって到達してしまった。


 だが、俺の危機感は杞憂に終わった。


 ゲン爺さんの方へ向かった魔獣は、音もなく、その場でもろくも微塵に散っていた。

 何が起きたのか、俺の目ですら、その一瞬の出来事を目で捉えることはできなかった。


 そして、森の奥で蠢いていた魔獣たちも、次々と同じように微塵に散っていく。

 これが、ゲン爺さんの力なのか。


 以前、俺が見せてもらった時よりも、遥かに凄まじく、恐ろしい。


 塀がなくなったことで、村の中がはっきりと見える。

 村人たちは、ゲン爺さんを残して誰もいない。

 

 皆、地下の通路から街へと避難できたようだ。

 だが、目に飛び込んできたものがある。


 あの隠し通路の建物があった場所の地面が、大きく陥没していた。

 どうやら、ゲン爺さんが魔獣が地下通路へ侵入するのを防ぐため、退路を断ったのだ。


 ゲン爺さんは自分の逃げ道すら、自ら潰していた。


 ゲン爺さんへ向かっていく魔獣は増える一方だった。

 俺は、魔獣を手前で食い止め、壁となるが数が多すぎる。


 俺とゲン爺さんが魔獣を殺し切れなくなるのも、時間の問題だった。

 俺はまだ体力があるが、ゲン爺さんの体力が切れたら、もうどうにもならない。


 しかし、街はどうなっているんだ。


 俺は、あの巨大な魔獣の方へ視線を向けた。


 ――最悪の状況だった。


 街の外壁が、まるで粘土細工のように大きく破壊されている。

 巨大魔獣が、すでに街の中へ侵入しているのが見えた。


 森での戦闘に集中していたため、巨大魔獣の位置を把握できていなかったことが、何よりも悔やまれた。


 街の人々が、スラムの人々が、そしてリアナが危険だ。

 無事、城へ避難できているのだろうか。


 すぐ、街へ向かわなければ。俺は目の前の魔獣を薙ぎ払いながら、全速力でゲン爺さんの所へ駆け寄った。


 ゲン爺さんは魔人となった俺の姿を見ても、ゲン爺さんは驚きも攻撃する素振りも見せなかった。

 どうやら、俺だと分かっていたらしい。


 俺がたどり着いた時、ゲン爺さんはすでに肩で息をしていた。

 その胸は大きく上下し、苦しそうだ。


「さすがに、この数となる厳しいな。あのでかいのも、すでに街に侵入している。一筋縄ではいかんぞ」


 俺はこくりと頷き、ゲン爺さんを抱え上げ、担いだ。


「ぬお!? どうする気じゃ、アデル!?」


 俺はゲン爺さんを担いだまま、北門へ駆け出した。この老齢の冒険者を、ここに置き去りにはできない。

 俺は全力で駆け出すと、魔獣たちを瞬く間に追い抜き、破壊された北門まであっという間に到達した。


 街の中に入ると、建物が破壊され、黒い魔獣たちの残骸が見える。

 どうやら騎士団や冒険者たちが街の中で応戦しているようだ。


 後方からも、続々と魔獣が集まってきているのがわかる。

 俺は街の中へ進み、騎士団や冒険者たちが魔獣と戦っている場所まで走った。


 そして、その先の光景に驚いた。

 戦っている兵士たちの後ろには、まだ避難できていない住民たちが逃げ惑っている。

 魔獣との距離も近く、危険な状況だった。


「アデルよ、わしはここいらの魔獣を兵士たちと挟み撃ちにする。魔獣の背後からであれば、容易いはずだ」


 俺はゲン爺さんを降ろすと、ゲン爺さんはすぐに駆け出した。

 その動きは、到底老人とは思えないような、強靭な速さだった。

 魔獣へ踏み込み、その黒剣で魔獣を切り伏せていく。

 転生者の中でも、これほどの強さを持つ者が、どうして現役じゃないんだ。


「アデル! ここは任せろ! お主には、奴をどうにか頼めるか?!」


 ゲン爺さんの視線の先。


 巨大な魔獣は街を破壊しつつ、まっすぐ城の方へと進んでいた。


 リアナたちの避難先へと。


 俺はあの巨大な狼頭の魔獣に向かって駆け出した。

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