第1話 最弱と呼ばれた少年
「次、カイ=アーデン!」
冒険者ギルドの訓練場に、冷たい声が響いた。
石畳の試験場を見下ろすように、試験官が腕を組む。
周囲には受験生や見物人がいて、みな俺に視線を向けていた。
そして、クスクスと笑い声が漏れる。
「やっと最弱の番か」
「どうせまた、魔法ひとつ満足に撃てないんだろ?」
俺――カイは、歯を食いしばった。
この試験に合格できなければ、冒険者として登録はできない。
仲間に入ることも、依頼を受けることも不可能だ。
冒険者になれなければ、村を出て生きていく術もない。
それでも俺は、挑まなければならなかった。
「……お願いします」
震える声でそう告げ、試験場の中央に進み出る。
手にした杖は古びていて、他の受験生が持つ立派な魔導具とは比べものにならない。
だが、俺にはこれしかなかった。
課題は単純だ。
掲げられた魔力測定用の水晶に魔法を放ち、威力を示す。
炎でも雷でも、何でもいい。とにかく魔力を証明できればいいのだ。
俺は深呼吸し、杖を掲げた。
「ファイア……ボルト!」
杖の先端に赤い光が生まれる。
しかし――次の瞬間、弾けたのは小さな火花だけだった。
ぱちっ、と音を立てて、消える。
「……ぷっ」
「はははっ!」
見物人たちが爆笑した。
「やっぱりな! 最弱のカイだ!」
「火すらつけられないのかよ、無能!」
胸が締めつけられる。
だが、俺には慣れた光景でもあった。
幼いころから、俺は魔法の才能がないと笑われ続けてきた。
努力しても、鍛錬しても、何も変わらなかった。
それでも、冒険者になりたいという夢だけは諦められなかった。
「ふん、時間の無駄だな」
試験官が冷たく吐き捨て、記録用紙に「不合格」と書き込む。
その瞬間、俺の中で何かが崩れた。
――また、駄目なのか。
諦めの感情が胸を支配しかけた、そのときだった。
――聞こえるか。
突然、頭の奥に声が響いた。
誰のものとも知れない、深淵から届くような声。
――お前は最弱ではない。
――お前は、全てを抱く者だ。
「……っ!?」
同時に、全身を駆け巡る熱。
体の奥底から、何かが溢れ出す。
「な、なんだ……?」
俺の周囲に、目に見える魔力の奔流が渦を巻いた。
風が巻き起こり、砂埃が舞う。
見物人たちが驚きにざわめく。
「暴走か!?」
「やっぱり無能じゃないか、制御もできないなんて!」
違う。これは暴走なんかじゃない。
俺にはわかっていた。
――これが俺に与えられた力。
《世界樹の加護》。
伝説の中だけで語られる、神話級の祝福。
世界の根源に触れ、全ての魔法を操る権能。
「……そうか。俺は――最弱なんかじゃない」
俺は両手を広げ、意識を魔力へと向けた。
「――来い」
轟ッッ!!
試験場に炎が走る。
同時に水流が噴き上がり、風が唸り、地面からは土の槍が突き出した。
さらに光が閃き、闇の刃が空を裂く。
六つの属性魔法が同時に解き放たれた。
「な、なに……あれ……?」
「六属性……!? あり得ない!」
見物人たちが悲鳴のような声をあげ、試験官の顔は青ざめる。
俺はゆっくりと息を吐いた。
全身を満たす力は、もはや抑えられない。
「最弱? 違うな」
静かに告げる。
そして、笑みを浮かべた。
「俺は、この世界で――最強だ」