第3話 手のひら返し
「……す、すごい……」
訓練場にいた見物人たちは、まだ呆然としていた。
地面には六属性の魔法が刻んだ傷跡が残っている。
焦げ跡、氷の塊、抉れた石畳。
その中心に立つ俺――カイ=アーデンを、誰もが信じられない目で見ていた。
「こ、これほどの魔力……私の三十年の経験でも前例がない……!」
試験官は青ざめながら叫ぶ。
「カイ=アーデン! 君は冒険者資格試験を――合格! いえ、それ以上だ! Bランク冒険者として特例登録する!」
「Bランクだと……!?」
「初参加で、いきなり中位冒険者……そんなの聞いたことがない!」
どよめきが走る。
ついさっきまで俺を「無能」と嘲っていた人間たちが、今は畏怖の目を向けていた。
「す、すごいなカイ! いや、君ならやれると思っていたんだ!」
「そうそう! 俺たちは信じてたぞ!」
――手のひら返し。
俺は冷めた目で彼らを見た。
さっきまで「最弱」だの「無能」だのと笑っていたくせに。
結果を見た瞬間、態度を翻す。
そんな連中の言葉が、俺に届くはずもない。
「……必要ない」
短くそう返して、俺は訓練場を後にした。
◆
ギルド本部の受付。
俺は特例扱いで、すぐに冒険者として登録を行うことになった。
「カイ=アーデン様ですね。……えっと、試験官から報告が来ていますが、本当に六属性を操られたんですか?」
受付嬢の目がまん丸になっている。
俺は小さく頷いた。
「制御にはまだ慣れてないけどな」
「そ、そんな……! これほどの逸材、ギルドとしても大切にしなくては……!」
俺の冒険者カードが差し出された。
普通は見習いランクのFから始まるが、俺のカードには最初からBランクの刻印が輝いていた。
「……本当に、冒険者になれたんだな」
俺はカードを握りしめ、胸の奥に熱いものを感じた。
最弱と笑われ、無能と呼ばれてきた俺が、ようやく手に入れた居場所。
だが同時に――周囲の視線もまた、変わっていった。
「カイ様! ぜひうちのパーティに!」
「君の力があれば、どんな依頼も楽勝だ!」
「一緒にダンジョン攻略しよう!」
さっきまで俺を蔑んでいた受験生たちが、今度は必死に媚びを売ってくる。
その滑稽さに、心の中で苦笑した。
「悪いが、俺は一人でやる」
きっぱりと断ると、彼らの顔が引きつった。
「お、俺たちを見捨てるのか!?」
「調子に乗るなよ、昨日まで無能だったくせに!」
「……昨日まで無能だと笑ってたのは、どこの誰だったか」
俺が静かに返すと、誰も言葉を返せなかった。
◆
その日の夕暮れ。
ギルドを出た俺は、カードを見つめながら歩いていた。
カードには自分の名前と、Bランク冒険者の証。
「……ここからだ」
全ての魔法を操る力、《世界樹の加護》。
この力をどう使うかは、俺次第だ。
冒険者として成り上がるのも、のんびり暮らすのも。
だが一つだけ確かなことがある。
俺を最弱と笑った連中には、もう二度と頭を下げることはない。
そして――やがて世界すら、この力に気づくことになるだろう。
その時、俺の物語はようやく始まったばかりだった。