第9話 世界樹の印と、広がる噂
廃遺跡を出た時には、すでに空が茜色に染まっていた。
森を抜ける風が、焦げた石の匂いを運んでくる。
リナが隣で深呼吸した。
「……外の空気、こんなにおいしかったんだ」
「生きて帰ったからこそだ」
俺は軽く笑って答える。
リナも笑い返したが、その顔には少し誇らしげな色があった。
◆
街に戻り、俺たちはギルドに報告を済ませた。
カウンターの奥で、受付嬢が報告書を読み上げるたびに、周囲がざわめく。
「一体でCランク以上の危険種だぞ……」
「それを、二人で? 嘘だろ」
やがて、俺が取り出した“緑の結晶”を見て、受付嬢は顔色を変えた。
「こ、これは……! 王都で記録されている“世界樹紋章”の魔核に酷似しています!」
「世界樹……だと?」
「まさか、伝説の加護を受けた者が……」
ざわめきは一気に広がり、ギルド中の視線が俺に集中する。
リナが少し心配そうに見上げた。
「カイ……どうするの?」
「……放っておいても噂は広がるだろう。なら、隠さない」
俺はギルドマスターの前に立ち、短く告げた。
「確かに、この魔核には“世界樹の印”が刻まれている。俺の力とも関係があるかもしれない」
重苦しい沈黙の後、マスターは低く言った。
「……お前の存在は、近いうちに王都に知られるだろう。覚悟しておけ」
◆
ギルドを出た後、街の広場はもう夜の灯に包まれていた。
露店の灯りが並び、子どもたちの笑い声が遠くで響く。
リナがぽつりと呟く。
「カイ……本当に、世界樹の加護を持ってるのね」
「たぶんな。でも、正確には俺にも分からない。ただ一つだけ言えるのは――この力は、誰かの命を奪うためじゃない」
「……守るため、だよね?」
俺は頷いた。
「ああ」
リナは静かに笑った。
「だったら、私もその力の隣にいたい。弟子じゃなくて……相棒として」
その言葉に、俺は少し驚いた。
だがその瞳に迷いはなかった。
「……お前はもう十分強い。相棒でも、悪くないな」
リナの顔がぱっと明るくなる。
その笑顔を見て、胸の奥に温かいものが広がった。
◆
その夜。
ギルドの奥の一室――。
老齢のギルドマスターが、魔晶石越しに誰かと通信していた。
「……確認しました。確かに“世界樹の紋章”です。名はカイ=アーデン」
『その名、記録に残しておけ。世界樹の加護を持つ者が現れたとなれば、王も動く。』
「承知しました。――彼が、嵐の中心になるやもしれませんな」
魔晶石の光が消える。
静かな室内に、マスターは独りごちた。
「英雄か、災厄か……。どちらに転ぶかは、まだ分からん」
◆
翌朝。
ギルドの前には人だかりができていた。
「カイ=アーデンってのはどんな奴だ!?」
「世界樹の加護を持つ冒険者だって!」
「王都の調査団が来るらしいぞ!」
人々の視線と声が渦巻く中、俺はリナと並んで歩いた。
「……一気に面倒なことになったな」
「でも、これが始まりなんでしょ?」
リナの言葉に、俺は小さく笑って答える。
「そうだな。――ここからが、本当の冒険だ」
その瞬間、太陽の光が差し込み、
俺たちの背を照らした。