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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第20話 兵士の巡回

 まだ寝ている時、トントン、と、控えめながらも確かなノックの音が部屋に響いた。

 まだ朝焼けが窓から差し込むかどうかの、冷たい時間帯だ。


「……おはようございます」


 起きがってドアを開け、挨拶をした。そこには、ゲン爺さんの姿があったからだ。

 しかし、その瞳の奥には、どこか警戒の色が宿っている。


「おはようさん、アデル。すまんな、朝早くに。今日はな、おそらく兵士の視察が来ると思うんじゃ」


 ゲン爺さんの低い声は、隣近所の知られぬためなのか、抑えられていた。


「兵士がですか?」

「うむ。まぁ定期的な集落の巡回じゃて。そんな警戒をする必要は無いんじゃが、念のためな。兵士が来たら、森に行って身を隠しておいておくれ」

「分かりました。わざわざ、ありがとうございます」


 俺たちの会話に、奥で寝ていたリアナがむくりと上体を起こした。

 その顔はまだ深い眠りの淵にいる。目つきは完全に寝ていた。


「ほっほっほ、リアナも手伝っておくれ」


 ゲン爺さんの声に、リアナの表情がハッとしたように引き締まった。どうやら目が覚めたらしい。


「兵士の巡回が終わったら、リアナがアデルに森へ行って、兵士が帰った事を教えてやってくれんか。それがリアナの仕事じゃ」

「わ、わかった!」


 リアナはまだ少し眠たそうに目をこすりながらも、きっぱりと返事をした。

 ゲン爺さんはリアナの手のひらにコインを一枚乗せ、満足そうに頷いていた。

 報酬を受け取ったリアナの顔に、責任感が宿っていた。


 ――――――


 昼頃、集落の喧騒がいつもと違う空気を伝えてきた。

 馬の蹄の音、金属の鎧が擦れる音、そして大人たちの小声での指示。


 兵士たちが来たのだ。


「よし、アデル。森へ行って隠れていなさい。終わったらリアナを迎えに行かせるからの。森で大人しくしとるんじゃぞ」


 ゲン爺さんに言われるがまま、俺は塀の隙間から森の奥へと向かった。

 遠目に見る兵士たちの様子は、想像していたような厳しい取り締まりというよりは、むしろ和やかな雰囲気だった。


 彼らは特に焦っている様子もなく、誰かを探しているというよりは、『いつも通り巡回に来た』という程度の軽い足取りだ。


 どうやら、俺がここにいるという情報は、まだ掴まれていないようだった。


 そして森で一人待っていると、巡回が終わったのだろう、リアナが「ぜぇぜぇ」と息を切らしながら迎えに来てくれた。


「アデル! もう、だいじょうぶ、だ!」

 

 しかし、その翌日も、またその翌日も、兵士の巡回は繰り返された。


 おそらく、街中を探し回っても俺が見つからないため、街の周辺地域まで探索範囲を広げているのだろう。

 連日訪れる兵士たちの様子は、最初のうちは『見回っている』という体裁を保っていたが、数日が経つと明らかにやる気を失っていった。

 ただ時間と場所を消化している。まさに『一応巡回している』という程度だ。


 だが、俺にとっては、この毎日の避難が大きな変化をもたらした。

 森で一人、リアナが迎えに来るまでの暇な時間、俺はずっと考えごとをしていた。


 ここから出て行った方がいいのか。自分はこれからどうすべきなのか。


 俺は本当に、いずれ魔獣になってしまうのか――。


 いや、最後に魔人になってから、もう何日も経っている。

 もしかしたら、もう二度と魔人にはならないのかもしれない。


 そんな、現実逃避にも似た、答えのない希望に縋るような考えが、果てしなく広がっていた。


 その中で、ふと、騎士団に連行された日の記憶が脳裏をよぎった。

 まさか騎士団長が、いきなり尋問に来るなんて、あの時は焦りに焦った。


 ……そういえば、騎士団長に尋問されている時の、あの手のひらに浮いていた黒い物は何だったんだ? 騎士団長はマナと言っていた。マナといえば、魔法使いの使うやつか? 魔石に宿っているとも聞いたことがある。


 何だったんだろう、あの黒いもやは。


 俺はなんとなく、あの黒いものがまた見えないものかと、目を凝らすように、意識を集中して辺りを見回してみた。


 ――次の瞬間、俺は息を呑んだ。


 マナが見えた。

 

 辺り一面に、それはあった。

 ぼわっとした、黒いの煙のようなものが、辺りのあらゆるものから立ち上り、そして漂っている。

 木々からも、地面からも、そして俺自身の体からも。


 これが、マナなのか?


 このマナは魔人化に深く関わっているのだろうか? あの騎士団長は、このマナを自在に操っていたように見えた。

 あれは魔法なのだろうか。俺にも、この黒いものを操作できるのだろうか?


 誰にも見られていない、兵士の巡回時間。

 ここから俺自身の身体と、マナの研究が始まった。


 俺は毎日、このマナと呼ばれるものを凝視し続けた。

 指先に集中してみたり、呪文を唱える真似をしてみたり。


 だが、操作できている感じはしない。

 ただ見えるだけだった。

 

 だが、見続けるうち、不思議な感覚に見舞われた。

 まるで呼吸するように、周囲に漂うマナを俺の身体が吸い寄せているような……。


 俺は試しに、深く呼吸をするようにマナを体内に取り込んでみた。体は何も変化を感じない。

 しかし、この感覚が、ひどく心地よかった。


 これが良くなかった。

 俺は調子に乗って、際限なく、どんどんマナを吸っていった時だ。


 ――ドクン。


 胸の奥から、心臓が爆ぜるような、急激な鼓動が訪れた。


 鼓動に気が付いた時、すでに遅かった。


 巨大化してはいないものの、俺の身体は全身を黒い鎧のような皮膚に覆われ、魔人と化していたのだ。

 身体に力があふれているのを感じる。


 慌ててマナを吸うのを止めると、体内に流れ込んできたマナが煙のように身体から離れていくのを感じた。

 そして、魔人の身体が急速にしぼみ、人間の身体へと戻っていく。


 いつの間にか変身してしまい、このまま意識を失って暴れ出すのかと思って、死ぬほど焦った。


 だが、驚くべき発見だった。

 俺は、自身で魔人になることができ、しかも、その魔人と化した身体を元に戻すこともできるということだろうか。


 それから数日、俺は森の中で一人、このマナの特性を徹底的に調べた。


 マナを吸い込むと魔人になる。

 吸い続けると、どんどん魔人化が進行していく。


 だが、吸い続けるのを止めると、身体は徐々に戻って行く。


 ……マナを際限なく吸い続けると、魔人に心を乗っ取られるのだろうか。


 いや、転生者の喧嘩を止めた時や、街で強盗を捕まえた時は、変身もしていないのに強い力を発揮できた気がする。


 あの時は、一心不乱で、ただ目の前を止めようとしただけだった。

 ……もしかすると、怒りに身を任せてしまった事で、暴走するのかもしれない。


 それに、意識的に変身した時の身体の大きさは、人と同じ大きさのままだった。

 身体が巨大になるのには、なにか別の条件があるのだろうか?


 ……気になる。もし話せるのであれば、魔獣にやり方を聞きたいくらいだ。

 どうやれば、この力を完全に支配できるのか、と。


 俺は試しに、身体を魔人化して、近くの木を殴って見た。


 だが、早速やりすぎた。


 力を込めた拳は、殴った瞬間に木を粉砕し、そのまま轟音と共に木は倒れてしまった。

 森の中でバキバキと大きな音が響く。


 しかし、俺の心は驚きこそすれ、心は乗っ取られてはいない。

 これは、この力は、役に立つかもしれない。


 そして、力だけじゃなかった。

 意識を集中すると、視覚や聴覚、嗅覚などが何倍にもなった。


 目を凝らすと、遠くの森の先の、木の葉の細かい脈まで見える。

 聴覚を研ぎ澄ますと、サラサラという木々のせせらぎ、ヒューヒューと風の凪ぐ音、リリリリという虫の音、そして――すぐ後ろからぜぇぜぇ、という呼吸の音が聞こえた。


 ……呼吸の音? 焦って呼吸の音の方へ、振り返った。うかつだった。


 すぐそこに、呼吸の主がそこに居た。

 木の影でちらちらと、俺の様子を伺っているリアナの姿が。


 ――見られてしまった。


 魔人となった俺の姿を。よりによって、リアナに。

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