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魔人の衛兵  作者: 水乃ろか


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第12話 ヴィオレットの調査

 ヴィオレットにとって、その光景は地獄の幕開けだった。


 ヴィオレットが持つ異質な力――マナの可視化という右目に映し出されたのは、巨大な人型魔獣が、自らの身体を覆い尽くすほどの、おぞましいマナを纏った姿だった。

 ただでさえ巨大な魔獣を手を焼いているのに。マナを可視化できるヴィオレットにとって絶望的な状況だった。


 ――終わった。


 その思いが、ヴィオレットの胸を支配した。


 ヴィオレットは立ち尽くし、呆然と広がる戦場を見渡す。


 これでは街を護りきれないかもしれない。

 ……だが、せめて死ぬまでに一匹でも多くの魔獣を屠ってやる。人を不幸にする存在は、断じて許さない。


 しかし、その決意の裏で、ユーリエのことだけが、ただ一つの心残りとして重くのしかかった。


「お母さん……」


 つい、声が出てしまった。

 ユーリエの顔が浮かぶが、振り払うようにヴィオレットは目を前へ戻した。時間は無い。

 

 しかし、ヴィオレットへの絶望の支配は、唐突に疑問へと変わる。


 突如として、新たに現れた人型の巨大な魔獣が、周囲の魔獣を攻撃し始めたのだ。

 人型魔獣は、次々と魔獣を駆逐すると、まっすぐにマナを収束させている牛型魔獣へと向かって駆け寄り、攻撃を開始した。


 ……なぜ魔獣同士が争っているんだ?


 魔獣同士が戦う姿など見た事も、聞いた事も無い。

 そして、さらに信じられない光景が展開する。


 牛型魔獣が街に向けて咆哮を放った際、人型魔獣は自らの身体を盾にして、街を護ったように見えた。


 だが、次に誰もが息を呑む所業が起きる。

 再び魔獣の咆哮が街を襲おうとした時、人型魔獣はあろうことか、その巨腕を魔獣の口に突っ込み、そのまま牛型の巨体を押し戻して街から遠ざけ始めたのだ。


 遠方へ消え去ったと思った直後、天地を揺るがすほどの大爆発が起きた。

 あれほど膨大なマナが爆発したのだろうか。


 燃え上がる閃光の輪郭を見て、ヴィオレットは身体の芯から震えた。

 爆音が収まると、残るのは焼けた土と破片、そして、疑問だらけの静寂だった。


 その後、ヴィオレットたち騎士団は残った魔獣を斬滅し、街の平穏は保たれたが、同時にいくつもの巨大な疑問が残された。

 

 なぜ魔獣の大軍が街を襲ったのか? あの二匹の巨大魔獣は何だったのか? そして、なぜ魔獣同士で争っていたのか?

 答えはどこにもなかった。

 

 戦後、ヴィオレットは魔獣の再襲来に備え、殲滅した魔獣の大量の魔石を回収させた。

 無論、巨大魔獣の魔石も回収しようとしたが、ここで更なる不可解な事態に直面する。

 

 牛型魔獣の残骸は残っているにも関わらず、人型魔獣の残骸がどこにも見当たらないのだ。

 崩れた大地に、あれほどの存在の痕跡がない。

 

 人型魔獣は、あの爆発で消滅したのか? それならば、なぜ牛型魔獣の残骸は残っているのか?


 ヴィオレットの背筋に、冷たい予感がよぎった。

 もしや、あの人型の魔獣は未だ生きているのではないか、と。


 間もなく、兵士からの報告が入った。

 戦場で人型魔獣に救われた人間がいるという。


 ヴィオレットはすぐにその者を招集した。

 一般の衛兵を務める男だったが、その聞き取り内容は、到底信じられるものではなかった。

 

 森で魔獣との交戦で負傷し、魔獣に殺されそうになったところを、人型魔獣――魔人が両手で覆い、部隊後方まで運んできたというのだ。

 しかも、その衛兵が実は王族関係者であることが判明し、すぐに釈放しなければマズいという理由から、早急に解放せざるを得なかった。


 この王族がどの派閥なのかも分からない状態で、騎士団が拘束していた噂が広がると色々と面倒な事が起こる。


 しかし、なぜ王族が衛兵に? しかも、なぜ前線で戦っていたのか?

 次々と起こる不可解な出来事に、ヴィオレットの頭は混乱するばかりだった。


 ――――――――

 

 それから街の修復、警備、そして更なる応戦の準備で忙しくしているうちに、魔獣の侵攻から十日ほどが経った時だった。

 城から城下町を眺め、平穏が戻りつつあることを感じていたヴィオレットは、突如として街の広場に異変を感じた。

 

 街の広場の一角に、異常なほど禍々しい、膨大なマナが集約しているのが見えたのだ。


 あまりに突然の光景に、ヴィオレットは寒気を覚えた。

 この膨大なマナは、あの魔人が宿していたマナと同じものに見えたからだ。


 もしや、街の中で、あの巨大な人型魔獣が現れるのか?

 あの魔人は前にも突然現れた。

 しかし、そのマナは一瞬にして散ってしまった。

 見間違いかと思ったが、今までマナを見間違えた事などない。


 ヴィオレットはすぐさま馬を走らせ、広場へ向かったが、特に何の異変も見当たらなかった。

 広場周辺の人々に何かあったか尋ねたが、誰も何も起きていないと言う。


 しいて言えば、転生者同士が喧嘩していたが、すぐに喧嘩をやめてどこかへ行ってしまった、という程度だった。


 転生者同士の喧嘩で、あれほど大量の、あんなにおぞましいマナが集まるはずがない。

 街の中で何らかの異変が起きている。


 最悪の事態が起きる前に、原因を突き止め、対処しなければならない。

 ヴィオレットは固く、そう決意した。


 それから数日、彼女は自らの足と騎士団を使い、断続的に聞き込みを行なっていた。

 その中で、奇妙な話ではあったが、手がかりになりうる情報があった。


 先日、転生者が喧嘩していた広場での出来事だ。

 転生者同士の喧嘩を、衛兵が止めたらしいという。

 

 ヴィオレットは以前、同じ広場で転生者の喧嘩を止めようとして、殺されそうになっていた衛兵のことを思い出した。

 そう、衛兵では転生者には適わない。


 ……衛兵の力で転生者を止めた? 転生者の衛兵か?

 いや、転生者が衛兵になることはない。理由が無ければ冒険者として生きる方が、遥かに堅実で楽だからだ。


 その時、ヴィオレットの頭の中には最悪の考えが浮かび上がった。


 もし、魔獣が人間に擬態していたら?


 そう思うと、全身に寒気が走った。

 ならば、今はその衛兵を探すことが先決だろう。


 そして以外にも、その衛兵はすぐに見つかった。


 ヴィオレットが騎士団と街中を巡回している時だった。

 またも街の空に、濁ったマナが収束しているのが見えたのだ。


 そのマナの出所に急いで向かうと、大通りが騒がしかった。

 もしや魔人が現れたのかと思ったが、どうやら強盗の類のようだった。


 強盗が魔人なのか? 他国からの刺客だろうか? 間に合わなくなる前に、急がなければ。


 そして、ついにおぞましいマナの根源を視認した。


 それは、ひとりの衛兵が宿していた。


 その衛兵は、ひとりの男を殴り飛ばすと、傍にいた子どもを母親らしき人物に返していた。

 その圧倒的な力の発露は、あの魔人と寸分違わない。


 ヴィオレットはすぐに騎士団に命じ、その衛兵を取り囲んだ。

 抵抗する素振りを見せない衛兵だったが気を抜けない。


 ヴィオレットたちでは、この男には適わないことが明白だったからだ。

 しかも、その衛兵は困惑する振りまでしている。

 

 ヴィオレットは、抜いた剣を握る自分の手が震えているのが分かった。

 しかし、こんな危険な人物――いや、魔獣を、むざむざと逃すわけにはいかない。


 この男はおそらく魔人で間違いない。

 おぞましいマナが男の周りに残留している。


 人の形を保ってはいるが。こいつは一体なんなんだ?


 剣の切っ先を衛兵に向け、ヴィオレットはできる限り冷静に、言葉を吐いた。


「お前が、あの衛兵か。抵抗するな、連行する。……貴様、何者だ?」


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