第7話 廃遺跡の影
翌朝、俺とリナはギルドの掲示板に張り出された依頼を受け、街の外へ向かっていた。
【近隣の廃遺跡に魔物の気配あり。調査を求む】
対象は村外れの森を越えた先に眠る古代の遺跡。
長年放置されていた場所に魔物が住み着いたらしい。
「カイ、本当に遺跡なんて探検できるの?」
リナが少し不安そうに尋ねる。
「できるかじゃなく、やるんだ。冒険者はそういう仕事だ」
「……うん」
頷く声は小さい。
昨日、ゴブリン相手に震えていた彼女にとって、未知の遺跡は当然恐怖だろう。
◆
森を抜けた先に、それは現れた。
「……これが、廃遺跡」
地面から突き出すようにして崩れかけた石造りの塔。
蔦に覆われ、入口は半ば土砂に埋もれている。
だが、その口からは冷たい風と獣の臭いが漂っていた。
「嫌な気配だな」
俺は小声で呟く。
リナは腰の短剣を握りしめながら震えていた。
「……私、本当に役に立てるのかな」
「役に立つかどうかは結果だ。だが挑戦しなきゃ何も始まらない」
俺の言葉に、リナはぎゅっと唇を噛んだ。
◆
遺跡内部は薄暗く、石壁に苔がびっしりと生えている。
水滴の音が響き、奥からはかすかな唸り声が聞こえた。
「っ……カイ、なにかいる」
「分かってる」
次の瞬間、闇の中から飛び出してきたのは――牙を剥いた巨大なネズミだった。
「キィィッ!」
「リナ、下がれ!」
俺が火球を放つと、炎がネズミを包み、一瞬で焼き尽くした。
残骸が煙を上げて崩れ落ちる。
リナは目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「……これが、実戦」
「そうだ。怯えるのは当然だ。だが――」
俺はリナの短剣に視線を落とす。
「その刃を抜いた以上、逃げることは許されない」
彼女はしばし黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった。怖いけど、逃げない」
その言葉に、俺は小さく笑った。
◆
通路を進むうちに、さらに複数の魔物が現れた。
蝙蝠の群れ、巨大ムカデ、そして二体同時のネズミ。
俺が魔法で片づけるたび、リナは悔しそうに拳を握りしめていた。
「全部……カイに守られてばかり……」
「守られるだけじゃなく、守れる存在になりたいんだろ?」
「……うん」
彼女の瞳には恐怖と同時に、確かな決意が宿り始めていた。
◆
やがて、広間のように開けた空間に出た。
崩れかけた石像が並び、その奥に黒々とした扉が聳えている。
「ここだな……」
俺は一歩踏み出し、空気の重さを肌で感じ取った。
扉の隙間から漏れる圧力。
これは小物の魔物ではない。
「カ、カイ……奥に、なにか……」
リナの声が震える。
俺は静かに頷いた。
「間違いない。ここには――ボスがいる」
広間を満たす緊張。
リナが短剣を握り直し、俺は魔力を解き放つ準備を整える。
「……さあ、行くぞ」
闇の奥に潜む存在との戦いが、今始まろうとしていた。