第18話 安息の睡眠
「あの……ま、まだ、村の案内、終わってない。こ、こっち、来い」
そう言うと、リアナは扉を開けて勢いよく飛び出して行ってしまった。
リアナにとって、移動とは走ることなのだろうか。
呆気にとられながらも、俺はリアナの小さな背中を追った。
彼女はたどたどしいながらも、この集落のことを、懸命に俺を教えてくれた。
「ここがなー、すごく大切な場所だ」
リアナが立ち止まった先は、集落の端にある、ただの掘っ立て小屋だった。
俺に用意された小屋のように、中が特別な居住空間なのかと思いきや、扉を開けても中は木の板や古びた農具が積み上げられた、単なる物置だ。
「こ、これはなー、秘密だぞ。必要な時にしか、使っちゃいけないんだ」
そういうと、リアナは床に置かれた木の板を、細い両手で持ちあげた。
すると、その真下に地下へと続く階段が現れた。
「こ、これは……!?」
俺は息をのんだ。
いきなりこんなものを見せられるとは。隠された地下室だろうか?
「ここを通るとなー、街の中に、行けるらしい。あ、あたしは行ったことないけど」
……なんと。この集落が、街中と繋がる隠された道を持っているとは。
「野菜とか売りに行くときとか、必要なものを買いに行く時に使うらしいー」
リアナが用途を教えてくれた。
集落の住人たちは、この秘密の地下道を使って、警戒厳重な街と行き来しているのか。
彼らの生存戦略の巧妙さに、驚きを隠せない。
その後、集落の中をさらに歩いていると、妙な場所に気が付いた。
集落を囲む塀が、一部だけぽっかりと途切れているのだ。
警備の者も立っておらず、まるでそこだけが意図的に開けられた穴のようだった。
「リアナ、あそこって塀がないけど、危なくないのか?」
「あー、あそこはなー。大丈夫だ、来てみろ」
リアナと共に塀がない場所に行ってみると、そこは急な上り坂になっていた。
坂を上りきると、鬱蒼とした森が広がり、その先は切り立った崖になっているのが見えた。
なるほど、要は崖のおかげで、ここから外部の侵入はないというわけか。
天然の要塞だ。
リアナが得意げに同じ事を説明してくれた。
「ここはなー、崖になっているから、安全なんだ。あたしはここで、木の実を拾ったりしているぞ。運がいいと、取れるんだ。ほとんど誰も、来ないしなー」
俺の認識では、森は魔獣の住処であり、危険な場所でしかなかった。
だが、この集落の住人にとっては、森も生活の一部として活用しているのか。
リアナほどの子どもが平気で入っても問題ないのであれば、たしかに安全なのだろう。
そして、そうこうしている内に、日が傾き、あっという間に夜になってしまった。
村の広場では、夕飯時という事もあるのか、いくつかの食べ物の屋台が賑わいを見せていた。
肉を焼く香ばしい匂いが、冷え始めた夜の空気に漂ってくる。
「アデル、お、お金もってるな? 屋台は知ってるか? あそこで食べ物が買えるからなー」
「うん。分かった、ありがとう。それじゃあ、何か買ってみようか。リアナも食べるだろ?」
「あ、あたしは大丈夫だ」
リアナはきっぱりと首を横に振った。
何か、食事を取る手段があるのだろうか。
それとも誰かと一緒に食べるのか?
串に肉を刺して焼いている屋台が見え、俺も並び、それを一本買った。
串肉を受け取り振り返ると、リアナが少し離れた場所の地べたに座っていたので、俺もその横に腰を下ろした。
袋に入った肉串を一口食べると、ジュワッと肉汁が出て、とても美味しい。
疲れた身体に温かい肉の旨味が染み渡る。
長時間、何も食べていなかったことに、今になって気が付いた。
そして、もうひとつ、気が付いたことがある。
肉串を食べている俺を、リアナがめちゃくちゃ見ている。
いや、正確には俺が持っている肉串を、その小さな瞳でじっと見つめている。
――もしや……。
俺がそう思案していると、『ギュルルルッルルルル』という、猛獣のような腹の虫の音が響き渡った。
その直後、リアナは顔を真っ赤にして、もじもじと身じろぎした。
俺は立ち上がり、再び肉串の屋台に並んだ。
「おっちゃん、串を二つ。いや、三つくれ」と言うと、「あいよ」という威勢の良い返事と共に、肉串の入った袋を渡された。
それを持ってリアナの方に戻ってみると、リアナが居ない。
周囲を探してみると、さっきまで座っていた場所から少し離れた隅っこの暗がりで、リアナが壁に向かって立ってもじもじしていた。
腹の音が聞こえたことを、よほど気にしているのだろう。
「リアナ、こっち」
そう言って、俺はさっき座っていた場所の横をポンポンと叩いた。
リアナは挙動不審気味にトコトコと戻ってきて、俺の横に座った。
「リアナ、腹減ってないか? これ、食べてくれないか?」
俺が串肉の袋を差し出すと、リアナは両手を固く握りしめて、思いもよらぬ返事を返してきた。
「だ、だめだ。あたしは護衛だから。そ、そういうの貰ったりしたら、怒られて、仕事が無くなってしまう」
――ああ、そういうことか。
この子の生活の糧である『仕事』を失うことを恐れているのか。
ならば。
「いや、俺はさ、腹がいっぱいなんだ。もう食べれない。捨てるくらいなら、食べて貰えた方がいいだろう?」
俺の言葉に、リアナは困惑した表情で、きょとんとしている。
「大丈夫。これも俺を護るための護衛の仕事だ」
俺は肉串を一本取り、リアナの手に握らせた。
「一緒のものを食って、身体を頑丈にしようぜ。じゃないと、リアナが倒れたら、俺を守れないだろ? これも護衛の仕事だよ」
その言葉を小さなリアナは、じっくりと考えていたが、ついに納得したようだった。
その小さな顔に、パッと笑顔が広がった。
「う、うん! わかった!」
そして、遠慮など知らないかのように、がぶりと肉串に食らいついていた。
一心不乱に、一生懸命に食べている姿がほほえましい。
その純粋な笑顔を見ていると、自分が魔人だという事といった、すべての重たい思考がどこかに溶けていくようだった。
食べ終わると、夜のせいか、または森に近い場所のせいか、急に冷たい風が出てきた。
冷え込みは早く、随分と冷えて来た。
「小屋に戻ろうか」とリアナに言うと、「そ、そうか。では、行くぞ」と、リアナはすぐに立ち上がり、俺を小屋まで案内してくれた。
俺が小屋に入ると、「じゃ、じゃあな」とリアナが言ってきた。
「リアナはどこに行くんだ?」
「あ、あたしは、寝る所が、あるから」
と言っていた。そりゃそうか。
「うん、じゃあ、また明日も頼むよ。今日はありがとう」
「お、おう」
リアナは最後にニカっと笑い、軽やかに駆け去っていった。
そして、俺は小屋のベッドに入ったが……寝むれなかった。
今日は色々なことがありすぎた。
まさか騎士団に捕まるなんて。
そして処刑、か。
やはり俺は危険な存在なのだろうか。
それにクレスもガイフォンさん、バルカスさんまで。
彼らが俺のために賭けたものを、無駄にしてはいけない。
そんな重たい思考が、一向に眠気を運んできてくれない。
気分転換に小屋の外に出たが、村はまだ明るく、活気ある話し声や人通りも多い。
散歩にはちょうど良かった。
そんな時だ。
歩いていると、道端の小屋の影になった暗がりに、小さな布の塊がモゾモゾと動いているのが見えた。
暗がりの中、目を凝らして見てみると……それはリアナだった。布切れにくるまっていた。
「リアナ! 大丈夫か!?」
俺は駆け寄り、布にくるまっているリアナの小さな肩をゆすった。
「ん……ん? アデル、か? どうした? 何か、あったか?」
「え、いや、リアナ。どうしたんだ? なんでこんなところに?」
「え? いや、寝てただけだが?」
「……え? リアナは寝る場所があるって言ってたよな?」
「んー、そうだ。ここだが?」
ここ? ここは村の隅の、土の上だ。
「寒くないのか? ……って、震えてるじゃないか」
抱き上げると、リアナの身体はひどく冷たかった。
「そうだなー。この季節は、寒いからなー」
顔色も悪い。こんな子供が、こんなところで。
俺は寝ぼけ眼のリアナを抱き上げ、急いで小屋に向かった。
「ど、どうした、アデル?」
リアナは俺に担がれているのに驚いているようだった。
そして小屋についたら、リアナをベッドに寝かせて布団をかぶせた。
すると、リアナが慌ててベッドから飛び降りた。
「あ、あたしは。ここで、寝れない」
「え? どうして?」
「仕事、もらった。ひ、ひさしぶりの、ちゃんとした、仕事。だから、怒られるわけには、いかないんだ……」
その言葉に、こんな小さい子が、と思ったが、自分の孤児院の時の生活を思い出した。
生きるのに必死だった、あの時を。
リアナの気持ちも痛いほど分かる。
リアナは、俺が与えられたものを奪ってはいけないと思っているのだろう。
俺のものを奪ってしまうと、自分の仕事がなくなってしまう、と。
「わかった。リアナ」
俺はベッドに寝て、ベッドの横に立っていたリアナの身体をそっと抱き上げ、再び布団の中に寝かせた。
「じゃあ、こういうのはどうだ? よく聞け、リアナ。これは最高の護衛方法だ」
リアナが困惑した顔で俺を見上げる。
「一緒に寝るなら、俺が寝ている間、リアナは常に俺のそばにいることになる。これ以上、確実な護衛があるか? リアナが俺を守っているから、俺も安心して寝れる。だろ?」
その言葉に、リアナはじっくりと考えていた。
「そ、そうかー。そ、それも、そうだな!」
なんとか納得してくれたようだ。リアナは満足そうに笑い、布団にもぐりこんだ。
リアナはモゾモゾと動いていたが、しばらくすると布団から顔を出して、目も虚ろで眠そうな表情をしていた。
「あ、温かいな……」
リアナが呟いた。
すでに身体は震えておらず、リアナのおだやかな表情に安心する。
「そうだね」
俺がそう返事をした時には、すでにリアナのスースーという寝息が聞こえた。




