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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第13話 好奇の視線

 信じられない光景だった。


 街の大通り。いつもは活気に満ちたその空間で、俺は身動き一つ取れずに立ち尽くしていた。

 目の前の光景が、まるで現実味を帯びていなかった。


 俺の周囲をぐるりと、数十名に及ぶ騎士たちが取り囲んでいる。

 その全員が、抜き身の剣を、ただ一人――俺に向けていた。


 まさか……なんで俺が?


 頭の中を白い靄が覆い、思考が麻痺した。だが、すぐに心臓が嫌な鼓動を打ち始める。

 思い当たる節がないわけではない。いや、一つしかない。


 俺の正体。おそらく、俺が魔人だということが、ついに露見したのだろう。


 しかし、どうしてこの状況で? どのように発覚したんだ?


 混乱が、全身を硬直させた。


「ちょっと待て!」

「おい! 何をしているんだ!」


 背後から、切迫したクレスとガイフォンさんの声が聞こえた。

 視線を向けると、彼らは数名の騎士たちに両腕を制止され、揉み合っている。


 顔は驚愕と怒りに染まっていた。

 二人もまた、突然の事態に何が起きているのか理解できていないようだった。


 そりゃそうだ。同僚である衛兵の俺が、突然騎士団に囲まれて剣を向けられているんだから。


 ここは……逃げるべきか。


 本能が警戒を強め、全身の筋肉が僅かに震えた。

 この状況を力ずくで打破することは、今の俺なら可能かもしれない。


 その時、目の前に立つ女騎士が冷徹な声で告げた。


「おとなしく、我々の拘束に従ってくれ」


 その言葉が聞こえた時、ふいに周りの状況が見えた。周囲の民衆の視線が痛い。

 普段、街で見かけることのない厳つい騎士たちの大集団が、衛兵である俺を囲んでいる。


 それはただ事ではないと、誰もが感じている。

 すると、ガラガラと、地面を震わせるような重い馬車の車輪の音が響いてきた。


 音の先を見れば、それは巨大な、荷台に鉄格子の檻を載せた囚人護送用の馬車だった。

 衛兵として勤めていても、あんな仰々しいものを見るのは数年に一度あるかないかだ。


「あの、何かの間違いでは……?」


 絞り出した俺の声は、情けないほどにか細かった。


「間違いかどうかは、連行先で聞く。抵抗はするな」


 彼女の命令と共に、騎士たちが一斉に動き出した。


「え……? あ、ちょっと!」


 抵抗する間もなく、俺の腕は屈強な騎士たちに力強く掴まれ、金属の冷たい手錠がはめられ、そして囚人用の檻の中に押し込められた。


 この時、俺は強く後悔した。


 なぜ、この時、全力で抵抗し、この場を振り払って逃げなかったのか、と。


 だが、逃げるという選択肢を、衛兵である俺が取れなかったのは、逃げることで街の人々に決定的な疑惑の目を向けてしまうことへの恐れがあった。

 そして、何よりも、俺が騒動を起こせば、クレスやガイフォンさんに、さらに大きな迷惑をかけてしまうのではないかという躊躇があった。


 そして、連行先で話をすれば、俺の事情を理解してくれるのではないかという、という期待があった。


 しかし、それは甘かった。


 俺を乗せた馬車は、騎士団に厳重に囲まれ、まるで王族の護衛であるかのように、ゴトゴトと動き出した。

 その厳重さは、そのまま俺の『罪』の重さを物語っているようで、街の皆の視線がすべて自分に集まるのが分かった。


 檻に入れられた衛兵。それだけで、俺はすでに『何か重大なことをしでかした罪人』だった。


 俺はその無数の好奇と疑惑の視線に耐えられなかった。

 何も悪いことをしていないはずなのに、全身に罪悪感がのしかかり、申し訳ない気分になる。


 不安に押しつぶされそうになり、ただうつむくことしかできなかった。


「おい!」


 突然、馴染みのある太い声が響いた。

 顔を上げると、馬車がちょうど鍛冶屋の前を通り過ぎるところだった。


 声の主は、鍛冶屋のバルカスさんだ。

 彼の顔は困惑と驚愕に大きく目を見開いていた。


 俺は、バルカスさんにどんな顔を返したのだろうか。

 視線が合った一瞬、何かを訴えかけようとしたかもしれないが、たぶん、俺の顔はひどく歪んでいたに違いない。


 馬車はバルカスさんを置き去りにして、進んだ。


 乗っているだけで気分が沈んでいく。どれくらいの時間が経ったのか、もはや分からない。


 やがて、馬車が止まった。

 顔を上げると、目の前には巨大な鉄の扉が、重々しい音を立てて開いている最中だった。


「ここは……マディスの牢獄か……?」


 街の外れ、マディス地区にある、フィーンズ王国最大の牢獄。


 衛兵の管轄ではない。

 重罪人や要監視の人間を入れるための、騎士団直轄の施設だ。


 その存在は知っていても、実際に自分の目で見ることになるとは思ってもいなかった。


 重い扉が開き、馬車が中に入る。

 すぐに背後で、巨大な扉が『ゴォン』という地鳴りのような音を立てて閉ざされた。


 しばらく進み、馬車が完全に停止すると、さらに大勢の騎士たちが現れ、俺を幾重にも取り囲んだ。


 檻の鍵が開き、「出ろ」と冷たい声が聞こえる。

 俺は馬車から降り、騎士たちに促されるままに歩き出した。


 施設は厳重な警備とは裏腹に、驚くほど静かだった。


 『牢獄』という名前から想像していたのは、薄暗く、じめじめした劣悪な環境だったが、目の前の施設は、むしろ綺麗で清潔感さえ漂っていた。

 しかし、中に入ると、すぐに幾重にも鍵付きの扉をくぐり抜けることになる。

 その厳重な構造が、この場所がどんな施設であるかを再認識させた。


 そして、俺は一室へと通された。


 その部屋の光景は、またしても俺の想像とかけ離れるものだった。

 牢獄の一室とは思えない、豪奢な空間。


 広さは俺の部屋よりも遥かに広く、絨毯が敷かれ、気品あふれる調度品が置かれている。

 まるで貴族の応接間だ。

 だが、その豪奢さと、重厚な鉄でできた厳重な扉との落差が、異様な違和感を覚えさせた。


 案内された椅子に座る。

 この豪奢な空間で、俺だけが手錠をかけられているという状況も奇妙だった。


 周囲には、抜刀した多くの騎士たちが警戒態勢で取り囲み、全員が俺を一瞬たりとも見逃すまいと凝視している。

 

 そして、一人の人物が入ってきた。


 片目を黒い眼帯で覆う、女性の騎士。

 先ほどの騎士団長だ。


 彼女は俺の座る椅子の前の、机の対面にある椅子に腰を下ろすと、すぐに口を開いた。


「名前は?」


 いきなり、取り調べだ。


「アデルです」

「職業は?」


 質問に答えると、矢継ぎ早に次の質問が飛んでくる。


「衛兵です」


 彼女は側に立つ別の騎士に、「調べて来てくれ」と命じていた。

 俺の素性すら疑われているようだ。


 俺は、待っている間に、問いかけたかった単純な疑問を口にした。


「以前、広場で俺を助けてくれましたよね。転生者との喧嘩の時に」


 目の前の女騎士は、俺の言葉に一瞬きょとんとしていたが、すぐにハッと、何かを思い出したような態度になった。


「ああ、あれは、お前だったのか。転生者の喧嘩を止めた衛兵。素手で刃を砕いた、という報告も受けている」


 ……やはり、あの時のことは知られていたか。しかし、衛兵である俺が嘘をつくわけにはいかない。俺は無言でこくりと頷いた。


「……お前、これが何か分かるか?」


 そういうと、女騎士は唐突に、手のひらを俺の目の前に差し出してきた。


 しかし、そこには何も無い。


「え? いや、何も無いように見えるのですが」

「見えるはずだ」


 冷たく言い放つ。彼女の言葉に、俺は言われた通りに、集中して広げられた手のひらを再度見つめ直した。


 やはり、何もない。


 だが、じっくりと目を凝らして見つめていると、確かに何か黒い霧のようなものが、微かにうっすらと彼女の手のひらの上に漂っているのが見えた。


「これは一体……?」


 初めて見るものだ。

 俺はさらに顔を近づけ、目を細めてそれを凝視した。


 すると、その黒くモヤモヤとしたものが、突然、ふわりと上空に立ち昇った。

 俺が思わず、その動きを顔で追って顔を上げた、その瞬間だった。


「やはり!? お前、マナが見えているな!?」

 

 女騎士が椅子から立ち上がり、部屋全体にその絶叫が響き渡った。


「え? マナ?」

「質問を変える。お前は魔人で間違いないな?」

 

 まっすぐに俺の目を射抜いてくる彼女の眼には、もはや敵意を超えた、殺意にも似た感情が宿っていた。


 俺は、ゆっくりと口を開いた。


 諦めにも似た、自分でも驚くくらい冷静で静かな声だった。


「はい。おそらく、その魔人です」


 俺の返答に、女騎士はポカンと口を開けたまま硬直していた。

 

 周囲を取り囲んでいた騎士たちからも、ざわめきと動揺が伝わってくる。

 彼らは、俺がもっと激しく否定するか、暴れると予想していたのだろうか。


「……そうか。では、ここで、我々に牙を剥くか?」

「そんな事しませんよ。理由もない。たしかに俺は魔人です。……ですが、俺が何をしたんですか? 何か、この街にとって悪いことをしたんでしょうか?」


 俺は、単純な質問を突きつけた。自分自身でも答えが出なかった疑問だった。


 俺は魔人になった。なぜ、どうやってそうなったのかは分からない。そして、魔獣と戦った。

 街の人々が魔獣を恐れるのは当然だ。俺自身、我を忘れる時があることは認識している。


 ――もし、魔獣となった人間が、存在そのものが罪であり、断罪されるべきだというのなら、俺は抵抗しない。俺自身、いつ完全に我を失うのかと、自分の力が怖い。


 半ば諦めの気持ちで問いかけたこの言葉に、女性の騎士の顔が、みるみるうちに青ざめていくのが見えた。


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