第27話 脅威の再来
リアナはあれから、余計に俺にひっついてしまうようになってしまった。
俺が夜、情けなく泣きじゃくってしまったことが、よほど心配なのだろう。
その小さな瞳が心配の眼差しで、チラチラと俺の顔を何回も確認している。
外を歩いているときは、俺の手を小さな両手で強く繋いでいるし、寝る時なんて、もはや俺の服なのかと疑うほどに密着してくる。
「もう大丈夫だよ、ありがとう」と何度言っても、ぴくりとも離れない。
それに混乱していたとはいえ、俺を抱きしめてくれていた子供に対して、声を上げて泣きじゃくったことを思い出すと、恥ずかしさが全身を駆け巡る。
あの時のことを、リアナは特に何も言わない。
俺も、触れなかった。きっと、リアナなりに俺に気を使ってくれているのだろうか。
だけど、やはりリアナには俺の事なんて気にせず、子供らしく過ごしてほしい。
……そうだ! 俺はリアナの頭にそっと手を置き、声を掛けた。
「なあ、リアナ」
「ん?」
返事は短い。その視線は、まだ俺の顔から離れない。
「俺はその、もう大丈夫だからさ。心配かけてしまってすまない。だから、安心してほしいんだ」
リアナは首をフリフリと振り、繋いだ手をさらに強く握りしめた。
「リアナ、俺は本当にもう大丈夫だから。心配しなくていい」
俺がもう一度繰り返すと、リアナはうつむいたまま、静かに問いかけてきた。
「アデル。今、こまってること、あるでしょ?」
え、困ってる事?
リアナの突然の質問に、心臓が大きく跳ね上がり、ギクっと体が硬直する。
そりゃ、俺の人生は困っていることだらけだが、今、俺が直面しているのは、自分がいつ魔獣になるか分からないという、人生最大級の困っている事だ。
そんな陰鬱な悩みを、目の前の子供に言うわけにはいかない。
だが、変に隠すのもよくないとも思った。
「突然の質問だな。そりゃ、困ってることくらいあるさ」
「じゃあ、こうしておく」
リアナは答えになっていない答えを返し、俺の手をさらに強く繋いでいた。
「リアナ、あのな、誰だって困っていることくらいあるだろ? それに、大人になったら、困っていることくらいたくさんあるもんだよ。俺は大人だから、自分で何とかしなきゃいけないんだ」
「……アデル、ばかなの?」
……え? 今、リアナに思いっきり「馬鹿」って言われた?
その直球な物言いに、俺は驚いて思わず動きが止まってしまった。
「リアナ、何言って――」
「だって、アデル言ったよ。こまったとき、大人も子どもも、関係ないって」
「え、そんなこと言ったっけ? いや、確かに言った気がするな……」
……以前、リアナにそんな口ぶりで話した気がする。自分の言った言葉が、俺の胸に突き刺さる。
「アデル、ずっと元気ない顔してる」
何? 俺はそこまでつらそうな顔をしていたのだろうか、と思い返す。
最近、笑えていない自覚はあった。
リアナが俺の顔をチラチラ見てたのは、俺の表情が曇っていたからか。
子供の観察眼を甘く見ていた。
その時だった。
街の方角から、大きな音が聞こえた。
ゴォン。ゴォン。
突然、全身の毛穴が開き、冷たい水が流れ込むようにゾワっとした感覚が襲う。
不吉で、重く、この世界に住む者が最も聞きたくない音とさえ思った。
以前、魔獣が街を襲ってきた時の、あの鐘の音だ。
まさか、また魔獣が来たのか?
「リアナ、ゲン爺さんを探すよ」
俺はリアナの小さな手を引っ張り、ゲン爺さんの所へ急いだ。
「ゲン爺さん! 街から警鐘がでています。もしかしたら、魔獣の可能性があります」
ゲン爺さんは杖を手にし、鋭い目つきで立っていた。いつもの和やかな雰囲気は無かった。
「ふむ。そのようだ。またしても大変な事になったな」
街の皆は大丈夫だろうか。
ガイフォンさん、クレス、バルガスさん。
おそらくまた、南門へ迎撃に出ているのだろう。
俺も戦場へ行くべきだろうか。
しかし、このスラムは街の北門の外れにある。南門まではかなりの距離がある。
おそらく、すでに城門は閉じているかもしれない。そうなると街の中を突っ切ることはできない。
到着は遅くなるが、外周から行くか。
そう考えている時、手にぎゅっとした強い感触。
手を繋いでいたリアナが、さらに力を込めていた。
リアナを見ると、うつむいていた。
リアナは何も言わないが、この村の皆の不安そうな雰囲気を感じ取り怯えているのだろう。
俺は戦場へ助けに行かないといけないが、リアナを独りにも出来ない。
村の人が一緒にいるとはいえ、この子を独りにするのはつらい。
いやしかし、街が陥落すれば、ここスラムも壊滅だとゲン爺さんが以前言っていた。戦場へ行って加勢する以外に道は無い。
それに警鐘が鳴るという事は、巨大な魔獣がいる可能性も高い。
南門まで時間は掛かるが、戦場へ行く前にリアナを出来るだけ安心させてあげなければ。
そう思っていた。
だが突然、俺には時間が無いことを思い知らされた。
街の北門の外に位置する、この村スラム。
俺の目に見えたのは、スラムの北に位置する森を、樹木を破壊しながら歩く信じられないほどの巨大な魔獣。
魔獣たちは、俺たちのいる、この北門から攻めて来ていた。




