第22話 二人の約束
リアナにマナが宿っていない。
それどころか、リアナに渡した魔石のマナは吸い取られるように消えていく。
これは、一体どういうことなのだろう?
俺自身、魔法の知識は素人同然なので原因など全く分からなかった。
こんな現象は、よくあるのだろうか?
俺の驚愕と戸惑いをよそに、火起こし道具が使えないリアナの表情はみるみるうちにしょぼくれていった。
リアナは小さな肩を、がくりと落としている。
その姿があまりにも不憫で、俺はすぐに言葉をかけた。
「リアナ。魔法の練習は始まったばかりだからな? 誰もがすぐに魔法を使うことができるわけじゃない。俺だって、火起こしができるようになるのに、最初は戸惑ったんだ。何度もやったら、いつかできるかもしれない。まだ、頑張れるか?」
俺は、練習が結果につながる、と確信を持って言えなかった。
しかし、今のリアナの失望した顔を見るに堪えなくて、さも練習が結果につながるような希望を口にしてしまった。
すると、リアナは俯いたまま、少しだけ声を絞り出した。
「わ、わかった。がんばる、とおもう……」
いつもの力強い返事とは違い、自信無さげな語尾が返ってきた。
火起こしができなかったことが、予想以上にリアナの心を引っ張っているのだろう。
その後のリアナは、終始、小さな影を背負ったような残念そうな顔をしていた。
その日の夕食は、普段より少し多めに買った。
俺はリアナに「今日は頑張ったからたくさん食べような」と励ましながら、夕飯を食べた。
リアナは黙々と、しかし必死に食べてくれた。
頬いっぱいに食べ物を詰め込み、もぐもぐと咀嚼する。
そして、一口ごとに満足そうに目を細める。その姿を見ていると、自然と俺の心も和らいだ。
満足そうに食べている姿からは、もう残念そうな表情はしていなかったので、俺は少しだけ安心した。
夕食を食べながら、俺たちは他愛のない会話を交わした。
「リアナは、魔法を見たことがなかったんだな」
俺が確認するように言うと、リアナは頷いた。
「うん、無いなー。まほうなんて、聞いたこと、あるくらいだ。いろいろ、すごいことができるって」
リアナはもぐもぐと食べながら答えた。
「でも知ってるんだな。だれに聞いたんだ?」
「んー、わかんないな、覚えてない。しかし、アデルはいろいろ、知ってるんだな。すごいなー」
リアナはやはり、食事をもぐもぐと食べながら答えた。
「あはは、そりゃ、俺はリアナより大人だからな。色々な事を習ったし、色々な人に教えてもらったしな」
「ふーん、そうかー。やっぱり、おやに教えてもらったのか? あたしはおやが、いないからなー」
その言葉と共に、リアナの瞳の奥に、ふいに寂しさが灯った気がした。
「……俺もいないよ、一緒だね」
俺がそう言うと、リアナは目を見開いた俺を見た。
「やっぱり、リアナも寂しいかい?」
リアナは返答に困っているのか目を泳がせていた。リアナの返答に困る気持ちはよく分かる。
俺も子どもの頃、親がいない寂しさを誰かに話すことなんて出来なかった。
それを認めて、口に出してしまったら、その途端、寂しさが形を持って、より重くのしかかってくる気がしていたからだ。
そして何よりも、それを受け止めてくれる相手なんていなかった。
「俺も、親がいなくって、ずっとさみしいと思ってたよ。気持ちはよく分かる。それは恥ずかしいことじゃない。それに時々、夢で見るんだ。顔ははっきりしないんだけど。なんとなくお父さんとお母さんみたいな人がいる夢。でも、俺が近づこうとすると、どっか行っちゃってな。起きた時、すごく寂しいんだ」
「そ、そうか……アデルも、いないのか……」
リアナは、どことなく呆然とした顔で呟いた。何か考える事があるのだろう。
人はそれぞれ、大小様々なものを抱えて生きていると思う。
俺が、魔人になったという恐怖と秘密を抱えているように。
親がいなく、この集落で、一人で生きているリアナが、何も抱えていない、という方が無理がある。
――――――
その日、リアナは夜、ベッドに入るまで、どこか元気がなかった。
しかし、一度温かい寝床に入ると、リアナはすぐにスピースピーと静かな寝息を立て始めた。
その安らかな寝顔を見て、俺は少しだけ安心した。
だが、夜の闇が深まった頃。
「うっ……うっ……」
押し殺したような嗚咽が聞こえた。
俺はすぐに瞼を開けた。
暗闇に目が慣れると、俺に背を向けたリアナの小さな背中が、細かく震えているのが見えた。
「大丈夫か?! リアナ!」
何があったんだ? 俺が慌てて声をかけると、震えはさらに大きくなった。
「うっ……うっ……おと……さん……おか……さん」
泣き続けているリアナ。
嗚咽の合間に聞こえるのは、親の名だった。……夕食時の会話で、親のことを思い出させてしまったのだろうか。
抑えていた寂しさの感情が、夢でも見た拍子に、溢れ出してしまったのかもしれない。
「……大丈夫だよ。リアナ」
俺はそっと、リアナの小さな体を抱き寄せた。
感情が乱れ、混乱しているリアナを、ただ優しく抱きしめる。
俺も小さい時、こうして理由もなく泣き出してしまったことがあった。
どうしようもない孤独に襲われた時、誰かにただ抱きしめていてほしかった。
俺はリアナをそっと抱きしめつつ、頭をポンポンと撫でてあげた。
しばらくすると、リアナの嗚咽は静かになり、肩の震えが落ち着いてきた。
「落ち着いてきた?」
俺の言葉に、こくりとリアナが頷く。
リアナは俺の服を、小さな手でぎゅっと強く掴んで離さなかった。
泣くのが落ち着いただけで、寂しさが消えたわけではない。その手がそれを物語っていた。
「……ふしぎ」
ぽつりと、リアナが呟いた。
「どうした?」
「こうしていると、おちつく」
リアナはそう言いながら、さらに俺に抱きついてくる。
小さな手にぎゅっと強く抱きしめられて、俺は少し照れくさかったが、嫌な気はしなかった。
「そうだね。こういう時はさ、こうやってぎゅっと抱きしめて貰えると、救われるよな。俺も親のことを思い出して、こうしてほしいと思ったことがあるよ」
「アデルも、あるのか?」
俺の顔を見上げてリアナは言った。
その目には、もう涙は無かった。
月の光を受けて、リアナの瞳は澄んで見えた。
「うん、もちろん。それに、今でも親のことを夢に見るよ。ま、親の顔も覚えてないんだけどね。さみしくなってさ、俺もこうやって誰かに助けてほしいと思う時があるよ」
「そ、そうなのか。大人なのにか?」
「あまり、大人とか子供とかは関係が無いかもしれない。みんな、関係なく困った時とか、悲しい時、そういう時はつらくなるものだし。そういう時は、こうやって助けてほしいと思うものだよ」
「そうかー、じゃあ」
リアナは身を起こし、真っ直ぐに俺を見た。
「アデルがこまっている時、あたしが助けてあげるからな。あ、あたしは、アデルの護衛だしな」
リアナのその言葉に、俺は思わず吹き出しそうになったが、真剣なリアナの顔を見てこらえた。
「あはは、そうか。じゃあ、その時は頼むよ」
「……う、うん! 分かった!」
リアナは得意げな顔をして、そして、ニカッと笑って言った。
「アデルが困っている時は、あたしが、こうやって、抱きしめてあげるからな!」
……そういうことじゃなくて、俺が求めているのは助けの方なんだけどな、と内心思ったが、俺は声に出さないでいた。
リアナは俺を力強く抱きしめたので、俺も再びリアナを抱きしめた。
「ありがとう、リアナ」
それから、リアナは朝まで俺を離さないで抱き着いて寝ていた。
俺も、この子が悲しい夢を見ない様に、小さな体をしっかりと抱きしめて寝た。
しかし、この時のリアナとの約束を、俺は後悔することになる。




