第15話 ガイフォンの作戦
ガイフォンは、状況がまるで飲み込めていなかった。
つい先ほどまで、アデルとクレスと共に街の治安を守る衛兵として強盗を追い詰めていたはずだ。
それが強盗逮捕の直後、大勢の騎士団によって、なぜかアデルが連行されるという事態に発展した。
「おい、待て! 何かの間違いだ! こいつは衛兵だぞ!」
ガイフォンは喉が張り裂けんばかりに抗議したが、騎士たちは杓子定規に「部外者は退け」の一点張りで話にならない。
皆、鉄の兜の下に無表情を隠し、機械のように無機質だった。
若い騎士ばかりで顔見知りもおらず、抗議のしようもなかった。
そして何より、ガイフォンは自分の部下であるクレスを制止するのに手一杯になってしまった。
「離せ! 先輩に何をする! お前ら、俺が分かってるのか!?」
「クレス! やめろ! 相手は騎士団だ!」
クレスはガイフォン以上に激高し、騎士たちに体当たりせんばかりの勢いで突っかかっていた。
衛兵の鎧を身に纏いながら、時折、王族特有の無意識の威圧感を滲ませるのがタチが悪い。
結局、ガイフォンがクレスの両腕を背後からガッチリと掴んで止めなければ、クレスが騎士団に連行される羽目になっていただろう。
なにせ、王族が衛兵をしている事自体、公表されていないのだから。
そうこうしている内に、アデルは護送馬車に押し込まれ、鉄の檻の中で呆然とした表情のまま、遠ざかって行ってしまった。
ガイフォンはその遠ざかる護送馬車に見覚えがあった。
あの護送馬車、そして護衛の騎士団の厳重さ。行き先はほぼ間違いない。
あの場所は、単なる犯罪者を収監する場所ではない。政治犯や、反逆の可能性を持つ貴族を秘密裏に尋問し、場合によっては即刻処刑する暗部。
公には決して語られない、王国の『影』──マディスの牢獄だ。
衛兵として長年真面目に働いてきたアデルが、なぜそんな場所に連れて行かれなければならないのか?
ガイフォンは最初の疑問に立ち返り、隣で未だに荒い息を吐いているクレスに問いかけた。
「しかし、どうしてアデルが騎士団に連行されたんだ? クレス、何か心当たりがあったりするか?」
「……。あ、あのガイフォンさん。実は……」
クレスは急に声を小さくし、おどおどとした態度で驚くべき事実を囁き、ガイフォンは絶句した。
「アデルが魔人……だと? クレス、それは本当か?」
「いえ。たぶん、ですけど。別に先輩に確認取ったわけじゃないですし」
「お前なぁ……なんで今さら言った!? もっと早く言え!」
怒鳴りたい気持ちをぐっと堪える。
あのアデルが魔人? 魔獣ということか? 不可解すぎる。もし本当にアデルが恐るべき魔獣なら、とっくの昔に俺たちを容易に殺せていたはずだ。なぜ、そうしない?
疑問が尽きない。
「……くっ! いや、そんな事を考えている場合ではないな。これからどうするべきか、だ」
ガイフォンは拳を握り、思考を切り替えた。アデルを部下として面倒を見て、長い間苦楽を共にしてきた。
アデルは無鉄砲で危なっかしいが、アデルの正義感と、後輩であるクレスを献身的に気遣う姿を、ガイフォンは知っている。
特に、家族のいないアデルを自宅の食事に招いた際、ガイフォンの家族を見て「今日はありがとうございます。家族っていいですね。すごく、なつかしい感じがします」と、どこか寂しげに、しかし心から安堵したような顔で言った、あの時のアデルの表情を鮮明に思い出した。あれは、人を欺く顔ではないだろう。
ガイフォンはすぐに一つの結論にたどり着いた。
そして、その自らの直感を強く信じた。
アデルを助けよう、と。
「クレス。このままだとアデルが危ないかもしれん。色々と調べる必要もあるしな。俺に良い考えがある。急いで手を打つ必要があるがな」
「ええ、俺もそう思っていたところです。先輩が魔人だとしても、俺の先輩なんで」
クレスは、先ほどまでの怯えが嘘のように、にやりと笑った。
その瞳には、アデルに対する一片の疑いもなかった。
「だがな、クレス。お前は連れて行けない」
王族を連れて、国家に対する反逆とも取られかねない危険な行動に加担させるわけにはいかない。
「え? それって俺が足手まといになるからですか? それとも王族だからですか?」
「どちらもだ。お前は待機しろ」
「そうですか……」
クレスは口を尖らせ、次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。
「でも連れて行ってくれなかったら、王族の命令でガイフォンさんを死刑にしますからね!」
「……は? お前、なんで今だけ王族なんだよ。いつも王族扱いすると怒るくせに!」
「変な扱いするからでしょ! 早く先輩を助けに行きますよ! 良い考えがあるんでしょ!」
クレスは言い終えるや否や、有無を言わさずガイフォンの腕を掴んで引っ張り始めた。
まいったな…… ガイフォンは小さく呟いた。
―――――――――――――――
「ここだ」
二人が向かった先は、街外れにあるバルカスの鍛冶屋だった。
「ここって、バルカスさんの鍛冶屋? なんでここに?」とクレスが問う。
「おーい」
ガイフォンが店の扉を叩くと、ガタイの良い親方、バルカスが顔を出した。
その顔には、先ほどの騒動の噂を聞いたらしい、険しい色が浮かんでいる。
「おう、ガイフォンか。アデルの件か? あれはどういう事だ? ちょっと説明しろ」
ガイフォンは早口で、アデルが魔人かもしれないという噂、騎士団による強硬な連行、そして行き先がマディスの牢獄であり、即刻処刑される可能性があるという、自らの推理を簡潔に説明した。
「あのアデルがか? とんでもねえ話だな」
「まったくだ。で、行先は牢獄だろう?」
「なるほどな、お前の考えが分かった」
「何をするんです?」何も理解できていないクレスを尻目に、バルカスは店の奥に進んだ。
店の奥には、磨き上げられた一揃いの騎士の甲冑が鎮座していた。
バルカスは騎士団から鎧制作の発注を定期的に受けていた。
「ここなら騎士の鎧があると思ったぜ。これ借りるからな、バルカス。クレス、お前も着ておけ」
騎士団の鎧を着たクレスとガイフォン。兜を深くかぶり、顔を隠せば、多少不審な動きをしても騎士団の人間だと誤認させられるだろう。
変装し、必要であれば牢獄に潜入するという。
二人が店の出口へ向かおうとした時、背後に大きな影が立った。
「おい、お前ら、待て」
振り返ると、バルカスがいた。
背中には、巨大な麻袋を背負っている。
「バルカス、なんでお前まで来るんだよ」
「いざという時のためだ。それに、アデルを見殺しにはできんだろうが」
ガイフォンはバルカスの事をよく知っていた。
どうせ止めても無駄だろう、という事を。
三人は、急いで牢獄へと向かった。
――――――――――――――――
マディス牢獄の前に到着したクレスとバルカスとガイフォン。
建物の影に隠れ、厳重な警備の様子を窺う。
いやに騎士が多い。
すると、牢獄の大きな鉄扉が開いた。
「あれは……護送車か? アデルが載っているぞ! ……しかし、いったいどこに行くんだ?」
ガイフォンは警戒を解いている下っ端らしき騎士に、まるで同僚であるかのように声をかけた。
「おい、あいつ、魔人だよな? どこに向かってるんだ?」
「ああ、なんか処刑が決まったらしい。いきなり連れてきて、今度はいきなり処刑だと。わけがわからんよ。あれってほんとに魔人なのか? 見た感じ、人間だよな?」
「そうだな。おそらく、何かの間違いだろうな。ありがとよ、相棒」
ガイフォンは下っ端騎士に軽く手を振り、急いでバルカスとクレスと合流し、護送馬車を急いで追った。
「まずいぞ! 処刑場行きだ! 急がないと間に合わん!」
「おい、これからどうするんだ!?」
息を切らしながらガイフォンに聞くバルカス。
「こっちの道が先回りだ。裏道を抜ければ、大通りに出る前に追いつける」
「追いついてどうするんです? 向こうには騎士団たちが大勢いますし、到底3人では適わないと思うんですけど!」
クレスは焦りながら返答した。
その時、背中に大きな袋を背負ったバルカスが、ニヤリと歯を見せて笑った。
「おい、俺に良い考えがあるぞ」
――――――――――――――――
護送車の進む道に先回りした三人は、街道沿いの建物の影に隠れ、馬車の通過を待ち構えた。
「そろそろ護送車が来ますよ」
クレスが声を潜めて言った。
「おい、それ本当に役に立つんだろうな」
ガイフォンが、バルカスの麻袋を一瞥して言い放った。
「大丈夫だ。それより、手筈は分かっているんだろうな?」
バルカスは自信満々に返答した。
「ああ、お前のでっけぇ袋で持ってきた、この煙幕弾で騎士団の視界を奪い、さらにこの爆弾で檻を壊したうえで騎士団を無力化する。騎士団が困惑している内に、アデルを連れて行く。たったそれだけだ。簡単だな?」
「ああ、楽勝だな」
「いやはや、とんでもないね。このおじさんたちは……」
クレスは深くかぶった兜の下で呆れていた。
作戦が粗すぎる。
だが、今はそれしか策が無いのも分かっていた。
そして、護送馬車が近づいてきて、目の前を通り過ぎる頃。
緊張したクレスがゴクリと喉を鳴らす中、バルカスがおもむろに麻袋から取り出した全ての爆弾を、豪快に護送車の中央へと投げつけた。
――ドガアアアァァァァァァァンッッ!!!
地鳴りのような大爆発が道に響き、爆風で建物の窓ガラスが吹き飛び、騎士団も吹き飛び、護送車も吹き飛んだ。
そして、周囲は一瞬で大量の白煙に包まれていた。
鉄製の檻までが大きく変形し、地面に叩きつけられた。
周囲の騎士団は落馬し、全身を打ってもんどりうっている。
護送車は見るも無残な大破ぶりだった。
「おい! なんで爆弾を全部投げた!? アデルを殺すんじゃねえ!」
ガイフォンは怒鳴った。
事前の打ち合わせでは、煙幕弾と爆弾一つだけのはずだった。
「大丈夫だ! ……たぶん」
バルカスは平然と返した。
しかし、バルカスの顔には汗がつたっていた。
「くそ、行くぞ!」
三人は煙の中、大破した檻に近づく。
檻は完全に壊れていたが、中にいたアデルは爆弾の衝撃で気絶しているようだった。
周囲の騎士も皆、轟音と衝撃で意識を失っている。
「大丈夫そうだ! 今の内にアデルを運び出すぞ!」
三人は気絶したアデルをひきずり、路地裏へと向かおうとした。
その時、クレスが声を張り上げた。
「あ! 騎士の増援が来てますよ!」
「何!? クレス、どうにかしろ!」
「え!? どうにかしろって言ったって……!」
ガイフォンとバルカスは、アデルを路地裏にせっせと運び続けていた。
すると、煙をかき分けて一人の騎士が馬から飛び降りた。
その騎士の威圧感に、クレスは身を竦ませた。
来たのは金色の鎧。騎士団長、ヴィオレット。
「何があった!?」
ヴィオレットが声を張り上げた。
クレスは兜の下で顔を青くしたが、とっさに騎士団の人間として振る舞おうと、しどろもどろに答えた。
「あ!? えと、襲撃です! 魔人がさらわれました!」
襲撃の上に、さらわれる。
意味不明な返答だったが、クレスの焦りがそのまま言葉になったのだ。
「襲撃だと!? 何をしてたんだ! 魔人はどこに行った!?」
「そ、それが……煙のように消えてしまって……たぶん、あちらの方かと!」
クレスはアデルを運んでいる路地裏とは真逆の、大通りを指さした。
「……何?」
ヴィオレットは怪訝な顔でクレスを見た。その鋭い視線に、クレスの全身の毛穴が開く。
しかし、ヴィオレットはすぐに護送車の残骸に目を移した。
爆発の跡、大破した檻、そして気絶した騎士たち。
ヴィオレットが状況を判断し始めた隙に、クレスはそろりそろりと歩き、現場から離脱した。
「もしや、仲間が居たのか? 油断したか……」
騎士団長の声が遠くから聞こえる。
しばらく路地裏を走ると、脇に脱ぎ捨てられた騎士の甲冑と、そこに結び付けられた布を発見した。
さらに先の道の所々に、同じ布の切れ端が落ちている。
ガイフォンが置いた目印だろう。
クレスも甲冑を脱ぎ捨てて、目印を追って走り出した。
――――――――――――
クレスが路地裏を進むと、ガイフォンとバルカス、そして気絶しているアデルがいた。
ガイフォンとバルカスはアデルを引きずってきて、疲れているようだった。
「先輩! 大丈夫ですか!? くそ! 騎士団め! ひでぇ事しやがる!」
クレスは駆け寄り、気絶しているアデルを起こすため頬を容赦なく平手打ちし始めた。
しかし、アデルはなかなか起きない。
その様子を見ていたガイフォンは、思わずバルカスと顔を見合わせる。
「おい、クレス、さすがに叩きすぎじゃねぇか?」
「ええい、先輩は打たれ強いんです! それに、死にかけてるんですよ! これくらいしないと!」
クレスはなおも遠慮なくアデルの頬を叩き続ける。
そして、ついにアデルが目を覚ました。
「……え? あれ、クレスか? ガイフォンさんも……バルカスさんまで?」
目を丸くしているアデル。
その頬は腫れあがっていた。




