第23話 完成の歓声
あれから、リアナは俺の胸に小さな頭を押し付けて眠るのが癖になっていた。
しっかりと抱き着いて『離さないぞ』とでも言いたげな執着を感じる。
さらに、村の中を歩くときも必ず手を繋いでいる。しかも、その繋ぎ方が力強く、まるで俺の保護者のようだった。
多少の気恥ずかしさがあるが、これでリアナの寂しさを少しでも紛らわせられるなら、安いものだと割り切ることにした。
しかし、俺はいつまでも、ここに居るわけにはいかない。
ガイフォンさんからは「絶対に外へ出るんじゃないぞ」ときつく言われている。
その言葉の通り、兵士の巡回は以前にも増して多くなっていた。
だが、この小さな集落もいつまでも安全ではない。ここを出て隣国などへ向かう準備をしなければならないだろう。
出ていくにしても、国境沿いの関所を通らずに隣国へ渡るのは、かなりの無理がある。
やはり、入念な準備が必要だ。そして準備が出来れば、そう遠くないうちに、ここを出る事になるだろう。
そう考えると、途端にリアナが不憫でならないと感じ、胸が締め付けられた。
俺が居なくなったら、この子はまた寒空の下で独りぼっちで眠るのだろうか。
それは……断じて無理だ。そうさせたくない。
――そうだ、どうせ隠れて暇な時間があるのなら、リアナのために、ちゃんと眠れる小屋を作れないだろうか。
俺の考えは、森で木材を作り、兵士の巡回が終わった後の時間を使って、村の隅の空き地に小さな小屋を作るというものだ。
だが、今まで衛兵として生きてきて、小屋なんて作ったことはない。
果たして俺にできるだろうか? いや、出来る出来ないでは無いな。リアナのために、作らなければならないんだ。
そうと決まれば、俺はさっそくゲン爺さんに相談してみた。
「ふむ、リアナのために小屋を作りたいとな。確かに森で材料を作るなら、兵士の目も届きにくいだろう。作るための最低限の道具はあるしな。作るのは構わないが、出来るのかね? 木を切る、ましてやそれを加工して板や柱にするのは、相当難しいぞい?」
ゲン爺さんが訝しむのも無理はない。衛兵崩れに過ぎない俺が、急に建築などと言い出すのだから。
だが、俺には考えがあった。いや、考えただけで、本当にうまくいくかは、俺にも分からないのだが。
翌日。俺はリアナを連れて森の奥深くへと向かった。
まず、俺とリアナ以外、誰も居ない事を確認する。
そして、リアナには他の誰かが来そうであれば、すぐに教えてくれと伝えた。
リアナは、重大な任務を任されたとばかりに、背筋を伸ばして周囲を警戒している。
まあ、この時間帯に他に誰も来ないのだが。
そして、俺はゆっくりとマナを吸収し始めた。身体が徐々に魔人化していくのが分かる。
だが、全力の魔人化ではない。
意識して、少しのマナの吸収に留める。
この段階的な魔人化のおかげで、服も破かない程度の筋力増強に留めつつ、通常の数倍の力を手に入れることが可能だ。
だが外見は魔人なので、村の人に見られるわけにはいかないが。
俺は魔人の力で木を殴って倒し、枝を払い、そして借りてきた手斧を使えば、力技で荒っぽいが、板や、支柱になりそうな形にすることができた。
まるで、魔獣が大工仕事をしているようなものだ。
そんな日々が数日続いた。
日中は森で伐採と加工。俺の荒々しい作業の横で、リアナは草花を摘みながら見張りを務めてくれる。
そして、村で買ってきた簡単な昼食をリアナと二人で食べる。
リアナは俺が魔人になるたび、目をキラキラと輝かせ、「ししょう、すごい」と小さな手を叩いて拍手をしてくれる。
その尊敬のまなざしが、少しばかり痛い。
日が沈むころに、魔人化を解き、リアナと手を繋いで村へ帰る。
夕飯を一緒に食べて、一緒に寝る。
当初は、俺に抱きしめられるのを待っていたリアナだが、最近は傍若無人だ。俺の腕を持ちあげて、抱きしめろ、と言わんばかりに自分の身体に俺の腕を巻き付ける。
別の日には、遠慮もなく俺の上に乗って寝息を立てていた。
そんなリアナは、当初俺をビクビクと恐れていた態度が嘘のように消え、笑顔がすごく増えた。
俺は衛兵の仕事を、このような笑顔のためにやっていたなという事をふと思い出した。
……今は恐ろしい魔人になってしまったが、守りたいものは変わらない。
「アデル。なんで、変身しないの?」
汗まみれの俺を見て、リアナが不思議そうに尋ねてきた。
「ああ、あれは村の人には秘密なんだ。だから、リアナも村の人には秘密ね?」
慌ててそう言って、リアナの口元に人差し指を立てた。
口留めするのを忘れていたことに、冷や汗がどっと流れ出た。
そして、どうにかこうにか、大量の小屋の材料を村の空き地へ運ぶと、次に直面したのは、自分自身の非力さだった。
なんとかなるかと思ったが、いざ組み立てを始めると全然ダメだった。
支柱を一人で立てるのも、曲がってしまう。釘を打つのは下手で、すぐに曲がってしまう。
板を片手で抑えている間に、もう一方の手でくぎを打つのも一苦労だ。
リアナも一生懸命、曲がった釘を拾ったり、板を支えようと小さな体で奮闘してくれたが、どうにもならない。
その時だった。
「そこはそうじゃなくて、こうするんだよ」と、俺たちの奮闘を見ていた村の人が、不意に声をかけてくれた。
そして、あっという間に支柱をまっすぐ立てて、釘を正確に打ち込んでいた。
「ほら、ここはこう。斜めに釘を打つと抜けにくいぞ」と。
他の村の人たちも手伝ってくれた。曲がった釘を直してくれたり、「ここ、持ってるうちに釘うっちまいな!」と重い板をがっしりと押さえてくれたりと。
「よし、せーのでいくぞ! せーのっ!!」
村の人たちが代わる代わる手を貸してくれた。
今まで挨拶を交わすくらいだった人々が、自然に、そして当然のように、俺たちの作業を手伝ってくれている。
その光景を、ゲン爺さんがニコニコと見守っていた。
そして、村の人たちの共同作業の甲斐あって、数日の後、ついに小屋が一つ完成した。
村で、最も新しい小屋。村で、最も小さい小屋。そして、村で最も不格好な小屋だった。
柱は少々傾き、壁は微妙に曲がっている。だが、雨風は凌げるだろう。
中には、余り木で作った簡単なベッドを一つ入れた。
「よし、リアナ。中に入ってみてくれないか?」
「う、うん……!」
リアナが緊張しつつ、新しい扉を開けた。
それを見ている俺や、手伝ってくれた村の人たちもゴクリと息をのんだ。
リアナがそっと一歩、小屋の中に入った。その瞬間、小屋がギシッ!と悲鳴のような音を立てたが、倒壊はしていない。
そして、リアナが俺たちに目で合図をした。
リアナはベッドに横になるようだ。
リアナが緊張しつつ、ゆっくりとベッドに横になる。
人が一人、ベッドに横になるのを、こんなに緊張した面持ちで大勢が見守っている光景は、世界中を探してもここだけではないだろうか。
全員が息を詰めて、小さな小屋の異音に耳を澄ませている。
ついにリアナがベッドに横なった。
小屋やベッドのギシギシという軋む音が気になるが、問題は無さそうだ。
すると、リアナは寝そべったまま頭だけを上げ、俺に親指を立てた。
どうやら無事、完成のようだった。
そこにいた俺たちは、張り詰めていた緊張から一気に解放され、歓声を上げた。
村人たちは肩を叩き合い、お互いの労をねぎらい、そしてリアナの笑顔を囲んで喜び合った。
不格好な小屋が、宝物になった瞬間だった。




