第8話 闇の主との戦い
ギィィ……と音を立てて、廃遺跡の奥の扉が開いた。
冷たい空気が一気に押し寄せる。
奥は広間になっており、そこには黒い霧のような瘴気が渦巻いていた。
「……なに、あれ……」
リナが震えながら呟く。
瘴気の中心に、巨大な影が蠢いていた。
獣のような体に骨の翼、頭には歪んだ角。
その姿は――
「シャドウ・ビースト……!」
俺は思わず息を呑んだ。
中級冒険者でも複数人で挑む危険種。
新人が出会っていい相手じゃない。
「リナ、下がれ。絶対に前に出るな」
「で、でも……!」
「命令だ!」
俺の言葉にリナが息を呑み、壁際まで下がる。
その瞬間、シャドウ・ビーストが咆哮を上げた。
「グオオオオオオッ!」
轟音と共に、漆黒の爪が空気を切り裂く。
俺は即座に魔法陣を展開した。
「《風壁》!」
風の盾が咆哮を防ぎ、衝撃波が霧散する。
しかしその勢いは止まらない。
地面を蹴ったビーストが、一気に距離を詰めてくる。
「舐めるなよ――!」
俺は左手を突き出し、六属性の魔力を同時に解放した。
「《六連魔弾》!」
炎、氷、雷、風、土、光――六つの属性弾が放たれ、
ビーストの体を連続で撃ち抜いた。
爆風と共に広間全体が揺れる。
石壁が崩れ、天井の破片が降り注ぐ。
「ギ、ギャアアアアッ!!」
苦悶の声を上げたシャドウ・ビーストが、
血のような黒煙を噴き出して後退した。
だが、まだ倒れない。
全身の瘴気がさらに濃くなり、力を増している。
「カイ、危ない!」
リナの叫びと同時に、ビーストの尾が俺を襲う。
俺は咄嗟に跳び退いたが、破片が飛び散り、リナのすぐ脇に落ちた。
「きゃっ!」
「リナ!」
彼女は転倒しながらも、必死に短剣を構えた。
震える腕、それでも目は逸らさない。
「私だって……逃げない……!」
次の瞬間、ビーストの腕が振り下ろされる。
俺は間に合わないと悟り、魔力を練り上げた。
だが、その前に――
「やあぁぁっ!!」
リナが短剣を突き出した。
刃はビーストの腕に小さな傷をつけ、動きが一瞬止まる。
「……よくやった」
その隙を逃す俺ではない。
右手を掲げ、最大火力の魔法を解き放つ。
「《聖炎の裁き(サンクティ・フレイム)》!」
白金の炎が爆発し、ビーストを包み込む。
闇の瘴気が焼き尽くされ、広間がまばゆい光で満たされた。
「グオオオオオオオッ――ッ!!」
絶叫を上げながら、シャドウ・ビーストは灰となって崩れ落ちた。
静寂。
崩れた広間に、俺とリナの息遣いだけが響く。
「……終わった、の?」
「ああ。よく耐えたな」
リナは肩で息をしながらも、嬉しそうに笑った。
「少しだけ……役に立てた気がする」
「少しじゃない。あの一撃がなかったら、今のは防げなかった」
その言葉に、リナの頬が赤く染まった。
やがて、ビーストが消えた跡に、ひとつの光る石が残った。
淡い緑の輝きを放つ、奇妙な結晶。
「……これ、なんだろう」
「魔力の核だな。だが、ただの核じゃない。中に……何かの印が刻まれてる」
俺は結晶を拾い上げ、眉をひそめた。
その印は、まるで世界樹の紋章に似ていた。
「……世界樹の加護、か」
リナが不思議そうに首を傾げる。
「それって、あなたの……?」
「いや、分からない。だが――これは偶然じゃない」
俺は結晶を握りしめ、空を見上げた。
(世界樹……俺にこの力を与えた理由が、ここに繋がっているのか?)
闇の遺跡で得た、ひとつの手掛かり。
新たな謎が、俺たちの前に姿を現そうとしていた。