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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第19話 黄色の果実

 朝、眠りから覚めると、聞こえてきたのは規則正しい小さな寝息だった。


 瞼をゆっくりと持ち上げ、音のほうへ目をやると、丸まって眠るリアナの姿があった。


 昨日、寒さに震えながら外で寝ていたリアナを、この小屋のベッドに招き入れたことを思い出した。

 小さな体は布団にすっぽりと包まれ、柔らかな光が差し込む朝の光の中、その寝顔は驚くほど穏やかだった。


 その寝顔をじっと見ていた、その時。


 俺の視線を感じたわけでもないだろうに、リアナの体がビクッと小さく震え、リアナが弾かれたように目を開いた。

 状況を把握できていないのか、焦点の合わない瞳でキョロキョロと周囲を見回している。


 まるで、『ここは一体どこだ?』と、警戒心と混乱が入り混じった表情だった。


「リアナ、よく寝れた?」


 俺が静かに声をかけると、リアナはすぐに俺の顔を認識した。

 状況を理解しようしているのか、数秒ほど考え込む仕草を見せた後、ふと昨日の出来事を思い出したようにハッとした表情になる。


 その顔は、一気に赤みが差し、途端に気まずそうな雰囲気に包まれた。


「う、うん」


 照れくさそうに返事をするリアナ。

 昨夜、彼女は俺の護衛をすると言って、警戒しながらもベッドに入ってきた。

 その結果が、今、俺の隣で目を覚ました彼女の姿だ。


「リアナのおかげで、よく寝れたよ。護衛してくれて、ありがとうな」


 俺が正直な感謝を伝えると、リアナはまたしても驚いたように目を丸くしたが、すぐにその表情は自信に満ちたものへと変わった。


「……え……そ、そうかー!」


 ニッカリと歯を見せて笑うリアナ。


 どうやらリアナもゆっくりと眠れたようで、俺も安心した。

 その笑顔を見て、ああ、そうだ、と大事なことを忘れていたのを思い出した。

 

「リアナ」


 再び声を掛けると、リアナは「ん?」と、今度は目をパッチリと開いてこちらを見た。


「おはよう」


 改めて伝えたその一言に、リアナはまたもやビックリした表情を浮かべた。

 だが、すぐに、その大きな瞳を伏せ、居心地が悪そうにモジモジと体を揺らし始めた。


「……お、おはよ」


 小さな声だったが、ちゃんと応えてくれた。照れているのだろう。

 俺の心臓は、この子どもの純粋な反応に、なぜだかじんわりと温かくなるのを感じた。


 小屋を出ると、朝もまだ早いためか村は静寂に包まれていた。

 だが、すでに畑や小さな作業場からは、わずかながら働く人々の気配がする。


 俺はここで何をすべきだろう。

 衛兵として生きてきた俺にとって、明確な任務や役割がない状態は落ち着かない。


 しかし、ガイフォンさんから「村から出るな」と言われている。

 目立たず、ここに身を潜めることが今の俺の役割なのだろうか。


 村の皆は何をして過ごしているのだろうか。横に立っているリアナに尋ねてみる。


「リアナはいつも、村で何をしているんだ?」


 リアナは腕を組み、空を見上げて考える仕草をした。


「んー? 手伝いしてる、仕事の。だが、あんまり無いぞ」


 ああ、そういえばゲン爺さんも言っていた。

 子ども向けの仕事があまりなく、リアナは満足に働けないのだと。


 しょうがない。何か手伝えることがないか、見て回るのが先決だろう。

 昨日は施設や設備などを見て回ったが、今日は村の人たちが何をしているのか、その生活の様子を観察するようにリアナと一緒に歩いてみた。


 畑仕事をする者。木材を削り、修繕を行う大工。色々な雑貨を並べた店。多くの人がそれぞれの仕事している。

 

 その中で、俺が気になったのは、治安を守る人、いわゆる衛兵や兵士のような存在が全く見当たらないことだった。

 しいて言えば、村の入り口に立っている門番くらいだろうか。


 しかし、彼らは槍などの武器も持っていない。

 これでは獣や魔獣が襲ってきたらどうするのだろう。


 村を囲む塀も、そこまで堅固な造りには見えない。


 そんなことを考えていると、隣にいるリアナが、屋台をジーっと見つめていた。

 売っているのは、素朴なパンだ。お腹が空いているのだろう。


「リアナ、いつもご飯はどうしてるの?」


 俺の問いに、リアナは視線を屋台から俺へ移した。


「ご飯かー? 仕事をして、食べ物貰ったり、あとは森だなー。森で拾ってる」


 森? そういえば昨日も「森で木の実を拾っている」と言っていた気がするが、それが主食の一部だったのか。

 俺はリアナの細い体を見て、胸が締め付けられるのを感じた。


 俺は屋台に向かい、焼きたてのパンを二つ買った。

 まだ温かいそれを一つ、リアナに差し出す。


 しかし、リアナは昨日と同じように、遠慮がちにパンを受け取るのを躊躇していた。

 

「昨日も言ったろ? たくさん食べて、大きくなって、それで俺の護衛をしてもらいたいんだ。だから、食べるのも仕事だよ」


 この子が変な遠慮をしないよう、俺は彼女にとっての『大義名分』を提示する。

 俺の言葉を聞くと、リアナは素直にこくりと頷いて、パンを受け取った。


 そして、我慢していたように、小さな口でパンをひとかじり。

 その顔は、幸せそうだった。


 俺たちがパンを食べ終わった頃、村の小道から杖を突くゲン爺さんが現れた。

 こちらを見たゲン爺さんは、ほっほっほと笑いながら近寄ってきた。


「おはようございます。ゲン爺さん」

「うむ、おはよう。よく眠れたかな?」

「ええ、おかげさまで」


 そう言って俺は一礼してから、ゲン爺さんに聞いた。


「あの、何か俺に手伝えることはありませんか? ここにいるだけでは気が引けてしまって」

「ふむ? その気持ちは嬉しいが、お主が目立つのも、今はちょっと避けた方がいいかもしれんのう。それとな、ほれ、これを渡しに来たんじゃ。お主のは小ぎれいすぎるからな」


 ゲン爺さんはそう言いながら、俺の服装に目を向けた。俺が着ているのは衛兵の服だ。確かに、この服のままでは目立つ。


 ゲン爺さんから差し出されたのは、粗末な、しかし丁寧に繕われた布。

 開くと、この村の人たちが着ているような、くたびれた服だった。

 たしかに、俺の服はここでは浮ついている。


 俺はゲン爺さんに礼を言い、すぐに小屋に戻って着替えた。

 少しばかり着心地は悪いが、これで村に溶け込める。


「ふむふむ、ぴったりじゃのう」


 小屋から出てきた俺を見て、ゲン爺さんは満足そうに頷いた。

 

「ありがとう、ゲン爺さん。そうだ。ゲン爺さん。ここには魔獣は来ないんですか?」


 俺が抱えていた疑問。それを尋ねると、驚く答えが返ってきた。


「来るぞ」


 「えっ!?」俺は思わず声を張り上げた。


「門番の人、槍とか武器を持ってないですよね? 来たらどうするんですか!?」

「来たらきたで、どうにかしているぞ」


 どうにかって……どうにかできるのか? 兵士であっても数人がかりのようやく倒したというのに。


 さらに詳しく聞こうとしたが、ゲン爺さんの方が早く口を開いた。


「でだ、アデルよ。近いうちに兵士たちが視察に来るかもしれん。その間、お主は森に身を隠しておきなさい。兵士に見つかっては、元も子もない」


 予想はしていたが、やはり俺を匿うという行為は危険を伴う。


「そうだ。リアナよ、アデルに森を案内しておくれ」


 急な任務に、リアナの目が輝いた。


「う、うん、わかった! こっちだ! こい!」

 

 リアナは俺の手をひっぱって、一気に村の裏手の森に向かって走り出す。

 しかし、すぐに「ぜぇぜぇ」と荒い息遣いが聞こえてきた。

 俺は思わず立ち止まる。


「ちょっと待って、リアナ」


 リアナは立ち止まり、肩で息をしていた。

 俺はリアナがいつも走っているのを見ていたが、改めてこうして一緒にいると、リアナは体力がないように感じる。


 いや、体力がぜんぜん無い。痩せているせいだろうか。


 いや、村の人たちもどちらかというと痩せ気味だ。

 やはり、食べるものが少ないからか、基礎体力が足りないのだろうか。


「大丈夫か?」


 リアナは息を整え、「へ、へいきだ!」と強がっていた。

 だが、その顔は汗だくでよだれを垂らしていた。

 全然、大丈夫そうではないので「ゆっくり行こう」と提案した。


 ゆっくりと歩いて森につくと、リアナはキョロキョロと地面や木々を見ながら歩いている。

 やはり、食べ物を探しているのだろうか。


「リアナは森で何を食べてるんだ?」

「んー、木の実とかな。あとは葉っぱだなー。食べれそうなものを探すんだ」


 葉っぱ? 木の実は何となくわかるが、そんなものを食べて大丈夫なのだろうか。

 衛兵だった頃、毒のある野草の知識も学んだ。


「葉っぱなんて食べて大丈夫か? 危なくないのか?」

「ゲン爺が教えてくれた、食べれる葉っぱだ。まずいけどなー」


 野草を食べて飢えを凌いでいるのか。その過酷な生活を耐え忍んできたのか、この小さな体で。


 その時、俺の視線が、頭上の木の枝に引っかかった。


 木の上になっている鮮やかな黄色の果実。名前は思い出せないが、あれは街で売っていたものと同じだ。食べた事がある。

 甘く、みずみずしくて、一つがそれなりの値段がする品だったはずだ。


「リアナ。あれ、食べたことあるか?」


 俺は木の上の果実を指さした。

 リアナはそれを見て、すぐに首を横に振った。


「んー、ないなー。高くて、とれないしな。あれは、食べれるのか?」

「ああ。もちろん」


 リアナの瞳には、飢えと好奇心が混じった光が宿っていた。


「よし、取って来てやる」


 「え」というリアナの驚いた声を聴きつつ、俺は迷わず木に登った。

 衛兵として訓練をした身体は、木登りなど造作もない。

 

 果実を3つだけ選んで取った。あまり採りす採りても村の共有の食料源を奪うことになる気がした。


 地上に降りて、念のため、俺が最初にかじって確かめる。


 ――甘い! 


 やっぱり、以前食べたものと同じだ。濃厚で上品な甘さが口いっぱいに広がる。食べても大丈夫そうだ。


「ほら、リアナもどうぞ」


 果実をリアナに渡すと、彼女はすぐには食べず、クンクンと果実の匂いを嗅いでいた。

 食べるものへの警戒心が、染みついているのだろうか。


「食べれるぞ、ほら」


 俺は目の前で再び大きく一口食べてみせた。リアナもそれにならった。


 次の瞬間、リアナはカッと目を見開いた。

 驚愕と、純粋な喜びがその表情に浮かんでいる。


 シャクシャクと、小さな口で一心不乱に果実を咀嚼していく。

 その姿は、まるで小動物のようだ。あっという間に一つ目を食べ終わったリアナ。


「ほら、もう一つあるよ」


 俺は残りの果実をリアナに渡す。

 リアナは受け取ったが、今度は食べずに、またもオドオドとしている。


「大丈夫、食べていいから。たくさん食べてくれると、俺も嬉しいよ。リアナの護衛の仕事の燃料だ」


 そう言うと、こくりと頷いて、また一口。リアナは二つ目の果実を、大切そうに、一生懸命に食べていた。

 それを見守っていると、ふとリアナと目が合った。


 その途端、リアナの動きが止まってしまった。


「どうだ? うまいか?」


 コクリとうなづくリアナ。彼女の瞳は、まるで露を宿した宝石のようにキラキラと輝いていた。


「こ、これ、すごく、うまいな!」


 満面の笑みを浮かべ、上機嫌になったリアナ。

 リアナは再び俺の手をひいて、森の奥へと案内してくれた。


 しかし、喜びのあまりか、張り切って走り出したリアナの体力は、あっという間に尽きてしまった。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 道の途中でしゃがみ込んでしまったリアナを、俺は背負い上げた。


「ほら、護衛がへばってどうする。ここは俺に任せて、しっかり休んでいろ」


 小さな背中から伝わる熱と重みは、俺の心に確かな存在を与えてくれた。

 俺はリアナを背負ったまま、森をあちらこちら散策した。


 夕方、小屋に戻る頃には、さすがに俺も疲れていた。


 その夜も、二人で一つのベッドに入った。


 疲れているからか特別な会話もなく、リアナの寝息が聞こえ始めた頃には、俺も安心してすぐに意識を手放していた。

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