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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第25話 剣聖の老人

 日の光が差し込む中で、ゲン爺さんはゆったりと長椅子に腰かけ、木製の杖を立てかけていた。


「『剣聖』だのなんだの言われてな、最初の頃こそ、わしは自分の力をおごっていたよ。なんせな、自分の活躍で、いっつも冒険者ギルドの受付がドヒャーと驚いててな。自分が凄い人間だと勘違いしていたよ」


 ゲン爺さんは、からからと楽しそうに笑っている。その目元には、若かりし頃の自分を愛おしむような、深い皺が刻まれていた。


「勘違い、ですか?」


 俺は思わず聞き返した。ゲン爺さんの剣技を見たばかりだ。

 あれほどの力を持っていれば、誰だって自惚れるだろう。


「うむ、毎回毎回わしがギルドに完了報告をするたびに驚くんじゃ。そりゃ勘違いもするわい!」

「どうして勘違い、と? 実際に活躍を驚いてただけじゃないんですか?」

「ギルドの受付がギルドを引退した後にな、ふと聞いたんじゃ。『毎回、凄く驚いてたよな』と。そしたらな、あの驚き様はギルド職員としての職務だったらしいわい。決まりとしてな、『冒険者が活躍した時に、より大げさに驚け』と指導されておったんじゃと。そうすると、冒険者たちは気分を良くしてやる気を出し、さらに活躍するようになるのだと。わしもまんまと騙されよったわい! 驚くだけで、ギルドは冒険者の士気を高め、結果的に儲かるんじゃから、安いものよの。してやられたわい!」


 ゲン爺さんは愉快そうに、ほっほっほ!と腹の底から笑い声を上げた。


 しかし、そういうものなのか。

 冒険者ギルドという場所も、人の心理を利用する商売根性が凄いなと感心した。

 

 だが、自分の身を置き換えて考えると、たしかに大げさに驚かれて舞い上がるのも分かる気がした。

 衛兵詰所とは違う、ああいう派手な世界で、俺が今後仕事を請け負うこともあるのだろうか。

 その際は、接待だと割り切って気を付けよう、と妙に現実的なことを考えてしまった。


「まあ、それはちょっとした笑い話じゃがな。本当に転生者の力について考えさせられることがあってな」


 ゲン爺さんの声色が、少しだけ真剣なものに変わった。


「あれは、わしがギルドに指名されて、盗賊の討伐退治に行った時じゃった。盗賊といっても、転生者らしくてな、特殊な力を持っていたよ。そいつは、『手で触れたものを爆弾に変える能力』があってな。非常に厄介だった。なにせ、迂闊に近づけん。だからこそ、飛ぶ斬撃が使えるわしが指名されたんじゃな」


 手に触れただけで、爆弾に変わる? そんな事が可能なのだろうか、恐ろしい能力だ。


「わしは飛ぶ斬撃で、敵は矢や地面の石ころを爆弾に変えて、お互いに遠距離で戦っておったよ。じゃが、わしに利があった。なにせ奴は、爆弾の元となる物が必要だったが、わしには必要ない。敵は手持ちが何もなくなって、わしは追い詰めていったよ。そしてな、わしの斬撃が奴の腹をかすめたんじゃ」


 ゲン爺さんは、遠い日の光景を瞼の裏に描くように、静かに言葉を紡いだ。


「そしたら、敵が傷口を抑えたんじゃ。反射的だったんじゃろう。奴は、慌てて自分の傷口から流される血を抑えようと自身に触れて――自分自身を爆弾に変えてしまったんじゃ。それで、ドカーン。あっけない最後じゃったよ」


 想像すると、より恐ろしい。


 自分自身の力で、自分さえも殺めることになるのか。

 意図的ではない、反射的な行動の結果として自滅してしまう。


 いや、俺の能力も、まさにそうなのかもしれない。

 あの時、怒りに任せてしまった俺が、もしも誰かに危害を加える可能性があったとしたら……しかも、それは俺自身の制御を超えたところで発動してしまうかもしれない。


「こんな転生者の能力より、地道に手に入れた知恵や知識、技術を活かしている方が、わしには性に合っているよ。それに、わしのこの村への行いがな、『偽善』などと言われる事がある。たしかに、そうかもしれん。だがな、他人がどう思おうが、一番肝心なのは、ここの村人の気持ちだと思っておる」


 ゲン爺さんの視線が、ゆっくりと俺の方へ動いた。


「そして、アデル。お主も衛兵だったのなら、分かるだろう。誰かに必要とされ、他人の役に立つ事こそ、尊いものはないもんじゃよ。ほれ、リアナの寝顔を見れば分かるもんだわい」


 俺たちは、静かに眠るリアナの顔を覗いた。

 たしかに、その純粋な寝顔は守らないといけないものだと、素直に思えた。


 ゲン爺さんは直接的な言葉にはしないが、俺の抱える不安や葛藤を理解しているのだろう。

 その上で生きる道を示してくれている事がよくわかった。


「ゲン爺さん、ありがとうございます」

「なぁに、じじいの迷惑なおしゃべりに付き合って貰って、こちらこそ感謝じゃよ。リアナを、ありがとうな」


 そういって、ゲン爺さんは立ち上がり、ゆっくりとした足取りで去って行った。

 そして、しばらくすると静かに寝息を立てていたリアナが、パチっと目を開けた。

 上体を起こし、目をこすっている。

 リアナは寝ぼけながらも、手に持っていた朝食の残りのパンを、ムニムニと頬張っていた。


 ――――――――


 その日の夜。

 

 村に灯る明かりは消え、深い闇が静かにすべてを包み込んでいる。

 リアナはいつも通り、俺の胸に抱き着き、ぐっすりと寝息を立てていた。


 だが、俺は長い時間、眠れないでいた。


 今日、ゲン爺さんと話したことで、色々な事を考えてしまう。


 まさか、あのゲン爺さんが、転生者だったとは。

 しかも、その力は『剣聖』と呼ばれるほど。あれで現役ではないという事に驚きを通り越して畏怖すら感じる。


 そして、ふと思った。

 あのゲン爺さんの圧倒的な強さ。


 もしかすると、ガイフォンさんの考えの中で、俺をこの村に任せつつ、もしも俺が心まで魔獣となってしまった時に、その後をゲン爺さんに任せたのでないのか、と。


 そうだとしても、それは全然恐ろしくなかった。むしろ、ガイフォンさんの優しさに感じられた。

 俺も人を手に掛けるくらいであれば、死んだ方がましだ。


 あの盗賊のように、自滅することが、誰にも迷惑をかけない最良の選択なのかもしれない。


 それに、やはり俺はこれから一人で生きていかないといけないのだろうか。

 魔獣に心まで支配される可能性がある限り、安息はないのかもしれない。


 それは一体、どういう生活なのだろう。

 子どもの頃、孤児院で暮らしていた時も、周りにはたくさんの人がいた。


 それでも、孤独を感じていた。なのに、今度は人里離れて、本当に一人で生きていかないといけないのだろうか。


 ガイフォンさんやクレスたちに、いつまでも世話になるわけにはいかない。

 俺は、彼らの人生にこれ以上、迷惑をかけられない。

 俺への優しさ。自分のふがいなさ。そして、いつか訪れるかもしれない未来への恐怖。


 不安や重圧が、同時に、巨大な渦のように俺の心に押し寄せてきた。


 これからずっと独りで生きていくのか。俺は何か悪い事をしたのだろうか。

 誰にも迷惑をかけずに生きてきたはずなのに。

 なんで、こんな運命になったのだろうか。


 子どもの時の孤独が、今、形を変えて蘇る。


 孤児院で暮らしていたあの時は、毎日ボロボロになるまで働いて、腹を空かせ、ただ寝るだけの生活だった。

 家族も友達もいない。周りの孤児も心身共に疲弊しきっているのが分かった。

 生きるだけで精一杯で、このまま死んだ方が楽かもしれないと思った事も数回じゃない。「誰か、助けて」と心の中で、何回も叫んでいた。


 だが、そんな中、俺にも友達が出来た。いや、友達と思われていたのかは分からない。

 それは、働いて疲れきった帰り道の路地裏にいた、俺と同じようにボロボロの猫だった。

 食べるものも持っていない俺に近寄ってきて、身体を摺り寄せてくる。

 それが、その時の唯一の救いだった。

 俺は働いた帰りに、その猫と会うのが楽しみだった。

 会話はできないが、猫の鳴き声は、お互いを励まし合っているような気がした。


 しかし、ある日、その道を通っても猫がいなかった。

 路地裏を探していたら、冷たい壁の隅で、丸くなった猫を見つけた。

 寝ていると思って駆け寄って、いつものようにさすったが、いつもと違う。

 反応が無い。

 そして……身体が冷たかった。


 その時、初めて身近な者の死というものを感じた。

 いつものように撫でても、返事をしてくれない友達。

 どうしたらいいか分からなかった俺は、その場に立ち尽くし、ただ涙を流しながら帰った日のことを、鮮明に思い出した。


 ……怖い、これからの全てが不安だ。これから、どうすればいいんだ。また、あの時のように独りになるのか……それは……もう、いやだ……。


 気が付くと、涙が頬を伝っていた。

 止まらない嗚咽。混乱する思考。それは静かに、しかし重く、俺の中で広がっていた。


 突然、ふわりと温かいものが俺の顔を包んだ。リアナの細い腕。いつの間に起きたのだろう。リアナは何も言わず、ただ黙って、俺を強く抱きしめてくれた。


 リアナの温もりの中、俺は子どもに戻ったように、声を抑えきれずに泣いていた。

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